8話
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「初めまして、耀の母親の朱里と言います。 こちらは主人の 淳です。 この度はお招きいただきありがとうございます」
「私は優太の父親で、優です。どうぞよろしくおねがいします」
「まあまあ堅い事は言わずに、中に入ってください」
そう言って、祐美は、小川家の3人を家に招いたのは、なんと、昨日の今日だった。
とにかく早い方が良いと、両家の意見が一致して、急遽、開けた今日になったのだ。
△
リビングに通されて、皆がソファーに座る。
祐美がトレイにお茶セットを持って入って来て
「まあ気楽にしてね。 それにしても、久しぶりね 淳くん、一段とカッコ良くなったね」
「はは、ありがとう、祐美...さん」
「ね? 祐美 格段に奇麗になってるでしょ?」
「いや~確かに。 でも、懐かしいな、高校時代を思い出すよ」
「そうね、淳くんて結構アレだったもんね」
「...ははは、まあいいじゃないか、その事は」
話の腰を折るように、優が話を切り出した。
「ところで、昨日のうちに話は聞いたんですが、この子たちの付き合いについてだったですよね」
「はい、そうなんですが。 大体の事はお聞きしていると思いますが」
「条件付きの、結婚と言う話ですね?」
「はい」
少し空気が重くなる。 こうして改めて相手方に言われると、実感が湧いて来て、さらに考え込む形となる。
「私も最近よく勉強会という事で、4人が仲良く持ち回りで、家を回って学習していたのは分かっていました。でも、あれから数ヶ月で、このような状態になっているとは、いや、そうなるかもしれないとは、何となく思ってはいたんですが、コレが現実となると、しかも、お嬢さんからの求婚とは」
「優くん、私は何も、大手を振ってOKを出した訳じゃあないのよ。分かってるとは思うけど、若い二人の事をよく聞いて、特にウチの娘に、これなら条件がクリア出来ないと思ったから、OKを出したの」
「そのようね朱里。 今の耀ちゃんなら、多分辛抱できなくなって、クリアはムリね、本人を目の前にしてナンだけど」
これまでのやり取りで、耀は静かな闘志を燃やし始めた。
「お父さん お母さん、じゃあ、もしも私が8月の半ば過ぎまで辛抱出来れば、許してくれるのよね」
「そう言う事にしてもいい、耀」
「私達も、その条件なら耀ちゃんの条件も飲むわ」
「やった~!」
両家の親たちが、耀の条件を承諾した形となり、期間は8月25日までと言う、まるまる一ヶ月の試練の日々が続く事となった。
いままで黙っていた優太が、こんなにすんなりと耀の条件を飲み込むなんて、思っても見なかったので、拍子抜けした。
(なんか、えらいことになってきたぞ、もしもコレ、耀がクリアしたら、オレ 耀の亭主になるんだ、耀はオレの妻という事になる、何か複雑になり、嬉しいやら不安やらで、参ったなこりゃ)
そう思う優太だった。
◇
それからというものの、耀は人が変わったように、夏休み中の午前は、いつもの4人での勉強&課題をして、午後からの優太のバイトの始まりの時間からは、一切の優太との連絡は取らなくなり、我慢の日々を送ることになった。 休み中は 月~金までの午前9時から12時まで学習して、その後、昼食を摂り、その後は解散となる日々が続いた。
ただでさえ、夏休みという事で、それなりに色んなイベントがあるのに、耀と優太はそれでも会うのを我慢して、只々言われた日まで、絶える事にした。
それでも8月に入って、暫くすると、慣れ始めたのか、寂しい気持ちが薄れてきて、今の状況に慣れ始めてきた。 それと共に、困った問題が出始めた。
優太の勤めるコンビニに、8月から、同じ高校の後輩で2年の 石田 麻美と言う女子が、同じシフトで入って来た。
容姿がとても良く、人当たりも良いので、すぐに客からの人気が良くなった。
「佐藤先輩、終わりました?」
「ああ、もう少しで終わりだけど」
「一緒に帰りませんか?」
「はいはい、また護衛ですね、お嬢様」
「うふふ...、今日もお願いしま~す」
