◼️憂鬱な合宿
「(ぐぅ…とうとうこの日が来た…!)」
セレスタンは荷物を下ろしため息をついた。
4年生になると男子は強制参加させられる、剣術合宿。男として生活する彼女も当然参加、なんとか理由をつけて逃げようと画策するも良い案は出ず。
グラスは最後までついて来ると粘ったが…叶うはずもなく。
「バジル、お前がセレス様を守れよ!セレネが一緒とはいえ…あいつは普段隠れているんだから。絶対に、守れよな…?」
「言われるまでもないわ!でも…」
セレスタン、バジル、グラスの3人は出発数日前。セレスタンの部屋で顔を突き合わせ、一枚のプリントに目を落とす。
それは合宿の日程、注意事項、荷物など色々書かれたプリント。
「僕はラサーニュ家の使用人なんだから、セレス様と同室になるとばかり…!」
「主従で同室は避けたんじゃないかな。皇族すらも使用人は連れていけないくらいだし…」
「「「はあぁ……」」」
今度は、3人揃って特大のため息をついた。
セレスタンは、せめてジスランかエリゼが同室なら…気を使ってくれただろうか。と考えると同時に、最近ジスランの視線がどうにも気になるので…やっぱいいやとも思っている。
彼女はつい最近、訳も分からず上記の2人に部屋に突撃され、うっかり秘密がバレてしまった。
最初は互いに固まり、次はほぼ同時に絶叫。その後どうしたかと言うと…
セレスタンは2人の襟元をガシッと掴み、部屋に引き摺り込みドアを乱暴に閉めた。
『言うなよ…絶対!誰にも!言うなよ!!!?』
『あ、ああわあかわ、わかわ、わかっ、た……!』
『分かったから、服を着ろ!!!』
自主的に床に正座した彼らの頭を鷲掴みにし、そう口止めをしたのだった。
ジスランは顔を真っ赤にしつつ、セレスタンの胸から目を離さない。エリゼは目をぎゅうっと瞑り着衣を促す。
だがセレスタンは話す事は何も無い、詳しく知りたければバジルに聞け!!と2人を追い出した。
彼らはその足でバジルの部屋に向かい…頭を抱えて蹲る彼に全てを聞くに至ったのであった…。
それ以来彼らはセレスタンを気にしつつも、声を掛けてくる事は無かった。
「(たまにジスランが、泣きそうな顔してこっち見てるんだよなあ…。バジルが言うには、今まで散々僕を傷付けてきた事を後悔してるって話だけど…今更すぎて…。
それより女扱いやめてくんないかなあ…。昨日なんて、僕が男子トイレに入ったら絶叫して追い出すし。どこでしろってんだ…んもう)
…もう遅いから、君達は上がりな。特にバジル、君は…ロッティの、側にいてね」
「はい。
……あの、セレス様」
「ん?」
バジルはグラスを連れ部屋を出ようとするが…扉の前で立ち止まり、背中を向けたまま言葉を発する。
「…もう、以前のように…シャルロットお嬢様と笑い合う事は…無いのでしょうか…?
お嬢様に全てを打ち明け…姉妹として過ごすという…」
「……………ごめん…ね…」
「………いえ、差し出がましい言葉、申し訳ございません。…お休みなさいませ」
「ん。おやすみ」
その時彼がどのような表情をしていたのか…誰も分からないのであった。
…というやり取りを思い出しつつ、セレスタンは自分に充てられた部屋で荷解きをし始める。
セレネは屋根の上で待機。同室者に見られたら困るからである。
その同室者とは…
「…あ。先に来ていたのか。2週間、よろしく」
「……よろしく、お願いします…」
部屋に入って来たのは、高身長で地味に美形な青髪の男。パスカル・マクロンである。
セレスタンは先にベッドを決めてしまっていたのだが、彼は特に何を言うでも無く空いてるほうに荷物を置いた。
そのまま背中合わせで、無言で荷解きをする2人。彼らはたまに挨拶をする事はあれど、会話をした事が無いのである。
セレスタンにとってパスカルは、「妹とは少し話すイケメン」でしか無いし。パスカルは…
「(まさか彼と同室になれるとは。この合宿中に、赤髪の少女について何か知らないか聞けるかな…)」
と考えている。
幼い頃ラサーニュ領で出会った、初恋の赤髪の少女。彼はその少女がシャルロットではないかと仮定しているのだが…本人にさり気なく聞いてみたところ。
