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ロッティが大暴れし、嫌がらせも無くなって穏やかな日々が流れる。
黒幕と思われたサルマン令嬢はたま〜に見掛けるが…どうやらパスカルとの縁談は消えたらしい。とりあえずほっとした…。
とパスカルに言ったら、「君も俺との未来を思い描いてくれていたのか…!?移住先はどこにする?ああでも君は、今の家は好きなんだったか…」と、1人でなんかブツブツ言っていたので放置した。
「そういえば、グラスが今従者教育真っ只中なんだよ。そのうち僕の専属になるんだー」
「グラスが…?…………へー…」
生徒会室にて。僕は世間話のつもりで言ったのに…パスカルは梅干しでも食ったかのような酸っぱい顔をした。
そしてこの日は、口数が少ない上に僕の隣にぴたっとくっ付いて離れなかった…なんなの、もう。生徒会メンバーが生温い目で僕らを見ているんですが!
「(無自覚ですかセレスさん…。マクロン君は今後も苦労しそうですね…)」
特に新生徒会長のルクトル様は苦笑いだ。ところで三兄弟はまだ婚約者出来ないの?ルシファー様はそろそろ嫁入りだというのに…。
あ、箏はどうなったかというと…僕が良ければ、男として学友になって欲しいって…。
もちろんバレてしまった時は、向こうの王様が責任を取る。そんで一緒に留学予定の王妹とその侍女1名は僕の事情を知っている。ただし他の同行者は何も知らない…と。
はあ…ま、もう少しだけ頑張りますか!少那殿下が帰ったら、今度こそパスカルに打ち明けるんだから…!
当面の目標は!「女の子もいいもんだぜ?」と思わせる事!!頑張るぞー!!!
それ以降特に大きな出来事も無く、今日は卒業式。ルキウス様、ラディ兄様とはお別れだ。
まあ皇宮に行けば、いつでも会えるけどね。ルキウス様達も今は、僕の事を「シャーリィ」もしくは「セレス」と呼んでくれるほど仲良しさ。従兄弟だしね!
「ルキウス様、おめでとうございます!」
「ああ、ありがとうセレス。生徒会、頑張りなさい」
「はい!」
「セレス、俺には?」
「さっき散々言ったじゃない…」
卒業パーティーで、僕は2人に挨拶した。2人共ビシッと決めていて格好いいなあ…。
……僕はふと、自分の服に目を落とす。パーティー用の正装だ。そして周囲を見渡し…
「どうかしたの、お兄様?」
その様子に、ロッティがひょこっと僕の顔を覗き込む。そのロッティのドレス姿もじー…っと見る。そして自分の服の裾をつまんだ。
「いや…大した事じゃないんだけど…。
僕も…ドレス着たかったなー、なんて」
「「「…………」」」
出来ればロッティと色違いのお揃いとか、素敵じゃない?今の僕はお父様からドレスも買ってもらってるし、ルシファー様からも戴いたりしている。
でもやっぱ…それらは家の中でしか着れないし。こういう公式の場で、堂々と着て…パスカルにエスコートされてみたい…。もしくはお父様を真ん中に、左右に手を引かれた僕とロッティで歩いたら…
「なーんて……あり?」
気付いたら…僕の周囲には誰もいなかった。え、置いてかれた…?泣きそう。
「あ、クレールさん。俺らの結婚披露パーティーなんだが…2日に分けて行いたい。
1日はクレールさんの関係者や俺らの仕事関係者とかも呼んで、もう1日はセレスの秘密を知っている人だけで。それと…」
「バジル。今すぐ首都中のデザイナーとドレスメーカーをピックアップしなさい。有名どころから無名の新人まで全部ね。それとアクセサリーと靴、傘に…」
「皇宮の花園がそろそろ見頃だろう。以前姉上が「女子会したいわ〜」と言っていたので、ヴィヴィエ家とラウルスペード家に招待状を送れ。
