第九十七話・未来人の予言は現在の末法思想か
世の中が不安や不満でいっぱいになると、末法思想というものが出てくる。過酷な戦乱そのものの最中はそこまで深く憂慮する時間もないので、広まらないようだ。遠くは平安時代からこの思想はある。本来は仏法の経典から来ている。
例によってウィキペディアからひっぱってみます。
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末法思想とは、釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る、とする歴史観のことである。
以上、引用おわり。
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これは、いつの世でも庶民が権力者に翻弄されているがゆえ出てくる思想だと思う。
さて、私は昔から理屈では割り切れない現象や心の中のもやもやを晴らしたいという願望があります。実家が仏教系の檀家なので、若い時はお寺で座禅を組みに行ったり写経に凝ったりしました。でも今はもうそんな気力もないし、貧乏暇なしとはよくいったもので、日常の忙しさに埋没しています。信者のなりそこないですね。今でも宗派にこだわらずに仏教のみならずキリスト教にも親しんでいます。もちろん仏教の祖である仏陀を心から尊敬しています。日本古来からいる八百万の神も。日本独自の神道はすごくいい。私は好きなように宗教を親しめる国に生まれてよかったです。
ただね……仏教に関しては私は僧侶が檀家に寄付金をさりげなくねだっているところも見ました。高額寄付者に気をつかうところも。やはり仏教界でも資本主義が行き渡っている。私の子を不登校まで追い詰めたいじめっ子の親もいざ対面したら職業は代々続く僧侶で、そのプライド故かきちんとした謝罪ができなかった。
母が信仰している仏教系自称霊能者も結局はお金だった。こういう経験を重ねているので、仏教を系統だって学んでいるとされている人々でも所詮生身の人間、仏と縁遠い私のような人間と基本は同じとまで思うようになってしまった。私は神仏にかかわる人と結構会いましたが、金銭的に綺麗だったのは神道とキリスト教の人でした。こういう話は公共の場で発言してはいけないものかもしれませんが、個人的な意見ということでお許しください。私は仏さまを飯の種に、信者を怖がらせてお金を搾り取るような人を罰してほしいだけです。仏陀だって絶対嘆いているはず。
そんな中、私は未来人の予言にはまりました。これらは既存の宗教とはまったく違います。未来から来ましたよ~未来はこんなですよ~というのを、現代の世相を踏まえてこうなると予言する。断言するところが現代的。最初の未来人とされるジョン・タイターなる人物の予言は新鮮でした。詳細はここでは書きません。検索するとたくさんヒットしますし、書籍すら出ています。
ジョン・タイターをはじめとして、その亜流というか未来から来たという人々もたくさん出てきました。当たればすごいし、当たらなければ愉快犯的な偽物でしょうが、政治的な見解を思索できる人間がやったと思います。さてどうなるか。
しかし私が好奇心で未来人と接触したらこれも結局お金だった、と思うこともありました。この話はもう少し時間がたってから改めてエッセイに書きます。私は接触時に、このペンネームの名前、ふじたごうらこの名前を出しました。が、未来人はまったくの無反応でした。実は私の若い頃に、占い師数人から「名前が後世に残る」 と言われていまして年を取るのを楽しみにしていました。未来人の様子では私は無名のまま人生を終えるのは決定です。
未来人はどの人も、現代に来た方法を明かしませんが、発信元は生きた人間であることは間違いない。それにどんなに遠い未来にだって、お金は絶対に必要でしょう。この世の人々とSNSを介して接触するために、未来のお金で支払いをして現在に来たかも……私はそういうことをまじめに考える人なので、余計に未来人に惹きつけられるのかも。
最後にどの未来人も南海トラフはあるというので大地震の再来は覚悟しておきましょう……。
未来人もしくは未来人と接触されたことのある人、お金の話は抜きで私とお友だちになってくださいな……ツイッターでいつでもお待ちしております。特にY様、これを読んだらぜひよろしくお願いします。




