有り得たかもしれない道4
どこに逃げた…!
と探す必要はなかった。
「………………」
「お、お嬢様~…」
セレスティアは…部屋を出てすぐの場所で転んでた。
バジルはオロオロし、騎士も手助けしたいがセレスティアが拒んでいた。
「……もう!!ヒールなんて嫌い!!」
ぶふっ。内心吹き出した。
そっと近付き背中と足に腕を回して持ち上げる。軽いな…
「先生っ!?」
「怪我してねえか?」
「大丈夫…なので降ろしてください!」
やなこった。俺は少し考え…
サロンに戻らず、2つ隣の部屋に向かう。
後ろからバジルと騎士がついて来るが、中には入らんよう指示する。
大きな窓を開けて、椅子を窓際に運ぶ。
セレスティアを膝に横向きに乗せて、一緒に外を眺める。
温い風が髪をさらい、夏も終わりだな…なんてぼんやり考えた。
「……なあ。お前…俺みたいなオッサンが好きなの…?」
「………………」
返事がない。代わりに…
俺の頬に小さな手が添えられて、セレスの顔が近づいてきた。
慣れていないのだろう、拙いキスをして。彼女は真っ赤になって俯いた。
「………あの日、先生にジュースを貰った時。あれから…貴方を意識するようになりました」
「へ…あれだけ?」
「貴方にとってはそうでも、わたしは違います。
本当に苦しかった時期…医務室で先生に差し出されたジュースが。どれだけ嬉しかったか…どれだけ、救われたか。
ここなら安全だ、この人は大丈夫だと思わせてくれたんです。喉の渇きだけでなく、わたしの心も満たしてくれた」
段々と涙声になり、俺の服を掴む腕が震えている。
セレスの腰と後頭部に手を添えて、ぎゅっと抱き締めた。
「わたしを特別扱いしてくれて、すごく嬉しかった。
わたしの気持ちを無視されたのは嫌だったけど…わたしの為だって分かったから、もういいです。
でも…勝手にわたしの気持ちを決めつけないでください。他に好きな人、なんて…いりません」
「………すまん」
「……わたしがお子様なのは認めますが。
絶対いつか振り向かせてみせますから!覚悟してくださいよ!?オーバンさん!!」
「…おう、分かった」
俺の答えにセレスは破顔した。
正直に言おう。俺はいつでも身を引く覚悟は決めている。
それでも…お前が成人しても、まだ俺を好きでいてくれるなら。その時は…
セレスが落ち着くのを待ってから、俺達は皆のところへ戻った。
※
いや~、でも嬉しいもんだな。
セレスみたいな超いい子が好きだって言ってくれるんだから…あっはっは~!
多分俺はデレッデレのニヤケ面だったのだろう。兄貴達が「ケッ!!」とか言ってる。
「図に乗るなよオッサンがよぉ…」
バティストが吐き捨てるように言うが、全然ムカつかね〜。お前、自分もオッサンって認めてんぞ〜。
「…オーバン。私からこの句を贈ろう」
え、何々?
枕から
仄かに香る
親父臭
ろーらん
「ま、まだ臭くねーし!!!」
急に何言うんだコイツ!!?
だが他の奴らも続く。
道行けば
「親子ですか?」と
訊ねられ
じゃん=ばてぃすと
「違います
この子は俺の
愛人です」
るくとる
子が生まれ
「可愛いですね
お孫さん?」
ろーらん
年下の
叔母とは少し
照れるもの
るきうす
若作り
色ボケジジイは
捨てられろ
るしあん
「お前ら俺をいじめて楽しいかー!!!」
「「「「「楽しい」」」」」
う、うぜえええええ!!
結婚後
30年経ち
要介護
ろーらん
お嬢さん
あたしのほうが
いい男
じゃん=ばてぃすと
それよりも
息子3人
いかがです?
