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あっという間に新学期。始業式は恙なく終了し、次に新任の先生を紹介される。僕ら生徒会メンバーは、式のスタッフとして舞台に立っている。どんな先生が来るのか間近で観察しちゃおう。
まず養護教諭。…はあ、僕にとってゲルシェ先生の代わりなんて誰もいないよ。
だが新任の先生が姿を現した途端、女生徒から歓声が上がる。そんなにイケメンなのか、な……!!?
「どうも養護教諭です。卒業したて、新婚ほやほやのランドール・ナハトです。期間限定ですが、医務室を乗っ取りました。もう一度言うけど、新婚さんです。そこんとこよろしく」
ラ…ラディ兄様あ!!?白衣を着て軽いノリで挨拶をするのは紛れもなく兄様…!なんで!?僕は開いた口が塞がらない。
驚きと同時に女生徒の落胆の声が多く聞こえる。暗に「俺目当てで医務室来るなよ」って言ってるもんね…。僕は行くけど。
「セレスタン…聞いていたか?」
「いや、全然…今すっごいびっくりしてる…」
僕の隣に立つパスカルも驚いている。そんな僕らに向かってウインクをしてから、兄様は足取り軽く舞台を降りた。
は…はは…マジでえ!?こいつあ面白い事になって来た…!マグカップ回収しなくて良かった!!!にっこにこの僕を、パスカルが優しい目で見つめる。
この式が終わったら、真っ直ぐに医務室に突撃だ!覚悟しろよ兄様!!
「では続きまして、退職されましたバルバストル先生に代わり…」
あ、忘れてた。もう1人いるんだった!
ふむふむ、新しい魔術教師は見たところ…20代半ばの男性。スラっと背は高め。中々端正な顔立ち…お、糸目だ。あれがカッ!と開くと格好いいよね。
彼は演台に立ち……?なんだ、めっちゃこっち見てる…?前向きなさいよ、その目でガン見されると怖いんだけど…!?
視線に気付いたパスカルが、さり気なく僕を背中に隠した。気遣い!!!好きぃ!!!!
その様子にようやく彼は前を向いた。ほっ。
「……初めまして、アカデミーの皆さん。此方はタオフィと言います。バルバストル先生に代わり、魔術を教えます。以前はテノーにて宮廷魔術師をしてました。国籍はまだテノーなので、グランツで言うファーストネームはありません。どうぞよろしく」
テノー?ルシファー様が嫁ぐ国だ。そっか、向こうには家名無いんだ。でも宮廷魔術師なんかしていた人が、どうしてただの教師に…?生徒達も軽く騒ついている。
と疑問に思っていたら、軽い挨拶を終えた彼は舞台を降りず、こっちにツカツカ歩いて来る!?なんか怖い!!
しかも真っ直ぐに僕らのほうへ!目の前で立ち止まり、僕とパスカルを無言で見下ろす!?
「…………………」
「何か…ご用でしょうか?」
完全にパスカルの背中に隠れる僕。パスカルはタオフィ先生を見上げ、至極真っ当な疑問を口にした。
「これは失礼。君はパスカル・マクロン君でよろしいかな?後ろの彼は、セレスタン・ラウルスペード君?」
「………そうですが」
名前を呼ばれた僕は、思わず肩を跳ねさせた。そうですよ僕がセレスタンですが!?文句あんの!?と言う度胸は僕には無い。
だが僕らの名前を確認した先生は…その場に勢いよく膝を突いた。
「「!!?」」
そしてパスカルの右手を両手でガシィッ!!と掴み、頭の上に掲げた。
「お会い出来て光栄で御座います!!精霊王並びに精霊姫よ!!!」
「「はああああああああ!!!?」」
「此方は最上級精霊殿と契約を果たしたという御二方にお会いする為、はるばるテノーより参りました!!!
どうやってお近付きになろうかと考えていたところ、奇しくもこちらの教師枠が1つ空くと知り、とっとと宮廷魔術師を辞めて来てしまいました!!!
王の御髪に鎮座する麗しき毛玉様こそが話に聞く光の最上級精霊、フェンリル殿とお見受けしますが如何でしょうか!?」
何何何何!!?タオフィ先生の奇行に僕達だけでなく、他の生徒や先生達もあんぐりしている。っていうか生徒会の仲間よ、僕らを置いてかなり遠ざかってる!?裏切り者ー!!
可哀想にパスカルは、手をがっちり掴まれて逃げられない。せめて僕だけは側にいるからね…!
