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勘当されたい悪役は自由に生きる  作者: 雨野
学園4年生編
150/222

30



 放課後が来なければいいのに。と無駄に考えながら、現在男子は体術の授業中。

 ペアで組み手をしているが、僕の相手はバジルだ。



「はあー…」


「浮かないお顔ですね」


「まあね、っと!」


「おっと」


 むきー!!バジルは涼しい顔で僕の突きを流した。彼はコルテニウスの指輪を外しているが、それでも充分強い。



「えいやっ!!」


「ふふっ、軽い軽い」



 むぎぎ…!!さっきから僕は攻めまくっているのに、彼は全ていなしている。

 というか、当たっても大したダメージにならず…僕もっと体重増やさないとかなー!


「もう、ヒラヒラと…!!本気出して!」


「嫌です」


 これだよ!!!彼は僕相手には決して攻撃して来ない。僕が女で主人だからだろうけど…その余裕さ腹立つ!!

 僕の売りは素速さだけど、彼は僕より速い。そして筋力も体力も僕を大きく上回る。

 いつも彼は一度も攻撃する事なく、互いに怪我なく勝利するのだ!!剣なら負けないのにい!!



「っと、今のはいい動きですね」


「今の躱すの君!?」


 フェイントを入れても足を引っ掛けようとしても、掴んで投げようとしても全部躱される。

 今だってナイスタイミングで回し蹴りを喰らわせようとしたのに、バジルは下に逃げた!



「おわっ!?」


「チェックメイトです、お嬢様」


 

 逆に足払いをされ、僕の体が宙に舞う。バジルは素速い動きで僕の背中に手を回し、優しく地面に下ろされたと思いきや…首にトンと手刀を当てられる。笑顔で勝利宣言をされ…チクショウ!!!

 あー悔しい。今度剣でボコボコにしてやる!



 彼に手を引かれ立ち上がる。その時…少し離れた所から少那とルシアン、エリゼがこっちを見ているのに気付いた。

 パスカルとジスランも現在試合中、パスカルは防戦一方だけどね。流石、ジスランの動きは他とは段違いだ。武術の授業って、結構生徒間で実力差が激しいんだよね。

 そんなジスランも素手ではバジルには敵わない。凄いでしょう、うちの執事!!




「凄いね…バジル。彼は特殊な戦闘訓練でも受けているの?」


「…さあ…?そもそも、バジルの師匠って誰なんだろう?」


「………言われてみれば。確か幼少期から鍛えているって…まさか独学じゃあるまい…」




 そんな会話が聞こえて来る。サボるなよ君ら…。

 ちなみに…現在の近接格闘の師匠はバティストだ。僕も相手してもらうけど…彼はバジルと同じくらい強い。

 

 で、バジルに格闘の基礎を叩き込み鍛え上げたのは…僕も知らん。小さい頃聞いてみた事はあるが…「おばけです」と言われた。なんじゃそら。



「ねーバジル、本当に体術誰に教わったのさー?」


「え?…亡霊ですよ」


 彼はにっこり笑ってそう言った。

 …マジ?え、あの屋敷…なんか居る?僕は背筋が凍った。




 怖…さ、さて!次は誰に相手してもらおうかな。そう思いキョロキョロしていると、少那が声を掛けて来た。



「あの…よかったら私の相手をしてもらえないかな?」


 もちろん構わないけど…


「少那…顔赤いよ?熱があるんなら…」


「無い無い、全然無いっ!」


 ならいいけど…周囲に誰もいない事を確認して、距離を取って向かい合う。

 礼をして…構えて…うーん、どうすっか。他の皆と違って、少那の実力は分からない。

 いつもなら先手必勝!な僕だけど。まず相手の動きを見るか…と思い誘ってるんだが。



「………………」



 かかって来いや、おい。彼は構えたまま動かない。

 えー、もしかして少那、カウンタータイプ?このままお見合いしてても仕方ないし…行くぞ!!



「わっ!?」


 あれ、止められた…。ひとまず正面から攻めてみたが、普通に腕でガードされた。でも軽く後ろに飛ばされてるし、少那は反応は悪くないけど防御力は無いね!

 

 ならば攻めるのみ!!さっきの疲れも残ってるし、僕の体力が尽きる前に倒す!



