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勘当されたい悪役は自由に生きる  作者: 雨野
学園4年生編
178/222

グラスの追憶



 今日はおれの兄である凪陛下が来ると聞いた。だからお嬢様達の誕生日パーティー用に仕立てて貰った礼服を着て、面会の時間まで旦那様と行動を共にする。だが…



「ん…どうした?」


「いえ…あれは、少那…殿下ですよね?」


「あ?そう、だな。…挨拶して来るか?」


「……少々席を外します」


「おう」



 廊下の向こう側に、笑顔の少那が小走りで移動する姿を見掛けた。そして後ろには「走ってはいけません!」と言いながら自身も走る咫岐。どっちもおれの…可愛い弟だ。

 恐らく彼らはシャルティエラお嬢様が到着したと聞いて玄関口に向かっているのだろう。おれはまだ顔合わせが怖くて別行動をしていたが…少しだけ、様子を観察してみよう。


 そう思い、こっそりと後を尾ける。



 彼らの後ろ姿に…本当に大きくなったなあ、と感慨深くなる。昔はおれの後ろを「あにうえ、あにうえ」と、てちてち付いて回っていたのに…。





 ※※※※※





 おれは19年前、箏という国に王太子の身分で生を受けた。父である国王から贈られた名を(ミコト)、7歳まで何不自由無く育つ。


 だが正直なところ…昔の記憶は朧げだ。それでも凪兄上、少那、咫岐、薪名…木華。兄弟は他にも数人いるが、交流があったのは彼らくらい。彼らの事はよく覚えている。




 凪兄上はすでに後宮を出ていたが、おれが訪ねると快く迎えてくれた。そしておれに子供用の刀を持たせて鍛えようとした。

 まだ上手く振れなかったが…剣舞の練習にはなった。おれは刀も好きだったが、歌や踊りのほうが好きなのでな。



 少那は大人しい子だった。凪兄上に引き摺られて「うぐおぉぉ〜ぅ…」と呻いている姿は可愛くて面白かったな。よく助けてやったものだ。

 おれが一度母達の女の戦いを目撃した後…どれだけ壮絶だったか説明したら、少那もしみじみしていた。もしそれが女性恐怖症の一因となっていたら……ごめんよ。



 木華は…おれの同腹の妹。しかしあの子はおれを覚えているのだろうか。別れたのは木華が4歳の時だったから…。遠くから母そっくりに美しく成長した姿を見て、おれは泣きそうになってしまった…。

 だが。昔やったおままごとは強烈だった。おれがペットの蛇をやらされたアレ。木華がお母さん、少那がお父さんだったんだが…


『アナタ!このくちべにはなんでふか、またじょちゅうにてをだしたのでつか!?』

『ひいいいい!ちが、ちがうよ、これにはわけが…』

『いいわけはけっこうでち!ああもう、いたずらにそくしつをふやさないでちょうだい!!』

『う…うわあああん!ちがうもん、ぼくなにもしてないもん!!』

『うねうね、くねくね(何やってんだろう、おれ…)』


 と…父上と母上の喧嘩を真似ていた。おれは地面にのたうち回って見ていたが…頼むからルキウス殿下に同じ事をするんじゃないぞ。

 


 咫岐は賢い子だった。側室の子だという自分の立場を理解して、徹底して使用人のように振る舞った。おれにとって弟である事に変わりはないのだが…少那だってあの子を兄として慕っていたし。

 側室は何十人もいたが、その子供は少ない。咫岐と薪名、あとはおれの知る限りでは2〜3人。それは側室の殆どが、父上に一度だけお手付きになった女性だからだ。あのクソ親父…。



 薪名は面白い子だった。常に無表情で、怒っている時も泣いている時も真顔。口調はハイテンションでも顔は真剣。すぐ顔に出る咫岐とは正反対の双子で、揶揄うと楽しかった。

 動物が大好きで、よく猫に餌をあげていた。大体誰かに見つかって、猫は追い出されてしまうのだが…その時は心なしか表情も落ち込んでいた。いつか動物好きの男性と結婚して、大型犬を飼いたいと聞いた事がある。




