35
そうして大きな出来事もなく一週間が過ぎ、現在土曜日。皇宮に向かう馬車の中に僕達はいる。
服装は悩んだ結果制服にした。これなら間違いあるまい!
「なあ、なんでランドール先輩がいるんだ?」
「僕皇宮の中に入るの初めてだし…緊張するし…」
「どうも保護者です」
「そうか…」
そう、ラディ兄様も一緒である。いくら個人的な用事だから畏まらなくていいと言われても、緊張はするさ。なので皇宮に慣れている兄様について来てもらった。
「で、先輩はなんで…セレスを膝に乗っけている?」
「兄だからだが?」
「兄だからかー…」
なんかこの人、こうなんだよ。しょっ中くっ付いてくる。
僕もねえ、こんな美形の先輩に膝に乗っけられたらドキドキしちゃうぅ!とか考えたけど…全く無いんだわ、コレが。
僕、女としてそれはどうなの…?と思い、試しにエリゼとゲルシェ先生の膝の上にも乗ってみた。
そしたらちゃんとドキドキしたので…僕は乙女だと再認識出来た!2人からは拳骨喰らったが。
このラディ兄様に関してのみ、こういった触れ合いに男女を感じさせないというか…説明が難しいが、コレでいいんだと思えるのだ。
そして到着致しました。うあー、立派な門。ここを通るのか…。
「よく来てくれた。さあ、こっちだ」
「ご機嫌よう、殿下。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
僕達を出迎えてくれたのは、ルシアン殿下本人だった。ここは学園じゃないから礼を執ろうとしたけど、止められたので挨拶だけした。
しかしこの前も思ったけど殿下、自分で動くようになったね。自分で招待状渡したり、こうやって出迎えてくれたり…とてもお菓子屋さんに並んでいる客を蹴散らして来いと命じた人とは思えぬ。
そして中に通される。先頭を殿下が歩き、僕とエリゼが続き、最後に兄様。どこに向かっているんだろう…?
「ここだ」
とある部屋の前で止まる。そして殿下自ら扉を開け、中に招かれる。
「俺はここで待っていよう」
と、兄様は廊下に残った。…打ち合わせでもしてた?
にしてもここは…?広いけど、あまり家具も無い。そして一際目を惹くのは、大きな窓…?
殿下はその窓を開け放ち、僕達を手招きした。呼ばれるままに近付くと…そこは、大きなバルコニーが…。
「ああ…皇族が挨拶をなさるバルコニーですね」
エリゼの言葉に、僕もようやく気が付いた。
ここは、皇族の方々が特別な日に顔を出し、国民に手を振り挨拶をする場所か。
下を覗くと広大な広場が。その特別な日のみ、一般に開放されている。普段は騎士の鍛錬場になっているようだ。
「ここが開放される日、分かるか?」
殿下が外を見ながら聞いて来た。
そりゃ国民なら、子供でも分かりますとも。
「建国祭の初日。皇族が結婚なさる日、そして…」
「直系の皇族が、5歳の誕生日を迎えた日…ですよね」
「ああ、その通りだ」
僕とエリゼも、外を見ながら答えた。
下から見上げた事はあるが…これが上からの景色。皇族の見ている世界か…。
でもなんで殿下は、僕達をここへ…?
「…少し昔語りになるが…聞いてくれるか?」
殿下の言葉に、僕達は頷いた。
「私が初めてここに立ったのは、5歳の誕生日。お披露目の時だった。
父上に抱かれ窓の下を見ると、沢山の人々が手を振っていた。私も家族に倣い、ゆっくりと手を振ったのを覚えている」
バルコニーの下にいた騎士さんが、こっちに気付き手を振った。殿下も返し、僕達にも促すのでにへっと笑いながら手を振った。
「その時父上は…
「これだけの国民が、お前の誕生を祝い成長を喜んでいる。今はまだ分からぬだろうが…彼らを守り、慈しみ、期待に応えられるよう精進なさい」と仰った。
その時は、この目の前の人達は私が守るんだ!くらいにしか理解していなかったな。
だが…」
彼は広場に背を向けて、柵に寄りかかり空を見上げた。
「成長するにつれ…私は自分がいかに凡人なのかを思い知る事になった。
剣は手からすっぽ抜けるし、魔力は橙色だし「「低っ」」うるさい。
それでも続けていけば上達すると言われたが…私は、勝手に自分の限界を定めてしまったんだよ」
そう言いながら殿下はこっちを見た。そして近付き…僕の手を取る。
「見ろ、私の手を。なんの苦労もしてなさそうな…綺麗な手だろう?
