有り得たかもしれない道2
翌日、ラサーニュ姉がやって来た。
「おはよう、ございます…」
「…おはよう…」
とりあえず…鍵閉めとこう。まだまだ聞きたい事はある。ホットミルクを出してやると、ふーふー冷ましながら飲んだ。
俺の質問にラサーニュ姉は全て答えた。ふむ…やっぱ伯爵ぶっ飛ばす。
「それと…昨日のアレだけど。お前よく今までバレなかったな…」
「あ、あれはっ!僕…元々不順で。昨日も3ヶ月ぶりだったんです…
それで、次いつ来るか全然予想できなくて…」
「は…?何か病気じゃねえか?医者に診せてんのか?」
「……病院、行けないので」
はあ…ため息しか出ねえ。
仕方ねえな…
「俺が信頼する医者を呼ぶからな」
「え…だめっ!!」
「決定事項だ!!なんでも言う事聞くっつっただろうが!」
「それは内緒にする条件でしょ!」
あーあー聞こえないー!!
皇室の女医に婦人科専門がいるから、彼女に頼もう。兄貴にはバレないよう…いずれ言うけど。
「ルシアン。お前の口の固さを見込んで頼みがある」
「…なんだ?」
ラサーニュ姉を授業に送り出し、入れ替わりでサボりに来たルシアンをとっつかまえた。
「それより叔父上、これはなんだ?」
これ…?ラサーニュ姉の制服!!隠し持ってくれてたのか、流石俺の甥っ子!!
こいつはラサーニュ姉とクラスも同じだし、全部話した。俺は内緒にする、なんて約束してねえし。
「…んん?セレスタン・ラサーニュは女性?(誰だっけ…)それを私に言ってどうする…?」
「そいつを医者に診せたい、皇室のDr.フレデリカを放課後俺の家に呼んでくれ。兄貴には言わずにな」
「…?そのくらい、構わんが」
よしよし、じゃあ授業行きやがれ。
「(全く叔父上め…どれがセレスタン・ラサーニュだ?)」
ルシアンは教室でラサーニュ姉を探し、教師に訊ねて認識した。
「(あれか…確かに華奢で、女性っぽいな…ん?)」
ラサーニュ姉は腹をさすっていた。
「(Dr.フレデリカって…婦人系専門の医者だったよな。
ラサーニュは腹を撫でて…叔父上は父上にすら秘密にしたい案件で………!!?)」
ちょっと不安だが、ルシアンを信じよう。
※
放課後にラサーニュ姉を捕まえて、仕事を早退して帰る。
家に来た白衣の女医を見て逃げようとしたので、ふん縛ってソファーに投げた。
「やだって言ったのにーーー!!!」
「うるせえ!!頼むぞドクター!!」
「はぁい~…?」
Dr.フレデリカは妙齢の女性で、笑顔でラサーニュ姉に語り掛ける。
渋々問診に応じ、服を捲り…おっと俺は退室せねば。
「身体に異常はありません。
不規則な生活とストレスによる生理不順ですね」
「そうか…」
診察終了、リビングに戻る。重大な病気じゃなくてよかった…
「…なんだアレ」
「可愛いでしょう!せっっっかく綺麗なお顔ですもん、飾らなきゃ!」
はあ…
不貞腐れるラサーニュ姉は、ドクターの手によりバッチリヘアセットをされて顔を見せていた。
サラシも苦しいだろうから、と緩めにされている。男子の制服だがどう見ても女性だと分かる。
髪は短いが…これからいくらでも伸びるわな。
「では私はこれで。本日は内密の診察ですね?陛下に怒られたら殿下の所為にしますから!」
「わーってるよ、俺の責任だ」
ドクターの帰宅後、どうすっかなと思案する。
正直ラサーニュ姉をこのまま男子寮に帰すのは憚られる。
だが独身男の家に泊める訳にもいかず。
伯爵に関しては昨日のうちに、親友で凄腕情報屋のバティストに依頼済み。
出生届の偽造だけでも充分罪だが、もっと特大ネタを掴んでやれば…そう思って。
玄関の鍵を閉めその場で考え込んでいたら。ラサーニュ姉がリビングから出て来た。
「先生…僕帰る…」
「は?駄目に決まってんだろ」
「………………」
ラサーニュ姉は俯いてしまった。
確かに…伯爵を徹底的に追い詰めるには、直前まで普段通りに過ごさせるべきだが。だ・が…
「お前は女の子だ。若い男がわんさかいる場所に放り込めるか阿呆」
「……………」
どうすっか…俺に女友達なんざいない。
そうだ、バルバストル先生とか頼るか?若い女性だし、きっと…
「……ぐす…」
「え…」
いつの間にかラサーニュ姉は…俺の前に立って抱き着いていた。
顔は見えないが鼻を啜る音が…頭を撫でると、グリグリ顔を押し付けてきた。拭くなコラ。
「仕方ねえなー…」
ったく…今日だけだぞ。
数分で顔を上げて、ラサーニュ姉は離れた。
「……僕ソファーでいいので」
え、何が?なんで顔赤いのお前…?