ろーらん
父上よ
恥ずかしいので
やめなさい
るきうす
もしもでも
浮気をしたら
殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺
しゃるろっと
お嬢様
手に持つ鞭を
捨てましょう
ばじる
姪だけど
呼んでほしいな
お姉様
るしふぁー
なんか伝播してる!!
ねえセレス
ジスランとかは
どう思う?
ぎゅすたーゔ
え、ジスラン?
幼馴染みで
友達です
せれすてぃあ
羨ましい
俺も可愛い
彼女欲しい
はーゔぇい
年上か~
女性としては
憧れる
おふぇりー(※皇后)
え、待って
私とお前は
同級生
ろーらん
それが何?
理想と現実
別でしょう
おふぇりー
そうだけど
なんだか気になる
私です
ろーらん
おい兄貴
夫婦喧嘩は
後にしろ
おーばん
あ、つられた。
いつまでもやってられっか!!そう思い3人を連れてとっとと帰った。
その後皇宮では、575が流行ったとかなんとか…
※
始業式、俺は全校生徒の前で宣言した。
隠してた訳じゃねえが俺は皇弟だ。
セレスタン改めセレスティアは女性で、俺の婚約者。
今までこの子を悪様に言っていた奴、次からは容赦しねぇ…と。
「もしもお姉様に危害を加えたり、陰口を叩くようならば。
鞭打ち10回、頭部の永久脱毛、片目喪失…いずれかを選んでもらうわ。男女関係無く…ね?」
それより…シャルロットが俺からマイクを奪い、鞭を振りかざしながら言い放つ。
セレスを虐めていた連中が面白いくらいに青褪めてらあ。こんだけ脅しときゃ平気だろ…
「おい、教諭!!!」
「あ?」
来ると思った、ブラジリエ。
「なんで…貴方がセレスの、婚約者なんて…っ!」
「…………」
こいつの事情はギュスターヴ卿から聞いてる。同情はするが…
セレスを長い間苦しめた事も本人から聞いている、俺は許さん。
「俺だって…!ずっと彼女が好きだったのに!!!」
「好きな相手を傷付けといてよく言うわ。男だ女だ関係なくな」
「………!!」
ブラジリエは顔を歪めて拳を握る。
お前が間違えなければ…俺は応援したかもしれねえ。
「…言い訳はねえのか?俺はセレスの言葉を全て鵜呑みにしていいのか?」
「俺が…嫌がるセレスに剣を強要したとか、怪我をさせた、倒れるまで追い詰めた…だろう?
何も間違ってはいない、最低なのは俺だからな…」
血が出るほどに唇を噛み、出て行こうとする。
「……お前が本当にセレスを好きなら。俺から奪うくらいの気概を見せろよ」
「…………」
ブラジリエは何も言わず、礼をして出て行った。はあ…
ドドドド…
「おい先生えーーー!!!どういう事だ、彼女はシャーリィなのか!!?」
なんか来た。確か…マクロン?
シャーリィって誰、シャルロット?
「ちくしょう!!俺は諦めん!!!」
風のように去って行った。意味分からん。
セレスは前と違って、笑顔でいる事が増えた。
女子に囲まれて男子に見つめられ。最近はヴィヴィエ嬢と双子の3人でいる事が多いな。
それにルシアンもよく話しているのを見る。なんかあいつ、いつの間にか反抗期終わってた。
「せんせ…オーバンさん。クッキー作ったの、一緒に食べない?」
「おう、こっちおいで」
調理実習で作ったというクッキーは、すっげえ美味かった。
2人で放課後に医務室でお茶にする…これも恒例になった。
毎日ハグをして褒める、という約束も継続中だ。
「料理上手なんだな、すごいな」
「えへへ〜、ちょっと大変だったけど…ね」
なんか遠い目してない?
イェシカの死後…誰かの隣がこんなにも温かいものだと思える日が来るとは思わなかった。
だが踏み込み過ぎると、別れが辛くなるから…
セレスの笑顔が愛おしくて、手離したくなくなっちまう…
※
ん?売店の帰り、階段脇のスペースでセレスを見掛けた。一緒にいるのは…マクロン?
