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勘当されたい悪役は自由に生きる  作者: 雨野
学園4年生編
199/222

始まりの終わり、1年後



 ピピピピピ…



「……ん…」



 スマホのアラームが鳴り、オレは枕の横に手を伸ばし止める。

 あと5分…と思いながら目をこすると手が濡れた。

 …?ガバッと起き上がり、クローゼットに付いている鏡を確認する。オレは…涙を流している?


 全く覚えていないが…悪夢でも見たのだろうか。いや、むしろオレの心は落ち着いている。すごく…いい夢だったような。なんだか暖かい気持ちになりながら、パジャマを脱いだ。




 今日はオレの姉、優花の命日だ。小さい頃から頑張って闘病生活を送っていたが…家族の祈りも、医者の奮闘も虚しく儚くなってしまった。

 それからずっとオレの家族は沈んだままだったが…最近ようやく、姉ちゃんの思い出話が出来るようになった。



 さて、今日は父さんと母さんと3人で墓参りだ。

 とっとと飯を食って、先に外に出て車の前で待っていたら…



「…おっ、ねえ君!」


「はい?」


 突然見知らぬギャルに声を掛けられた。いや…見覚えがあるような?


「君さー、優花ちゃんの弟君よね!?よかったー住所合ってた!」


「……あ!あんた、白血病で入院してた…!」


「せいかーい!!」


 思い出した!!6年くらい前、姉ちゃんと同室だった女の子!あらまあ、金髪だから分からんかった。


「これ?所謂高校デビューってヤツぅ。てか弟君もアタシと同級っしょ、ドコ校?」


「は?笹羅高校だけど…」


「おんなじじゃーん!!何組?アタシ2組ー!!」


「6組…」


「遠っ!!そーりゃ気付かねーわ!!」


 あっはっはっ!!とソイツは笑う。いや、まず名乗れよ。


「おっと悪いね。アタシは木梨小雪、ユッキーって呼んで!」


「オレは齋藤優也………」


「ツッコんでーや。何よその顔、なんの用だ?とか考えちゃってる?」


 それは確かに思ってる。だが、それより。


「あんたは…完治したんだな。よかった…本当に…」


「…………………」


 姉ちゃんみたいに…し、死ななくて、よかった…。

 そう言うと、木梨はオレに背中を向けて「…お線香あげさせて」と言った。


 家に入れてやると、母さんが「あらあ、小雪ちゃん!?」と驚いた。覚えていたんだな…聞けば何度も姉ちゃんのお見舞いに来てくれていたらしい。

 木梨は仏壇に向かい、静かに手を合わせた。暫くそうしていたが…姉ちゃんの部屋を見たいと言うので案内する。


「無理だったらいいよ?」


「いや…どうせ物も少ないからな」


 2階のオレの部屋の隣、そこが姉ちゃんの部屋。

 だが姉ちゃんは小学1年生の時からほとんど入院生活だったから…使用感は全く無い。


 数回しか背負えなかった、新品同様のランドセル。

 1度しか袖を通さなかった、中学の制服。

 家具は机とベッドのみ。木梨はすのこが剥き出しのベッドに腰掛けた。オレは子供用の学習椅子に座り、話を聞く事に。



「んで…線香あげに来てくれたのか?」


「それもあるけど…渡したい物が、あって」


 そう言って木梨は、1枚の紙を鞄から取り出した。え、オレに?一体、何が………





『拝啓、ご家族様。

 どうも優花です。いつもお世話になっております。

 お父さん、お母さん、優也。この手紙は出来れば見つけないで、もしくは50年後くらいに発見していただけると幸いです。


 お父さんへ。

 いつも家族の為に、一生懸命働いてくれてありがとう。私の治療費で無駄にお金を使わせてしまってごめんなさい。

 それでも私は生きたい。生きていたら、いつか治療法が見つかるかもしれないから。無理だって、分かってはいるけれど。

 毎年遠くの神社まで車を出してくれて、お守りを買って来てくれてありがとう。いつだって私を一番に考えてくれてありがとう。たこ焼き、美味しかったです。

 でも…最近太ってきたと思います。そのお腹はヤバいです。速やかに筋トレをして、いつまでも格好いいお父さんでいてね。


 お母さんへ。

 覚えていますか?私の5歳の誕生日。いっぱいご馳走を作ってくれたのに、私は具合が悪くて吐いてしまいました。ごめんなさい。

 その日、眠る私の頭を撫でて「健康に産んであげられなくてごめんね」と、泣いていましたね。

 私は生まれてきてよかった。他の子よりもちょびっと体は不自由だけど。家族から沢山の愛情を貰って、すごく幸せでした。病院にも毎日来てくれてありがとう。私を産んでくれてありがとう。

