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おー。ここに服屋あったんだ!僕は何度も町に来ているとはいえ、同じルートしか通らない。
なのでちょっと別の路地に入ったりすると、景色が全然違って面白いな〜。
「セリさ…セリ。どこに行きた、い?」
「ん〜〜〜…」
子供でも雇ってもらえる場所。と言っていいものか?まず自分の足で見て回り、雇用状況とか知ろう。
この国は、法律で子供は働けないとかないからね。僕くらいの歳でも店番なら出来るかな?
子供の労働といえば。バジルはお使いとかでよく町に来るよね、顔知られてるんじゃない?顔見知りに隣の子供は誰?とか言われたらどうしよう。
「大丈夫ですよ、僕の個人情報までは知らないんですから。
今日は休みで、弟と一緒と言えば誰も不審に思いません。…あ」
こら、敬語!!彼の頬をぐぐーっと引っ張りお仕置きだ。よく伸びるわ、癖になりそう。
「とりあえず、色んな店を回りたい。片っ端から行こう!」
「わかった…」
まずはそこ、本屋からだ!!!
「お、エロ本だ」
「セリ!!きっ君にはまだ早いっ!!」
「兄さんにも早いよ…」
「ここは…傘屋さん?」
「そうだよ。僕もよくお使いで来るんだ」
「へえ〜…」
「あ、いい匂い〜」
「そこのパン屋だね。入ってみる?」
「うん!…あ、あのレジの子。僕らと同じくらいだね」
「個人経営の店だから、多分娘さんじゃないかな」
「なるほど…」
※※※
ふう。結構な数のお店を回り、ちょい休憩。
広場にあるベンチに座り、さっき買ったパンを食べる。その間も道行く人々の観察をしているのだが…。
「……どうだった?町は」
「うん…格差が、すごいね」
いつものルートは、綺麗な場所しか見てなかった。綺麗な町並み、人々の笑顔、豊かな生活…。でもそれは、ほんの一部だったんだな。
あちこちに浮浪者と思われる人が物乞いをしていて、昼間から露出の激しい女性が道行く男性に声をかける。
笑顔で働く人もいれば、奴隷のように扱き使われている人もいた。
格差ってのは、どうしようもない。だが…
「…うん。セリ、あれ見て」
バジルがこっそり指差す先には…子供が2人。まだ10にも満たない頃だろう、僕達の…恐らくパンをじっと見ている。
だが僕と目が合うと、ぴゃーっと逃げて行った。
「ストリートチルドレンだ。僕も昔…ああだった。
父親は最初からいなくて、母親は僕を奴隷のように扱った。最終的には家から追い出されて…数ヶ月彷徨った。
結果的には今の生活に満足しているけど、あの時は本当に…いっそ死んでしまおうかと思っていたんだ」
「そっか…ねえ、兄さん。この町…もしかして孤児院が無いの…?」
「………うん。そうなんだ」
だからストリートチルドレンがいるんじゃないか。なんで…?そういえば父上は、僕にそういった資料は見せようとしなかったな…。
孤児院だって…以前ああいった浮浪児を見かけた時。父上はロッティに「彼らはちゃんと帰る場所がある」って教えてた。
僕はそれが孤児院の事だと思ってたし、里親制度があるのは資料で見た。ただ…制度が適用されているかは、知らなかったな…。
領主の勉強だ。なんて言っておいて…僕は何を学んでいた?税とか重要なものは、一切触らせてもらえなかったし。
というか、「これはこの者に任せるように」「お前はこれには触れるな、〇〇に渡せ」「全て彼の意見を通すように」ばっかりじゃなかった?
どうせ自分は駒なんだからって、以前の僕は諦めて…言いなりになってたよな。
でも父上って、領民から慕われてるって。理想的な領主だって聞いてたけど。
…誰から聞いた?僕。
『いやあ、本当に素晴らしい御父上でいらっしゃる!』
『貴方のお父様の行いは、全て正しくあらせられる。どうぞセレスタン様も、立派に後を継いでいただきたい』
『領民は皆、御父上を慕っているのですよ』
どいつもこいつも…厭らしい笑みを浮かべる大人達じゃなかったか?