『え、私は…町に母と2人きりで、ましてや単独行動なんてした事なんてありませんわ。
そもそも私が町を歩く時は、お父様が必ず同行し……(まさか……お兄様と、アイシャ…?)…恐らく、パスカル様の勘違いでしょう。
明るい茶髪の少女だったのではないでしょうか?いえ絶対そうですそれなら候補は沢山いますわ!』
『そ、うか…?』
と、何故か断言されてしまったのである。パスカルはそれ以上何も言えず、その場は諦めて引いた。
チラッと振り向いてみれば、記憶の中にある少女と同じ髪色のセレスタン。
学園ではセレスタンに纏わる悪い噂は絶えないが、パスカルはそれらを鵜呑みにする事は無かった。
少し観察していれば真面目な努力家で妹想いの兄だと分かり、友人になれたらいいな…と思っているのだ。
しかし最近はその妹にも無視をするなどキツい態度を取っているようで…シャルロットに想いを寄せる多くの生徒達から、セレスタンは非難されているのだ。
「(どういう思惑なのか分からないけど…彼が本気でラサーニュ嬢を嫌っているとは思えない。
この合宿中、少しでも仲良くなれたらいいんだけど。まずは会話から…)」
パスカルがそう考えている一方で。
「(はあ…今年の男子は奇数だから、1人だけ個室なんだよなあ…。その個室は皇子に取られたけど…仕方ないけど!僕個室がよかったなあ!!
マクロンは他の生徒と違って僕に悪い感情は抱いていないみたいだけど…最近ジスランとラブレーにバレたばっかりなんだから、なるべく会話しないようにしよう…!)」
と、正反対の事を考えていた。
2人共荷解きを終え、集合まではまだ時間がある。
話しかけるタイミングを計るパスカルと、どこかに逃げ場が無いか考えているセレスタン。気まずい空気が部屋を支配する中…意を決してパスカルが口を開いた瞬間、ノックの音が響いた。
誰だろう?と思いながらパスカルが「どうぞ」と言えば、姿を現したのはジスランとバジルだった。
「マクロン。その…えっと……表に出ろ!!!」
「え、果たし合い?なんだいきなり…」
「いいから!!!」
ジスランが戸惑うパスカルを引き摺り、彼らは部屋を出て行く。
去り際にバジルが「時間までゆっくりなさってください…!」と言い残す。
どうやら2人は、彼女に気を遣ってくれたらしい。この合宿中セレスタンが気の休まる時間を、少しでも作ろうと…そう思い至った彼女は、小声で「ありがとう…」と呟いた。
その時窓をコンコン叩く音が。振り向いてみればセレネがいるので、窓を開け迎え入れる。
「ふー、なあシャーリィ。セレネと初めて会った時…もう1人子供がいたよな?」
「へ?うん。男の子だよね…?花をくれた…」
セレスタンがベッドに腰掛ければ、セレネは膝の上に乗った。
すると急に昔話を始めるものだから、セレスタンは不思議に思いながらも話を合わせる。
「そうだぞ。そいつの名前も…思い出せないか?」
「う〜ん…?えと……」
目を閉じて、一生懸命に記憶を辿る。
確か……泣いている自分の顔をハンカチで拭いてくれて、優しく抱き締めてくれて。
その後は?死んでいると思っていたセレネが動き出して…一緒に名前を考えた。
そして…アイシャが戻り、少年は花をくれた。
『あのね、これあげる。…………ボクは●●●●。また、きみに——…』
「………駄目だあ、顔も名前も思い出せないよう。なんか中性的な名前だったような…」
頭を捻るセレスタン。
当然ながらセレネは、パスカルこそがその少年だと気付いている。その上で、どうして本人達は気付かないんだ…?と本気で思っているのである。
セレネ的にはパスカルに彼女の事情を全て打ち明け、レディーに気を遣って野宿しろと言いたいのだが。そっちのベッドはセレネが使うので。
「……パ?」
「(おっ!)」
「パー…シー?」
「ああぁ〜…」
残念ながら、セレスタンが正解を導き出す事は無かった。
※※※
時間になり生徒全員広場に集まる。まずは走り込み…なのだが。走り出そうとしたセレスタンを、1人の教師が呼び止める。
「なんだラサーニュ、その頭は!そんなんで前が見えているのか、丸刈りにされたく無ければ切れ!!……!?」
それは3人いる剣術教師の1人、一番若くて熱血系なドゥーセ。