「…っ!わわ、わっ!」


「むーん、しぶとい!!」


 少那は僕の攻撃を全て受け止める。守ってばっかりじゃ勝てないぞ!


「……!(タイミングを見て私も攻めないと!でも…ええい!!)」


 

 !!ついに少那が僕に向かって手を伸ばす。でも僕より遅い、余裕で躱せる!

 そう考え、最小限の動きで横に逸れた、つもりだったのだけれど。



 ふにっ



「「……………………」」




 ……余裕で避け切れた筈だった。だが僕は…いつもなら有り得ない、足がもつれてバランスを崩すというミスをしてしまった。

 結果思うように動けず…転倒する事は無かったが…


 少那の手が…僕の胸に、触れた。強く殴られてもいない、押されてもいない。何故か優しく…僕の胸を包んでいる。


「……………」


 あ。少那が…真っ赤になって停止した。チャンス!


「そおい!」


「あぐっ」


 少那の頭に肘を落とす。彼はゆっくりと倒れ…勝った。



「………なんだったんだ、今の…?」


「……知らね」


 ルシアンとエリゼの会話がまた聞こえて来た。

 今のは…まさか。僕がサラシをしていなければ、「きゃー!!エッチ!」くらい言って引っ叩いてやっても良かったかもしれない。

 

 今の現象に一抹の不安を覚えつつ…授業は終了した。






 ※※※


 




 という訳で放課後です。



 教室にはまだ生徒が結構残っているので、僕ら以外いなくなるまで待つ。今日は生徒会もお休みなので、時間はたっぷりある。

 パスカルは朝から怖い顔をしていたが何も言って来なかった。少那の言葉を待っているんだろう…彼が変な事を言わないように祈るばかりだ。



 授業が終わり30分程経って、ようやく誰もいなくなった。今教室には僕とパスカル、少那のみがいる。他の皆は先に帰った。


 僕と少那は自分の席に座り、パスカルは僕の隣、木華の席に座った。

 少那は深呼吸して…真っ直ぐに僕達を見据える。




「……まず、最初から聞いて欲しい。昔話になるけれど…私が見た悪夢の事から……」




 少那はそう前置きをしてから語り始めた。

 幼い頃…箏で起きた事件。後継者争いで…無辜の血が流れた。


 そうか…あの時倒れていたのが、正妃殿下と王太子殿下、そして走り去って行ったのが、後日遺体となって発見されたという女中。

 少那は彼らの死体を足蹴にしながら、血溜まりの中優雅に微笑む母親達を見て。言語に絶する光景に…心に深い傷を負った。


 それが切っ掛けで女性恐怖症になり、今に至る。と…彼は簡潔に、淡々と語ってくれた。



「「………………」」


 思っていたより辛い理由に…僕もパスカルも言葉が出ない。

 僕は体が震えて…無意識に涙が出てきてしまう。少那は今だってなんともない表情をしているけど…本心は。

 あの時…僕に縋り付き吐いた言葉。「置いていかないで、1人にしないで」と。きっとまだ…苦しみの中にいるんだろう。


 

 少那は僕の頭を優しく撫でた後、涙を拭いてくれた。


「泣かないで…優しい貴方。でも、ありがとう。

 私は貴方に救われた。貴方にはその自覚は無いだろうけども。私の心に踏み込んで来てくれて、恐怖を吹っ飛ばしてくれた。

 こうして今も、私の為に涙を流してくれて…ありがとう。私を受け止めてくれてありがとう」


「す、すくなぁ…!」


 彼の穏やかな微笑みに、また涙が溢れてしまう。

 本当に僕が力になれたというのなら、それはたまらなく嬉しい。少那は僕の涙が止まるまで、ずっと手を握ってくれていたのだった。

 パスカルはその様子を複雑そうに見ていたが…何も言わず、待っていてくれた…。






 暫くして、ようやく僕は落ち着いた。あー…泣き虫は大分良くなったと思っていたけど、まだまだみたいね〜。



「それで、その…。私は、貴方達に謝罪しなきゃいけなくて…」



 ん?少那は頬を染め、手をもじもじさせた。教室の雰囲気変わったな…おい、何を言う気だ…!?