最近になって、こんな日々が続く。
優太と、麻美はほぼ同じシフトなので、終了時間も一緒となる。 夕方でも暗くなってからなので、女の子の一人歩きは危険と言う事で、帰り一緒になる時は、途中まで送るようになった。
「ありがとう先輩」
「ああ、じゃあ気を付けてな」
「はい」
そう言って、彼女は何だか嬉しそうに後ろ姿を見せ、帰って行く。
そんな日々が続いていた8月半ば。
「いいじゃん! 教えてよ」
レジカウンターから、悲痛な声が聞こえた。
「こ、困ります、今は業務中ですから」
「じゃあ終わるの待ってるから、何時? 終わるの」
「ですから、困ります」
「ねえ、何時?」
困っている麻美を見た優太は、店長を呼びに行った。
すぐに来てくれたのは、店長では無く、店長の奥さんだった。
「え~っと、ウチの店員になにか?」
一瞬怯んだ男が、店長の奥さんに向かって。
「今この娘と話してんだ、あんたには関係ない」
「あら、そうはいきませんよ」
「なに?」
「ウチの店員なので、責任がありますから」
「だから、終わってからの話だ、そこどけよ!」
男は、カウンター越しに、奥さんを勢い良く手で払った。 そのせいで、奥さんがよろめき、軽く倒れた。
「何するんですか。 いくらお客でも、コレは不味いでしょう」
こんどは 優太が止めに入るが、すぐに男が暴言を吐く。
「お前にも関係ないだろ? 良いからその娘と話がしたいだけなんだよ、どけ!」
優太は怖気る事無く。
「どきませんね。 それに、他のお客さんにあなたは迷惑かけてますよ、ほら後ろ」
見ると、4~5人程この光景を見ている。
「それに、防犯カメラにバッチリ声と映像が残ってますよ。いいんですか?」
優太が言うと、男は持っていた商品を、レジカウンターに置いて、防犯カメラの方を一度見て、出て行った。
「大丈夫ですか? 副店長」
ゆっくり起き上がっている奥さんをに声を掛ける。
「何でもないから、気にしないで。 で、 ありがとう、彼女を助けてくれて」
「先輩。 ありがとうございます」
礼を言った麻美の手が少し震えていた。
「たま~にああいうのが来るけど、久しぶりだったわね、でも佐藤くんが居てくれて、助かったわ、本当にありがとう」
たまった客のレジを済ませながら、へへっと 笑顔で返事をする雄太だった。
△
「お疲れ様でした」
「はいお疲れ、今日は変な事があったけど、次もちゃんと来てね、石田さん」
「はい」
シフト終了後、挨拶をしている麻美と副店長。 麻美を見る目が少し心配なのが見てとれる。
「お疲れ様です、じゃあ帰りますね」
優太も挨拶して店を後にした。
「今日もありがとうございます。送ってもらえて」
毎回の事で、この石田の送迎も日常となっている感覚があった。
「まあ、あの後だろ、この帰り道でまたアイツに出会ったら怖いだろ?」
「はい」
「今日は家の近くまで送るからな、副店長も心配していたし」
「すみません、ありがとうございます。 でも先輩、何か彼女さんに申し訳ないです」
「はは、オレの彼女ちょっと有名だからな」
「とてもカワイイですよね」
「まあな。 そう言う石田も、彼氏が居るって聞いてるぞ」
「あ! 知ってました?」
「ああ、たしか柔道部だったかな?」
「はいそうです。おなじ2年です」
「ラブラブか?」
「とっても」
「あちゃ~!こりゃ参った、後輩から彼氏惚気を聞かされるとか」
「うふふふ」
いつもの帰り日、普通に帰っていたのだが、このタイミングで不意な事が起きた。
「優太!」
声の方を見ると、そこには 耀と母親の朱里が歩いてきた。
「耀! お母さん、こんな所で」
「優太くんこそこんな所で、しかも、女の子と一緒にどうしたの?」
耀の両肩が震えている、明らかに何かを耐えている感じだ。 その耀の言葉が痛烈だった。
「何やってるのよ、優太。 私の居ない時を狙って浮気でもしていたの? まさか、その子といい関係になりたいために、私と距離を取ったの?」
目には涙を溜めてさらに言い放つ。
「優太はそんな男の子じゃないと思ってた、私だけを見ていてくれると思っていた。なのに、なによコレは、その子と二股掛けようと思っていたの、 優太のバカ! 信じらんない」
