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季節は巡り、春。わたしは憧れの騎士となった。ジェイルと一緒に近衛に配属され、忙しくも充実した日々を送る。
人間関係も良好で、新人いびりとかあったらどうしよう!という不安は吹っ飛んだ。
ラサーニュ伯爵としての仕事もしているぞ。まあ雇った行政官さんに丸投げだけど…休みの日は島に行ってるし。
首都の邸宅と島の本邸、それぞれに充分な数の使用人も雇った。だがタオフィ、フェイテ、ネイはわたし達と一緒に行き来している。
「あ、シャーリィさん!!ルシアン様見ませんでしたか!?」
「ほ?どしたのペレちゃん」
とある日、ルシアンのお城に夫婦とフェイテでお邪魔しに来たんだが…玄関先までペレちゃんが走ってやって来た。なんか焦ってる?
「今日は陛下がお見えになると言うのに、執務室の机にこんなメモを残して消えたんです!!」
ん?彼女が差し出す小さなメモ用紙には…
『お昼ご飯までには戻ります』
「「「……………」」」
「どうしましょう…もうお時間なのにい!!」
哀れペレちゃんは頭を抱えている。
セフテンスがグランツに吸収され、もう1年以上経った。島は完全に復興し、笑顔の人々が町を行き交っている。
そしてこの春ルシアンが正式に侯爵に就任した事により、領地の名前を変える事になった。
わたしのラサーニュ島と、ルシアンのクーブラット島、合わせてセフテンス島…って感じ?
なので今のルシアンはルシアン・クーブラット侯爵さ。で、その侯爵様が逃げたって?
わたし達は…黙ってペレちゃんの後ろを指した。彼女が不思議そうに振り向くと…
「「あっ」」
「いたーーーっ!!?」
なんとルシアンとハーヴェイ卿が、サーフボードを手に城から逃げようとしているではないか。
「すまないベティ、見逃してくれ!!いい波が来ているんだ!!急ぎの仕事は終わらせただろう!?」
「駄目ですっ!!こらーーー!!!」
きっちりウエットスーツを着た男2人は逃げた。ペレちゃんも走り出して追いかけっこが始まり…面白そうなので付いて行こうっと!
城の敷地内を走っていると…セフテンス騎士団の皆さんからも「頑張れペトロニーユ様ー!」「あっち逃げましたよ!」とヤジが飛んで来る。しかし誰1人として奴らを捕まえようとはしない。
ハーヴェイ卿みたいに、皇室騎士団から何人かセフテンス騎士団に移動した者もいる。特に彼らが面白がっているのだ。
「もおおーーー!!陛下をお迎えする準備も整っているんですよ!!」
「敏腕秘書がいて私は幸せ者だな!!」
「いやあ、それ程でも…じゃなくてっ!!!」
楽しそうだな。ペレちゃんの後ろを走っているのだが…なんだコレ。
そしてついにサーファー共は砂浜までやって来た。そこには…
「遅かったな」
先客の姿を確認すると、ペレちゃんはズザザザーーーっとスライディングした。あ、ビーチフラッグスやる?
そこには…サングラスを掛けて波に乗る気満々の格好をした陛下が立っていたのだ。あの、陛下。今日は視察で来たのでは?