彼がセレスタンにそう注意すると…ジスランとバジルが殺気の篭もった視線を送った。
「な、なんだお前ら…!」
「ラサーニュ。切らなくても良いが…目に入ったりしたら危険だ。授業中は上げていなさい」
言葉を続けようとするドゥーセを止め、代替案を出したのはクザンであった。60歳を超える彼だが、まだまだ現役教師なのだ。
熟練の騎士であったクザンにそう言われてはセレスタンも歯向かう気も起きない。
「…わかりました」
と一旦部屋に戻り、いつも使っているカチューシャで前髪を上げた。鏡を見れば、妹と同じ顔の自分が写っている。
「…ま、正直なところ。もう隠す必要も無いんだけどね。僕が女だってバレても非難されるのは父上…いや、伯爵だし。
それでも…」
今は、まだ。いつかグラスと一緒に家を出て自由に暮らす為に…目立った行動は避けるべきだ。
もしも世間に知れ渡ったら…自分はその後、伯爵令嬢として生きていかなければならないのだから。
平民であるグラスと結ばれる為には。自分が今の身分を捨てて同じ平民になるしかない。今では捨てられることさえ幸いだと思っているのだ。
そう考えると自分は…シャルロットよりもグラスを選んだのかもしれないな。と…自嘲気味に笑うのであった。
その為だけに彼女は今も、無理をして男装をしているのだから…。
その頃広場では、他の生徒からの不満の声が上がっていた。
「なんでアイツ1人の為に全員が時間を揃えなきゃならないんだよ」
「放っておいて、とっとと進めればいいのに」
「はあ、アレがあのシャルロット様の兄とはねー…」
「どうせ麗しいシャルロット嬢と違って醜いだろうから、顔を隠してるんだよ」
「戻って来たら指差して笑ってやるか。このブサイク!ってな」
等と、好き勝手言っているのである。ジスランは手にしている木剣を握り潰しそうな勢いだが…バジルとエリゼにギリギリで止められていた。そこに…
「ブサイクか。ならばお前は、ラサーニュ嬢もブスと思っていたのか。どうやら私とは美的感覚が大きく違うようだな」
「なんだと!?…て、殿下!!?」
騒がしくしている集団に声を掛けたのは、皇子であるルシアン。
「な、何を仰いますか!シャルロット嬢は女神と身間違うほどの美貌をお持ちの方。年々美しさに磨きがかかっているのですよ、ブサイク等と言う奴は目か脳が腐っているとしか思えません!!」
「じゃあお前は腐ってるんだな。ホラ」
ルシアンが顎で指した先には、小走りで近付いて来るセレスタン。
長く秘されていたその素顔は…老若男女誰もが美しいと認め称えるシャルロットと瓜二つであった。
違う点と言えば目の色、それと眉が自信なさげに下がっているあたり。目の下にはうっすら隈ができてしまっているが…それを踏まえても美少年(美少女)と言えるであろう。
「あんなにも妹とそっくりなのにブサイクなのだろう?毒素が空気を伝播して私まで腐るのはごめんだ。じゃあな」
「「「「………………」」」」
ルシアンの言葉に何も言い返せない集団は、入れ違いに走って来るセレスタンから目が離せない。
彼女はあちこちから好奇の視線を感じているが…一切を無視してクザンのもとに向かう。
「遅くなりました、申し訳ございません…」
「構わん。では走り込みを始める!」
クザンの号令に、全員が我に返り走り始めた。それでもチラチラとセレスタンに不躾な視線を送る者が多いが…ジスラン達が近くを走り、睨み付けながらガードしているのであった。
その後組分けを発表されるのだが…ジスランは上級、エリゼとルシアンは初級。セレスタン、バジル、パスカルは中級だった。
ジスランは何度もバジルに「後は頼む…!!」と言ってから、セレスタンを気にしつつ別行動となった。
中級となった彼女らはまず基礎から。その後2人1組になり打ち合い、模擬戦等こなす。
「……見ろよ、汗かいてんの色っぽくないか…?」
「あ、眼鏡外した…こうして見るとシャルロット嬢そっくりなんだなあ…」
「はん、外見に惑わされるな!アイツは身の程知らずにもシャルロット様を悲しませる無能なんだぞ!」
「でもよー…シャルロット嬢には手が出ないけど、アイツなら男だし…いけるんじゃないか?」
