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恋愛マスターの初恋

シャルティエラ24歳 フェイテ26歳 ネイ18歳




「フェイテさんっ!あの…私とお付き合いしてくださいませんか!?」


「あー…その、申し訳ございません…」


 今のところ恋愛をする気はなくて…と断ると、皇宮勤めのメイドが目に涙を浮かべた。そんな顔されても…。


「…では、今お付き合いされている女性もいないんですね!?」


「いません」


「私っ、諦めませんからー!!」


 諦めてください…と言う間も無くメイドはスカートをたくし上げて走り去る。



「…ハア…」


「おにーちゃーん。どうするのよ、これでキープ彼女が2桁っすよ〜?」


 キープなんてし・て・な・い!ニヤニヤしながら姿を現した妹の頭にチョップをくれる。成人してからは〜っす口調はやめたが、ふざけている時は出る。


「いや〜フッた数なら3桁いくんじゃな〜い?」


 こんちくしょう。流石に主人は叩けずため息をつく。


 俺はラサーニュ家に仕えるフェイテ・ナイル。そして今俺を囲っているのは妹・ネイ、主人のシャルティエラ様。両側から小突かれ身動きが取れん。



「首都で婚活するかも〜って言って何年経ってるのかしら?」


「それにしても、年を重ねる毎に告白の頻度上がっていません?」


「大人の魅力ってやつかしら…?」


 ……そして堂々と覗きをするシャルロット様、ヴィヴィエ様、皇太子妃殿下…貴女達は茶会してんじゃなかったのかよ。



 説明は不要だろうが、俺は未婚で恋人も無し。だがありがたい事に、こうやって好意を寄せてもらえるのがしばしば。だが…どうにも気分になれない。


 妹のほうは同僚のタオフィさんに夢中である。最初は相手にされていなかったが、多分そろそろ落ちると思う。俺より年上の義弟か…と思いはしたけれど、タオフィさんの人柄はよく知っているつもりだ。

 飄々として軽薄な人間に思われがちだが、本当はかなり思慮深い人だと思う。能力もあるし…正直言って、交際を反対する理由が無いんだよなあ。



「…ま、俺もいい加減身を固めるか…結婚したくない訳じゃねえし」


 さて、お茶会の会場に戻りますかね。途中でメイドに呼び出されてしまったが、お仕事はきちんとこなしますよ…っと。




 ※※※




「……ん?グラスから手紙か」


 とある日、伯爵邸に届いた郵便物の中にそれはあった。奴はシャルティエラ様ではなく、俺宛で手紙を寄越す。彼女には「完全に吹っ切れたら出す」と言っていた。内容は旅先の出来事だが結構面白い。夜、寝る前に読んでみる。


「へえ…今クフルにいんのか。つっても1ヶ月前だけど。あっちこっち移動しすぎだろ…カンタル大陸何回目だよ」


『本当にクフルって大部分が砂漠なんだな。そんでサンドバギーっつー魔道の車を買ってみたんだが、それで砂漠を走るのは中々爽快で楽しかった。

 少那が興奮して身を乗り出して、必死に押さえつけていた咫岐が落ちそうになった。運転は飛白に任せてたんだけど、普段穏やかなのにオラオラ言ってすんげースピード出してた』


