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タオフィ先生が向かった先は医務室だった。そこには白衣姿のラディ兄様。わたし達はズカズカ入ります。
「うお、何事?」
「ちょっと場所借りるよランドール君」
兄様は何も聞かずにお茶を淹れてくれた。そして…ちゃっかり自分も話聞くスタイルに落ち着く。まあわたしではなく、精霊達が説明してくれるんだけどね〜。
現在わたしはベッドに腰掛けている。正確に言えば…座るヨミの膝の上に乗せられている訳ですが。
右隣には、わたしと腕を絡めて優雅に足を組むエア。パスカル、タオフィ先生、ラディ兄様は…そのスラっと長く美しい足に目を奪われている。……けっ、ルゥ姉様にチクってやる。
左隣にはメイ。わたしの手を握ってもたれ掛かり、ノモさんが付き人のように近くに立つ。小さい精霊達は頭の上や肩の上、ベッドの上で…なんという精霊包囲網。
対してパスカルは椅子に座り…セレネを頭の上、ノエルは浮いたまま彼に後ろから抱き付いている。どうやら翼は動かさなくても飛べるらしい。その姿に…
「「……………………」」
わたしは静かにエアとメイの手を外し、立ち上がる。
パスカルはセレネをヨミに向かって投げ、ノエルを抱っこして…エアの膝に乗せた。
そして…わたしがパスカルの隣に椅子をぴったり並べて座り。
「「完成!」」
ようやくしっくりくる形に落ち着いたのである!!全員呆れた目をしているよ。ついでに腕も組んでいる。
「なんかお前ら…人の目気にならないのか?」
「なるよ?でもタオフィ先生とラディ兄様には…ねえ?」
「その通りだ(本当は膝に乗せたかった…)」
「あそ…」
兄様は無視して、わたし達は「もう、あんまりノエルばっかり構わないでよ?」「そっちこそ、俺もヨミやメイに嫉妬してしまうよ」「えへへ、やだあ〜」という我ながら頭の悪い会話をしている。
新入りのメイとノエルすらも呆れ顔。皆小さくなって、いつもの光景が戻ってきた。
「(おかしいな…セレスはまだ、パスカルに秘密打ち明けてないよな…?)」
(※現時点でセレスタンが女性だと知る人は多い。だが…『パスカルも知った上で、セレスタンの前では知らない振りをしている』という事実はこのランドールとオーバン。バティスト、シャルロット、エリゼ、ルシアン、フェイテだけしか共有していないのである)
「えー…そこのバカップルは置いといて。ヘルクリス様、詳しいお話よろしいですか!?」
「よかろう」
他のベッドを独占していたヘルクリスが、精霊講義を始めた。時折ヨミ、トッピー、セレネも口を挟み、先生はメモを取り録音し…目を輝かせて聞いている。
どうやら彼らの話は大変貴重なものらしく、先生は近いうちに今までの話を論文に纏めて世界中に発表するらしい。
「精霊の研究者が世界中からグランツに殺到しますよ!もちろん、王と姫のお名前もお出しします。此方の手柄にするつもりはありません!!」
いや、別に名誉とかいらんし…って聞いちゃいない。
だがまあ…研究者が喜ぶならいいか…と何気なく考えていた時。わたしはとある事に気付いた。
姿を変えて言葉を話せるのって最上級の能力って言ってたよね?と確認すると、ヘルクリスがそうだと答える。
「なら、ヨミも小さくなれるの?僕は今の青年型しか見た事ないんだけど」
わたしの発言に、全員の視線がヨミに集まった。彼の答えとは…。
「なれる…って言うか。今が小さい姿だよ?」
「「「「そうなの!!?」」」」
思わず人間4人で声が揃った。え、じゃあ、大きい姿見せて!?という願いを聞いてくれて、彼はすくっと立ち上がる。そして精霊達を少し遠ざけると…
影が瞬く間にヨミを包み…ムクムクと大きくなった。その影が解かれた、そこには…!
真っ黒なローブに身を包み、いくつもの装飾品をぶら下げ。耳はエルフのように長くなり、頭に大きな2本の角。
顔立ちは変わらないが…赤いタトゥーかな?模様が刻まれている。爪は鋭く長く、身の丈ほどの大きな鎌を持っている。
よく見ると、その鎌…ヨミの長い髪と繋がっている?そして全体的に大きくなって、身長3m以上ありそう…!!