 そんな兄弟達と共に、おれは次期国王としての自覚を持ちながら日々を過ごしていた。そんな毎日が、変わらず続くと信じて疑わなかった。




 それが一変したのは、おれが7歳になったあの日。箏の暮らしはあまり覚えていないが、あの日は鮮明に思い出せる。

 7歳の誕生日はとても大事なもので、おれは朝から忙しくしていた。綺麗な衣装に袖を通し、肖像画を描く準備をしていた時。



「瑞華様…第二妃小昏(コグレ)様と亜茉海(アマミ)王女殿下が、命様の誕生祝いにいらっしゃいました」


「そう…お通しして」


「はい」



 そう、少那の母と姉がおれ達の住む屋敷にやって来たのが全ての始まり。

 第二妃は自分より地位の高いおれの母上を忌み嫌っていた。どうせ嫌味でも言いに来たんだろう…おれ達はそう判断した。


「命、木華と一緒に遊んでいなさい」


「はい」


 対応は母上と母の腹心、眞凛に任せおれは木華の部屋に向かった。だが…



「………木華?」


「…………………」


 様子がおかしい。眠っているにしても、深すぎる。いつもなら肩を揺すれば、すぐに目覚めるのに。

 不審に思ったおれは、母上に報告に行った。だが…どうにも応接間が騒がしい。扉に耳を澄ませてみると、中から言い争う声が聞こえる。

 またか…おれはため息をついた。妃同士の争いなんて、後宮では日常茶飯事。そう思っていたのだが…。



「…ぐっぅ…!」


 今のは…眞凛の声?彼女の苦しそうな声に、おれは勢いよく扉を開ける。するとそこには。

 

「!!命、逃げなさい!!!」


「な……」


 そこには…第二妃とその娘だけでなく、3人の男がいたのだ。どうしてここに大人の男が…!?10歳以上の男は、王子でも追い出されてしまう後宮に!!

 男共は武器を持ち、母を囲っていた。そして、眞凛は頭から血を流して母を庇っている…!!


「やめろおおーーー!!!」


 おれは近くに置いてあった護身用の薙刀を振るった。だが相手は恐らく玄人…子供の刃など、あっさりと受け止められてしまう。

 それどころか、逆に武器を奪われ…身体を、貫かれた。


「ぁ…か、ふっ…」


「命っ!!!」


 母の叫び声が…耳元で聞こえる…遠退く意識の中、おれに治癒魔術を掛ける母。そんなおれたちを庇って戦い続ける眞凛の、姿が…。


 なんて、ことだ…母は魔術に長けており、こんな奴ら軽く吹っ飛ばせるはずなのに…そう考えていたら、第二妃の声が聞こえた。

 

「あら、抵抗する気ですの?愛しい娘がどうなっても…いいのかしら?」


「………!!」


 ああ…そうか。母も眞凛も、木華を人質に取られているから…そっか…。

 違うよ、木華は無事だよ。そう言いたかったのに…声が出なかった。



 無抵抗の母の身体を、刀を受け取った第二妃が斬った。動けないおれは…自分の顔の上に母の血が掛かるのを見ている事しか出来なかった。

 だが母上は微笑み…最期の力を振り絞り、誰も到達なし得ないと言われていた人類の限界を超え。時間操作魔法を発動させた。



 周囲の空気が変わり色が反転し、おれに向けられている男の手が止まっている。


「マリ…ン…」


「はい…瑞華、さま…」


 母上は涙を流しながら、俺を強く抱き締めてくれた。温かくて、大好きな母の抱擁。これが最後なんだな…と分かった。

 比較的動ける眞凛が応接間の引き出しから、1つの紙を取り出した。それは…影武者用魔術の人型。

 それにおれの血を付けて、魔力を流すと…おれそっくりに形作る。しかも怪我の状況まで同じ。



「命、命…愛しています。どうか…貴方は、生きなさい。この国を出て、遠くへ…行き、なさい…」


「……はは…うえ…」


 時間停止魔法も長くは続かない。恐らく…保って数秒。その間に眞凛が涙を流しながら、影武者を母に抱かせ、おれを麻袋に入れた。



「ははうえ…やだ…いや、だあ…」



 情けない事に…おれの意識はそこで途絶える。

 袋の中で、バタバタと遠ざかる複数の足音を聞いた。人が集まる前に、男達が逃げたのだろう…。



 




 次に目を覚ましたのは、とある港。怪我は治っており、船の陰でおれはボロボロの眞凛に抱かれていた。


「命様。私ももう永く、ありません…貴方は逃げてください」


「やだ…やだよ、眞凛!帰ろう、おうちに。母上を助けないと…あいつらを…殺してやらないと…!!」


「ダメです!!今戻れば…あなたはすぐに殺されてしまいます!」


「やだ…母上…!」


 母上が残されているというのに、おれだけ逃げろと言うのか?木華だっているのに!!