当日使用人は、あの日プライベートサロンで給仕していた者以外立ち入り禁止だ。日時は…」
と思ったら、なんか3人共忙しそうにしているぞ。こんな日まで仕事とは…大変だなあ。
※※※
卒業式が終わり、その半月後今学年は終了した。学園は1週間程の休みを挟み、僕らは2年生となる。
なんか…すっごく忙しい1年だったなあ。本邸の自分の部屋で机に向かい、とある紙を取り出した。
それは夏期休暇に入ったばかりの頃。家を出た後どう生活するかな〜というのを考えながら書き留めていたもの。ちなみに家宅捜索中はヨミに預けといた。
そこに書かれているのは女性として生きられたらやりたい事。生活に必要な金貨の数。住む場所の候補…こうして見ると、笑っちゃうくらい杜撰な計画書。
「暖炉、これ燃やして。もう僕には必要ない物だから」
そう言って紙を放り投げ、次の瞬間には発火し灰になった。その灰はエアが窓から外に向かって飛ばす。
にしても…前世の記憶を取り戻した時は、ラサーニュ家を勘当されて平民になって、自由気ままに生きるんじゃい!と思っていたのに。
まさかラサーニュ家のほうが無くなるとは…人生って不思議だわ〜。
あの時の僕には、秘密の共有者もいなかった。味方は誰もいなくて、窮屈な毎日を送っていた。
チラッと部屋を見渡せば。精霊達が思い思いに過ごしている。
ヨミは基本影の中だけど、僕の部屋では本を読んだりシグニと遊んだり自由にしている。
ヘルクリスはラグの上か布団の上。もしくは自由に外を飛び回っている。今日は庭で日向ぼっこしてるわ。
アクアはやっぱり水の中が好きみたいで、僕の部屋には小さい水槽がありよくそこにいる。自分で水を綺麗にしてくれるから楽なんだわ。
ノモさんも同じように、土を好む。なので日の当たる場所に土が入った水槽があるけど…アリを飼っている気分になるんだよね…。
エアは結構外に散歩に行く。その時は大体ラナも一緒。お土産に木の実を採ってきてくれるんだ。
暖炉は一番甘えん坊で、ほとんど僕の頭の上にいる。冬はいいんだが…夏は熱い…。可愛いから我慢するけど!
ドワーフ職人達は、建築関係の本をよく読む。世界の建物とか、目を輝かせているぞ。
そうそう、騎士団の隊舎もドワーフ職人があっという間に建てちゃった!!完全な設計図と充分な素材を用意するだけで、立派な建物が出来たぞ。
ただ久しぶりの大仕事に張り切りすぎて…全員魔力を使い切って一回精霊界に帰っちゃったけど。ここは霊脈じゃないんだよう…僕の魔力も限界まで持って行ったので、ぶっ倒れちゃった。
そんな苦労の甲斐あって、素晴らしい出来栄えでしたが!お父様も「費用と手間が浮いた」と喜んでいた。
ドワーフ職人達には沢山のお酒が振る舞われたが、他の精霊達にもかなり呑まれた…。僕が15歳になったら混ぜてもらおう!
そうしてラウルスペード騎士団も始動したのだ。隊舎の職員とか肝心の騎士も集まり、今日も鍛錬の音が響く。ちなみに彼らも、僕が女だと知っている。
たまに鍛錬に混じりに行くと、女の子扱いされるのが嬉しいような嫌なような。剣を振るっている時は男も女も関係ない、かかって来いやあ!!!
「なあ…シャルティエラお嬢様、ヤバくねえ?」
「ふっつーに俺らに付いて来てる…むしろ俺らより上行ってねえ…?」
「女性騎士の中だと、ダントツで一番じゃ?厳しいはずの鍛錬も、涼しい顔してこなすし」
「そういや腰に差してるあの剣、鉄もスパッと斬っちまうんだってよ」
「こええ…でも気さくで優しくて可愛くて、それでいて強いって。俺求婚しよっかなー…」
「ばーか、相手にされるかよ」
???休憩中、なんか視線感じる…そろそろ専属騎士選ぶのか。誰にしようかな…?