お付きと思われるモーリス様…いや総団長がため息をつく。
「もっと言ってやりなさい…」
「視察の一環さ。うん、砂浜は綺麗に整備されているようだ」
何言ってんのこの人。諦めな、ペレちゃん。
わたしはビーチに座り込むペレちゃんの隣に腰を下ろす。パスカルとフェイテは、女子会するので遠くにやった。
波に乗る3人を眺めながら、ちろっと横を見る。ペレちゃんは…呆れたように、穏やかに微笑んでいる。
「怒ってる?」
「…いいえ。実は、ちょっぴり楽しいです。仕事から逃げ回るルシアン様を追い掛けるの。
大体逃げられるけど…たまに捕まえると、子供のように笑うんですよ」
秘密ですよ?と彼女は笑った。
…ふと思ったけど、この2人結構お似合いじゃない?少なくともルシアンは、彼女の事を信頼はしているよね。
ペレちゃんはどう思ってるのかな…聞いてみちゃう?でも首を突っ込むのは…いや気になる。
意を決して口を開こうとした、その時。
「いやあ、乗った乗った。すまないな、ベティ。帰ろうか」
「あれ、もうよろしいんですか?」
「ああ」
うーん水も滴るいい男。ルシアンは濡羽色となった髪をかき上げながら近寄って来た。
わたしはこの美形に慣れてるし、パスカルのほうが格好いい!と思っているけども。恋愛耐性の無いペレちゃんは…頬を染めながら、彼にタオルを差し出した。
その流れで城に帰る事に。チッ…聞きそびれた。まあいい、そのうち…と考えていたら。
ルシアンが髪を拭きながら…わたしにだけ見えるように、人差し指を口の前で立ててニッと笑ったのだ。
まさ、か?わたしはこの時、余計な事はしないと決めた。
※※※
そして今日は、ロッティの結婚パーティー!薄紫のドレスに身を包む妹は、今まで以上に輝いていた。
ロッティの隣には、赤を基調とした正装姿のジスランが。
…ロッティも言ってたけど、不思議な感じ。わたしがぼーっと2人の姿を眺めていたら、パスカルが「どうした?」と顔を覗き込んできた。
「ん…小さい頃を思い出してたの」
バジルも一緒に、わたし達4人は沢山遊んだ。ブラジリエ邸では、ガス様がよく絵本を読んでくれた。
でもガス様が家を出ちゃって寂しくしていたら、見かねたジェイルが読んでくれるようになった。下手だったけど…楽しかった。
「わたし達も、もう大人なんだよね。友人同士で集まっていると、どうしても学生のノリになっちゃうから…不思議。
責任のある立場になって、いつか…子供が生まれて。お父さんとお母さんになるんだなあ…」
「…ああ、そうだな」
パスカルにも伝わったのか、彼は微笑み優しく肩を抱いてくれた。
「お姉様、そんな端っこにいないで!ねえ、踊りましょう!」
「うん!…え、わたしとロッティで踊るの?まあいいか!」
「「(いいのか…)」」
何か言いたげな目をするパスカルとジスラン。彼らはガン無視して、ロッティと手を取りホールの中央に躍り出る。
ふっふー、まだまだ男性パートも踊れるぞ!するとロッティの後に、ルネちゃんもお誘いに来た。そんで次に、遠慮がちにペレちゃんも。ふ…仕方ないなあ、子猫ちゃん達め。
「おい、オレ達が踊れないんだけど」
「おっと子猫ちゃん、いい子で待ってな」キランっ
「誰が子猫ちゃんだ!!」
エリゼがフシャーッと威嚇をして、周囲に笑い声が響く。これだよ、このノリだよ!!
いつか、皆でお爺ちゃんお婆ちゃんになって。その時も…こうして仲良しでいたい。
そんな事を願いながら、結婚パーティーを楽しく過ごした。本当におめでとう、ロッティ!幸せになってね!!
余談だが。パーティーの次の日…ロッティは1日中身体が痛くてベッドから降りられなかったらしい。
「ジスラン…侮れないわ…!もっと淡白かと思っ」
「報告しなくていいから…」
知りとうない、妹夫婦の性事情なぞ!!
※※※
さて。ついに今日、箏に向けて出発する!!
もちろん木華を迎えに行く為!!帰って来たら、盛大なパーティーをする予定。
大海原に旅立つわたし達。以前大量に魔石が手に入ったので…エンジンを改良した船で旅立った。簡単に言えば、従来の半分の日程でオオマキラ大陸に着くぞ。
メンバーはルキウス様、養護教諭を辞めて宮内省に就職したラディ兄様。ルキウス様の秘書の女性と、ジェイル含む騎士15人程。外交官2人、メイドが5人、そんでわたし。
全員漢語はマスターしているぜ。パスカルも来たがったが…仕事なので諦めてもらった。ハズだったのだが!!!
「ふう…大丈夫かシャーリィ、船酔いしてないか?」
「大丈夫よ…パスカル…」
甲板で海を眺めていたのだが…何故いるんだこの男は!!!
「新婚旅行の代わりとでも思ってくれ」
「ルキウス様…貴方の仕業ですかぁ…!」
そこへルキウス様と兄様がやって来た。なんでも…新婚でいきなり数ヶ月も離れ離れは寂しかろう、と気を使ってくださったようで…!