返答に困っている僕とパスカルに代わり、ご指名が入ったセレネが返事をする。
「そ、そうだぞ。セレネがフェンリルだぞ」
「やはり…!直々の御回答、身に余る光栄で御座います!!」
そのまま先生は、僕のほうに目を向けた。ひいい!!僕の精霊も見せろって事ね!!?
でもヨミをこんな大勢の前で出したら、皆恐怖心でパニックになってしまう。ここは…!
「へ、ヘルクリス!!!」
僕の呼び掛けと同時に、ヘルクリスがボフンと現れた。この変人どうにかして!?
突然呼ばれたヘルクリスは困惑しているようだ。
「なんだ一体…?」
「おおお!!その白銀に輝く鱗をお持ちの貴方様は、もしや風の最上級精霊エンシェントドラゴン殿でありましょうか!?」
「うん?その通りだが」
先生はヘルクリスの回答にまたも全身で喜びを表現した。当のヘルクリスはというと、満更でもないご様子。普段僕とか、あんまり敬っていないからねー…。
だが…
「姫よ、宜しければ貴方にもご挨拶をさせて頂けないでしょうか!?」
「あ、あの!とりあえず姫と王はやめませんか!?それと僕ら生徒ですから、そんなに畏まらないで…!!」
「なんと心優しきお言葉…!」
今度は強引に僕の手をがっちり掴んだ。解放されたパスカルは、今度は先生の手を僕から引き剥がそうと頑張るが、先生意外と握力ある…!でも僕の手を握り潰さないよう加減している、すごい。
「先生!いつまでセレスタンの手を掴んでいるんですか!!式が終わりません、早く所定の位置にお立ちください!!」
「ああ、どうぞ此方の事は気になさらず、式を続けてください。
ところで姫、宜しければ闇の最上級精霊殿にも御目通りを願いたいのですが!!」
パスカルの言葉もなんのその、なんつーマイペースな人!!司会の先生も戸惑っちゃってるよ!
セレネもヘルクリスも、先生に悪意が無い上に自分達を敬っている相手だから、あまり強く出ようとしない。誰か収拾つけて〜…!
「えっと、ヨミは諸事情あって人前では出せません…!」
「なんと!!では後程2人きりの席を設けます故!」
「させるか!!!この、手を、離せえええ…!」
壇上で膝を突き僕の手を握るタオフィ先生。
なんとか逃げようとする僕。
僕らを離そうとするパスカル。
見守る精霊2人。
誰か助けて!!!と思っていたら……僕の影が形を変えた…?ヨミ?
影は拳の形を取り…ぐぐぐ、と力を溜めている…?
「はっっっ!!それはもしや闇の精れ「うるさい」ありがとうございます!!!!!」
影がヨミの言葉と同時にメシャッと先生の顔面にめり込み、彼は礼を言いながら美しい放物線を描き…吹っ飛んで行った…。
舞台の反対側まで飛ばされた先生は…ウッ、なんて幸せそうな表情…。
僕の影はシュルシュルと元に戻り、講堂は静寂に包まれる。
この場にいる教師生徒全員が思った。すげえのが赴任して来た…と。
「……………えーと、新任式終わります」
やったねラディ兄様。初の患者ゲットだぜ。
※※※
「面白い先生が来たなあ」
「ははは、ラディ兄様といい勝負だねえ」
あははうふふと、僕らは医務室でお茶を飲む。
他の友人達はここにはいない。兄妹2人でのんびり過ごしてって言ってくれたの!
まあ…未だ伸びているタオフィ先生がベッドに寝てるけど。本当強烈な先生だな…。
「っと、今はタオフィ先生は置いといて。
兄様、卒業したら宮勤めじゃなかったの?」
「んー?長い人生だ、数年寄り道してもいいだろう?新婚旅行は夏期休暇に行くからご心配なく。
……まあ、閣下…ゲルシェ先生に頼まれてな」
「お父様に…?」
兄様の話によると。お父様は自分がいなくなった後僕達が寂しがるかもという事で、信頼出来て僕と仲良しのラディ兄様に声を掛けたらしい。
その話を聞いたのは僕の誕生日、教会でパーティーを開いてくれたあの日。兄様は二つ返事で了承し、急いで資格を取ったらしい。
その時から、ここまで…考えてくれていたんだ…。
…あ!あの日、馬車の中で寂しがる僕に対してお父様がニヤっと笑ったの…コレか!!僕が驚く姿を想像してたんか…!やられたあ!!!