幼い僕に刷り込むように。父上は素晴らしい、同じように統治すれば間違いないと。
何度も何度も…商会長やら、役場のトップ、そういう奴らの意見しか…僕は知らなかったな…?
つまり、僕は洗脳されてた?それが優花とセレスタンが混ざって人格が新たになった事で、リセットされた?確かに僕の、周囲を見る目は変わったと思うけど。
もしも…今僕が考えている通り、父上が本当はクソ領主で。僕を操り人形にしようと考えているなら……随分と……
「舐めた真似をしてくれる……」
「…セリ?大丈夫か?」
「……!ごめん、ちょっと考え事してた」
「そうか…(なんだか今…坊ちゃんからお嬢様に似た気配を感じたけど…いやまさか、この天使の坊ちゃんが殺気など…)」
今は考えても仕方ない。
僕は自分の為に、職場を探し…………。
………………………。
「…………兄さん。今日見たお店、何人か子供も働いてたよね?」
「うん」
「……皆、そこの家の子だよね?」
「…うん」
「そうじゃない子は…雇ってもらえないのかなあ…?」
「……同じ条件、時給なら…子供より大人を雇うからね」
…つまり。高校生の時給みたいに、子供は少し時給少な目にすればいいんじゃん?
でも…僕にそんな権限は無い。
「……坊ちゃんは、この状況を憂いてくださっているのですよね。貴方が領主となられれば…きっと、ラサーニュ領は豊かとなるでしょう。
ですからあと数年…数年の辛抱です」
バジルが僕に期待してくれているのが分かる。でも…その期待に応え…られ…。
なんで僕、家を出たいんだっけ?
いずれ追い出されるから?なんで?
ロッティに辛く当たって、恐らくロッティ大好きな父上に勘当される?
僕がそれでいいと思っていた理由は、平民として自由に暮らしたいから。
……ハッ…!
「ははっ、僕って、ほんと自分勝手で嫌んなる」
「…セリ?」
僕は、ゆっくりと立ち上がる。バジルはそんな僕を不思議そうに見つめている。
ああ、やってやろうじゃないか領地改善!!
僕はそんなに頭も良くないし、足りない物ばかり。だが今の立場で、全てを改善出来ると断言するほど愚かでもない。
僕は、自分に出来る事をする。
エリゼが人には向き不向きがあると教えてくれた。
出来ない事は人に頼る。それを恥とは思わない。
自分の手のひらを見つめる。
どうして僕は忘れていたんだろう。
遠くまで見渡せる目がある。
人々の声が聞こえる耳がある。
僕の身体のどこにも管はなく、縛るものは何も無い。
歩行器や車椅子に頼らずとも、自由に動く手足がある。
手をぎゅっと握り締め、前を向く。
「行くよ、バジル。まずは情報収集及び孤児院の設立。そこをスタート地点とする!」
「…!!はい、坊ちゃん…!」
ごめんね、バジル。きっと君は今まで堪えてきたんだろう。
領地の実態を知りながらも、彼は口出し出来る立場にないし。
だからこそ、僕が成長する事を望んでいたんだろう。
僕は、その期待を踏み躙ろうとしていたが。
もしかしたらいずれ強制力が働いて、僕が勘当される未来が変わらずやってくるかもしれない。
…それでもいい、それまで僕は自分の責務を果たすのみ。
あーあ。何も知らずに過ごして、平民になってとっとと他の領地に逃げれば良かった。
そういう思考に至るから、僕って卑怯者なんだろな。
でも今は、知っちゃったから。
無知だった頃には戻れない。
さて、と。腕を組み考える。
僕が動かせる人員はいない。バジルだけでは通常業務もあるから、情報収集は捗らない。なら…。
「ふむ…先に孤児院の問題から取り掛かろうか」
「それなのですが坊ちゃん。…来ていただきたい場所があります」
え?
