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「…それでバジルってば、デート中ずっと鼻の下伸ばして!「好きなのは君だけだ!」なんて、口じゃどうとでも言えますもんね!」
「そうねー。彼の気の多さは大人になれば落ち着くと思うけど…それまで頑張って!」
「うう〜…はい…」
と言ってみたはいいものの。大人になったら逆に悪化する可能性も…?いや、バジルを信じよう!!!
そんな風に話を弾ませつつ、モニクにドレスを着せてもらうのだ。もちろん、昨日パスカルに買って貰ったやつ!
ふふー、男の人からドレスを贈られるなんて初めてだな〜。お父様は家族だからノーカンだし、ラディ兄様にもらったのはドレスじゃなくて、少し上質なワンピースって感じの服だし。
「(うーん、この水色ベースだけど青藍のドレス…パスカル様の髪の色ですねー。一体誰になんのアピールをするつもりなのやら)
そうだ、髪色は変えなくてよろしいんですか?」
「うん。パスカルの希望でね、そのままでお願い。
まあきちんと着飾ってメイクして、眼鏡を外していれば…よほど親しい人でもなきゃ僕だと気付かないでしょう」
「かしこまりました!」
コルセットやだなーとか考えていたら扉がノックされ、ロッティが訪ねてきた。
ロッティの支度は後回しでいいらしい。僕のほうが早く家を出るからね。
「お姉様。胸なんだけど…偽乳でマシマシにしましょう」
「なんで!?」
ロッティの手には偽乳に使われるであろう、綿が詰まった2つの小さなクッションみたいな物が。てか令嬢が乳言うんじゃありませんよ。
「別に僕、胸小さくないでしょ?そのままでいいと思ってたけど…」
「甘いわね。あの男は十中八九揉むわよ」
ロッティの中のパスカル像はどうなってるんだろう?結局詰めた。
なんかやや巨乳になったな…胸元隠れるドレスにしてホントよかった。
僕の腕とかは女性にしては筋肉が付いているから…女装している男性と言われても違和感は無いはず。もちろん鍛えている女性でも通じるぜ。
ロッティにも手伝ってもらい、着付け、メイク、ヘアセット…されるがままに完成だ!!
「わあ…!お嬢様すっごく素敵です!」
「やだお姉様可愛い…!モニク、急いで私の支度もしましょう。並んで写真撮るから!」
「はい!」
確かに鏡を見ると…うん、満足な出来!アクセサリーは以前ロッティに貰ったネックレスを付けたかったけど、このドレスには合わなそうなんだよな。
その代わりブレスレットとか指輪、ヘアアクセで飾った。
「……パスカル、褒めてくれるかな…?」
可愛いって、思ってもらえたらいいなあ。
そう。僕はただ女装したワケではない。これはパスカルに…「女の子もいいもんだぜと思わせる作戦」の一環である!!断じて後から思い付いたワケではない。
今日一日淑女になりきって、パスカルに「シャーリィだったら女の子でもイイかも」と言わせてやるのさ。最終目標は「どっちでも構わないほどに愛している」と思わせる事だが!(※叶っている)
「でもどうやって?女の子アピールって…………何?」
…………まあ、自然体でいきましょう!
頭の中で今日の計画を立てていたら、ロッティも支度を終えたみたい。彼女は薄紫のドレス、綺麗!!
モニクも入れて女子トークを楽しんでいたら、レベッカが部屋に呼びに来た。パスカルが来たらしい…覚悟しろよ!
しかしヒールが歩きにくい…少しフラフラしてしまう。パスカルは背が高いから、頑張って踵高めにしたんだよなー!
僕が苦戦していたら、ヨミが腕を差し出してきた。
「こういう時、エスコートするものなんでしょう?さ、ぼくに掴まって。それとも抱っこがいいかな?」
「い、や…腕だけ借りるよ」
ヨミは外見だけでいえば、人間の男性と大差ない。それに可愛い系だが長身で整った顔立ちだし…照れるわ。
彼に手を引かれたまま、玄関へと向かう。そこには…花束を持つ、タキシード姿のパスカルが…!毎年もっとシンプルなスーツみたいな感じじゃなかったっけ!?
いつもセレネが頭の上にいるのだが、今日はきっちりセットされているせいか足元に転がっている。か、格好いいいいぃ!!!
………ハッッッ!!僕が見惚れてどうする、逆に魅了してやらんと!!
という訳で、しずしずと歩き彼に近付いた。
「パ、パスカル…お待たせ」
「シャーリィ。……!」
さあ、彼の反応やいかに!!!