 眞凛はおれの両肩を弱々しく掴んだ。いつも悪戯をすると、もの凄い握力で掴まれるのだが…今は簡単に振り払えてしまいそう。彼女がどれだけ弱っているのかが分かる。

 おれが体の力を抜くと…眞凛は微笑んだ。



「いい子ですね、命様。

 今後宮に戻れば…保護されるより先に、小昏様の手の者に捕まるでしょう。

 なので死を偽造しました。あの影武者は瑞華様の最高傑作です。外見は元より、体温も内臓も…流れる血までも人間そのもの。あれを偽物と疑える者はいないでしょう。

 木華様は大丈夫。彼女らの狙いは貴方と瑞華様ですから…。

 ですから、逃げてください。船に乗って、違う大陸に向かってください。馬車を乗り継ぎ、また船に乗り…遠く、誰の手も届かない遠くへ」


「…ひとりじゃ、やだよ…一緒に行こう」


「いいえ。私は残り、小昏様の追手を撹乱します。その隙にお逃げください。

 大丈夫、貴方は強く賢い、王の気質を持つ者。必ず生き延びます」


 おれは涙が止まらず、彼女に縋った。1人にしないで…第二妃が捕まるまで、隠れていようと言った。



「いいえ。その前に、貴方は殺されます。どうか…母君の最期の願いを、聞き届けてください」


「母上…」


 それでも足が動かない。そんなおれの頭を、眞凛は優しく撫でてくれた。



「今から貴方に、瑞華様の遺した魔術を掛けます。いいですか、よく聞いてください。

『遠く、遠くへ逃げなさい。元いた場所に、帰って来てはいけません。全てを忘れて、新しい人生を生きなさい。そしてどうか…幸せに、なってください』」



 彼女が香水の瓶を開けると、周囲に香りが広がった。同時に…彼女の言葉が、香りと共におれに沁み渡る。



 そうだ…逃げないと。遠くへ…全てを忘れて。

 丁度いい、商船がある…これに乗って、違う大陸に行こう…。



 おれはフラフラと大きな船に乗った。眞凛を振り返る事もなく…生まれ育った国を、大陸を離れて…生きないと…。





「さようなら…命様。もう貴方は王太子ではありません。何物にも囚われず…生きなさい。

 ああ…いつか貴方が大きくなって、恋をして。女の子を紹介してくれる時を…私も瑞華様も楽しみにしていたのになあ。

 どうか、愛しい人を見つけてね。その方と幸せになって…私達の事など、思い出してはいけません。

 ですが…少那様は心に深い傷を負ってしまった事でしょう…。彼のお陰で、命様を安全に運び出せましたが…」




 後ろから、誰かの涙声が聞こえる。おれは形容し難い悲しみを感じるが…構わず進む。


 直後に船は出て…外を眺めると、1人の女性が複数の男に追い掛けられているのが見えた。おれは…何も考えず、船内に足を踏み入れる。



 その後おれは生きる事、逃げる事だけを考えていた。商船で食料や衣類、金品を盗み、荷物に紛れて数日を過ごす。

 陸地は馬車に乗って移動した。金品を換金し、乗合馬車に乗ったり商人の馬車に紛れたり。時には歩き、数ヶ月。

 また海にやって来て…今度は客船に乗る。もちろん不正乗船だが、堂々と歩いていれば客の子供にしか思われなかった。

 乗客の荷物を盗んだり、厨房に侵入してつまみ食いしたり。おれはそうして食い繋ぎ…ついに、グランツ皇国までやって来た。


 ラサーニュ領に足を踏み入れた時…それまで「逃げる」「生きる」しか考えられなかった頭が、突然晴れた気がした。




「(どこだ…ここは…?みんな、何語を話している…?おれは…誰だ?おれは…ミコト。それ以外、何も思い出せない…)」




 何も分からないまま、おれはそこでの生活を始めた。言葉も通じず苦労したが、数ヶ月でなんとかカタコトは話せるようになった。

 この土地は浮浪児が多く、おれも仲間だと認識された。


 沢山の子供がいた。だが皆死ぬか出て行くか、連れて行かれるか…明日をも知れぬ生活。

 正直に言えば、おれは何処へでも行けた。こんな荒んだ土地でなく、別の領地に行けば良かった。この土地に思い入れは無いし、生き延びる知識もある。別の場所で保護してもらえば…いいはず、だった。