「あの...」
その時麻美が口を出そうとしたが、その前に、朱里が優太に聞いてきた。
「優太くん。 今この状態はどういう事か、説明してくれるかな?」
その時、優太の横から麻美が説明し始めた。
「実は私 佐藤先輩と一緒の高校に通っています、2年の 石田 麻美と言います。 で、この今の状況なんですが...」
麻美は先ほどあった事件から、いつも暗くなる帰りを送ってくれる事、それに麻美にはきちんとした彼氏がいて、絶賛ラブラブ中である事を、事細かく、朱里と耀に説明した。
最後には、優太が耀の事を本当に一途に好きである事を、いつも聞かされている事も付け加えた。
「本当なの?優太」
「あのなあ、オレには耀しか居ないっていつも言ってただろ? このオレ達の沈黙期間が無事過ぎた時には、もうオレ覚悟できてるから、分かったか? 耀」
「うわ~~~ん!」
また耀が薄暗い歩道の真ん中で泣き出した。
「あっちゃ~!また泣いちゃった、まいったな~...、お母さん助けてください」
「聞いてて、私やってらんないから、この子今から捨てて行くんで、後お願いね、優太くん」
「あ!お母さん...」
(わ、ひどい、オレ達ほったらかしだ~)
そそくさと、朱里は帰ってしまった。
暫く3人の沈黙が続く。
また暫くすると、やっと耀が泣き止んだ。
その頃合いを伺って、優太が耀に聞いた。
「そもそも何でこんな時間に、お母さんと二人で歩いていたんだ?」
「コンビニに、アイスを買いに行くつもりだったの」
ふう~...っと息を吐き、優太が落胆する。
「なんだそう言う事か。 ま、耀の家ココから近いからな、納得」
「でも、今まで一度も先輩同士、道中合わせてコンビニで会ってませんよね」
麻美が不思議そうに聞いてくる。
「俺もそう思う、家近いのに無かったな」
「時々は言ってたけど、もうちょっと遅い時間が普通だったからかな?」
すっかり泣き止んだ耀が言う。
「それはそうと、何ですか?佐藤先輩 さっきの覚悟って?」
ギクぅ!! と、音がするくらいに、優太と耀がキョドッた。
「はは、オレ そんな事言ったかな~...な? あかる~」
「あはは、そんな事言って無いよね、ゆうた~」
「?......、ま、良いですけど、こんな所でイチャつかれたら、私も彼に会いたくなるじゃないですか」
「あ、スマン 石田」
「私もうココでイイですから、後は小川先輩を送って行って下さいね、じゃあまた明日です」
「おう、気を付けて帰れよ」
「心配なく、すぐそこが家ですから、では」
「じゃな」
麻美が去って行った後、何か気まずい雰囲気になる。
だが、喋り始めたのは耀の方だった。
「石田さんって可愛いんだね。 一緒に居て嬉しんでしょう? 優太」
「ば...、何言ってるんだ、自分に彼女が居るのに、横恋慕するほどオレは器用じゃないからな」
「そうね、優太は私に夢中だからね」
「お、おう、その通りだが、ちょっとこっちに来い」
そう言って、耀を街路樹の陰に誘い込み、短く深い キス をした。
照れた頬が間だ冷めやらない耀が
「優太、好きよ 大好き」
「はは、残念だな、多分オレの方が好き度は高いぞ」
「もう! なにそれ、雰囲気台無し~」
「はは、でも、オレ達らしいだろ?」
「それもそうね、うふふふ」
「後一週間だな、約束の日まで」
「うん、私頑張るから。 あ、でも。今日のコレはイレギュラーだから、カウントに入らないよね? 優太」
「ああ、今日のは無しだ」
「良かった~...。なら、覚悟しておいてね」
「もうしてる、出来ているから」
心からの微笑で、優太を見上げる耀。
久しぶりの勉強会以外での耀との会話に、優太も心の奥底から和んだ。
(やはり 耀と居るのが癒されるし、和むな)
そう思う優太だった。
「アイス買って帰ろうか? 耀」
「もういいの、このまま優太と帰る」
「いいのか?」
「うん」
(もうこの人を離してはいけない、この人を信じて、一生一緒に生きてゆこう)
耀は優太と手を繋ぎ、その温かさに信頼と言う言葉が、こういう事だと身に染みて分かった。