「ふふ…お父様にもお礼言わなくちゃ!」
「そうしてやれ。だから俺は、お前らが卒業するまで。4年間だけ勤めるよ」
そっかあ…!じゃあこれからも、サボりに来るね!!
「おっとサボりは駄目だ。それ以外ならいつでもおいで」
「けち!!」
兄様は笑顔で僕の頭をぺしっと叩いた。そんなやり取りも楽しくて、僕達は笑い合った。
暫くおしゃべりしたが、ロッティ達が待っているのでもう出ないと!
扉を開け帰…の前に、タオフィ先生をチラッと見てみる。まだ眠っているようだね。
姫呼ばわりは勘弁だけど、なんか面白い人っぽいな…。
とか考えていたら、廊下の先からロッティが手を振っているのが見えた。
「おにーさまー!今日は皆うちに来るんですって。お話終わったんなら、帰りましょう?」
「おっと…行かなきゃ!じゃあまたね兄様!」
「ああ」
兄様に挨拶をして、友人達の元駆け寄る。僕は今日から2年生、まだまだ楽しい学園生活は続く。
「なあ、お前んちにトリンダの店の菓子はあるか?最近ボク、ハマっててな」
「自分で買えばいいだろうが」
「おお…ブラジリエが正論を。でも私も気になるな、その菓子」
「あ、僕が買っておきましょうか」
「駄目ですわ、バジル君!」
「そうだな。エリゼもたまには手土産くらい持って行くべきだ」
「パスカルは細かいんだよ!大体なあ、普段ボクがどれだけ…」
皆のやり取りを、僕とロッティは後ろから眺める。
いつか卒業したら、僕達はそれぞれの道を行くだろう。こうして一緒に過ごせるのも…学生のうちだけ。
だから今のうちに…いつだったかルシアンが言っていたように、思い出をいっぱい作ろう。
おっと、エリゼとパスカルの言い争いがヒートアップして来たぞ。僕はロッティと笑い合った後手を繋ぎ、少し早足になり…
「仕方ないわねえ。この間吹っ飛ばしたお詫びに、私が買ってあげる」
「じゃあ、皆で行こっか。あっ!そういえばパスカル、弟が生まれたんだって?おめでとう!」
「ありがとう、セレスタン。よかったら近いうちに、遊びに来ないか?」
「うん!じゃあ…」
さあて…今年はどんな1年になるのか。今から楽しみだなあ。
※
「さて…起きてますよね、タオフィ先生?」
「………お気付きでしたか、ナハト先生」
セレスタンの退室後、声を掛けられたタオフィはむくりと起き上がる。
腫れている自分の顔を癒し、ゆっくりと立ち上がった。そうしてランドールに目を向ける。
ランドールはその細い目に、どことなく薄気味悪さを感じつつ…カッ!と開くと格好良さそう…とも思っている。似た者兄妹である。
「いやあ、少しお話聞いてました。ナハト先生は姫とご兄弟でしたか」
「…正確には『兄弟のように仲の良い友人』ですが、俺は弟だと思っていますよ。
それで…俺の弟とその友人に、なんの用ですか?」
ランドールはタオフィの事を警戒していた。まあ初対面で妹に馴れ馴れしくされれば仕方のない事だろう。
何か下心があるのでは…?最上級精霊の力を何かに利用しようと考えているのでは?もしや2人を…テノーに、連れて行く気じゃ…と。
そんなランドールの問いに、タオフィは顎に手を当てて考えるポーズをとった。
「用ですか…強いて言えば、此方は精霊に大いに興味があります。なので資料の少ない最上級精霊について、少しでも知りたいと思いまして。
これはただの探究心です、2人に手を出す気はありませんのでご心配なく。仲良くしたいとは思っていますが!
