有り得たかもしれない道
無数のifの1つのお話
本編はもちろん、皇国の精霊姫も読んでるほうが分かりやすいかも?
それはとある昼下がり。新学期が始まったばかりの4月のこと。
「失礼します!」
「ん…?」
俺は貴族のガキンチョが通うアカデミーで、養護教諭として働いている。だが利用する生徒はほぼいない、たまに甥っ子がサボりに来る程度。
人付き合いは苦手なのでありがたいが…
この日運び込まれたのは、緋色の髪(前髪が長すぎて顔は見えん)の痩せ細った少年。茶髪の男子生徒に背負われ、赤髪の女子生徒と共にやって来た。
「お前ら1年か。名前は?」
「私はラサーニュ伯爵家のシャルロット。彼は兄のセレスタン、こちらは執事のバジル・リオですわ」
「ふんふん…」
意識の無いラサーニュ兄は…昼メシを食おうと学食に向かう途中で倒れた、と。心当たりは?
「その…寝不足でしょうか」
寝不足?隈を見ようと前髪に手を伸ばすが…
「先生…?その手はなんですの…?」
「いや、顔色と熱を…いててでででっ!?」
「お兄様の睡眠を妨害なさる気…?(世界一キュートなお兄様のお顔を見せてたまるか…!)」
なんだコイツ!?物凄い形相で俺の手首を握り潰す、令嬢の握力じゃねえぞ!?
「わかったわかった!!なんもしねえからお前らは出てけ!」
「いいえ、ここにいますわ」
俺が今からここでメシ食うんだよ!!他人がいたら気になって仕方ねえわ!!
無理矢理2人を追い出す事に成功、大きく息を吐いた。
ラサーニュ兄が目を覚ましたのは、たっぷり3時間後だった…
「……?ここ、は…」
「あ?目ぇ覚めたんなら早く帰れ」
「え?あ…すみません…」
そいつはゆっくりと起き上がり、フラつきながら医務室を出て行く。
これが俺、オーバン・ゲルシェとセレスタン・ラサーニュの出会い。
※
「教諭!!!」
「……またか…」
それからラサーニュ兄は、ほぼ毎週来た。流れでブラジリエも顔見知りになる。
最早ラサーニュ専用となりかけている医務室。いい加減うんざりしてきた。自分の領域に他人がいるのは気分のいいモンじゃねえ。
事務仕事をしていたら、のっそりと起き上がる気配が。文句言ってやろうと思ったが…
「せ…先生…すみません…
毎回ご迷惑をおかけしてます…」
あまりにも怯えた様子を見せるので、何も言えなくなっちまった。
「…栄養摂って、夜はしっかり寝ろよ」
「…はい」
なんなんだよ、一体…
で、3日後にまた来た。
なんとなくだけど…寝てる間に売店でジュースを買ってみた。
「…ホレ」
「?」
出て行く前に、グラスに注いで差し出す。
ラサーニュ兄は俺とジュースを見比べ、ゆっくりと受け取り口を付けた。
「……おいしい…」
それは別に高級品でもなんでもない、平民が飲むようなオレンジジュース。ただラサーニュは、ほぅ と息を吐いて飲み干した。
なんとなく俺はほっとした。
それからは毎回、何かを飲ませるのが習慣になった。ジュースだったり、コーヒーや紅茶だったり。菓子も用意する事が増えた。
※
「お前さ、なんでしょっ中ぶっ倒れんの?」
「う…」
1ヶ月もすると、世間話をするようになった。
最初は俺のため息にもビビっていたラサーニュ兄だが、大分打ち解けたと思う。
「僕…あんまり頭よくないから。授業だけじゃ足りなくて…あと剣を…」
聞けばラサーニュ兄は、父親に認めてもらいたいから…優秀な息子になるよう、テストで高得点を狙いたいらしい。
ついでにブラジリエのせいで、剣もヘロヘロになるまで振ってるとか。そういや捻挫とかでも来るよな。
「……俺が父親だったら。成績より…息子には元気でいて欲しいが」
「……!で、でも…!父上は僕の事、1度も褒めてくれないもん!いつだって僕の目の前にはロッティがいるんだもん!!」
「…そうか」
多分、俺が何を言っても無駄だな…
ラサーニュ兄の涙を拭いて、頭を撫でる。
「ま、お前の頑張りを知ってる奴がここに1人は確実にいる。それだけは覚えとけよ」
「……………」
返事は?とグリグリ撫でると、小さく頷いた。
そんで頬を派手に怪我して流血沙汰になって、初めて顔を見た。
はーん…可愛い顔してんじゃん、というのが正直な感想。だからどうという事もないがな。
ただし怪我をさせたブラジリエには、特大の拳骨をくれてやった。
※
期末テストの近いこの頃…ラサーニュ兄は勉強しすぎてねえかな…と心配になる。
で、予想通りというかお約束というか…運ばれてきた。
まあ1日がかりのテストが全部終わった後だから、気が抜けたのかもしんねえ。
でもこれで…少しは睡眠も取れるだろ。
そしたら今学期は、もう医務室に来ねえのかなー…と考えて。
俺…寂しいとか考えてる?と自分で驚いた。
面倒くっせえ子供だったはずが、いつの間にか懐に入れちまってたみたいだ。
「……ま、仕方ねえよな…」
眠るラサーニュ兄の髪をくしゃっと撫でる。
こんな小さくて痩せてて、危なっかしい子供…大人として放置できねえわな。
「……う〜ん…」
ラサーニュ兄が、布団を抱き締めて寝返りを打った。すると…
「!おいお前、怪我してんのか!?」
シーツが赤く染まっている…!しかも尻の部分から出血が!