「……………綺麗だよ、シャーリィ。って、そう言われても嬉しくないかな?」
「!!いや、嬉しいよ!ありがとう。君もすっごく格好いいね」
「ありがとう。でも君の美しさには敵わない。君は精霊姫ではなく、女神様と呼ばれるべきだろうね。
この花達も君の前では霞んでしまうだろう。これでも一番美しく咲く花を選んだつもりだったんだけどな。
君のこの麗しい姿を他の男に見せるのは癪だが…鳥籠の中に閉じ込めては、君の魅力は失われてしまう」
パスカルは僕の姿を確認すると…目を蕩けさせ頬を染め、花束を手渡し僕の頬を撫でた。そして賛辞の言葉をつらつらと…もうやめてえええ!!心臓が爆発するから!!
僕が羞恥と歓喜で意識が遠くなりかけていたら…パスカルにぐいっと引っ張られた。そのまま彼はヨミを睨み付けた…?
「もしかして…嫉妬?」
「当たり前じゃないか。いくら精霊とはいえ…あまり、君の隣に男がいるのは愉快ではない。特に今日は、俺の為におめかししてくれたんだろう?」
はいそうです!!!あ"あ"あーーー作戦成功とかどうでもいいわ!!
ヨミは気を悪くするでもなく、なんかニヤニヤしているし。「危険が無い限り、今日は全員影の中で待機してるから」と言って引っ込んだ。ヘルクリスはその辺飛んでる。
「……セレネも今日は別行動するぞ。パル、なんかあったら呼ぶんだぞ」
セレネはそう言いながら、外に出て行った。つまり、ほぼ2人きり…!
「じゃあ…行こうか」
「うん…行ってくるね!」
「行ってらっしゃいお兄様!」
パスカルに差し出された手を取り、エスコートしてもらい…僕らは馬車に乗り込むのであった。
「(昨日ルシアン殿下に「明日はセレスを完全に女性扱いする事!」と言われた通りにしてよかった。
彼も喜んでくれたし、本当に可愛らしい…今すぐ押し倒してしまいたい程に。でも昨日待つって言ったばかりだし…)」
馬車で並んで座るも…なんか彼の視線が気になる。特に………胸。
「…………どうしたのパスカル」
「いや…………」
いや、じゃねえわ。ガン見してるじゃないか。せめて視線を隠す努力をしなさいよ!!とか思っていたら…おもむろに、胸を鷲掴みされた!!?
「何すんのさーーー!!!」
「あ、ズレた…。ごめん、まるで本物みたいだからつい」
「ついじゃない!!!君は女性に対して不躾な視線を送ったり胸揉んだりすんのか!?」
「する訳ないだろう!俺が欲情するのはシャーリィだけだ!!」
「そんな宣言いらん!!!」
全く…!!パスカルにアイアンクローを喰らわせつつ、ズレた偽乳を直す。ロッティの慧眼は早くも証明された。
本物の胸を揉まれてたら、顔面に拳を叩き込むところだった…!
とかいうアホなやり取りをしつつ、馬車が止まった。
昨日急遽女装する事になったので、普通のデートっぽい事もしようという話になり、まずは観劇だ!
劇は建国祭にちなんで世界大戦時のお話。それはいいんだが…内容がルシュフォード陛下、セレスティア様、エデルトルート様をモデルにした三角関係モノ…!!なんでや!!!
あの3人は親友同士ではあったが、恋愛関係でなかったのは歴史にも記されている事実。
陛下には愛する人がいたが…そういえば、セレスティア様とエデルトルート様はそういったお相手はいなかったのかな?
どちらもご結婚はされずに若くして亡くなったし…気になる人くらいいたのかなあ…。
………おっと、劇に集中しなきゃ。なんだが。
どうしても…血縁のせいか、セレスティア様役を自分と重ね合わせてしまう…!!
当然陛下はルシアンでエデルトルート様はエリゼだ。違う、僕はルシアンと指を絡めて愛を語り合う気は無い!!!
って、この2人が結ばれるストーリーなんだ。エデルトルート様は最後涙を堪え、2人を祝福する…ええ話や。
だがこの話、陛下がエデルトルート様と結ばれるパターンもあるらしい。というか、午前と午後で結末違うんですって。
それを知った僕の脳内では、ルシアンとエリゼが………ぶふ。
「はーーーっ、面白かった!」
「それはよかった」
色々突っ込みたい箇所も多かったが、戦時中の苦しみ、怒り、嘆き。その中での穏やかな日常、親友同士で同じ人を愛してしまった葛藤を描いた作品だった。
女傑2人が仲違いしかけたりとハラハラする場面も多かったが…最終的に感動したわ。
パスカルと腕を組み、劇の感想を語り合いながら歩く。と言ってもほとんど僕が語るのを彼が聞く形だけど。
「僕ばっかり喋っててつまらなくない?」
「いいや、全然?君が楽しそうで何よりだ」
彼は優しい目で僕を見下ろした。今日は特に熱を帯びた視線ですね…照れるぜ。君も楽しいんならいいけど…あ。
そういえば、パスカルはそろそろ誕生日だ。もう16歳かー…早いなあ。プレゼント何にしよう?