 だが…どうしても、おれはラサーニュ領を離れられなかった。苦しくてひもじい思いをしても、ここに居たかった。どうしてなのか、自分でも分からなかったけれど。







 おれは母上の魔術により、長い間記憶を失っていた。だが何事にも永遠など存在しない。いかに強力な術であろうと、年々効果は薄れていく。

 おれは最初自分の名前と、逃げる事、生きる事しか覚えていなかった。だが大きな屋敷で暮らしていた事、沢山の人に囲まれていた事など、少しずつ思い出していった。帰らなきゃいけない、という感情も。

 それでも重要な事は思い出せない。多分それ以上は…何かが必要なんだろう。



 そして…完全に記憶が戻ったのは、つい先日のこと。箏からやってきた剣士、飛白師匠のお陰だった。


 今から数年前、お嬢様に…箏から王族が来ると聞いた。最初はなんとも思わなかったのだが、少那と木華という名を聞いた途端…少しだけ、心が揺れた。

 だがそれ以上は何もなく、平和な日々を過ごす。


 今年、ついに王子達がやって来た。おれもお嬢様の従者である以上、どこかで顔を合わせるだろう…そう考えていた。

 だが上手い具合にタイミングが合わず…初めて少那殿下の顔を見たのは、魔術祭の時だった。モニターに映る姿を見て…



「………………」


「……?おい、グラス…?」


「…………………」



 何故か彼から目が離せなかった。そして…ルキウス殿下の告白。それに応える木華殿下の声…おれは、気を抜けば涙が出そうになっていた。

 お嬢様と殿下が魔物に襲われた時は、冷静さを失いかけた。フェイテやジャンさんのお陰で、なんとか落ち着いて…おれは会場の人々を守るほうに回った。


 あの時は、愛するお嬢様が危機に陥ったから焦っただけだ。そう、思い込む事にした。少那なんて王子…知り合いなんかじゃ、ないと…。




 それから学園が夏期休暇に入る少し前…おれは、旦那様に呼ばれた。書斎にはジャンさんとフェイテまで…何事?


「グラス…単刀直入に聞く。お前は箏出身で本名はミコト…それは本当か?」


「…出身に関しては憶測でしかありませんが、名前はおれの記憶違いでなければ真実です」


 いきなりなんだ?と思ったが…旦那様達はどうも神妙な面持ち。只事ではないと、事実を述べた。すると3人は益々顔を険しくさせて…フェイテが説明してくれた。


「あのな、グラス…箏で命っつー名前は、国王陛下の御子にしか与えられない名前の1つなんだ。そして…過去お前と歳の合う王太子殿下が亡くなっている事実がある。

 つまり…命ってのは記憶違い。お前は箏の人間じゃない。お前は…王太子殿下。このどれかになる」


「——は…」



 何を言っているんだ、こいつは…嘘を言っているようには、見えないが。

 おれは確かにミコトと呼ばれていた。それだけはずっと覚えていた、絶対に!


 どれだけ4人で話し合いをしても、答えは出なかった。何故なら…おれの出身地を特定する材料が無いからだ。

 おれは漢語に聞き覚えがあったから、箏出身だと思っただけ。だがオオマキラ大陸では、他にも漢語が母国語の国もあるらしい…なら、おれはそっちの出なのだろう。


 そう結論付けたのに。どうしても違和感が拭えない…とても説明出来る感情ではないけれど。おれのその様子を見たジャンさんが…



「じゃーさ。仮に、仮にな?グラスを王太子殿下だとして…お前はどうしたい?」


「……どう、とは…?」


「国に帰るのか、このままグランツにいたいのか。だよ」


「……………………実、は……」



 おれは…彼らについ先日の、お嬢様との会話を伝えた。


「シャルティエラお嬢様が、言っていました。闇の精霊様が気付いたのだけれど…おれは、強力な魔術で記憶を封じられている。

 それは鍵が無ければ、決して解けない。記憶を…取り戻したいか、と……」


「………なんて、答えたんだ?」


 旦那様の質問におれは…何も、と答える。



「おれは…今の暮らしを守りたい。一晩考えて、やっぱりそう思ったんです。お嬢様と一緒に…彼女の一番になれなくても、側にいたいと…。だから、何も答えず…いつも通りに振る舞いました。お嬢様も合わせてくれて…それ以来、記憶の話題には触れていません。