「……悪夢の中で…ね。私は、セレスが恐怖を消してくれて、幼い私を抱き締めてくれて。その温もりにとても安心して。もっと一緒にいたい、離れたくない。

 セレスが…愛おしくてたまらなくて。そう感じてしまって。えっと…無意識に、唇を重ねてしまいました…。

 い、今は正気に戻ってるけど…!あの時は感情が剥き出しで抑えられなくて、本当にごめんなさい!!」


「んな…っ!あ、あの……僕、は…」


「………!!」



 ついに言いやがった!!言葉と共に、勢いよく頭を下げる少那。

 僕はというと…あれは現実じゃなかったし、意識はしてしまうけど…少那を責める気にはなれない。

 

 ただ…パスカル。彼は…顔を歪めて口を結んでいる。

 ひいぃ…!!違う、浮気じゃない!!しかしなんて言えばいいのか分からず、僕は1人狼狽える。



「…あ!パスカル殿、セレスはちゃんと抵抗していたから!ダメだって、僕達はそういう関係じゃない。僕は君を嫌いになりたくないって言ってたから!

 そんな気持ちを無視してセレスを求めたのは私だ。だから…怒りをぶつけるなら私だけにして欲しい。殴ってくれても構わない、それを私は受け止めるべきだ」

 

「少那…」


 少那のその言葉に…パスカルは俯いた。

 え…まさか泣いている訳ではあるまい。どうしたのか不安になり、僕は席を立ちパスカルに近付いた。瞬間。



「うひゃあ!?」


「………………」


 腕を引っ張られ、膝の上に横向きに乗せられた!?ちょ、おい!!少那も目を丸くしていらっしゃるよ!?

 パスカルは僕の背中とお腹に手を回し、自分に引き寄せた後…はああぁ〜……と大きく息を吐いた。

 そうして顔を上げた彼は、いつもの顔に戻っていた。ちょっと呆れたような、でも不機嫌ではない様子。



「はあぁ…その状態の殿下を責める気にはなれません。今は反省していらっしゃるようですし…仕方のない事だったんでしょう。

 ですが、次はありません!こうやってセレスタンに触れて、愛を交わす権利は…俺だけのモノなので」


 何言っちゃってんだこの野郎!!?しかも僕の首に巻かれたスカーフを取り、少那に見せつける!!

 ただその痕を見た少那の反応が…



「え…どうしたのその首!?赤いよ、虫刺され?まさか皮膚病じゃないよね…!?

 だから今日は朝からスカーフ巻いてたんだね、薬は塗った?痛くない…?」


「「…………………」」



 

 少那は……本気だ。これがなんなのか…分かっていない。

 僕達は複雑な心境に陥った。ピュアッピュアな反応に、パスカルもたじろいでいる。


「……あの…自然と消えるから大丈夫です…。なんか…すみません…」


「そうなの?よかったあ…」


 少那は心底安心したように顔を綻ばせた。死にたい。

 でもこれで、話は全て終わりかな?



「あと…魔物に捕まっていた時、セレスと密着してしまって。私すっごいドキドキしたよ…あの時もごめんね」


「それはお互い様だから!!………ひい!!?」


「…………シャーリィ……そういえば、服が溶けて…とか、言ってなかったかい……?」


 パスカルは僕を支える腕に力を込めた。黒い笑顔で僕を見下ろし…いや、あれは不可抗力じゃない!?

 確かに服は溶けていたが全裸じゃなかったし、視界も悪かったから何も見ていない!!と必死に説明した。うっすら見えていたけど。



「そう…(落ち着け…俺。大丈夫だ、彼女の意思じゃ無かったし…うん。ふー…)」


 精神統一するパスカル。そんな彼に…少那が手榴弾をぶち込んだ。




「それでね…それ以来私は、いつもセレスの事を想ってしまうようになった。ある人が言うには…これは恋心なんだって。

 ごめんなさい…私は貴方に、恋をしてしまいました」


「な……!!」


「……………へ?少那が、僕を…好き、って事…?」



 パスカルの体が硬直したのが分かる。対して僕は…思わず聞き返してしまった。

 そんな僕の言葉に、少那は右手で口元を覆った。


「……うん。ごめん、2人が両想いなのは分かっているから。

 その上で…私は貴方を好きになってしまった。でも、想う事だけは許して欲しい…。自分でも、止められないんだ…!」


「う……えっと…あぅ…」


 


 僕は今まで一度も、少那を恋愛対象として見た事は無い。年上だけどちょっと子供っぽくて…失礼だけど弟みたいだな〜とすら思っていた。

 そんな彼は今、頬を染めて真剣な顔をして、僕を見つめている。


 その熱を帯びた視線を感じて…初めて、少那を男性として意識してしまった…!!