バジルは僕の手を握り、歩き始めた。流れる景色を眺めつつ、バジルに連れられるがままにどんどん歩く。
細い路地裏をすいすい進み、建物の隙間を縫い着いた場所は…
「何、ここ?教会…?」
「ここは…以前孤児院だった場所です。先代伯爵が閉鎖したと聞いていますが」
なんか…ここだけ世界が違うような気がする。こんな所知らなかった…。
ぽっかりと大きく開けた空間。陽当たりもよく、風が穏やかに流れている。
そこには建物が1つ、教会が端のほうにポツンと建っている。あれが孤児院…?
「先代…お祖父様か。その頃から腐ってたって事かな…」
「恐らくは…。今あそこは朽ちてしまっていますが、先程のような子供達が住み着いているのです。
僕も一時期身を置いていたのですが、ひもじさに耐え切れず飛び出したのです…」
ふうん…。……意を決して、足を踏み入れた。
ガラスが床に散乱し、素足だと怪我をしてしまう。だが至る所に血の痕がある、見ると新しそうなのまで…確かに、人がいるな。
バジルは僕の側にぴたっと張り付き警戒している。
もっと中を探索したいけれど、いつ床が抜けて天井が落ちてくるか分からない。
その前に…
「さて、ご挨拶したいな。ねえ、出て来てくれる?」
「……………」
僕の声に応じ、現れたのは4人の子供。子供と言っても…多分僕よりは上。ただしガリガリに痩せ細っているから、正確な年齢は分からない。
男3人に女1人か、きっと子供達のリーダーなんだろう。まだまだ隠れているはず。
4人は一様に、木の棒など武器を持っている。
「………なんだ、お前ら。新入りじゃねえよな」
一番背の高い少年が、掠れた声で問いかけてきたさて、なんと答えるべきか。
今すぐ彼らを助けるのは不可能だから。
「……下見かな。ここには何人いるの?」
「………………」
警戒するよね、そりゃ。
彼らからの返答は諦め、一旦引こうと踵を返したら…
「…なんか、食いもん置いていけ」
…おお、速いじゃん。小柄な少年が、素早く近付き僕にガラス片を突きつける。
「ほいっ」
「えっ?」
ビシっと手を叩き、ガラス片を落とした。
これでも鍛えていますから。ヒョロヒョロの君達に負けないよーだ。
少年は仲間の元に急いで下がり、僕達を睨み付ける。
そして「お前らは人攫いか?」ですって。失礼しちゃうわ。
「違うわい。もう一度聞く、今何人いるの?今すぐ…衰弱しきっている子はいる?赤ん坊は?」
なるべく優しく問いかけているけど、やっぱ返事は無い。
仲間意識は強いみたいだね、それはよし!
今度こそ外に出ようとしたが、流石に止められはしなかった。
これだけ収穫があれば十分だ、急いで帰ろう。
まず建物の確保。人員。援助。課題は山積みだ。
僕の権力なんて微々たるものだけど、片っ端から試していこう。
あの広い空間、畑に出来ないかな。枯れてるけど井戸もあったし、水源が近くにあるはず。
それに生活用品だって欲しい。…本当に山積みだ!!!
「坊ちゃん」
「んー?」
歩きながらあーだこーだ考えていたら、バジルが急に立ち止まった。
「……ありがとうございます…」
「…うん。でも僕だけじゃ何も出来ないの。…一緒に、頑張ってくれる?」
「はい!」
彼は泣きそうな笑顔で返事をした。
その返事に恥じぬよう、僕も頑張ろう!
そだ、明日エリゼと遊ぶ約束だったな。申し訳ないけど断…いや、ちょっと彼の意見も聞かせてもらおうっと。
それに、僕はもう父上の元で学ぶことなど何も無い。どうせ嘘ばっかり教えられるんだから、そんなもんバックれてやるわ!!
空いた時間分を孤児院問題に費やそう。
それに…もしかしたらいずれ、孤児院の院長に就職出来るかも?
キツいだろうけどやり甲斐もありそうだし、よし!!
「よし!!僕は将来…院長になる!!」
「後継ぎは!?」
あ、やべ。声に出しちゃってたわ。