確かに新婚旅行どうしよっか?とは話していた。そのうち長期休暇貰って行こうか!とか。気分はいつでも新婚さんだから…何年後に行っても一緒なのさ。んふ。
「私の護衛は必要無いし、箏に着いても自由にしてくれて構わない。
顔合わせとか…公務の時だけいてくれればいい」
そこまで気を使われては…甘えない訳にはいかないでしょう!!!
という訳で切り替えて、思う存分旅行を楽しむ事にしました。パスカルと腕を組み、一緒に海を眺める。
「わ、見て見てパスカル!魚が跳ねたよ、美味しそう!」
「どうして君は、真っ先に味を浮かべるんだ…?でも、そんな姿も愛らしい。
なあシャーリィ。君はいつまで俺をパスカルと呼ぶんだ?」
「いつまでって?」
「愛称…じゃなくて、あなた…とか」
「…!あ…アナタ…?いや無理恥ずかしい!!」
「ふふ…真っ赤になってしまって、君はどれだけ俺を幸せな気持ちにさせるんだ?
君のような可愛らしい女性が奥さんで…世界中を探し回っても俺以上に幸福な男はいないだろうね」
「う…うぅ…」
「(……もうツッコまねえぞ、オレは)」
「(羨ましい…)」
「(見せつけやがって…)」
「(いいなあ…イケメンの旦那欲しい…)」
「(爆発しろぉ…)」
「(うむ…参考に…なるか?)」
ああ…水平線に沈む夕日が美しいわ…。ロマンチックだわ…。
なんか周囲から視線を感じるけど、無視だわ…。
長いようで短い船旅が終わると、オオマキラ大陸に到着!箏はまだまだ先だけど、お迎えが来ていた。
「ようこそおいでくださいました、皇太子殿下、皆様。お疲れでしょう、本日は宿でゆっくりとお休みください」
「出迎え感謝する。ではお言葉に甘えさせていただこう」
ふう…やっと地に足がついたわ。
色んな国の色んな宿に泊まり、グルメや綺麗な景色を楽しみながら進む。
そして…ついにお目見え、魔道鉄道!!見た目は機関車って感じ、いいわあ…!
中には特製のクッションとかがあって、全然揺れないし快適そのもの。はあ…なんだか、懐かしい。富士山とか…見えるワケ、ないよね。
1人で窓の外を眺めてノスタルジックな気分になっていたら、向かいに座っているラディ兄様が頭をぽんっと叩いてくれた。
「なんかさ、窓の外が雪景色だったらいいと思わないか?」
「お、兄様分かってるう!いつか…冬にも来てみたいね」
「そうだな。箏は雪が沢山降るらしいから…かまくら作るか」
「おお…中でお餅焼きたい…!!」
「溶けるぞ…あとは、雪合戦するか。ルキウスを重点的に狙おう」
あっははは!想像すると楽しすぎて、笑いが込み上げてくる。いつの間にか、悲しい気持ちはどこかへ飛んでいってしまった。
「ねえシャーリィ、ユキガッセンて何?」
「何って…雪の玉を投げ合うんだよ!」
「それだけ…?楽しいの…?」
む。ヨミには分からんかあ、雪合戦の魅力が!まあ…勝敗をどう決めるのか知らないけど。
精霊達も鉄道を楽しんでいる。ただ…ヘルクリスとトッピーが、通路を塞いでいる…!!乗り降りする際は扉で詰まるので、2人は影に入っててね。
大陸に着いてから約1ヶ月。ようやっと箏に到着です!季節は初夏、蝉がすでに鳴いている。
箏は…この雰囲気、建物の感じ、行き交う人々の服装。なんつーか…日本で言うところの明治に近いかな?文明開化…西洋の文化が入ってきた頃。まあ、わたしにゃ歴史ドラマの知識しか無いけどね!
で、やって来たここが王宮かあ。ザ・日本城じゃん!!格好いい…早く入りたい!!
けどお仕事中なので、わたしは近衛の騎士隊服に身を包み背筋を伸ばす。キリッとね。
門の前で馬車を降りると、多くの国民がグランツ一行を見に来てくれたみたい。ロープで隔たれた向こう側の人垣を見ると…なんだか有名人になった気分。おほほ。
「おお、久しぶりだなルキウス殿!」
「凪殿、お久しぶりです。それと…我々も漢語を学んで来ました、どうぞ気楽にしてください」
『ははは、これは嬉しい事を言ってくれる』
うおっぷ、久しぶりのオーラだぜぇ…!門まで凪様が直々にお出迎え、ありがとうございます!