「おい!」
「ぬぅ…?くかー…」
くかー、じゃねえ!!痛がってはいないが…放ってはおけない。
「あーもう!後で俺をぶん殴れ!」
とにかく確認しねえと!そう思ってラサーニュ兄のベルトを外し、ズボンを下ろす。
「…………んあ?」
あ、起きた。俺はパンツに手を掛けたところだった。
「……!!?きゃああああっ!!!」
「へっ?」
ラサーニュ兄は一度硬直し、悲鳴を上げて俺から距離を取りベッドの端へ逃げた。
「な、何!?やだ、やだぁ…!」
イヤイヤと首を横に振り、両目から涙を溢れさせる。シャツを伸ばして下半身を隠そうと必死だ。
俺はというと、奴が逃げたせいですっぽ抜けたズボンを手に呆然としてしまった。
いやそんな、大袈裟な。
とにかく落ち着けようと俺もベッドに乗り、手を伸ばすと…
「ひ…っ!やだっ!!」
「ぶっ!」
コイツ枕投げやがった!痛、くはないがカチンときた。
「暴れんなコラ!俺ぁただどっから出血してんのか見たいだけだわ!!」
つい甥っ子にするみたいに、頭をガシッと掴む。
大体これで大人しく……ん?
「……………」
ラサーニュ兄は…顔面蒼白で、全身を震わせて怯える目で俺を見上げた。
「ご…ごめん、なさい。ごめんなさい…ごめんなさい…」
「そこまでは…」
かすれた声で謝罪を繰り返すもんだから、罪悪感が半端ない。そっと手を離し頭を撫でる。
「ごめん…なさ、い…」
「いや…こっちこそ、すまん…」
「「…………」」
沈黙が。どうしたもんかと目線を下に遣ると、赤い染みが視界に入って当初の目的を思い出した。今度は怯えさせないように…と。
「………ほら、お前ケツから血ィ出てんぞ?
あ~の…なんだ、痔だったのか?」
な〜んて…ね?
まだ若いのに大変だなあ、はっはっはっ。
ラサーニュ兄はみるみる顔を赤くした。
「……経血…です…」
…………は?いやだって、お前男じゃ…
奴の身体をよく見ると、脚の曲線が完全に女性のものだし、肩幅も小さい。俺はすすす…とベッドから離れた。
え。俺今何してる?
無抵抗の少女の服を剥ぎ取って…下着まで脱がそうと……
どっからどう見ても犯罪者です、ハイ。初犯なので示談で済みませんか…?
バターン!!
「ゲルシェ教諭!セレスは起きたのか!?」
「「!!?」」
ブ、ブラジリエ…!?ふざけんなこの野郎!!咄嗟にベッドのカーテンを閉めた、見られてねえよな!?
「うるせえ入って来んなブッ殺すぞ!!!」
「は?ぐえっ!」
ブラジリエを渾身の一撃で葬り廊下に蹴り出す。
まずい、この状況どうする!?
「くそっ!」
「ひゃああっ!?」
染みのついたシーツを剥ぎ取り、ラサーニュの身体に巻き付けた。そのまま肩に担ぎ、ブラジリエを飛び越えてダッシュで校外へ!!
向かった先は男子寮。
「お前部屋どこだ!」
「ご…503…」
だだだだ!!と部屋まで到達、鍵寄越せ!!部屋の中に下ろした。
「人前に出られる格好しろ!俺は廊下で待つ!!」
返事を待たずに扉を閉め、俺はそこに座り込んだ。
行き来する生徒達の視線が刺さる、なんでゲルシェ先生が…とか聞こえる、だが俺にそんなん気にする余裕はねえ。
……訴えられたらどうしよう。
俺ってばこう見えても皇弟なので…「グランツの皇族は性犯罪者」なんて噂が諸外国に流れたら。
兄貴、すまん。
10分程で、部屋の中から控えめに声を掛けられた。
「せ、先生…どうぞ…」
見てる奴はいねえな…急いで入り鍵を閉めた。
「「……………」」
ラサーニュは部屋着姿で、俯き裾をぎゅっと握っている。
とにかく…ソファーに向かい合って座る。
「……せん、せい。僕…」
「すまんかった!!!」
「えっ!!?」
ゴスンッ!!!