その日の夜。明後日にはもう始業式なので、明日僕らは首都に向かう。
早めに寝るかーと思っていたら、部屋の扉がノックされた。
「お嬢様。今…よろしい、ですか?」
誰かと思いきやグラス?……一応上着を羽織り、扉を開ける。
「どうしたの?」
「…明日、首都に向かう…向かわれる?んですよね」
「うん、そうだよ。でも今まで通り週末は帰って来るからさ」
部屋の中に招き入れ、ソファーに向かい合って座る。彼は飲み込みが早いようで、辿々しいがきちんと敬語も使えるようになってきた。
もう少しで及第点を出せるので、そうしたら一緒にタウンハウスに行っても良いってバティストも言ってた!凄いなあ。
それで…なんの話だろ?彼はさっきから僕の顔をじーっと見つめるばかりで、用件を言おうとしない。おいおい、照れるじゃん…!僕はすす…っと目を逸らす。
こっちから話を切り出すのもタイミングが難しく…暫くこんな時間が続いた。
「お嬢様…おれの気持ち、気付いてますよね?」
「!!?…え、っと…あの…」
ようやく口を開いたと思ったらそれですか!!それは、まあ…気付いてる、けど…!!
僕はなんて答えれば良いか迷い…結果、顔を茹で上がらせて目を泳がせ、「あう、え、ふぁ、うぃ」等しか口から出てこない…!!
グラスはそんな僕を見て、ふっと微笑んだ。それどういう意味!?馬鹿にしてないよね!?
彼は立ち上がり、僕の前に立つ。そして跪き…僕の手を取った。
「やっぱりか。でも、言葉で伝えたい。
シャルティエラお嬢様。おれはあなたが好きだ。あなたは俺らの為に涙を流し、世話をしてくれて、居場所を作ってくれた」
「へ……!?」
まさか、こんなストレートに言われるとは思わんかった…!!
僕の戸惑いにも構わず、グラスは続けた。
「身分違いだと分かっている。あなたは、パスカル様が好きだということも。
それでもおれは…最後まで、諦めたくない。だから知っておいて欲しかった、おれの気持ち」
「そ……う…」
僕…というか優花は少女漫画を読みながら、『オイオイ、こんなイケメン共に好きって言われたーい!!いやん、選べないわ♡とか言ってみてえー!!』なんて叫んでいた時期があった。
だが実際は…駄目だ、これは…!彼の目が、本気だと伝えてくる。
僕は…グラスの事は好きだけど、男性としてでは無い…から、受け入れる事は出来ない…。
彼の想いをぶった斬る事が…何故かとても苦しくて。気付けば僕は涙を流していた。どうして…?ジスランには、簡単に言えたのに。
「ごめん…ね。僕…君の気持ちに、応えられない…」
「うん…分かってた。泣かないでくれ。おれは、お嬢様を泣かせたい訳じゃないんだ。
おれは、お嬢様が誰かと結ばれるまで…あなたを想い続ける。だから気が変わったら言ってくれ、おれはいつでもいいから」
彼は跪いたまま手を伸ばし、僕の涙を拭った。
……このお馬鹿…。僕の事なんてとっとと過去にして、他の女の子見つけなよ…。
君、格好いいんだから。絶対いい子がいるって…。
僕が落ち着くまで、グラスは手を握り続けた。涙が止まると、僕の手の甲にキスをして…
「もう1つ、話がある。
あなたにだけ、おれの本当の名前を知っていて欲しい」
「本当の…名前?」
それはもしかして…箏にいた頃の名前?覚えてたんだ…。
「うん。でもこの地に来てからは、一度も名乗った事はない。お嬢様にだけ、知っておいて欲しい。呼んで欲しい」
「僕が…君の特別になれなくても…?」
「うん。おれの名前、受け入れてくれる?」
まあ…それなら…。本当は君の唯一に教えてあげるべきだと思うけど…彼がそう言うなら、僕に拒む理由は無い。
「じゃあ…教えてくれる?グラス・オリエントの本当の名前を」
すると彼は、にっこりと笑った。顔立ちは随分大人っぽくなったけど、笑顔は幼さが残ってるね。
「ああ。おれの本当の名前は…ミコト。かつてこの国では無いどこかで、誰かにそう呼ばれていた」
「ミコト…命、かな…?うん…素敵な名前だね。…命」
「はい、お嬢様」
僕が呼ぶと、彼は本当に嬉しそうに破顔した。くう、傾く…っ!いや、僕はパスカルが好きなんだから…!!
2人きりの時だけ命と呼ぶ約束をして、彼は部屋を出ようとした。だが…中々立ち去らない。まだ何か話が…?と思ったら、グラスは自分の頬を指差した。
「お嬢様、おやすみのキスくれ」
「ぼふぉっ!!やらん!!」
「けち。じゃあおれがやる」
「は!?ちょ…!」
おおい!彼は止める間もなく…僕の額にキスをした!