すたたた、とリビングに行きやがった。
ビーーー…
ん?呼び鈴…誰か来た?
「先生、どーしますー?」
待って俺今トイレ、急には止まらない。
兄貴達は来る前に連絡寄越すし、バティストは勝手に鍵開けて入って来るし。
もしかしてドクターが戻ってきたか?
「悪い、出てくれ」
「はーい…」
小さな足音が遠ざかる。
数秒後…
「どこだ叔父上ええぇーーー!!!」
……ルキウス!!?
※※※
(ルシアン視点)
ルキウス襲来の数十分前。
「父上…」
「ん…っ!?どうしたルシアン」シュババッ
「書類がー!!」
私が父上…皇帝の執務室を訪ねると、父はテーブルの上にある書類を薙ぎ払って対応してくれた。宰相の悲鳴が聞こえるが、すまん。
自分で言うのもなんだが、私は反抗期中。
それというのも…優秀すぎる家族への劣等感と、叔父上が本当の父親じゃないのか?という疑念から。
だが今は…そんな確執も霞む問題に直面している。
「その…ご相談が…」
「なんでも言いなさい。好きな子でもできたか?」
「ちがくて…」
父上はキリッと私を見る。言いづらいが、だが…
「あの…人払いを」
「全員出て行きなさい。ルキウス、お前もだ」
「お断りします」
ルキウス兄上…うん、兄上にも聞いて欲しい。
叔父上とは内緒にする約束だったが…そうも言ってられん。
執務室には私と父上とルキウス兄上のみ。
躊躇いながらも、私は意を決して口を開いた。
「あの…叔父上が」
「オーバン?」
「そ、の…
生徒を、妊娠させた(かもしれない)んです…」
「「………………」」
ラサーニュ嬢と叔父上の様子からして、そうとしか思えない。叔父上…なんて事を…!
すると2人の表情が…すうぅ…と抜けていく。
たっぷり10分沈黙が。
最初に言葉を発したのは父上。
「ルキウス。祭りの準備だ」
「はい」
え、祭り?結婚祝い的な…?でも相手はまだ未成年…
「必ずや叔父上を血祭りに上げます」
「任せた」
そっちかー。
兄上は怖い顔で出て行く…なんか、私は取り返しのつかない事をしたか?
「ルシアン、よく教えてくれた。今ならまだ秘密裏に始末できる、ありがとう」
「い、いいえ…」
父上は素敵な笑顔で私の頭を撫でた。
「安心しなさい、女性と子供は手厚くもてなすから」
よく分からんが、ラサーニュ嬢は安全そうだな。
叔父上め、きっちり反省しろ!!
※※※
(ルクトル視点)
いや~叔父上が生徒に手を出したって聞きましたけど。
あの人は今も奥方を愛しているし…そんな人じゃないんですけどねえ。
兄上は怒り狂って、騒ぎを聞いたランドールは面白がってますけど…
ルシアンの誤解でしょうが、噂になる程親しい女生徒はいるのかもしれませんね。
確認しつつサクッと解いておきましょうか。
久しぶりに来る叔父宅。子供の頃は、親子喧嘩や姉弟喧嘩をした後ここに逃げてましたっけ。懐かしい~。
「いいか…叔父上が顔を出したら、速攻で取り押さえろ…」
「「「はいっ!!!」」」
閑静な住宅街に響く騎士の揃った返事。
全員剣…ではなく。虫取り網やロープ、麻袋を構えています。
「副だんちょー。俺は勘違いに金貨5枚賭けまっす!」
「何言ってるんだか…僕は勘違いに金貨10枚だ」
「賭けになんねぇ~!」
ハーヴェイ卿とギュスターヴ卿の会話が。僕も金貨50枚賭けますかね。
兄上が幾多の令嬢を気絶させた悪人面で呼び鈴を鳴らす。
すると…
「は~い……どちら、さ………」
「「「………………」」」
思わず絶句してしまいました。
だって…ここにいる皆、お相手は5年生(16~17歳)だと思い込んでいましたから。
控えめに扉を開けて、ひょこっと顔を出したのは…どう見ても1年生。
凶悪な兄上を真正面から見上げ…顔面蒼白でガタガタ震えています…
そりゃ怖いでしょう。兄上は言わずもがな、僕含む面々も前のめりで待機してましたから。
「こ…こう、たいし、でんか…?」
「あ。えーと…」
ついには涙目になり、か細い声を出しました。
少女はゆっくりと…扉を閉め…
兄上が咄嗟に足を挟んで阻止。
「っ待て!!」
「~~~っ!!!!(※声にならない叫び)」
バタッ と何かが落ちる音が。顔が怖い兄上を押し退け、僕が扉を開けると。
少女が後ろ向きに倒れていました。
「わあああ!女性騎士の方、お願いします!」
「はいっ!」
「あれ…君、ロッティじゃないかい!?」
「知り合いですかギュスターヴ卿!?」
「はい、弟の友人ですが…」
「めっちゃ可愛いじゃん!先生やるねえ~!」
「どこだ叔父上ええぇーーー!!!」
「うーん、ロッティはこのぐらいで気絶するかなぁ…?」
あちゃー。これはもう…どうしましょうかね?