なんというか…死神より魔王というほうがしっくりくる。とにかく…
「か…格好いい……!!」
呆然と見上げる人間達。わたしは…自分の中の厨二心が刺激されて、ラスボスっぽい彼の真体にメロメロです!するとヨミはクスッと笑って…手を伸ばす。
うわ…!今の彼の大きな手だと、わたしの体片手で掴めちゃうの!?脇の下を親指と人差し指で支えられて、ヨミの顔の近くに運ばれた。
「小さいとは思っていたけど…こうすると、まだまだ子供だね。パスカルに取られちゃう前に…やっぱりぼくのモノにしようかな?」
あ、食われる。本能的にそう感じた。と同時に、彼の翠の目を見たら…なんか頭がボー…としてきた…
わたしは腕の上に座らされ…ヨミの大きな口、キバがある〜なんて呑気に考えていた。そのまま2人の距離が近付いて…顔が重なりそうになった瞬間。
「うっをお!?」
グイっと後ろに引っ張られた。あれ、今わたし何しようとした?
「………………」
引っ張ったのはパスカル。ヨミを睨み付け…わたしを膝に乗せて強く抱きしめられているう…
「……ふふっ、そんなに怖い顔しないでよ。ぼくは約束は破らない、今世の伴侶はパスカルに譲るって言ってるじゃん」
「…………今、シャーリィに何かしたか?今もぼうっとしているし…」
「単に魅了掛けただけ。この姿だと、無意識に発動しちゃうんだよ」
そう言いながら、ヨミは縮んだ。いつもの青年姿だ…はっっっ!!?何この体勢!?わたし、子供のように膝に座ってる!!
降りようとしたら、なんか阻止されるし!仕方ないので、パスカルの気が済むまでこのままでいいか。
「チャーム…闇の精霊の得意な術ですね!?」
「正確には、上級以上は生まれつき備わってるんだよ。メイも出来る」
その言葉にメイは頷いた。ほうん…
タオフィ先生が次から次へと精霊達に質問し、たまに「うざい」とヨミに怒られている。次第にわたしも体が自由になってきたが…まだパスカルの温もりを感じていたいので、動けない振りを…
コンコン
!!?だ、誰か来た!!わたしは反射的に膝から降りて、精霊達のいるベッドに座った!それを確認した兄様がどうぞーと返事する。扉を開けたのは…
「まあ…セレス様にパスカル様。それにタオフィ先生もいらしたのですね」
「ビビ様、ご機嫌よう」
だった。え、怪我でもした…?そんな心配も束の間、彼女は椅子に座るタオフィ先生に近付いた。そしてにっこり笑う。
「丁度よかったです。私、先生に質問がございましたの」
「おや、何か授業で分からない所でもありましたか?」
「いえ…今日お2人の召喚を拝見しまして。私も…上級精霊と契約したいな、と思いましたの」
「うーん…それは難しいですねえ。まず召喚からですし。次の授業で実技をしますから、その時を待ってくださいね」
「あら、残念だわ。分かりました…」
彼女はヨミとメイにちらっと目を向けて…優雅に微笑んだ。対する彼らはチベットスナギツネだが。もしやビビ様…悪魔を召喚したかった?なんで…?
それに召喚だけど。わたしは以前、エリゼが召喚したニンフのラナと契約した事がある。タオフィ先生が、その方法を知らないとは思えない。「誰かに召喚してもらう事も出来ますよ〜」と言わないあたり…黙っていたほうがよさそうね。
彼女は次にラディ兄様に声を掛ける。兄様は「今日はどうしましたか?」と、まるでお医者さんのような事を言う。
ビビ様は「ちょっと貧血で…休ませてくださいませんか?」と言った。なので兄様が彼女の付き人に連絡がつくよう手配して、すぐに迎えが来た。
「ありがとうございました。それでは皆様、ご機嫌よう」
「さようなら…」
結局何しに来たのかな?貧血の割には…超元気でわたしとおしゃべりしていたが。それに彼女、よく来てるの?