僕はバッと距離を取り、額を手で押さえた。せっかく顔の熱が引いたのに、また上がっちゃったよ!?
しかもグラスは、そんな僕の様子にくつくつと喉を鳴らした。
「その顔…おれにもまだ、チャンスはありそうだな?」
「こんのぉ…!!」
「おーこわっ。じゃあおやすみ!」
「おやすみっっっ!!!」
ぴゃーっと廊下を走り去るグラス。主を揶揄いおってえ…!!
というかヨミ、ヘルクリス!!君ら僕の護衛でしょ、従者のセクハラ止めろや!!
「「なんで?」」
「なんでとな?」
あれ、護衛ってなんだっけ?
「だって…オーバンも、シャーリィが寝ている間は…女性と君の伴侶以外、触らせちゃ駄目だって言ってたけど…。あ、君が死に掛けてる時は例外…。
でも起きてる時は…君が嫌がってなければ、ぼくらは止めないよ…。人間同士のスキンシップなんでしょ?いいんじゃないの…?」
というヨミの言葉に、ヘルクリスもうんうん頷いた。
つまり、彼らから見て…さっき僕は、グラスを拒否してなかったって事なのね?
…違う、浮気じゃないぞパスカル!!そして流されやすいね僕!!これからは気を引き締めねば…!!
「もう寝る!!皆、グラスの本名ぜーったい誰にも言っちゃ駄目だからっ!!」
そうだ寝ろ寝ろ!……命、か。いつか必ず……一緒に、箏へ…………ぐう。
※※※
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「…行ってきます、グーラース!」
全く…!グラスは何事も無かったかのように振る舞ってやがる。ここで「お嬢様…昨日は申し訳ございませんでした…。おれ、自分を抑えられなくて…!」くらい言えば可愛げのあるものを!
僕が馬車に乗り込み、窓からグラスに目を向けると…彼は僕にだけ分かるように、舌をべっと出した…!!
あ、あ、あんにゃろう…!!
文句を言おうにも、馬車は走り出してしまった。ちくしょう、愉快そうに手え振りやがって…!!
……まあ、いっか。彼がこうして生きていて、楽しそうに笑ってくれているのなら。程々にして欲しいけどね!
「シャルティエラお嬢様…グラスと何かありました?」
「ん?まあ…あったかもね」
馬車の座席にボスっと座った僕に、バジルが問い掛けて来た。
そして僕の返答に…ロッティと2人不思議そうに首を傾げながらも、それ以上は何も言わなかった。
さて…馬車の窓から外の景色を見渡す。ヘルクリスで移動はラクだけど、やっぱりこの目で町の様子を見たいんだよね。
荒れていた町も綺麗になってきた。お父様とバティストが頑張ってくれているのだ。浮浪者も大分姿を消し、皆新領主に感謝しているぞ。
こっちに気付いた子供が、手を振ってきた。僕も笑顔で振り返すと、すっごいはしゃいでいるぞ。
うん、笑顔が溢れる町…僕が望んだもの。それを作ってくれたお父様には、僕も感謝しかないや!
「(…シャルティエラお嬢様はご存じないだろうけど。お嬢様が領地の為に尽力してくださった事、領民皆知っているのですよ。
本当にあの日、お嬢様に相談してよかった。僕はこれからもずっと、貴女の為に命を尽くしましょう)」
おや。バジルが機嫌良さそうに微笑んでいる。どうしたの?と聞いても、なんでもありませんよ。としか言ってくれない。
…きっと思うところもあるんだろう。追及しないでおこうっと。
馬車の中で僕らは、新学期について語り合った。
新しい養護教諭や、魔術教師はどんな人だろうね?とか。
クラス替えは無いけれど…新しい担任誰かな、とか。
とても数ヶ月前、3人+グラスで旅に出よう!とか話し合っていたとは思えないや。
これからもよろしくね。僕の可愛い妹と、大切な弟!
1章最終話。
の予定だったけど、長くなりすぎたのでもう1話あります。多分すぐに投稿出来ると思いますので、どうかお付き合いくださいませ。