※※※
「ルキウス!?何してんだお前ら!!」
「こっちの台詞だ!!叔父上…年端も行かぬ少女を手篭めにするとは…!!
その性根を叩き直してくれる!!!」
は?なん、は?
てか人んちに大勢で押しかけんな?
「まさか皇弟の身分を使って無理矢理迫ったのか!?見損なったぞ!!!」
「へ…?」
コイツついに狂ったか?
「とぼけるな!」
とぼけてえよ。本気で訳分からん。
ん…!?なんでラサーニュ姉は騎士に捕まってんだ!?(介抱されている)
「おい、そいつをどうするつもりだ!!」(まさか出生届の偽造がバレた!?と恐れている)
「無論皇宮に連れて行く!!」(身も心も傷付いた少女を保護しようとしている)
「ざけんな!!」(罪の無い娘を罰する気か!?と憤っている)
「阿呆が!!責任は取るんだろうな!?」(この娘を娶るんだろうな!?と訊ねている)
「当たり前だ!!!」(俺がそいつの無実を証明する!と言っている)
「ならば書類にサインしろ!!」(皇帝に提出する婚約届けを指している)
「おうおういくらでも書いてやらあ!!」(なんの書類?と思いつつ勢いで了承)
俺らがぎゃあぎゃあ騒いでいる隙に、他の連中はリビングに移動していた。勝手にうろつくな!!
はあ…とりあえず冷静になろう。茶は出さねえぞ、俺だけ飲む。
俺はこの中で一番話の通じるルクトルに説明を求めた。
「僕達はルシアンから聞いたんですが…」
「は?(あの野郎…裏切りやがって…!)」
後で拳骨だな、と思いつつ。ルクトルはソファーに横たわるラサーニュ姉をチラッと見た。
「叔父上が、こちらの少女を妊娠させたと」
「ブーーーッッッ!!!」
茶ぁ飲むんじゃなかった。全部噴き出たわ。
「ゲホッ、ゴホッ…!なんだそれ!?」
「あ、やっぱ勘違いでしたか(ホッ…)」
たりめーだ!!!頭が痛い…!仕方ねえ…
「おい、今からする話は他言無用だ。兄貴…皇帝陛下にも洩らすな、守れねえ奴は出て行け」
「……それは皇弟としての命か?」
「…叔父さんの頼み、かな?いずれ兄貴にも言うつもりだが…まだ早え」
「………仕方ないな。叔父上の言葉を聞けぬ者は外で待機せよ」
ルキウスの問いに出て行く奴はいなかった。
俺が現状を細かく説明すると、ルキウスはこめかみを押さえた。
「………ラサーニュ嬢の妊娠は?」
「知らねーよ!!?」
こっちが聞きてーよ!!ルシアンぜってえとっちめる!!
まあ信じてくれたようで、全員ほっとしてた。
「そうか…この子はセレスなんですね」
ギュスターヴ卿がラサーニュ姉の頭を撫でた。その表情はどこか怒りを醸している。
今後の話をしていたら、ラサーニュ姉が起きた。
キョロキョロと周囲を見渡し…膝を抱えて極限まで小さくなった。
「……………ごめんなさい……」
「何を謝っているんだい…?」
「!!ガス様!」
知り合いの姿に安堵したのか、ラサーニュ姉はギュスターヴ卿に抱き着いた。
「はは…軽々しく男に抱き着いちゃ駄目だからね?」
「わー羨ましい!レディ、俺のほうが若くていい男ですぜ?」
キメ顔で両手を広げるハーヴェイ卿には女性騎士の拳骨が。
ラサーニュ姉はギュスターヴ卿の背中に回り、マントの中に隠れた。
「ガス様…この状況は?」
「うーんと、ね…」
ギュスターヴ卿は俺をチラッと見た。んー…
「ここにいる全員、お前の事情知ってるから」
「え………」
すると…ラサーニュ姉は…ルキウスやルクトルの顔を見て、顔面を青白くさせる。
ギュスターヴ卿の腰をがっちり掴み…そいつごとゆっくり後ろ向きに移動し。
「セレス…?」
「……………」
ギュスターヴ卿は躊躇いながらも、されるがまま歩く。
俺らは首を傾げながらついて行く。
「あっ!!?」
「「「あっ!!!」」」
玄関まで移動したと思ったら、マントから飛び出して外に出た!?