しかも闇の最上級精霊殿とは、今まで存在こそは仄めかされていたものの、お名前すらもどの国にも記されていないのですよ!?それはもう、興味津々ですとも。
だから…あの2人、意外と狙われておりますよ?精霊殿を警戒し、誰もが遠目から見ているだけですが」
「…………!」
それは、ランドール及びこの国の重鎮が危惧していた事だ。本来は秘匿しておくべきではあったが、自由に動きまくっている精霊達は隠せるものではなかった。
他国が2人に接触し、自国に招くだけならばまだ良い。だがもしも愚か者が2人の意思を無視して強引な手に出てしまえば…精霊が怒って国を滅ぼしかねない。
だから…なんとしてもセレスタンとパスカルには、精霊達の手綱を握っていてもらわないと困るのだ。
それを知ってか知らずか、目の前の男は言葉を続ける。
「まあ他国の者である此方を信用出来ない心情はもっともでしょうね。
それでも此方は、『自分は精霊に興味があるただの研究者』だと主張するしかありませんね。
それでは…本日はありがとうございました。これから同僚として、よろしくお願いしますねナハト先生」
「…はい。お疲れ様でした、タオフィ先生」
そうしてタオフィは医務室を静かに出て行った。残されたランドールはというと。
「…とりあえず、ゲルシェ先生と皇室に報告しとくか」
と、机に向かいペンを取るのであった。
※※※
同時刻、箏にて。王宮のある一室での男女の会話風景。
『ふむ…男と偽っていた女性…か』
『兄上、またそのお話ですか?先方には了承の旨、お伝えした筈でしょう?』
『まあな。今は別の事を考えていたのだ。
もしもそのセレスタン殿が、少那の女性恐怖症を癒やしてくれたならば…と。
その時は是非、少那の妃としてこの国に迎えたい』
『兄上…それは彼女の契約している、精霊殿を招き入れたいだけでしょう?』
『もちろんそれもある。だが弟の未来を案じる兄心も嘘偽り無いものだ。ほら』
『?』
男のほうは、箏の若き国王・凪。彼は6年前、国王夫妻が流行り病にて相次いで崩御したのち、若干19歳で玉座を手にした。
女のほうは凪の妹・木華。木華は凪に手渡された写真に目を通す。
『お前にはまだ見せていなかったな。その赤髪の女性がセレスタン殿だ、可憐な少女だろう?』
『まあ…』
『セレスタン殿と少那、並んで見れば似つかわしいと思わんか?』
『そうです、けど…無理強いはいけませんよ?』
『当然だ。そうでなくても…少那は対等な友人が出来る、と喜んでいるのだ。
彼女には非常に申し訳ないが…暫く、男として振る舞っていただきたい』
『この国では、少那兄上の友人は皆一歩引いたところにいますものね。
ふう…私は精一杯お二人のサポートをするだけです。ではグランツ語の勉強がありますので、私は失礼します』
『ああ、よく励め』
そこで木華は立ち上がり、凪の執務室を後にする。
その頃。たった今話題に上がっていた少那は…
『ふふ…やっと正確な日程が決まったか!セレスタン殿と会えるのは2年後か…早くグランツに行きたいな。
彼はグランツの皇子とも親友だと聞くし、きっと私とも友になってくれる!遠慮の無い友人、楽しみだなあ』
彼は布団に転がりながら、留学するその日を心待ちにしていた。
その顔を見れば…セレスタンならば『喜んで男装させていただきます!!!』と涙を流すであろうほど、屈託のない笑みであった。
少那はセレスタンからの手紙に目を通す。それはセレスタンが凪に対し、『男として友人になる許可をいただけたら、少那殿下にお渡しください』と同封した短いメッセージ。
『少那殿下
お手紙ありがとうございます。改めまして、僕はセレスタン・ラウルスペードと申します。
グランツに興味を持っていただけて嬉しいです!僕も箏の文化に大変興味があるので、色々なお話を聞かせて欲しいです。
少那殿下と王妹殿下にお会いできる日を心待ちにしております。
お二人をご案内する場所、いっぱい考えておきますね!』
少那は何度も読み返しては、その度に顔を綻ばせていた。
と同時に、一枚の写真を取り出す。それは…ルキウスがこっそり同封した、ピコハンでルシアンを滅多打ちにするセレスタンが写されていた。
「ルシアンのバカーーー!!!僕のお菓子食べちゃうなんて!!楽しみにしてたのにいいいい!!!」
「あだ!いででで!!すまなかった、同じの買って来るから!!」
「あれ期間限定で、昨日で終わりなんだよおお!!うわーーーん!!」
「任せろ、私の権限で…」
「皇子の権力使うんじゃねーーー!!!」
…というやり取りを、エリゼが隠し撮りした場面であった。
『この赤髪がセレスタン殿で、黒髪がルシアン殿下だよな?私とも…こういった喧嘩をしてくれるだろうか?……兄上…私も、やっと…』
少那は窓の外、星空を見上げる。
少し先の未来に想いを馳せて。
指折り数え、月日は流れる。
そして舞台は2年後、セレスタン15歳。4年生になった学園に移る——…
という訳で、1年生編終了!
閑話を挟み、4年生編がスタートします。どうぞお付き合いくださいませ。