「サンドバギーって…クッソ高え魔道具じゃねえか。貴族の中古かな…?飛白卿はハンドル握ると人格変わるタイプか…」


 返ってくる訳もないが、ついつい呟いてしまう。クフル…か。


『通訳雇おうと思ったら奴隷を紹介された。話には聞いてたがビビった。奴隷って聞くと強制労働的なの連想するから。名称変えたほうがいいんじゃないか?』


 俺に言われてもなあ。クフルの王様にでも直談判してくれ。


『そんで首都観光してたら、なんか王宮に呼ばれた。おれら身分隠して無かったから、是非お立ち寄りくださいって言われて。国王陛下に晩餐会に招待されたんだけど』


 マジで陛下出て来ちゃったか…。


『何故か俺らの事を見るなり…「4人共嫁に来ない?」と言われた。泊まらずに速攻逃げた。今も4人で身を寄せ合って震えてる』


「それが正しい。見た目が気に入ったら、成人以上の男女身分問わず声掛けまくってる人だからな…」


 まあ大半は断られるんだけど、それで罰するような人じゃないし。相変わらずだなあ…。

 便箋2枚分の手紙を読み終わり、バジルとテオファにも見せようと考えながら引き出しに入れた。

 ベッドに仰向けに倒れ目を閉じる。クフルの話を聞くと…嫌でも過去を思い出してしまう。




 クフルは爵位制度ではなく王室、上級貴族、低級貴族、平民しかない。その中でも上下はあったが、そこは割愛させていただく。

 俺んちは広大なクフル王国で、5家しかない上級貴族だった。そんで俺は次期当主…だったけども、親のほうが権力が強いんだ。父親も決定を下した以上、俺とネイはあっさりと売り払われた。


 でもあの家、自分で言うのもなんだけど、俺のお陰で保ってたんだよなあ。外交も領地経営も、飲んだくれ親父にできる訳ねえじゃん。その証拠に、賢い使用人は一斉に退職したらしいし。分かってて、いや知らずに追い出したんだろうな。

 従兄弟に切れ者がいたから、家は多分乗っ取ってくれたんじゃないかな。ついでに俺の義兄弟も保護してくれんだろ。

 まあ親達は路頭に迷うだろうけど、知ったこっちゃねえ。それこそ奴隷にでもなってくださいよっと。…プライドを捨てりゃ、いくらでも仕事はあるだろうし。



 ネイには苦労をかけたくなかったから…この子だけは守ると誓った。

 そんで俺らの奴隷生活はスタートしたけれど。下心で俺やネイに近付く客も多かったから、全然脱出出来なかったわ。それでも客を選り好みしていたのは、俺には最終兵器があったから。

 いや本っ当に最終手段だったけど!ケツ狙われるなんて、死ぬ一歩手前の決断だよ。俺1人だったら多分鉱山選んでたわ。


 あの日…シャルティエラ様と出会えたのは本当に奇跡だと思う。ハーレムから逃げられたのもそうだけど、今は本当に充実した毎日を送っているから。ネイも幸せそうだし…俺もそろそろ…と考えて。



『お別れなんて嫌です!どうか私も連れて行ってください!!』



「……………」


 上体を起こし窓の外を眺める。俺の唯一の心残り…心から俺を愛してくれた女性。彼女はどうしているだろうか…。

 従兄弟が家を継いでくれたとして。そいつと結婚したのだろうか。それならいいんだけど、だけど……



「…考えても仕方ねえ。大丈夫…きっと俺の事なんて忘れてるさ」


 そう無理矢理納得しようとしているのに。どうしても…別れの時の涙が忘れられない。

 …やはり国を出る前に、彼女にだけは連絡をするべきだったのだろうか。俺はグランツに行く、素晴らしい人と出会えたからもう大丈夫、と。


 シャルティエラ様に挨拶したい人、連絡を取りたい相手はいるかと聞かれた時。彼女の顔が浮かんだが…互いに未練を断ち切る為、何も告げない事を選んだ。

 国境を越えたその時。もう…振り返らないと決めた。



 ああ、駄目だ。少し前にルシアン様達に彼女の話をしたせいか、どうにも思い出しちまう。そういや結局あの2人はくっ付いたみたいだな。どう見ても相思相愛だったから、周囲は「やっとか〜」っつー雰囲気だったけど。


 そんな風に考え事をしていたら、いつの間にか寝入ってしまった。



 そう…嵐がすぐそこまで迫っているなど気付きもせずに。俺はグースカ眠っていたのだ。




 ※※※




「クフルの使節団、ですか」


「うん、1年滞在する予定でね。歓迎のパーティーで、わたしも伯爵として参加するの」


 夕食の席でシャルティエラ様が来月の予定を話している。誰が来んだろ?まあ知り合いって訳でもないだろうが。


「主要なメンバーは第18王子殿下アシュラフ様。外交官のバラカート様と…」


「「ブッフゥ!!!」」


 ネイと同時に吹き出した。まさかの、知・り・合・い。世間狭すぎねえ?