…………僕が全身にリボンを巻いて「プレゼントはわ・た・し♡」とかやったら面白い反応しそう…やらんけど。でも反応見てみたい…。
「………駄目よ…お姉様……そのままお持ち帰りされるわ……——」
ん?今なんかロッティの声が……幻聴か?
さて、僕らは予約してあるレストランに向かっているのだが。途中、パスカルがとある建物の前で足を止めた。ここは、写真館?
「シャーリィ。今日の記念に…一緒に、写真を撮ってくれないか?」
「え…うん、いいよ」
僕の返事に彼は嬉しそうに微笑んでくれた。僕も欲しいし!
いきなりのお客だけど、写真館の主人は快く応対してくれた。
テキパキと準備は進みスタジオに案内された。並んで立つと…パスカルが僕の腰に手を添えるもんだから、僕は照れくさくて頬を染めてしまうのだ。
「おお、いい表情ですね。お2人共、こちらを見て笑ってください!」
こ、こう?腕を組んだり僕が椅子に座ったり…何枚も撮ってもらったぞ。
いつもルシアンやロッティが勝手にカメラを構えるけど…こうやってちゃんと撮るのもいいね!
2〜3日で出来上がると言うので、うちに届けてもらうよう手配した。
…僕らは今恋人同士に見えるだろうか?婚約者とか…そうだと、いいなあ。
「出来上がり、楽しみだね!…あり?」
パスカル?写真館を出ようとしたら、彼の姿が見当たらない。どこに…と思ったら、主人となんかヒソヒソ話している?
「…で、この大きさに引き伸ばして…額は一番派手なやつで…」
「ですがお嬢様の美しさを際立たせる為には、むしろシンプルな額がよろしいかと」
「うーん…じゃあこっちにするか…送り先はマクロン侯爵家で」
何を話しているんだろう…?
「(よし…こっそり部屋に飾ろうっと)お待たせ、さあ行こうか」
よく分からんが、パスカルはニコニコしているので良い事でもあったんだろうな。
寄り道をしつつ、今度こそレストランに到着!お腹空いた、が。コルセットがキツくて…あんまり食べられなさそう…しょんぼり。
「そんなにキツいのか?」
「これでも緩めにしてもらったんだけどねー。令嬢って皆腰細いじゃない」
「シャーリィも充分細いけど…」
男にしては、ね。せめてお酒飲みたいな…へーい、ウエイター!!
「いや駄目だ。君は飲むな」
「なんで!?」
「どうしても飲みたかったら…後で2人きりになってから、ね?」
ぐ…!どうしていつも僕は制限されるの!?パスカルだって初めて飲んだ時、暴走したらしいじゃん!?
「ぐ…!い、いや。15歳になってからルシアン殿下とエリゼとジスランと飲んだ事あるけど…俺は暴走しなかったぞ?服も脱がなかったし」
「何それ楽しそう。呼んでよ……って前は脱いだの!?」
「あっ。さあ注文しようか!」
逃げた!!高級店で大騒ぎする訳にもいかず、後で根掘り葉掘り聞く事を決意した。
「このワインと、彼女にはグレープジュースを…」
ちゃっかり自分は酒頼んどる!!!
数十分後。
「…ねえねえパスカル、あれルキウス様じゃない?」
「へ…?」
僕らがデザートを食べていたら、遠くにレストランに入って来たルキウス様と木華の姿が見えた。お忍びデートですか?フゥーーー!!!
2人も僕ら同様正装で、木華をエスコートするルキウス様は…うん、いつもの悪人面で安心した!ぎこちない笑顔にウエイタードン引きだぜ!!
同時に彼もこっちに気付いたようで、目を丸くしている。そのまま2人で近付いて来たので挨拶せねば。
「ああ、立たなくていい。セレスか?その格好は…?似合っているが」
「まあ…!素敵だわ!」
「えへへ…ルキウス様も木華もお似合いです!それにしてもよくお気付きになりましたね。
僕はまあ事情があって、今日はこの姿でパスカルとデートです……パスカル?」
「……………」
あれ…礼儀正しい彼なのに、据わった目でルキウス様を見上げている。
そういやさっきから口数少ないな…酔ってる?