「あーあ、同室のマクロンが羨ましい」
だが授業中も休憩中も好奇の視線に晒されて、セレスタンは益々滅入っていた。
バジルは立場上貴族の子弟に文句など言えるはずもなく、精一杯の守りとして常に彼女の側にいた。
そんな姿を見た周囲は、今度は「執事に守られているお姫様」と囃し立てるのだ。
「(何か言いたい事があるなら、直接言えばいいじゃないか…!)」
水の入った瓶を握り締め、彼女は顔を顰めさせる。わざと本人に聞こえるように、それでいて直接言って来ないのがタチが悪い。
しかし陰口を叩かれるのはいつもの事。彼女はいつものように…自分の心を殺して、全て聞き流すのであった。
※※※
やっと1日が終わり、夕飯の時間。セレスタンはバジルと合流しようとしたが…
「なあなあ、一緒に食べようぜ!」
「あれっ、前髪戻しちゃったの?折角綺麗な顔してんだから、見せてよー」
空いている席を探していたら2人の少年に声を掛けられ、困ってしまっていた。
「……いや、僕、は…」
「って言うか腕ほっそ!よくこんなんで剣振れるなあ」
「!?」
「うわ本当だ」
「ちょ…!」
しかも彼らは、ベタベタと無遠慮に彼女の身体に手を這わせた。
湧き上がる不快感、手に持つトレーを落とすまいとする勿体ない心、騒いだら「男のクセに」とか言われるに決まっている!と様々な考えが彼女を駆け巡るが…
「(駄目だ、気持ち悪い…!!)」
腰に手を回され、更にその手が下へと動き…限界を迎え持ってるトレーを男子生徒の顔面に叩き付けてやろうと思った瞬間。
「コイツはボクが先約だ!その気色悪い手を離せ!おらどっか行け!!」
エリゼがそう大声を上げ、セレスタンの手を取ったのだった。
「なんだよ…俺らも混ぜてくれてもいいだろうが」
「断る!!行くぞ、あんなもんに律儀に付き合うな!」
「え、んん?はい?」
セレスタンはよく分からないまま、エリゼに手を引かれジスラン達の元に。
彼らとは距離を置こうと思っていた筈なのだが…どうして一緒にご飯を食べているんだろう?と首を傾げるのであった。
夕食後シャワーを浴びようにも、何故か3人がついて来る。
「…………なんか用…?」
「「「何も?」」」
何も無いこた無いだろう…と思う反面、もしかして見張りでもしようとしてくれるつもりだろうか?と思う。
女扱いは困るのだが…彼らの気遣いが嬉しくて、彼女はこっそりと微笑むのであった。
そして個室のシャワールームに向かい、しっかりと鍵を閉めて服を脱ぐ。
すると何やら視線を感じ…バッ!と振り向くと、高い所にある窓にセレネの姿が。
「セレネも洗って欲しいぞ」
「そう?ちょっと、待ってね…」
「ありがとう!」
セレスタンは腕を伸ばして窓を開け、セレネを中に入れる。
高い所と言っても、ジスランのように高身長な男性だと中が覗けてしまうな…と思い、カーテンを閉めようとしたら。
「おいセレス!!中から男っぽい声、が………あ…」
「「………………」」
まさにそのジスランが、セレネの声に反応し…勢いで中を覗き込んだのである。
セレスタンはカーテンの紐を引っ張ろうと、丁度手を伸ばしたところだった。
隠す物が何も無い状態のセレスタンのあられもない姿をバッチリ見てしまったジスランは、瞬間的に顔を沸騰させた。
どうやらセレスタンもジスランも不測の事態に弱いらしく、またも揃って固まってしまった。
「…………あの…不審な男が侵入でもしたかと思いまして…それじゃ…」
彼女の裸体を脳裏に刻み込んだジスランは…何事も無かったかのように戻ろうとしたが…
「……こんの…へんたーーーい!!!!」
「ごぶっ!」
ジスラン同様真っ赤な顔をしたセレスタンは、渾身の力でセレネをぶん投げた。
セレネはジスランの顔面にクリティカルヒット、そのまま一緒に閉め出される。
「このスケベ野郎!!不審者はお前だ!!やっぱり僕に金輪際近付くんじゃない!!!」
…という彼女の叫びを聞きつけたバジルとエリゼによって、ジスランは袋叩きの目に遭うのであった。
本編では少那がいるから人数が偶数になった。
個室はルシアンが望んだ訳じゃないが…部屋を決めた教師が「皇子だから」という理由で決めたのだった。