「おっとと、大丈夫か2人共?」


「は、はい…ゲホッ」


 タオフィさんに背中をさすられて少々落ち着いた。まだネイは咳き込んでるが…撫でられたくて演技してるだけの気がする。

 パスカル様に「差し支えなければ、どういう関係か聞いてもいいか?」と言われ…隠す必要も無いので答える事にした。


「アシュラフ殿下は幼少期、畏れ多くも友と呼んでいただいておりました。バラカート、様は…俺達の従兄弟です」


「「えええーーーっ!!?」」


 うお、夫婦で目ん玉ひん剥かないでくださいよ。バラカートは義母の家の従兄弟だから、血縁関係は無いけども。


 まあ、そいつが切れ者の従兄弟だ。どうしよう…ちょっくら挨拶して、家の近況聞こうかな…。

 とか考えてたら、シャルティエラ様が上に聞いてみるとの事。ありがたや…。





 この日の業務も終了、使用人部屋でちょいと雑談をしてから寝る。現在ラサーニュ家のタウンハウスには、俺達3人以外に9人の使用人がいる。その中でもタオフィさん、俺、ネイ、メイド2人、従僕、料理人見習いがいつものメンバー。


「バラカート様かあ。ネイはあまり覚えてないわ」


「お前小さかったしな。女好きだから…誘われても断れよ」


「もちろん!ネイはタオフィさん一筋だもの!!」


 そいつぁ結構だ。そのタオフィさんは顔を赤くして口元震わせてるぞ。他の連中はとても温かい目をしている。

 ドンと胸を張るネイは…兄の欲目だろうが美しくなった。髪はショートで身長は170cmあり、貴族令嬢とはまた違う魅力がある、と思う。ま、俺にとってはいつまでも可愛い妹だがな。

 そんなだから、バラカートに会わせるのは心配だ…ん?


「よく考えたら、俺だけ顔出せばよくない?お前は留守番してろ」


「…それもそっか。挨拶したい訳でもなかったわ!」


 ほっ。そのまま流れでクフルについて話が弾む。ちなみに俺達は過去を一切隠してはいない。恥ずべき事だとも思わないし。


「元奴隷って言っても、ただの使用人みたいなものなんでしょう?」


「その前は貴族だったんですってね!好きな人とかいなかったの?」


「んー…好きな人、かあ。まあ…いたな」


「おっ!どんな子だった?」


 どんなとな。まず…



「名前はムルジャーナ。俺の2つ下だから…シャルティエラ様と同い年か。最初はただの、複数いる婚約者の1人だった」


「ほうほう。続けて」


「おう…おおうっ!!?」


「「「ご主人様っ!!?」」」


 びっっっくりした!!!なんでサラッと輪に入ってんだこの人!?ってパスカル様もいやがる!!!


「使用人部屋なんかに来ちゃ駄目でしょうがっ!!」


「いいからいいから。で?はよ続き」


 こんの…!当主様の登場に皆驚き席を立つ。俺も…パスカル様に肩を抑えられた。あんたが座れや、何後ろに立ってんだ。結局シャルティエラ様、俺、ネイだけ座ってる。


「全くもう…!

 …いずれ夫婦になるんだし、婚約者達と交流はしてました。ひたすら相手の顔を窺って言葉の真意を読み取って。不機嫌にさせないように、ただの心理戦。忙しい仕事と勉強の合間を縫って、何してんだ俺…って気が遠くなってました。

 その中で、ムルジャーナだけは違いました。俺が訪ねると頬を染めて出迎えてくれたし、贈り物も喜んでくれて。俺の話も楽しそうに聞いてくれて…あれが演技だったとしてもいい、唯一心安らぐ相手でした」