「セレス。まさか、マクロンは飲んでいるのか?」
「はい。ワインを…」
「………見たところデザートも終えているようだな。お前達はもう帰りなさい。
おい、彼らを送りなさい」
「うえっ!?今からパレード見るんですが!!」
という僕の言葉は完全無視。彼は自分の護衛に送らせようとする。それなら自分で帰るって!
「んもー…ではルキウス様、失礼致します。木華、また学園でね」
「ああ」
「またね」
「帰ろう、パスカル…おい?」
ぼーっとしているパスカルの腕を引っ張るも、動かん!!!ふんぐぅ〜…!
なんなん!?まるで散歩から帰りたくない犬のように抵抗する…!ルキウス様も木華も首を傾げているよ!
半ば引き摺りながらも、なんとかレストランの外に出た。ヒールで足が痛い…。
「ほらパスカル、セレネを呼んで。領地に帰るんでしょう?」
「帰らん」
帰れや。
「帰りたくない…帰したくない…」
ううん?彼は酔っ払っているのか…何故か涙目だ。
僕の腕を掴み、そのままそっと抱き寄せられた…その結果、正面から抱き合う形に…!
パスカルは僕の頭に頬擦りをし、「シャーリィ…シャーリィ」と何度も呼ぶ。いやここレストランの前なんだけど!?
通行人やらレストランのお客やらにめっちゃ見られとる!!外はもう暗いけど、建物の明かりや街灯で抱き合う僕らが照らされとる!!!
「ちょ、移動しよう!こっち!」
予め呼んでおいた馬車に彼を押し込み、僕も乗る。ふう…ひとまずオッケー!
でもパスカルは大分酔ってるな?仕方ないから今日はうちに泊めるか…という事でうちに向かって出発!
その馬車の中で…僕はパスカルの膝の上に乗せられている。なんで?
今のパスカルは昨日みたいに不安とか怒ってるとかじゃなく…いじけてる?僕の後頭部に顔を埋めてぐりぐりしてる…擽ったい。
「……なんで俺とデートしてるのに、他の男を褒めるぅ〜…」
「褒めるって…木華とまとめてお似合いですとしか言ってないんだが」
「とにかく帰らないぃ…一緒に寝る…」
断る。
こりゃ完全に酔っ払ってるな…帰ったらバジルに任せるか。
にしても…本当に今日は楽しかったなあ…。公爵家以外の人に女性扱いされるのは久しぶりだから嬉しかった。特にパスカルだから…。
「……………………」
……なんか、背中にすんごい視線を感じる……?と思った瞬間。
シュル…
「……!!!?ちょ、紐解いた!!?」
「男が服を贈るのは…脱がせる為なんだよ…」
ここここんの野郎おぉーーー!!?背中の紐引っ張りやがった!!!何すんだこの変態!!
「変態で結構…俺は欲望に忠実に生きる…。男同士なんだから…恥ずかしくないだろお〜…」
おぼあああーーー!!!さ、せ、る、かあぁ…!!
脱がそうとするパスカルと、全力で抵抗する僕。負けねえ…!って力強っ!!
「もぎゃーーー!!?」
そんな攻防の最中、僕の肩にキスしやがった!!驚いて色気も何も無い悲鳴出ちゃったよ!!
僕の両腕が塞がっているのをいい事に、首やら背中やらにやたらとキスしてくるし…!ああもう!!
「ふんっっっ!!!」
「おぐっ!!」
渾身の力で頭突きしてやったぜ。彼はゆっくりと崩れ落ちる…勝った。
すると丁度屋敷に着いたので…ヨミにパスカルを運んでもらい、僕は剥ぎ取ったパスカルのタキシードを羽織って降りるのであった。これなら「肌寒いので借りた」と言い訳がきくからね。
その後バジルに彼を託し、疲れた僕は着替えてすぐに眠ってしまったのであった。
次の日、客間にて。目を覚ましたパスカルは頭を抱えている。
「お、俺は…何やってんだ…!!しかしもう少しで見えそうだった…じゃなくて!!!
……ん?なんだこれ」
昨日の自分の行いを猛省しつつ、彼はその手に握られた1つの塊に気付いた。
「まさか…シャーリィの胸の詰め物?でももっと大きかったような…?」
そう、僕の偽乳である。
彼はそれを見つめながら…「しぼんだ?」と首を捻るのであった。
胸の半分は自前の物であると…彼が知るのは。もう暫く先の事なのである。
パスカルは酔っ払っていても、シャーリィ(好きな人)が目の前にいなければ暴走はしない。




