表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/100

第三十九話・忙しすぎる名医


 雑誌の特集で定期的に出てくるのが名医がいる病院一覧。雑誌掲載という宣伝力は強く、名前が出たら患者さんが殺到します。しかし名医とされた医師に対して「うれしいか」 と問われると黙り込むのではなかろうか……。名医だと言われて天狗になる医師は名医でない。そういうのは名医になれない。己を名医と思いこむ名医はいない。まじめな名医ほどがんばります。プライベートの時間もないほどに……。私は過去、名医がいる病院の中の人としての話ができます。


」」」」」」」」」」」」」」


 とある疾患の名医として病院名とフルネームと時には顔写真入りで名指しされたとします。すると何が起こるのか。その疾患の患者は治してもらおうとその医師を名指して受診します。誰しも健康な体に戻りたい、延命したい、だからこそ腕の良い医師にかかりたいと思うのは当然です。

 私の過去の勤務先で名医として取りあげられた医師は数名いました。その中でちょっと珍しい症例の名医としてあげられた医師に向かって全国から患者さんが来ました。X先生とします。治験段階の治療を施行し、著効ありとして学会にも発表して注目を浴びた先生です。

 私が直に接した患者さんの一人は、例の雑誌特集を見るなり、伝手を頼って予約を取りました。治療方針が決まると、住み慣れた家を処分して病院のとなりの分譲マンションを購入されました。

「命さえあれば、なんでもできる。財産なぞ不要です。とにかくX先生に命を助けてもらうために来ました」

 その奥さんは下っ端の私にまで何度も頭を下げて「主人をよろしくお願いします」 とおっしゃいました。少しでも良くなって少しでも長生きしたいという心情は誰しも同じで、土地勘もなく慣れないところで治療を受け頑張っておられる患者さまたちが少しでも良くなられますようにと願うばかりでした。

 で、当のX先生ですが、結果として一年先まで手術の予定で埋まってしまいました。院内でも超絶忙しい先生になりました。X先生の科はその前任者の先生も革新的な治療法を編み出した著名な方で研修医たちも大勢集います。わりと上下関係やしつけにも厳しかったので「王国」 とまで称される医局でした。X先生はまじめな人なので世間に知られた名医としての重圧も責任感も感じておられたと思います。忙しくなるにつれて、気短で怒りんぼの医師になりました。といってもそれは下っ端の私から見ての話です。

 またX先生だけの功績だけでなく、助手としての優秀な医師とチームを組んだからこその功績です。それなのに、雑誌に名前が出たために若手医師が担当するとX先生でないとイヤという患者もくる。十数人いる医局では独断で大きな手術はしません。必ずカンファレンスといって手術手順や見直しをスタッフで確認しあう。それにはX先生も出ます。診察の時にはX先生が出なくとも不明な点がでれば若手も判断を仰ぎにくるので同じだと思うのだが、X先生を慕う患者にはそういう仕組みが理解できず、絶対にX先生以外の医師を認めない人もいました。外来担当の方も説明に苦労されたと思います。忙しさの極みの連続でX先生自身も余裕ある心をすり減らしてしまい、怒りっぽくなって看護師から「瞬間湯沸かし器」 というあだ名をつけられてしまいました。で、私もX先生の頭を瞬間湯沸かし器にしてしまいました。

 ある時、会議上のことでX先生から直々の電話がありまして、すぐに電話口に出れない状態で待たせてしまいました。別人が受けると話がややこしくなるので私にしかできない仕事でした。大急ぎで受話器を取り「お待たせしました」 というと、すぐにX先生の叱責が始まりました。

「この私を電話口でぼうっと待たせてどういうつもりか」 

 もちろんすぐに謝ったのですが、気分が収まらなかったX先生は電話を切ったあと、局長に私の名前を出して「仕事の段取りがなってない」 とクレーム。びっくりした局長は私を連れて医局に謝罪に行きました。するとX先生は私を医局のホワイトボードを指さし「予定だ。今日はこれだけのことを私はしないといけない。分刻みになっているだろ? 少しの時間でも惜しいのに、きみは……」 と説教されました。電話口で待たせたことはX先生にとっては大問題だったのです。もちろん私は局長ともども深く頭を下げて謝罪しました。局内でも今後待たせてしまうことがある場合は、いったん電話を切る。たとえどんなに捕まえにくい人でも、と周知徹底することにしました。

 患者が押し寄せてどうにもならぬX先生の気苦労もわかります。まじめで責任感を感じておられた表れです。でも雑誌に載ってから性格が変わったと言われていました。いいなあ、というよりもかわいそうに感じました。もちろん長所はあって、患者さんに感謝され、臨床データとして分母が広がったことで分析にも信頼がおける。医学の進歩は確実にあった。しかし人の心だけはどうにでもならぬ。名医X先生と聞けば忙殺という言葉を思い出す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