先手必勝、テーブルに頭を打ち付けて謝罪した。
聞きたい事は山ほどあるが、俺はそんなん霞むほどの無体を働いちまった…!
「言い訳になるが、お前が怪我してねえか見たかっただけだ。
普通だったら絶対しねえが、お前は怪我とか痛いのを隠すタイプだから…わりい!!!」
「か、顔上げてください!僕のほうこそごめんなさい!!
本当は女なのに男の振りしてました!でも、その、あの…」
ラサーニュは俺の真横まで来ていた。
チラッと見れば胸が膨らんでいる…いつも潰してんだな…
それより、俺の腕を掴む手が震えている。
「だ…誰にも、言わないでください。
お願いします…お願いします…
なんでも言う事聞きます、だから内緒にしてください…!」
ポロポロと涙を流しながら、俺に懇願する姿は。
胸が締め付けられるように悲しくて、怒りで頭に血が上る…!
「…まずは理由を言え、話はそれからだ。
お前は戸籍も男だろう?ならば出生時から偽っていたことになる。俺だけで消化していい事態じゃねえんだ」
正面から両肩を掴み脅しをかけると、青い顔でヒュッと喉を鳴らした。
逃げられないと分かっているんだろう、俺の目を見たままゆっくりと話し始めた。
「……僕はロッティと双子の姉妹で生まれました。
だけど跡継ぎの男児ではなく…母は身体が弱く次の子は望めない。
父はどうしても自分の子供に跡を継がせたくて…長子である僕に、男としての地位を与えました」
なんだそれ…頭が痛くなる。
血縁から養子でもなんでも迎えりゃいいだろうが…!
…いいや、今は質問が先だ。
「お前が伯爵になったとして。結婚は?子供はどうするつもりだった?」
「それに関しては…僕の予想ですけど。
弱味を握るか金を握らせるかして、都合のいい女性を用意して僕と結婚させる。
その裏で…僕に適当な男性を充てがって、子供を産ませる…かと」
………は?お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?
無意識に力が入り、ラサーニュをソファーの背もたれに押し倒した。
俺はラサーニュの脚を撫でて、服の下に手を入れた。彼女は真っ赤になって硬直する。
「なんも分かってねえだろ。お前、好きでもない男とこういう事をすんだぞ?」
「…っ!分かってます!だけど僕は、そう生きるしかないんです!!!」
「あ…」
しまった…責めるつもりじゃ…
「僕だって…!ロッティと姉妹として生きたいし、好きな人と結婚して幸せになりたい!!!
伯爵になんてなりたくない!!男装なんてしたくない!!!
全部、全部捨てて逃げたい…!」
「ば、声でけえって!」
「綺麗なドレス着たい!エスコートするんじゃなくてされたい!!ダンスも女性パートがいいし、女の子の友達欲しい!!」
「…………」
「う…わあああああんっ!!!」
ラサーニュは大声で泣いた。
俺にはどうする事もできなくて、ただ抱き締めていた。
彼女も俺の背中に腕を回して、ひたすらに泣き続けた。
…ここまで言われて、黙っていられる訳がない。
実の娘にここまでの苦行を…
絶対に、伯爵を許さない。
どんな手を使っても…必ず潰してやる…!
「……落ち着いたか?」
「……はい」
まだしゃくりあげているけれど、ラサーニュはゆっくりと俺から離れた。
さて…と。まずどこから攻めるか…そう考えながら立ち上がる。
ん?控えめに袖を引っ張られた。
「……先生。どこまで見た…?」
「は?何を?」
「…………僕の、服の、下」
………っ!!?
「だぁから、パンツは脱がしてねえって!!?」
「………なら、いいけど…」
ラサーニュはプイッと顔を逸らす。長い前髪で表情は見えないが…
なんか膨れっ面じゃね?まだ疑ってんのかお前!?
「マジだからな!!!」
「……うい」
前髪を横に流すとジトッとした目をしている!やめんか!
…なんか忘れてるような。
あ。
「お前のズボン…医務室に忘れてきた」
「へ」
………………
誰かに見られたらヤベエエエエエエ!!?
ダッシュで医務室に戻ったが…無い!?
無い、ベッドの上にも下にもどこにも無い!!
「………誰か…持って行ったな…」
せめて…教師の誰かでありますように、と俺は祈った。
その犯人は…俺達が医務室を飛び出した後、廊下で倒れるブラジリエを跨いで侵入した。
「なんだ、この血が付いた制服は」
甥っ子…ルシアンが拾ってた。
「……なんか嫌な予感が。隠しとくか」