以前はこれを美しいと思っていた。傷のある、形の悪い日焼けした手を醜いと思っていた。
そんな風に…努力の証を見下す事で、自分が正しいと思いたかった」
確かにすべすべしてらっしゃる。僕の手より大きいけど…女性の手みたいだ。貴族の女性は、ペンダコも嫌がるし。
彼は僕の手を離すと、またバルコニーの外側を見た。
「私もな…兄上達が努力の人だと、ちゃんと知っていたさ。私もそれに倣って頑張ろうとしたが…どうにも長続きしない。
どうしても兄上達と比較してしまうんだ。
ルキウス兄上のように文武両道などなれもせず。
ルクトル兄上のように1つを極める事も出来ず。
ルシファー姉上のような優雅さ、気品は私には持ち得ない。
だが…兄上達は私よりも早く生まれ、先に学んでいるのだから…私が劣っていて当然なんだよな。自分の限界を7歳で決めるのは早計過ぎた…」
それ早計ってレベルじゃねーわ。7歳ってあれだぞ、小学1年か2年だぞ。優也がそんくらいの時、まだオネショしてたからな?
ある夏の日…優花の病室に大量に蝉を放って、両親と先生と看護師さんと同室の子にクッソ怒られてたからな??
僕達が呆れた目線を送っていると、殿下は目を逸らしてその場にしゃがみ込み、視線をシャットアウトしてしまった。
「それと…この髪。私はこの色も嫌いだったんだ…」
「色?綺麗な黒髪ではないですか?なあ」
「うん。僕もそう思いますが…」
「だって……上の姉弟3人と父上は金髪だし…母上は茶髪だし…。
なんか私だけ疎外感というか…本当に私は血の繋がった皇子なんだろうか?とか思ってしまってたんだよ…」
「「殿下…」」
その黒い髪に赤い瞳は……かの高名な革命王、ルシュフォード様と同じお色では???
だからルシアン殿下の生誕時、革命王の再来だと国民が沸いたと聞いたことあるんだけど。
「…………そうなんだよ!!隔世遺伝とか、知らなかったんだよ!!!
この間ルキウス兄上が、「私はその黒髪が羨ましいわ!!一部ではな、その色を持つルシアンこそが皇帝に相応しいのではないか?という声もあるんだぞ!!」と仰って…びっくりしたんだよ!!
だって宮では大体「ルシアン殿下は努力が足りない」とか「兄皇子様方を見習うべき」とかそういう声しか聞かないんだからー!!
たまに教師などから直接諌められる事もあったが、そういう言葉を聞くと「どうせ兄上と比べているんだろう!」と勝手に被害妄想が暴走するんだよ!
だから次第に、自分に都合の良い言葉しか聞こえなくなっていったんだ!!」
おおう…。殿下は頭を抱えてしまった。
彼は他の皇族の方が持ち得ないものを持っている。
しかし自分は凡人だからと、大した努力もしないままに限界を決めつけ勝手に劣等感に苛まれ。
誰の忠言も素直に聞くことが出来ず、家族の言葉にも耳を傾けず。自分を称賛する言葉のみ聞いてきた。
つまり……全ては彼の1人相撲、ということだ……。
「「はあ〜〜〜…」」
僕達もその場に崩れ落ちた。全くもう…!どうしてこんなんなるまで、ルキウス殿下達は彼を放っておいたんだ!?
もっと早く諭してあげるべきだったでしょうが!!
「それに関しては…ルクトル兄上が、「家族全員ルシアンが可愛すぎて…怒らせたり悲しませたりしたくなくて、あまり強く言えず…。つい自由にさせすぎました…」と仰っていたぞ。ふふっ」
ふふっじゃねーーーわ!!!喜んでる場合か!!
はあ…以前ルキウス殿下に聞いた事がある。
『ルシアンに厳しくし過ぎたつもりも、甘やかし過ぎたつもりも無い』と。
うん、その通りだね。そもそも家族間の交流、触れ合いが少な過ぎた結果じゃん!!!