 自分のこういう話をするのは照れるな…顔赤くなってないかな。誤魔化す為に酒をちょびっと。スルメを齧りながらね。


 妻達は平等に接するつもりだった。でもいつの間にか、彼女だけ特別になってしまっていた。週に決めた日数以上に会いに行って、楽しい時間を過ごした。

 昔の俺は結婚も子作りも子育ても、全部仕事だと思ってた。だけどムルジャーナだけは、色んな事情を抜きにしても一緒にいたいと願うようになった。



「あー…これが恋って事かぁ…って。初めて気付いたんですよね。それが15歳、遅めの初恋でしたね」


「「わあお…!」」


 わぁお…シャルティエラ様とネイが目をキラッキラに輝かせてるぅ。


 なんか色んな人から恋愛相談されてるけどさ。俺って本当に昔はそういうの解らなかったんだよ。人を好きになるっていう感情が。

 人の表情を読むのが得意だったから…こいつは誰が好きなんだ、あの子俺の事見てるな…ってのは分かる。

 俺自身に恋を教えてくれたのは他でもない、ムルジャーナだ。流石にそこまでは恥ずかしいので言わないが!


 今日はもう終わりハイ解散!!パンパン!と手を叩いて全員散らす。おら出てけ!


「わー待って待って、最後!!ムルジャーナさんって、どんな人だった?」


「……頭の回転は速いんだけど、斜め上に解釈する。それがあながち間違ってなくて…結果オーライになる感じ。

 それと見極めもすごく速い。「どれだけ尽くしても言葉が通じない」とか「そもそも話し合う気は微塵も無い」って判断した相手には、容赦なく拳を叩き込む。そういう子ですね…」


 改めて言葉にすると…中々酷いな?主人達も苦笑いだ。

 でも…たとえ趣味が悪いと言われようとも。俺が本気で愛した女性は彼女だけだった。お転婆で逞し過ぎて、逆に放っておけない…笑顔が眩しいムルジャーナ。





「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


 主人達を部屋に放り込み、俺とネイは廊下を歩く。ネイの部屋の前で別れた時、彼女は悲しげに笑った。


「ネイね、ムルジャーナさんがお姉さんだったら…本当に嬉しかったな」


「……おやすみ、ネイ」


「うん、おやすみ」



 ネイが部屋の中に消え、俺はその足で外に向かった。少し…熱くなった頭を冷やしたくて。

 俺が過去を捨てた以上、ムルジャーナと交わる道は存在しない。それこそ…彼女が脱線でもしない限りは。


 ……いいや、そこまで無鉄砲じゃないさ。どうか幸せでいて欲しい…そう切に願う──…




 ※※※




 そして使節団歓迎パーティーの日。俺は…


「なんですかこの服?」


「「まあまあまあ」」


 俺ってば使用人よね?燕尾服着ようとしたら、なんかパスカル様に連行されて。抵抗虚しく服を剥ぎ取られて、やたら肌触りの良い服を着せられ…髪もセットされ、メイクまで…。


「なんですかこの宝石。一介の執事が胸に付けていいもんじゃありませんよね?」


「わたしからのプレゼント♡今日はわたし達の友人として参加してもらうよ!」


 こ、こんのぉ…!色々言ってやりたいが、もうパーティーが始まる時間だ。くだらん怒りで余計な労力は使いたくない…この馬鹿夫婦め!!

 ビシッ!と親指を立てるシャルティエラ様。俺はそっと手を取り指を下ろす。


「クフルにおいて、親指を立てるのはマナー違反です。相手を見下している時の表現になりますから」


「「うそお!?」」


 ほんと。ま、今時古臭い考えではあるが、念の為ね。

 他にもなんか悪い作法ある!?と、2人は慌てて訊ねてきた。細かいのはあるけど…普通にしてる分には問題ない。そう伝えると神妙な面持ちで頷いた。


「まずいね、気を抜けないよ…!」


「ああ…フォークの使い方は大丈夫だろうか…!?」


「クフルでは手と足を同時に出すかもしんないよ!」(ふざけている)


「えっ!?そうなのフェイテ!?」(大真面目)


 面白い夫婦だなオイ。




 控室から移動、いざパーティー会場へ。伯爵夫妻が挨拶回りをする中、俺も後ろにくっ付いて移動。

 こんな上等な服を着ている以上…ちょっと昔を思い出してみますかね。


 一挙手一投足に気を配れ、僅かな表情の変化、言葉の隅々まで神経を尖らせろ。俺の行動次第で、家紋に泥を塗ると思え!!