「……ほぼ毎日来てる」
「うっそん。兄様狙われてんじゃん!?」
「やっぱそう思う…?既婚者アピールしてんだけど…」
兄様の机には、ルゥ姉様とクレイグとの写真とか飾ってある。凄いな彼女、怖いもん無しか!その場の全員で顔を見合わせて、乾いた笑いが連鎖するのであった。
※※※
週末本邸に帰って、バティストに聞いてみた。情報通の彼の事だから、ファルギエール領と隣接しているというセフテンスにも詳しかろう。
仕事抜け出して大丈夫だと言ってくれたので、のんびりまったりお茶にした。ヨミも同席している。
「それで、お嬢様は何を聞きたいんですか?」
「うーん…セフテンスってさ、重婚とか…認められてるの?」
わたしの質問に、彼は苦笑いだ。だってー…明らかに彼女、複数人に粉かけてるんだもん。
「法律的にはアウトですよ。でもこの国もそうだけど…貴族っていうか当主って、愛人がいてもおかしくないでしょう?普通に妻公認だったりするし。
それで、お嬢様はヴィルヘルミーナ王女殿下を警戒してるんですよね?」
ここは素直に頷いた。問題起こされたら…困るので。バティストは少し考え、テーブルに肘を突いた状態で語った。
「で、セフテンスはグランツより女性の地位も高くて、女当主とか普通なんですよ。するとまあ…女性が複数の男性を囲う事もあるんです。
国王も例外ではありません。王妃・王配以外に妾…愛人…好きなだけ迎えられるんですよ」
いやん、爛れた大人の世界め。
それで…セフテンスって今、5人の王女様が王太女の座を巡って争ってるんでしょ?ビビ様、留学とかしてる場合か?
「そんじゃ簡単に説明をば。まず…
第一王女。マルティーネ・ミア・セフテンス。宝石とお金大好きで、自分のアクセサリーブランドを持っている。ただ売り上げ以上に浪費している。
第二王女。アンジェリーヌ・ゾエ・セフテンス。色んな男を取っ替え引っ替え、自分が女王になったら城仕えはイケメンしか雇わんと宣言してる。女は死ねとまで言っているらしい。
第三王女。クレメンティーン・ジェマ・セフテンス。気性が荒く、自分の侍女をよく折檻している。国王も手を焼いているみたい。
第四王女。ヴィルヘルミーナ・アヌ・セフテンス。5人の中で…いや、セフテンス国一の美女と評判。反面、あまり頭は良くない。取り敢えず微笑んでおけば、周りがなんとかしちゃうから。
第五王女。ペトロニーユ・ベティ・セフテンス。彼女が一番苦労人。なんせ浪費家な姉4人の尻拭いに奔走してるからなあ…。まともな臣下は皆、ペトロニーユ殿下が女王になるのを望んでいるようですよ」
ええ…?セフテンス、大丈夫…?末っ子王女様以外、ロクなのいねえ。
「そうなんです…そもそも現国王も、民に圧政を強いているみたいだし。結構難民とか、ファルギエール領で受け入れてるんですよ。だから…これ、オフレコですよ?」
「なになに?」
急にバティストが声を潜めて、わたしに近付く。任せよ、この口は固い!!ヨミも誰にも言っちゃ駄目よ。
「以前…セフテンスをグランツ皇国の従属国にするっていう案が出ていたんです。だがそれは宣戦布告と同じ…絶対に駄目だ。
という訳で、近くで民が苦しんでいると言っても。我々には…どうしようも出来ないんです。精々、逃げて来た人達を丁重にお迎えするくらいしか」
バティストはそう言って、珍しく暗い顔をした。
そっか…。グランツが大国とはいえ、他国の政治に口は出せないよね。ならば…せめて新しい女王がまともである事を願うしか…無いのかあ…。
「ヴィルヘルミーナ王女を、女王に相応しく教育する事も出来ますよ?あと3ヶ月ちょいしかありませんけど」
うん、無理だね。はあ…
穏やかな風が吹く初秋の午後。どうしてわたし達は…他国の情勢を憂いているんだろうね…?
「……?シャーリィもパパも大変そうだねえ」
大変…なのかな?ビビ様の情報が欲しかっただけなのに…思いがけず色々知ってしまった。
とはいえ、わたしの仕事は変わらない。ビビ様のサポートをして、少那の女性恐怖症を治して。来週からまた頑張るぞ!と、決意を新たにするのであった。
王女達の名前は無理に覚えなくてもよいです。暫く出て来ませんので!