僕は交流が少なかった結果、ロッティとバジル以外の人間に心を閉ざした。今だって、伯爵家の人間と関わりたいとは一切思えない。
ルシアン殿下は結果的に、何も言われないから何をしてもいいと思ったのだろう。ああもう……!
「はあ………それで殿下、ボク達をここにお呼びになった理由をお尋ねしても?」
あ、そういやそれがまだ分かんなかった。なんでですかね?
僕達は3人でそこに座り込んだまま、会話を続ける。
「それは、その……決意表明というか、えっと…。
私は確かに幼い頃、このバルコニーから広がる世界。眼前に埋め尽くされた人々の姿を見て…彼らの期待に応えられる皇子になりたいと思ったんだよ。
しばらく…そんな事も忘れてしまっていたが。
だがこれからは…国民の理想に応えられるか分からないけど、少しでも精進出来るよう…決意を新たにしたいと思ったんだ。
これはその第一歩。それを…其方達に見て欲しかった…んだ」
殿下は僕達の目をしっかり見ながらそう語った。
「何故…見届け人がボク達なんですか?」
「私はな、これでも人を見る目はあるつもりなんだ。
其方達が下心とか無く、純粋に私と親しくなろうとしてくれていた事、理解していた。
同時に私に近付く殆どの者が、私の地位や兄上目当てである事も。
それでも私は…現実から目を逸らし、口煩い其方らよりも私を持ち上げる者達を選んでいたが…ってああ待て待て待って!!せめて最後まで聞いて!!」
口煩くてすんませんねー。僕達は立ち上がり、帰る振りをしたら服を引っ張って止められた。
「こほん…。まあ学園で「顔と権力の坊ちゃん」とまで言われているのは知らなかったが」
ああ、あれ聞いてたんか…気付かなかった。
僕達が座り直すと、殿下は佇まいを直し背筋を伸ばした。
「だから、と言うのもおかしいが……。
今度は私から頼みたい。
私と……友人になってもらえないか…!?
私は、友人とは対等なもので在りたいと思っている。私の事を恐れも軽視もしない…其方達のような者と…。
今後も、私が間違えていたら指摘して欲しい。私から2人に与えられるものは少ないだろうが……よければ、どうだ……?
そして、今までの非礼を詫びたい。
貧相だとか、大した家柄でも無いと言った事、すまなかった。今はそんな事思っていない、本心だ。
其方らの発言を勝手に深読みし、勝手に不機嫌になって癇癪を起こして、不快な気分にさせた。
街での出来事も、護衛が密かに付いているのは知っていたから…多少無茶しても大丈夫だと思った。それが大惨事を招きかねないと聞き…深く反省した。
ラサーニュが私と友人になりたいと、自分で人柄を見極めると宣言してくれた時……涙が出そうなほど、嬉しかった……。
今まで私に忠言をくれた事、感謝する。
そしてそれを蔑ろにした事…本当にすまなかった。
特に、ラサーニュ。酷いことを言ってごめん…。私は其方に一方的に仲間意識を抱き、同類だと決めつけ。それでも真っ直ぐに生きている其方に裏切られたと思い込み。何か中傷しないと気が済まなかった。
其方の苦しみなど一切考えずに…。だというのにこうして私の誘いにも応じてくれた事、感謝してもしきれない。
なので……私から申し込むのは烏滸がましいと理解はしているが……友人の件、検討してもらえない、か…?」
…………驚いた……。彼は、僕達から目を逸らすことなく言い切り頭を下げた。
そこには虚偽も誤魔化しも無い、と思う…。本当に、僕達と……?
彼は……僕の答えに返事をくれたのだ。ならば、僕のすべき事とは。
エリゼも僕に全てを委ねるらしく、こっちを向いて頷いた。
「殿下…どうかお顔を上げてください」
ゆっくりと顔を上げた殿下は、まるで親に叱られているただの子供のように見えた。
「僕と貴方は…似た者同士だと思うんです。なので今後喧嘩することも多いかと思いますが…それでも、よければ…。
どうぞ僕のことは、セレスとお呼びください。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「……ボクは生意気にも、セレスを傷付けた貴方を許容出来ないなどと考えておりました。
しかしそのセレス本人がこう言っている以上、ボクが何かを言う権利もないし、貴方に対する怒りなどあろうはずもございません。
ボクのことはエリゼとお呼びください。どうぞよろしくお願い致します」
僕達は揃って頭を下げた。
これが僕の本心だ。これからは…本当の友人になれればいいと思っている。
そして僕達の答えを聞いた殿下は、目を輝かせてくれた。
「……!うん、よろしくお願いします!