「さて、使節団メンバーはどこかな?……フェイテ?」


「どうかなさいましたか、ご主人様」


「あ、いや…(なんか雰囲気違う?高貴な…惚れ惚れするような立ち振る舞い…)」


「(うわ、男から見ても格好いいな。シャーリィが惚れたらどうしよう…!)」


 ?なんか…シャルティエラ様とパスカル様の頬が赤いような。まだ酒飲んでいないよな?

 てか…周囲が皆同じ表情をしてる。そんで俺と目が合うと全員顔を逸らす。昔から同じ現象を何度も見てきたが…なんなんだ、一体。


 …なんてな。理由は分かってるけど…信じられんっつーか。俺のどこにそんな魅力があんのか、甚だ疑問だわ。




『……クトゥフェイーテ?』



 ドクン…と、心臓が一際大きく跳ねた。


 それは、その名は…家を出た時に捨てたはず。それを知っているのは…この会場では、シャルティエラ様と。クフルの……


 ゆっくりと声のするほうに身体を向ける。そこに…俺と同じく色黒の肌、翠の瞳。山吹色の短い髪の男が立っていた。その目は極限まで開かれ、動揺を隠せずにいるようだ。ああ…懐かしい。

 騒然とする会場の中、この空間だけ切り離されたかのように感じる。一切の音は届かず…時間が緩やかに流れているような錯覚に陥った。



『…久しぶり、バラカート』


 俺が微笑みながらそう言うと、従兄弟のバラカートはハッと正気に戻った。そして…



『久しぶり、じゃねーよ!!おま、お前ー!!』


『うおっ!?』


 彼は正面から俺に抱き着いてきた。ちょっ、目立ってる!!


『お前ー!!いきなり消えて…俺がどんだけ探したと思ってんだー!!?』


『分かった、分かったから!!とにかく移動すんぞ!!』


 ヤバい、視線がめっちゃ突き刺さる!!こんな騒ぎを起こしたら…!!

 陛下や殿下とかが来る前に退散!!パスカル様が逃げ道を確保してくれて、バラカートを引き摺ったまま俺達はダッシュで逃げた。



 ふう…休憩室を1室借り息を吐く。いい加減離れろ、俺はそんな趣味は無い。


「バラカート様…改めて、お久しぶりです」


 ここはグランツであり、主人達に会話を隠したくない。その意を込めてグランツ語で語り掛ける。


「…おう。10年振りじゃねえか、この野郎…!その敬語はやめろ、むず痒い!!」


「じゃ、遠慮なく」


 バラカートも応じてくれて、俺達は再会を喜ぶ。こいつは涙脆いところがあり、今も滂沱の涙を流している。なんか罪悪感が刺激されるんだよな…。

 伯爵夫妻は「席外そうか?」と言ってくれるが、俺の大事な人達だから紹介したい。



「こちらは俺が仕えている、ラサーニュ伯爵家当主シャルティエラ様。隣が夫君であるパスカル様だ」


 シャルティエラ様は微笑んでドレスを摘み、パスカル様も軽く頭を下げる。


「俺はクフル使節団の一員であり、外交官のバラカートと申します。

 そちらのご婦人とは顔合わせの際、一度お会いしたかと存じますが…」


「はい。わたしは近衛騎士団に所属しておりますので、皇太子妃殿下付きとして共におりました」


「あの時の凛々しい女性にもう一度お目通り願いたいと思っていたのに…既婚者とは残念。せめて後程ダンスにお誘いしてもよろしいですか?」


 奴はシャルティエラ様の手に口付けをした。あんまりパスカル様を刺激すんなよ…今も般若になりかけてんぞ。

 とにかく4人でソファーに座る。色々と話はあるだろうが…今はそんな時間は無い。


「ネイフィーヤも一緒か?」


「ここにはいないが元気にしてる。積もる話は後日にでも…」


 パーティーの真っ最中だからな。しかし…10年経って顔も声も忘れかけていたけれど。一瞬にして鮮明に思い出して…なんとも温かい気持ちだ。俺もちょっと涙出そう、見せないけど。