 でも、分からないんです。少那殿下と、木華殿下…どうしても彼らが気になって仕方がない。

 おれは、本当に王太子なんでしょうか?彼らの…兄、なんでしょうか?それだけじゃない…飛白師匠だってそうです。彼の名前を聞いた瞬間…どこか懐かしくて、それ以上に切なくて。


 おれは誰なんですか?なんでこんなにも、苦しいんですか?おれ、おれ…」


「グラス…」


 おれは溢れる涙を止められなかった。いい年した男が情けないが…誰も、笑う事はなかった。


 その後話し合いを重ね…今の状態で殿下達と顔を合わせるのはやめよう、という結論に至った。お嬢様が彼らと会う時はフェイテに従者をやってもらう。おれは気持ちの整理がつくまで、徹底的に彼らを避けた。


 お嬢様も察してくれて、何も言わなかった。だが…夏期休暇の終盤、お嬢様達のご友人がラウルスペード本邸に大集合したあの日。

 おれは自室から、少那殿下達の姿を見ていた。楽しそうに笑い、走り回る姿…エリゼ様と話していたと思ったら、咫岐さんと一緒に顔を曇らせた。


「………………」


 どうしてこんなにも、心揺さぶられるのか。彼らは本当に…おれの、家族なのか。


 その日の夜。飛白師匠に王族について聞いてみた。だが答えられないと言われ…当然だよな。

 もう本当に、どうすればいいのか分からなかった。いっそ「おれは箏とは無関係だ!!」と切り捨てられればよかったのに、出来なかった。



 そして…なんの気無しに「箏の物は無いか」と言ってみた。何か見覚えのあるものでもあれば、思い出が蘇るかもしれないと思って。

 だが師匠は荷物が少なく、服や刀、ちょっとした日用品しか無かった。その中で…どうしても気になる物が、あった。


「………これ、は…?」


「ああ…俺の、姉の形見。でもどうしても開かなくて……えええっ!!?」


 それは小さな香水瓶。どう見ても女物で、師匠には似合わない。

 だがおれはその瓶を見た瞬間…心臓が締め付けられる思いだった。震える手で瓶を取り、蓋を開けると…甘い香りが辺りに広まる。



 その匂いは……あ…ああ、あ………あああああああああっ!!!!



 一気に記憶が蘇り……おれは、その場に立ち尽くす。

 国…家族…母上、眞凛…。箏での暮らし、あの日の事件。全て、思い出した…。

 この香水は、封印の魔術に使った物。記憶を開ける、鍵でもあったのだ…。おれを心配そうに見つめる師匠。そうだ、彼は…よく眞凛から聞いていた。


 眞凛の弟、飛白。彼は腕が立ち、おれと年も近いので…将来はおれの護衛になって欲しいと思っている、と。

 彼本人もそれを望んでいて、日々鍛錬を欠かさないとか。だからおれも…いつか飛白が仕えてくれると嬉しいなと思っていた。その日は…来なかったけれど。



 だから…飛白に「ありがとう」と言った。

 ずっと少那を支えてくれて、ありがとう。

 この香水をおれに届けてくれて…ありがとう。

 お嬢様と友達になってくれて、ありがとう。様々な感情の込もった言葉のつもりだった。



 その日は自室で一晩悩んだ。悩んで、その結果。


 ……少那と、ちゃんと話をしよう。そう決めた。その前に、近いうちに剣術大会がある。お嬢様と少那は余興で、舞を披露するらしい…ちょっと悪戯心が湧いた。

 お嬢様の練習に付き合う傍ら、とある計画を立てた。その為に、旦那様とジャンさんとフェイテの協力を仰ぐ。更に師匠に服と刀を借り、準備完了。



 お嬢様達の舞にいい感じに乱入し…少那と対面した。十年以上振りに、間近で弟と対面し…仮面の下で涙を流しそうになっていた。

 なんとか堪えて、昔を思い出しながら舞ってみる。すると…お嬢様も拙いながらに合わせてくれた。少那は…目を見開くも、おれの動きに自然と合わせる。



「………!」


 彼も思い出しているのだろう。そうだ、これは…昔散々見せた、おれの得意の舞だから。

 演奏も終わり、お嬢様と一緒に退場しようとすれば…待ったをかけられる。名を訊ねられ…今はまだ、答えられない。おれはグラス・オリエント。以前の名は捨てた…そう、答える。