 お父さんのような優しい男性と出会って、お母さんのような素敵な母親になりたかった。孫の顔を見せてあげたかった。それはきっと叶わないので、優也に期待してください。

 あいつは意外とモテるタイプです。イケメンとは程遠いけど、さり気ない言動が女子のハートをぶっ刺します。彼女を紹介される日も近いでしょう。その時ははしゃぎ過ぎないでください。


 優也へ。

 まず最初に、ごめんなさいと言わせてね。私はあなたに嫉妬していました。姉弟なのに…優也だけ何にも縛られず、自由だったから。

 でも両親が私にかかりきりだったから、あなたには昔から寂しい思いをさせてしまったと思います。それなのにワガママも言わず、ずっと優しい弟でした。

 これは信じてもらえないだろうけど。私はあなたのお話、大好きでした。まるで自分が外の世界に飛び出したようで、その時だけ私も普通の女の子になれたんです。


 あの日、あなたに酷い事を言ってしまった日。前日、隣の部屋で男の子が亡くなりました。私も次に眠ったら…もう目を覚まさないんじゃないかという恐怖に襲われていました。

 言い訳になるけれど、そのせいであなたを傷付けてしまいました。ごめんなさい。私に外の世界を教えてくれてありがとう。私がいなくなった後は、思う存分お父さんとお母さんに甘えてください。

 ただし、マザコンにはなっちゃいけません。彼女が出来て、結婚したらお嫁さんを第一に考えなさい。お姉ちゃんとの約束です。



 これを書いている頃。私はもう下半身の感覚がありません。近いうちに、この腕も動かなくなるでしょう。その前にこうして記しておきました。


 まあ長々と書いてしまったけど、要するに。

 お父さん、お母さん、優也、大好きです。私はこの家に生まれて幸せでした、本心です。愛してくれてありがとう。


 さようなら。優花より。かしこ』





 なんだこれ。こん、な…いつの間に…



「……それさ、優花ちゃんに貸した漫画に挟まってたんだよ。久しぶりに読み返してたら出てきて…多分混じっちゃったんでしょ。

 そんで…病院に行ったら、もう亡くなったって聞いて…。元気になったら遊びに来てねって、住所交換してたから土曜だし来てみた」


「………う…あ、あああ、ぁぁ……!」


 読み終えたオレは…女子の前で情けないとは思いつつ、溢れる涙を抑えられなかった。

 オレこそ…姉ちゃんの気持ちも考えず、無神経に話していてごめんなさい。姉ちゃんは何も悪くない、だから謝らないで…!


 もう、嫌われてると思ってた。だから…最期まで姉ちゃんと向き合う事から逃げてごめんなさい。

 ああ、もう一度チャンスがあったなら。オレは絶対に間違えない。病気は治せないとしても…目を逸らさない、最後まで姉ちゃんの心を守り抜く。



 だけどどれだけ後悔してももう遅い。オレは声を上げて泣いた。その声に心配してやって来た両親に、手紙を見せた。

 すると…母さんも同様に泣き崩れ、父さんも涙しながら母さんを抱き締めた。


 木梨はその様子を静かに見ていた。自分も涙を流しながら…。







「アタシもさ、逃げてたんだよ。

 …アタシは運良く全快して退院した。そんで「次は優花ちゃんの番だね!」なんて、無神経なコト言った。

 退院して暫くは、何度もお見舞いに行ったよ。でも…会う度に優花ちゃんは、少しずつ弱ってった。

 初めて会った時は、手すりがあれば歩けてた。

 アタシが退院する頃は、もう車椅子から降りれなくなってた。

 最後にお見舞いに行った時は…もう、自力で上半身を起こす事も出来なくなってた。

 それでもさ、よくアンタの話してたよ。剣道を頑張ってるとか、色んな話をしてくれるって笑ってた。大体家族か漫画の話ばっかりだったんだ」



『この漫画、ありがとう!でも相変わらず絵ばっかりで中身ないねえ。ついにシャルロットが誰かを選ぶと思ったら、なんか引き伸ばし展開っぽいし。早く進めろ!って言いたい!』



