第七十九話・ヤンキーの子
コロナ禍のせいで、令和二年の子供たちの卒業式と入学式は在校生不在のままでやり、終始異質だった。が、やれただけでもマシでしょう。実は私の子がそうだったです。謝恩会もなにもかもすっ飛ばして簡潔簡素な式でした。入学式も早かった。次に休校。自宅待機。どこへも行けない。
予定されていた試合も強化練習も合宿もすべて無期延期。
子どもを遠方の大学にやっている同僚はコロナ感染の危険があるので帰宅するな、と言っているそうです。顔もみていない。海外留学していた人は中断で帰国。家でごろごろ。コロナウイルスのせいで皆それぞれが、諸事我慢している。良い?のは感染の恐怖が皆平等にあるだけ。
今回はその状況での話です。
」」」」」
我が子はあることをしたくて、某校に専願で入学した。そこに専門の先生がいらっしゃると伺って決めた。親子して縁があってよかったと喜んでいる。最初の一年は専門に分かれず皆一緒だ。二年からしたいことができる。しかし、入学してすぐに感染予防のために休学になった。通学したのはたったの数日。我が子だけでなく全国的なことなのでこれも仕方がない。
帰宅後は家でゲームや漫画を読んで過ごしているが、一週間しか通わなかった学校が懐かしいらしい。普段は無口な子だが学校での様子をこうだったと教えてくれる。
その中に、先生に注意されたら「うるせえ」 と怒る子がいる。保護者から見るとどうよ、という態度だ。たけど、我が子にしたら新鮮だったらしい。文房具を貸してあげたら、ちゃんとお礼を言ったよという。先生に対する態度が怖かったので返してくれないだろうと思っていたという。で、その消しゴム一つで会話するようになったらしい。モノを借りたら、使用後にお礼をいうのは当たり前だが、見た目ヤンキーだと「ちゃんとお礼が言えた」 という驚きで善人認定されるのか……。
入学当初だと皆友達が欲しいのは当たり前だし、誰でも最初から敵は作りたくない。目上になる先生に対する口答えはダメだが、いずれ成長するだろうし子供と末永く良い友達でいてくれたらいいなあと思う。
私自身が校則を破ったり制服や制カバンを加工したりは一切ない子で波風は一度も絶たずだった。四角四面な何ら面白味もない個性もない魅力もない、故に目立たない……ないないづくしの学生が私だった。というわけで、今では逆に損したと思っている。友達はなくても平気だが、子供の様子を見て、口答えはともかく突出する個性は逆にあったほうがよかったかもと考えている。
私の一番上の子は、中学時代にいじめにあって不登校になった。その折には学校に隠れて酒や煙草を嗜む子、いわゆる教諭から見て素行の悪い子が心配してくれたという。素行のヨイ子が不登校になった我が子にかかわらず、素行の悪い子が気にかけて電話までしてくれたというのは不思議。
私はその子に恩を感じている。我が子もそういった学生の領分からはみ出した子となら上手くやっていけるのは驚きだった。校則は守るべきというがちがちの思考を持っていたままなら、わからないままだっただろう。学校大嫌いといいつつも普通の子を演じていた私は、先生の覚えめでたいヨイ子が十代の私に対してどんなに意地悪だったかを知っている。我が子は、普通の人生コースをドロップアウトしたと世間に思われても、人生にかけがえのない友人に恵まれたというだけで、儲けものだ。
逆にいじめをして遠く離れた学校にわざわざ進学していった主犯は、普通に生活しているが関係者の記憶は消えることはない。私も未だ主犯への憎しみも消せないし、今後もその子の人生の行方を見守るつもり。当時たった十四年しか生きていないのに、いじめられた子に対して、またその親に対してふてぶてしい態度を取れるのは稀有なことだから。
……こういうことを経験していますので、私は今もなお、普通の子に見える方が危ないという認識を持っています。
酒やたばこはもちろん法律破りだけど、法律を守っているようでも人の心を平気で傷つける人間の方が罪が重いはず。見た目ではわからぬとも、私はそういうのに何度もぶち当たってそれで本性がわかっているから。
そう、肉親でさえそうだ……このエッセイおなじみのJ然り、Z然り、F然り。H然り。
でも、社会的な地位も風評もあちらが上なんだよね。馬鹿みたい。