「なあ、クトゥフェイーテとネイフィーヤって…」


「うん、フェイテとネイの本名だよ。貴族でなくなった時に捨てたって本人が言うから、わたしとお父様の胸に仕舞っておいたの」


「お前勝手に捨てんなよ!だからか、見つからなかったのは!!」


 シャルティエラ様は微笑み、バラカートは憤る。その辺も含めて、一度じっくり話したいのだが…



「ならば私も混ぜるべきではないか?」


「「「「へっ?」」」」


「バアーン!!」と自分で言いながら扉を開けたのは…


「アシュラフ殿下っ!?」


「覚えていたようだな。久しいな、クトゥフェイーテ!」


 ツカツカ入って来たのは、第18王子殿下だった。背はやや低めで、愛嬌がある顔立ちの男性だ。俺より3つ年上なのだがそれを感じさせないな。

 全員席を立ち礼を執る。すぐに顔を上げるよう言われその通りに。


「ん…?そちらの美しいご婦人、是非私の妻になりませんか?」


「わたしは既婚者ですので…オホホ…」


 パスカル様、その角は引っ込めて。仕方ないからこの人達…綺麗な人はとにかく口説かなきゃいけない性質だから…。

 ってメインゲストが2人も会場抜け出すなよ!!いい加減戻らねば、と彼らの背中をぐいぐい押す。


 でも多分…俺は笑っていたんだと思う。なんだか昔に戻ったみたいで、懐かしさに目頭が熱くなる。

 それをシャルティエラ様には見抜かれていたようだ。彼女は2人を引き留める。


「殿下、バラカート様。よろしければ我が家にお越しくださいませ。わたしの友であるクトゥフェイーテの旧友を、是非ともお招きしたく存じます」


 彼女は満面の笑みでそう言ってくれた。そんな事言っちまったら…!!


「「では今夜にでも!!」」


「「えっ」」


 ほらぁーーーっ!!こいつらの辞書に遠慮っつー文字は無いんだよー!!


「(うーん予想外。精々明日かと…誘った手前断れないし…まあいっか!)ではパーティー終了後、お迎えにあがります」


 シャルティエラ様の言葉に、2人は上機嫌で会場に戻った。なんとか酔い潰れてくんねえかな。



「…大丈夫なんですか?」


「いけるいける。パスカル、ルキウス様に報告しといてくれる?」


「仕方ないな…じゃあ、歓待の準備は任せる」


 パスカル様はシャルティエラ様の頬にキスをしてから出て行った。

 全く、後先考えないんだからなあ、この人は。



 でも…俺の旧友をもてなしたいと言ってくれた事。すごく嬉しかった…彼女にとっては、なんでもない事かもしれないけど。


「へーいタオフィ。お客さん2人と一緒に帰るよ!」


『かっしこまりましたー!第18王子殿下とバラカート様ですね!お夕飯の下拵えと、念の為客間の用意は完璧でーす!』


「さっすが仕事早い!」


 こいつら予想してやがった…2人は通信機越しにノリノリで予定を立てている。



「ハア…料理人に、魚介類は使わないよう指示してください。水が貴重なクフルでは、水に棲むものは全て神の遣いっつー信仰がありますので。海藻は大丈夫です。

 それ以外留意点はありません」


「了解!タオフィ聞こえた?よろしく!」


『了解!此方にお任せを〜』


 楽しそうだなこいつら。まあ…俺も楽しいけど。

 ただしネイには近付けさせん!と拳を握る。奴らが口説くのは目に見えてるんだからな…!


 と俺が燃えていたら、通信を切ったシャルティエラ様が眉間に皺を寄せて首を傾げた。


「……ん?フェイテってスルメ好きだよね?」


「俺はグランツ国籍ですので!!」キリッ



 だって美味いんだもんよ。



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