それで、早速なんだが……私の事を、ルシアンと呼んでもらえないだろうか…?
その、私は兄上達とナハトの関係を羨ましく思っていたんだ…。
他人の目が気になるようならば、他に人がいない時だけで良いから。どうか呼び捨てにして…普段通りの口調で接して欲しいんだが…」
おおう、途端に距離が縮んだぞ。指をもじもじさせてそう願う殿下の姿は、本当に嬉しそうだ。
つい、つられて僕も笑顔になってしまう。
「では……遠慮なくルシアンと呼ばせてもらおう!
言っておくがボク達は厳しいぞ!今後は駄目なものは駄目!とハッキリ言わせてもらう!!」
「ああ、よろしく頼む!!」
エリゼ切り替え早っ!!そのまま2人は、僕にも期待の眼差しを向けてきた…!
「わかっ、たよ…ルシアン」
殿下…ルシアンは、顔を綻ばせたのだった。
そんな顔をしてもらえるのなら…うん、僕も嬉しい!!
「じゃあ早速。僕がヘルメットとピコハンを使った正しい遊びを教えてあげる!!」
「……?…!!!?な、なん、なんで知ってる!!!?」
とある筋からの情報でーす。エリゼは首を傾げ、ルシアンは顔を真っ赤にして狼狽した。
仲間外れは良くないからね、後でエリゼにも写真見せてあげよーっと。実はラディ兄様からあの写真、一式貰ったんだよね。
後日エリゼに見せたところ、彼が僕のように腹を抱えて笑い転げたのは言うまでもないのであった。
「…どうだ、上手くいったか?」
「ああ。どうやら打ち解けることには成功したようだ。流石に会話は聞こえないが…」
「そうですか、良かった…本当に…」
「あの子達がルシアンのお友達?まあ…可愛いじゃない!」
「もう、ルシファー。声が大きくてよ。でも本当に…素敵なお友達が出来たみたいね…」
「私も見たいのだが…誰か場所を譲る気はないかね?」
その頃、セレスタン達がいる部屋の前の廊下では。ランドール、ルキウス、ルクトル、ルシファー、皇后が縦に並んで扉の隙間から中の様子を窺っていた。
皇帝は隙間が無く、後ろで右往左往しているのだが。扉の横に立っている騎士は苦笑いだ。
ルシアンは、家族には先に謝罪を済ませていた。
今まで自堕落していた事、役目を放棄していた事、横柄であった事。
全て反省して今後は改善すると誓い、セレスタンとエリゼと友人になりたいという事まで相談した。
その結果、皇宮に招くよう提案したのはルシファーだ。自分の懐に招く事で、誠意を見せられるわ!と言ったのだ。
まあ本音はセレスタン達を見てみたい、という欲からくるものなのだが。
「ふふ、ルシアンのあんな笑顔久しぶりに見たわ。私も中に入りたいけれど…あの子達が遠慮して萎縮してしまうわね。
では私達はここで失礼するわ。ルキウス、後はお願いね。いつか私にも、あの2人を紹介してね!」
ルシファーはそう言って、両親と共にその場を後にした。「私も見たかった…」としょぼくれる父を引き摺りながら。
残されたトリオはというと。
「ん?3人がこっちに来る…!!お前ら隠れろ!!!」
「は!?か、隠れる場所なんてありませんって!」
たたたたた…キィィ…
「あれ?扉が開いている…。
……あの、兄上達?何をしているのですか…?」
「「「……いや、別に…?」」」
ルキウスは廊下に置いてある壺の後ろに、なんとか身体を隠そうとして盛大にはみ出し。
ルクトルはカーテンに巻かれてみたが、下半身は完全に出ており。
ランドールはしれっと騎士の横に並んで立ってみたが、違和感が半端ない。
「(覗いてたな……)まあ良いですけど、私達は部屋に移動しますので。それじゃ!」
ルシアンは笑顔でそう言って、2人を連れて廊下を歩き出した。
そして3人は…その様子を見て、もう大丈夫そうだと安堵したのであった。




