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※※※※※



 世界のどこかで、どこでもない場所で。

 真っ白な雲海の中、ひとりの老人が佇んでいた。



─はて。地獄に堕とされるとばかり思っておったが、随分と静寂なものよ─



 さく さく と、老人の足音以外何もなし。

 草木の香り、土の感触。よもやここは…手違いで天国に来てしまったかのう…と老人は笑う。



 さて、これからどうしようか。

 一先ず足を動かそう。そう決めて一歩踏み出す。


 視界が悪く、前に進んでいるかも不明瞭。

 どれほど歩んでも景色は変わらない。それでも老人には休む、という選択肢はなかった。



 何時間経ったのか、まだ数分かもしれない。

 尠からず進んだはずだが、疲労は一切ない。



─おや?─



 ふわり…と一陣の風が吹く。同時に雲が晴れ…老人の予想通り、見渡す限り美しい花が咲き乱れていた。


─これはこれは…お嬢様にお見せしたかったのう─


 屈んで足元の赤い花にそっと触れる。

 それは老人が最も愛した女性と、全霊で守った少女の髪と同じ色。




「遅かったな。マイニオ」



 老人以外、何者の気配はなかった。

 だというのに今は、彼の前方に3人の男女が立っていた。



─貴方、は…─



 もう何十年も聴いていない声。だというのに、すぐに結びついた。


「それでいいのよ。私達と違って貴方は、命を燃やし尽くしたのだから」


「そうよねえ。ってアンタ随分いい男になったじゃない!」


「いい男?ほっほ…このような老人に何を……?」


 老人…いや、白髪の青年はゆっくりと口元に手を当てた。

 己の口から出た声が、まるで若人のものだったからだ。



「いつの間に…はは、道理で膝に違和感を感じないわけだ」



 それよりも、と青年は立ち上がり前を向く。


 彼の視線の先に…

 黒い髪で穏やかに微笑む男。

 緋色の髪で手を振る女。

 桃色の髪で頭の後ろで手を組む女。

 いずれも20代後半といったところか。ひどく懐かしい姿に、目尻は下がり口角は上がる。



「ありがとう、マイニオ。貴方が私達の後を継いで、奮闘してくれたのよね」


「儂は…いいえ、僕は出来ることをしたまでです」


「何言ってんのよ。

 アタシ達が切り開いて。

 アンタが露払いをして。

 コイツが歩んだ道を…今生きている子孫達が続いているのよ」


「その通りだ。本当に…よくやってくれた」


「───…」


 青年は…マイニオ・カリエルバッハは口を噤む。


 自分の半生は血に塗れたものだったけれど。

 後悔などしたことはなく、誇れるものだと自負していた。


 それを敬愛する方々に労われ、感極まって言葉を発せずにいるのだ。

 漸く自分という存在が認められたようで…




「本来ならもっと再会を喜びたいところだが…もう時間だ」


「おや…残念です。もしや、再び地上へ?」


「そうよ!実はアタシ達、もう生まれ変わってんのよ!

 ふふんっ、今度は思う存分平和な世界を満喫してやるわ!!」


「うっさいってのよ、貴女は。

 マイニオを待ってから…ってつもりだったんだけど。

 つい最近ね、血縁で同時期に生まれる赤ん坊がいるって神様が言うもんでね」


「……まさか…」


「そのまさか、かもな。

 ここにいる私達は、お前に挨拶をするべく残った魂の欠片とでも言おうか」



 段々と、3人の姿が光の粒になって消えていく。

 役目を果たした分身が、本体に戻ろうとしているのだろうか。



「一応前世の記憶は消してあるけどね。地上でアンタらに会えるのを楽しみにしてるわよ」


 桃色の髪の女が愉快そうに言って消えた。


「私もだ。だが頼むから、お前達はもう少しお淑やかにだな…」


 黒髪の男が苦笑しながら消滅した。


「ね、マイニオ。貴方も来ない?」


 緋色の髪の女…マイニオ・カリエルバッハが最も愛した女性、セレスティア・ラサーニュがそう言った。

 問いに対し、マイニオは首を横に振る。



「僕は…ここであの方を待ちます。貴女方が待っていてくださったように」


「あら…妬けるわ。貴方の好い人なのかしら?」


「はは、それこそまさかでしょう。

 とはいえこの姿でしたら、遠慮なく攫っていたでしょうが」


「貴方ってそういうとこあるわよね…」


 セレスティアは一歩踏み出し、マイニオの頬に手を当てた。

 2人は口付けを交わし…セレスティアは微笑みながら消滅した。





 再び1人になったマイニオは、その場に腰掛け空を仰ぐ。



「ふう…こんなにも穏やかなのは何時振りだろうか」



 暗殺者を引退しても、医師を引退しても…

 2人の元気いっぱいな孫娘。その伴侶達、子供達…皆騒がしく、とても休まるものではなかった。


 それが心地よかったのだけれど。と1人声を上げて笑った。



「しかし…セレスティア様を愛した僕は幼すぎて。

 シャルティエラ様に対しては年老いすぎて…うまくいかないものだったな」



 花の上に背を預けて目を瞑る。



 あと20年早く生まれていれば…

 あと50年遅く生まれていれば…



 そうして彼は、再び眠る。

 次に目覚めるのは…その時は──…



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― 新着の感想 ―
[一言] カリエじいちゃん、旧友とあの世で再会、シャルティエラ(セレスタン)を待つようです。
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