 もう少しだけ待って欲しいと言えば、少那はこくんと頷いた。いい子だ。


 すぐに木華も咫岐も、薪名もやって来た。全員集合か…感慨深いな。皆大きくなったなあ…と感動しつつ、おれは逃げた。



 実はまだ、答えを出せていないんだ。少那と話そうと思っているけれど…。




 そしてなんと、凪兄上まで来ると言うじゃないか。お嬢様から聞いて、おれは。もう…逃げてはいられないなと、覚悟を決めた。





 ※※※※※





 そんなおれの目の前で、今。

 少那達を追い掛けたら…耳障りな声がする。飛白を罵倒する叫び声、少那を…侮辱する言葉の羅列。おれは廊下の角で全て聞いていた。ああ…腹立たしい。



 あまり声を張り上げたつもりは無かったが、騒がしかった周囲が静まり返った。

 靴音を鳴らし、一歩一歩確実に歩む。フェイテはおれの顔を見て…「行ってらっしゃいませ、殿下」と微笑んだ。

 ジェルマン卿とハーヴェイ卿は目を丸くした後、その場に跪いた。それを見た観衆も倣い、皆頭を下げる。

 咫岐は…呆然と、おれを眺める。その頭をぽんぽん叩く。


「咫岐、少那の側にいてくれてありがとう。後は任せなさい」


「命…兄上…」


 そのまま彼は座り込んだ。ごめんな、混乱するよな。

 そして…ルシアン殿下は目が合った後、静かに廊下の端に寄ってくれた。シャルロットお嬢様も同様、事情は何も分からないだろうに。


 だがこれで、おれの横にいるのはシャルティエラお嬢様と少那だけ。青い顔で泣き続ける少那を…お嬢様ごと強く抱き締めた。


「少那、ごめんな。もう大丈夫。お前はおれの弟、正統な箏の王子だ。誰がお前を否定しようとも、おれもお嬢様も絶対に味方だからな」


「あ、あに…あに、うえぇ…!」


 あ、やば。お嬢様って言っちゃった…気付かれてないな、ほっ。本人には背中を抓られているけども。いてえ。

 


 そしてクソ女の後ろから…木華が走って来る姿が見える。誰かが呼びに行ってくれたのだろう、隣には薪名もいる。おれ達の姿を確認すると、驚いた顔になり立ち止まる。薪名の表情が崩れるのはレアだな。


 ヴィルヘルミーナとかいう女はおれの姿を見るや否や、目を輝かせた。


「え、素敵…今までの中で一番タイプかも…♡

 あのう、お名前をうかがってもよろしいですか?」


 名前…か。まずは膝を突いている全員を立たせ、おれは今度こそ声を張った。



「おれは箏国51代国王・雲珠を父に持ち、母は正妃・瑞華。そして現国王凪の弟にして、少那と木華の兄…名を命と言う。

 並びにセレスタン様の従者、彼より与えられた名をグラス・オリエント。貴様の名乗りはいらない。覚える気も無いし」



 名乗りにどよめきが広がった。女は顔を強張らせるが、どうでもいい。

 少し怖いけれど…お嬢様がおれの背に手を回し、にっこり笑ってくれた。その笑顔だけでおれは、力が湧いてくるよ。




 お嬢様、セレスタン様、シャルティエラ様。


 おれは…貴女と出会い言葉を交わし、触れ合い…気付けば貴女を愛していました。


 おれはね。貴女と会ったあの日。おれがラサーニュ領から離れなかったのは…貴女と出会う為だったんだって、解ったんだよ。




命「なんでペットが蛇なの?」

木「いぬとかねことか、やりつくしちゃったもの。げんそくとして、おなじネタをやりたくないわ」

少「ぷろこんじょうだねえ」

命「なんのプロだよ…」

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