「……って言ってたのが、手紙が挟まってた漫画。でも…続きは貸してあげられなかった。

 だって返される時、すっごい腕震えてたもん。きっと…1冊読むのも一苦労だったんでしょう。

 これ以上弱っていく優花ちゃんを見たくなくて。それが最後のお見舞いだった。優花ちゃんが亡くなる10ヶ月前…かな」


「そう、か」


 ズズっと鼻を啜りながら話を聞く。

 両親はすでに部屋を出ている。手紙を読んで…頑張らないとね!と力強く立ち上がったのだ。


 オレももう、姉ちゃんの事でこれ以上泣かないと決めた。いつまでも泣いてちゃ姉ちゃんが悲しむ。



 さようなら、姉ちゃん。オレは未来に進む。でも絶対に、姉ちゃんの事は忘れない。


 そんなオレの決意が伝わったのか、木梨はクスッと笑った。少しだけドキッとした。



「…優花ちゃんさー。その漫画のパスカルってキャラが一番格好いいって言うのよー。でもアタシはルシアンが最強だと思うのよ!でしょう!?」


「いや知らねーよ。読んだ事ねえよ」


「これ最近完結してさ。アタシは個人的にゼルマっつー女キャラ好きなのよ。8巻…優花ちゃんが最後に読んだ巻ね。ラストで悪役っぽく登場してさ。

 9巻で開幕土下座よ、うける!強キャラ感出しといて、主人公のシャルロットに速攻潰されたのよ!!」


「知らねえって…」



 聞いてもいないのに、木梨は漫画の内容を熱く語った。


 なんでも主人公は完全無欠のお嬢様。顔よし頭よし苦労なし、感情移入も出来やしないと。


「そんでさー、本当の主人公はヒロインの兄だったのよ!!子供の頃からずっと苦労してきて、作中でシャルロットと決別した双子の兄。

 それが実は男装してた女の子でー、漫画のタイトルもその子を指してたのよ。言われてみりゃ納得だわ。その子…セレスタンのほうが主人公っぽいもん。

 苦しんで、挫折して、なんとか立ち上がって。それでもついに心が折れ掛かってしまったけど…周囲の助けもあって、踏ん張れた。無敵のお嬢様より、よっぽど人間らしいじゃない?」



 ふーん。

 全然興味無かったので、全部聞き流してた。えーと…主人公の名前なんだっけ?



「ちょっとー、聞いてんのー!?」


「聞いてる聞いてる」


「最終巻のネタバレしちゃうよ?」


「聞いてる聞いてる」


「じーつーはー。セレスタンのお相手、グラスってのが…」


「聞いてる聞いてる」


「きーてねーだろー!!!」


「うるっせえええ!!」


 こいつ、思いっきり耳を引っ張って叫びやがった!!み、耳がキーンとする…!!



「優也、そろそろお墓参りに行くわよ。小雪ちゃんもどう?」


「是非!」


「うへえ」


 母さんの目はまだ充血しているが、その表情は晴れやかだった。



 何故か木梨はオレにその漫画の魅力を語りまくる。うるせ…と思いながらも、その姿は生き生きとしてていいと思う。

 そしてこの日を境に、やたらと学校でも話し掛けて来るようになった。剣道の試合にも毎回応援に来てくれて…周りからは彼女だと勘違いされて散々だった。




 だが人生とは分からないもので。10年後オレ達は結婚する。

 それを今の高一のオレに言っても、鼻で笑うだけだろうなあ。





 墓参りに行く為、車に乗り込んだ。ちゃっかり木梨も隣にいるし…はあ。


「そういやさ、姉ちゃんが好きだった漫画ってなんてやつ?」


「お、興味出て来た!?」


「いや別に」


「なんだよー!!」


 興味は無いが、なんとなく聞いただけ。多分すぐ忘れるわ。シートベルト…と。



「ま、いいけどねー。その漫画のタイトルは……」





   『皇国の精霊姫』






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― 新着の感想 ―
[一言] もう一つの作品のタイトルが漫画のタイトルだったのですね。弟だったラディ兄様のセラスの前世の亡くなったあとの話で舞台となった漫画のタイトルが判明しましたね。
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