「……スクナ殿下。セレスタンを想うのは構いませんが…誘惑はしないでいただきたい。彼は俺がすでに将来を約束しています」



 ん!?パスカルは僕の顔を手で覆い、目隠しをする。ちょっと、どういう状況!?

 


「(シャーリィ…!どうしてそんなに嬉しそうな顔をするんだ…?嫌だ…これ以上、スクナ殿下の言葉を聞きたくない、聞かせたくない!!)

 お話は以上ですか?では俺達は失礼します」


「あ…うん、また明日ね」


「わっ、じゃ、じゃあね…少那!」


 パスカルは器用にも僕の目を塞いだまま、片腕だけで僕を持ち上げた。

 少那がどんな顔をしていたのか…僕には見えなかったけど。スタスタとパスカルが歩き出してしまうので、大人しく運ばれる事にする。告白の返事…明日でいいかな…?



 ガッ、ガスッ、ガララ!と…パスカルが足で教室のドアを開ける音が聞こえた。

 廊下に出た時視界は開放されたけど…僕は彼に正面から抱き着くような形で抱えられており、パスカルの表情は見えない。

 廊下にはセレネとヨミが待機していて、出て来た僕達の様子を見て首を傾げた。パスカルはそんな2人も無視して歩く。

 

 

「シャーリィ」


「ん?」


「………スクナ殿下を、選ばないよな?俺もっと頑張るから…君の隣に胸を張って立っていられるよう、努力する。

 君を誰より愛しているのは俺だ。ロッティにも義父上にも義兄上にも負けない。もちろんスクナ殿下にも…それだけは、忘れないで」


「パスカル…」



 廊下を進みながら、彼は不安を滲ませた声でそう言った。

 …馬鹿だなあ。パスカルの首に両腕を回し、僕の想いを告げる。



「僕が好きなのは、パスカルだけだよ。誰でもない…君だけ」


「!!」



 少那の気持ちは嬉しかったけども。それでも…僕は同じ感情を彼に返せない。


 明日、ちゃんとお断りしよう。これからもお友達でいたいって。

 それにしても…少那。僕が女だって気付いた訳じゃないよね…?やはり彼はソッチの人だったのか…。


 

 

 正面玄関までやって来て、パスカルは僕を降ろした。

 僕を向かい合わせに立たせて、両肩に手を置き…物欲しそうな目で見下ろす。


 …!!僕は…彼の制服の裾を掴み。背伸びをして…ゆっくりと2人の顔が近付いたその時。




「…ぼっちゃーん!かーえりーましょー!!」



「「うっぎゃあああっっっ!!!?」」



 すぐ近くからデカい声が聞こえて来て、僕達は飛び上がってビビった!!

 誰…ってジェイル!なんでここに!?



「なんでって…ここで待つよう言ったの自分でしょうが…。オレに気付かず目の前でラブシーン繰り広げよって…はーあ、独身者には目の毒ですわー」


「うぐ…!!」


 恥ずかしい…!んもう、図体デカいくせに存在感無いのどうにかして!!!

 もう帰ろう!!とジェイルの背中をぐいぐい押して歩き出す。


 振り向きパスカルに笑顔で手を振れば、彼も同じく返してくれた。よかった…元気になったみたい。



 それとさっき。将来を約束しているって…その言葉、嬉しかったよ。明確に約束した覚えは無いけどね!






「(…もっと、自分を鍛えよう。ジスランに剣術を、バジルに格闘を教わろう。

 エリゼに魔術を、ロッティに勉強を見てもらおう。

 ルシアン殿下とルネ嬢を、社交とかマナーの参考にさせてもらって…自分を磨こう。

 絶対に…シャーリィは渡さない。誰にも!)」



 僕と別れた後、パスカルは木剣を片手に…ジスランの元に向かうのであった。







 その頃僕はと言うと。



「はあーぁ。旦那様に言っちゃおうかなー。シャルティエラお嬢様ったら、人目も憚らずマクロンと…」


「やっかましい!!!君もとっとと彼女作んなさいよ!!!」


「出会いが無いんですーう!オレも夜会とか参加しまくろうかな…」


「おう行け行け!!」



 そんな風にジェイルと騒ぎながら、タウンハウスへと帰るのであった。





 それにしても、今日の少那の話。亡くなったという王太子…ミコト様って言ってたな。ミコトって、箏じゃよくある名前なのかな…?