『シャルティエラ嬢、その姿は…そうか、騎士になったのだな』
『はい、陛下。皆様の支えあっての結果です』
『ははは、その姿を命や少那にも見せたかったものだ。と…積もる話もある、まずは中へ入ってくれ』
『ありがとうございます』
おお…歴史の城って感じ、凄いなあ…。あ、ここで靴を脱ぎますか。
グランツの皆も、さり気なくキョロキョロ見ているぞ。なんだか、初めて少那達が皇宮に来た日を思い出す。
通された畳の大部屋には…あ、綺麗な着物姿の木華が!わたしに気付くと、にっこり笑ってくれた。そんで…凪様の席の隣。美しい正座姿の女性は、もしや…!!
『こちらは私の妻、紅緒だ』
『お初にお目にかかります、グランツよりお越しの皆様方。どうかゆるりとお過ごしくださいませ』
やっぱり、王妃殿下!!覇王の妻はやはり、線の細い儚げ美女がテッパンですか。
挨拶もそこそこに…ルキウス様は木華の隣に座った。
『木華…久しぶりだな。会いたかった…』
『私もです、ルキウス様。この1年…毎日貴方を想っていました』
おっと…見せつけてくれるぜ。彼らは互いに見つめ合い、自分達の世界に入っている。んもう、周囲に人がいる事を忘れないでくれよ?
ルキウス様は木華の手を握り、凪様を真っ直ぐに見据えた。2人揃って頭を下げて、言葉を紡ぐ。
『凪殿。改めて…木華は私が必ず幸せにします。どうか、グランツに一緒に帰る許可を頂きたい』
『顔を上げてください、ルキウス殿。こちらこそ…どうか妹をよろしくお願い致します。木華はここ数日、貴殿の到着を指折り数えながら待っていたのだ。
木華。今まで苦労も多かったろう…これからは、ルキウス殿がお守りしてくださるだろう』
『凪兄上…。箏を離れる事にはなりますが…私はいつも故郷を想うでしょう。
今まで17年間、お世話になりました!』
木華は目に涙を浮かべて微笑んだ。大丈夫、わたしもお守りしますよ!!
正式に結婚を認めて貰えて、2人はとっても嬉しそう。そんで…ん?新聞の取材が…来てるですって…!?
あわわ、どうしよう!!ルキウス様の悪人面が一面を飾ってしまう!!グランツのイメージが…!と、わたし達は焦った。だが…
実際に取材が始まると、ルキウス様は見事な営業スマイルを披露した!!兄様によると、ようやっと練習の成果が現れたとか…頑張ったんですね…!!
『それでは、女性騎士の方にもお話を伺ってよろしいでしょうか?』
『『え』』
なん…?なんでカメラが、壁に並んでいるこっちを向いている…?
女性騎士と言えば…わたしともう1人、キティ卿しかいませんが?え…聞いてないんですけど…。
そうか、この国では女性が武器を持つのは一般的じゃないから新鮮なのか!
『…!えーと…シャルティエラ卿、任せた』
『いやいやいや』
「私漢語も不安なのよ!!それに貴女は刀を持ってるし精霊姫だし、どう考えても貴女のほうが美味しいでしょうが!!」
『ん…?今、精霊姫と仰いましたか!?』
ぎゃあああああ!!!バレた!!記者達の興味が一瞬でこっちに向かった!!ルキウス様、助け…
『ええ。そちらが我が国が誇る精霊姫、シャルティエラ・ラサーニュです』
売られた!!!
『おおお、やはり!!』
『スタンピードを防いだ英雄!!』
『どのような女傑かと思いきや、こんなにも可憐な女性だったとは』
『お話よろしいでしょうか!?』
『ひえ…』
こうしてわたしは、記者に2時間捕まったのでした…。途中からパスカルも強制参加させ、色々聞かれた。
翌日の新聞。一面にルキウス様と木華の結婚についてデカデカと…ではなく。半分はわたしとパスカルの話題だったよ!?