「その…だから!君は、シャーリィではないのか?」
「えっと…確かにわたしは幼い頃、シャーリィと名乗っていた時期がありますが…何故ご存知なのですか…?」
なんの話だ…?まさか告白か!?
気が気でなく、隠れて盗み聞き。
「あの、幼少期に毛玉のような犬を保護した事、無いか?」
「毛玉…けだま、ちゃん?」
「っそう!!その時、同じくらいの男の子がいただろう?」
「うーん…そう、いえば…」
「(もう一押しか…!?)あっ!これこれ、こんな感じの毛玉!!セレネって名付け……ん?」
「へ」
マクロンは…バレーボール大の毛玉を手に持ってる。
今、俺の足下をころころ転がっていったやつ…
「セレネ…?……ああっ、思い出した!!あなたえーと、パスカル君!?」
「……!」パアァ…!
マクロンは顔を輝かせるが…直後。
奴の持っていた毛玉が、巨大化した!?
「きゃっ!?」
「ぐえええっ!?」
「シャーリィ!!やっと名前を呼んでくれた、会いたかったぞ!!」
それは毛玉ではなく…白銀の毛皮を持つ、巨大な狼…!?
マクロンをケツで潰して、尻尾をブォンブォン振りながらセレスの頬を舐めている。
俺も咄嗟に飛び出そうとしたが、不思議と狼に恐怖心を抱かなかった。
後に彼は精霊フェンリルと判明し…しかもセレスと契約をしていた。
俺は兄貴に「ぜっっったいにあの子を手離すな」と念を押された…
だがそれ以降、セレスの周囲には一層人が増えた。
女子はいいけれど…男子は少しモヤモヤする。いや、俺は…いつでも、身を……
1年、2年と時が経ち。俺はもう…限界だ。
無理だ、あの子を手離すなんてできそうもねえ。
「オーバンさん!今度一緒に移動動物園行こうよ!」
彼女に好意を寄せる男は多い。
俺の見たところ…ブラジリエとマクロンは確実、それ以外には「チャンスがあれば」と狙っている奴は数え切れねえ。
なのにセレスは、そいつらを押し退けて俺を誘ってくれる。もう…
セレスの年々美しくなる姿に胸が苦しくなる。
同時に嫉妬、独占欲が湧き。若い男が近くにいると、激情に襲われちまう…
もう言い訳はやめた。俺に若さがなくても、それでもいいって言ってほしい。
あの子の隣に並べるよう…肌の手入れとかバティストに教わってるし、服装と髪型にも気を使ってる。
ただし変に若すぎず老けすぎず。俺には難しい…なんて言ってられん!
俺にとってもう1つの実家である、香水店にも足を運んだ。
イェシカが言っていた香水を購入し…彼女の手紙を読み。
不思議と笑みが溢れ、絶対にお前を忘れない。だが俺は新しい幸せを見つけた…と墓前に報告をした。
加齢臭対策じゃないから、ただのお洒落だから!そう言い訳もセットでな。
彼女の17歳の誕生日…その日に改めて求婚しよう、と決意して。
俺はその前に、彼女の保護者に会いに行った。
「ほっほ…それで儂のところへ?」
「そうだ。マイニオ・カリエ殿…俺に貴方の大事な孫娘をください。必ず幸せにします!」
彼は医師を引退後、首都で1人暮らしをしている。
セレスを幼い頃からずっと見守っていた老人。どうか、俺を認めてほしい!
「ほっほ。とっくに認めておりますとも。
殿下、お嬢様をよろしくお願いします」
「え…いいの?」
「もちろんですとも。貴方の葛藤、覚悟は伝わりました。
まあ精々…親子に間違われないよう頑張りなさいませ」
「ぐう…!」
分かってらぁ!
これで憂いは何も無い。まあシャルロットに関しては油断すると喰われるが…俺が誠実であればいいだけのこと!!
こうして俺は、セレスティアの成人を指折り数えて心待ちにする。