 

 気になったので、夕食も終わり自室でまったりしている時に…グラスに聞いてみた。



「グラス。少那が言ってたんだけど、箏の王太子殿下って10年以上前に亡くなってるんだって。

 それでね、グラスと同じ…命っていう名前なんだって」


「へえ…偶然ですね。おれは昔の事は覚えていませんが…」


「……名前は覚えてたんだよね?他に…何か記憶残って無いの?」



 僕の問い掛けに、グラスは顎に手を当て目を閉じ、難しい顔をした。




「……始まりは、遠い国。綺麗な服を着て…沢山の人から愛されていた気がする。

 それが…突然失った、気がする。うーん…なんだか、記憶に靄がかかっているんですよ…。

 お嬢様に出会うまではずっと、帰りたいと思っていた。いや…帰らなきゃいけないって…。

 なんか…甘い香りがして…おれ………えっ、と…」


「あ…!ごめん、無理しないで!?」


 よほど辛い記憶なのか、彼は顔が真っ青だ。大量の汗をかき、よろめいてしまった。

 咄嗟に受け止めてソファーに座らせる。ハンカチで汗を拭い…背中をさする。



「ごめんね、変な事聞いて。今日はもう休んで」


「……はい…すみません…」


 ヨミにお願いして、グラスを部屋まで運んでもらった。ベッドに寝かせて僕達は出て行こうとしたら…微睡むグラスが、何か呟いていた。



「そう、だ…。おれ、逃げなきゃって、思って…。

 船…商人の船に、乗り込んで。とにかく、遠くに行かなきゃって…。

 んで…色々と…荷物に紛れて…この国まで来て。そし、て……」



「………命…?」


「……………」



 穏やかな寝息が聞こえてくる…寝たか。

 逃げるって…何から?いや、誰から…?なんか予想以上に、命も大変な生活をしていたみたいね…。


 静かに扉を閉めると…ヨミが小声で話し掛けて来た。



「グラスなんだけど。触れた時ちょっと調べてみたら…魔術で記憶を封じられているみたいだよ」


「…へ?そうなの…!?」




 詳しい話を聞く為に急いで部屋に戻り、鍵を掛けてから続きを促す。



「うーん…人間にしては高度で厳重な魔術だ。鍵が無ければ決して封印は解けないようになっている」


「鍵…どこにあるか分かる?」


「ううん…そもそも鍵と言っても、扉とかの通常の鍵じゃないと思う。どんな形かも分からないけど。

 他の方法で無理矢理こじ開けようとしたら…グラスの精神か記憶が壊れるよ」


 そんな…。

 どうにかして鍵を見つけないと!と言ってもヒントが無さすぎる!!どうしたもんか…と頭を抱えていたら。



 ふと…思い出さないほうがいいのかな?と考えてしまった。



 封じられるという事は…忘れたほうがいい記憶なのかもしれない。

 今の命…グラスが幸せならば。そっとしておくべきなのかな…?分からない…。



「…いや。僕が決めていい問題じゃないよね…。

 明日、グラスに全部話そう。その上で彼も記憶を取り戻したいと願うのなら…全力で手伝おう!」



 そう決意した僕は、布団に潜り目を閉じる。

 しかし忙しい1日だった…。少那の告白には驚いたけど、逃げるように帰っちゃったし。明日…ちゃんと話そう。

 そんで…グラスにも話をして…ああ、明日も大変そうだなあ、と思いながら。

 僕は夢の世界に旅立つのでした…ぐう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 確認するかどうかは別だがソコソコわかってて気づかないって余程の馬鹿か鈍感のどちらかだよな
2022/01/27 11:06 退会済み
管理
[一言] パスカルの静かな覚悟が格好良かったです! 少那殿下にはこのままピュアでいてほしいです。 ジスランのお兄さんの朗報を待ってます(☆∀☆) 何となく彼は結婚するのが遅そうなイメージがあるのですが…
感想一覧
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