慌ててギュスターヴ卿が追うが、足速っ!?もうかなり遠くに…!
だがここにいるのは戦闘のプロだ。ギュスターヴ卿が身体強化して走ると、あっという間に追い付き捕らえた。
「捕まえたっ!セレス、なんで……」
「…………………」
俺らも遅れて合流。ラサーニュ姉は…地面にへたり込んだ。
「お、おい…?どうした?」
「………誰にも、言わないでって…言ったのに…」
「あ…」
いや…お前の為を思ったつもりで…
ラサーニュ姉は歯の根が合わず、言葉を発せずにいた。
「(終わった…どうしよう、どうしよう…
僕は…処刑される…?いや、それよりロッティと、バジルだけでも…たすけ、なきゃ…!)」
その場の全員が、戸惑いながら彼女を見下ろす。
ギュスターヴ卿が地面に膝を突き、優しく肩に手を置くとビクッ!と跳ねさせた。
「……ガス様…」
「う、うん。なんだい?」
「ロッティと…バジルは許してください…
あの子達は何も知りません、本当です」
「うん…?一体何を?」
「悪いのは全部僕です、僕がやりました。
罰は僕が受けます、お願いです…
家族は助けてください…お願いします。
身勝手でごめんなさい、ごめん、なさい…」
ラサーニュ姉は…ギュスターヴ卿の腕を掴み、何度も謝罪を繰り返し懇願した。
……俺は、方法を間違えたか…
彼女をこの環境から救い出せば…それで全部上手くいくと思っていた…
「……叔父上。この件、どうするつもりだ?」
「…………………」
ラサーニュ姉はギュスターヴ卿がマントを掛けると、頭から被って地面に蹲った。
俺の予想を遥かに超えて、彼女の心は傷だらけだったんだな…
どうするって?そんなもん、最初から決まってる。
とにかくここは人目につく、いつまでもラサーニュ姉を地面に座らせる訳にもいかねえ。
ギュスターヴ卿がそっと抱き上げると、一切の抵抗をせずに震えている。
俺の家に戻り、玄関でマントを剥ぎ取る。
ラサーニュ姉は俺を恐怖心の籠った目で見上げるが…構わず肩を抱き引き寄せた。
こんな…小さな肩に。どれ程の重荷を…!
「おいお前ら、俺は誰だ?」
「…?現皇帝陛下の弟君、皇弟殿下であらせられます」
「え……えっ!?」
ラサーニュ姉と皇子2人以外がその場に跪き、ギュスターヴ卿が答えた。
「そうだ。こいつは誰だ?」
「ラサーニュ伯爵家のご令嬢、セレスタン様です」
「そうじゃねえ」
「「「?」」」
目をまん丸にするラサーニュ姉も、困惑する周囲も無視して言い放つ。
ラサーニュ姉…いいや、セレスタンをそっと離して向かい合って立たせた。
「先生…?」
「悪い、すぐ終わるから」
「へ………っ!!?」
身長差があるから、若干膝を曲げて…
顔を近付けて、唇を重ねた。
「〜〜〜!!?」
「こいつは今から皇弟の婚約者だ。無下に扱ったら…どうなるか、分かってんだろうな…?」
「「「はいっ!!」」」
セレスタンは真っ赤な顔で口を手で押さえ、俺から距離を取ろうとする。
「何やってんだ婚約者殿?」
「な、ななななにを…!?」
安心しろ、本気で束縛する気はねえ。
なんせ俺は34歳、こいつは12歳。貴族間じゃ珍しい年齢差でもないが…セレスタンはまだまだ若い。
それに臆病だが気立のいい、愛らしい娘だ。もっと良い男が必ず現れる。
そん時は俺の有責にして婚約破棄するから、それまでは。
皇弟の婚約者、という立場を与えて。伯爵含む全てから守ると決めた。
ルシアンの反抗期はいつの間にか終わってそう
セレスタンを守る絶対的な自信のあるオーバンは、ガンガン秘密をバラしていきます(計画に支障の無い範囲で)。
現時点でそこまでオーバンを信頼してないセレスタンは、ガンガン不信感を募らせます。




