第九十二話・私は日本人
令和二年夏現在、コロナウイルス感染を警戒して観光で海外に行くのはとんでもないという状況です。私も怖いのでこの先、数年はいけないかなと思う……早く終息しますように願っています。
折々に過去の旅行の画像を整理して忘れていたことを鮮明に思い出す。今回は某国での話。本日は終戦記念日ですし、書いてみます。
買い物でぼられてしょんぼりしている私に優しく話しかけてくれた人……ソウルから来たと言ってましたが、どうも同胞だと思って話しかけてきたらしい。私が日本人とわかると、日本人は嫌いだと言われました。顔を歪めてはっきりとおっしゃられてショックを受けました。国籍で人格を判断された初めての経験でした。私が残念な表情を見せたのか、彼はそれ以上は語らず去っていきました。ぼられたショックよりこちらの方が思い出としては大きいです。
語学堪能であれば、彼に対してどういうきっかけで日本が嫌いになったのかをぜひ聞きたかった。別の某国でも男性から日本人なのか、と話しかけられた。彼は日本での仕事上で長い滞在歴があったが、日本人からバカにされたと未だ怒っておられた。その時も信じられなくて相手は本当に日本人だったのかと問いたい気持ちもあった。
正直に書くとこの私とて母方親戚で在日の人は信用できないという会話を聞かされていたので、一緒くたにできぬ。この複雑な感情をどういったら理解してもらえるのだろうか。海外に住む日本人はみな多かれ少なかれそういった場面にあうと思うが、その時はどうされているのか。
海外旅行では、もちろんどこの国でも良い思い出を得たが、日本に対する不快な感情を率直に教えてくれた人々も今なお、思い出の中で輝いている。いや、輝くというよりも国際社会における日本人のありよう、そうすべきか考えろと私に教えてくれた人々だ。
海外に出ると、私は私、という気持ちは通じない。日本から来たというアイコンがある。パスポートを見せたらよい方に態度を変えられたこともあった。それぞれの国の印象を、それで理解することもある。その国に対して悪感情を持つ人々がいる。その存在も忘れてはならぬ。理由を調べるのも旅の宿題の一つだろう。
観光地で画像を撮り、それでハイさようならでなかったのは、私が女性の一人旅だったので言いやすかったのだろう。彼らの具体的な容貌などは覚えていなくても、私はとても困った顔をしていたと思う。相手も私に言っても解決しないのはわかっている。それでも言いたかった。戦争というものは双方の次世代に禍根を残す。平和で当たり前、それが一番だと思う。
……私は地球儀や地図をみるたびに、我が日本の領土の小ささに驚嘆します。それでいて国際社会の一員として諸外国と渡り合っている。一時はアメリカに占有され、今も尚それを引きずっていてもなお。
頑張ってほしいの、日本。
そして次世代に禍根を残さぬようにしてほしい、日本。
ああ、日本。
日本を誇りに思いたい。
日本よ、日本。
私は日本人。
日本人だからこそ誠実に生きたい。
胸を張って生きたい。
他国の人々とも、仲良くして生きたい。




