第三十七話・人生ガチャ
ガチャは、ガチャガチャ、ガチャポン、ガシャポンなどという呼称がありますが、ウィキペディアによると、それぞれ標章登録されているものもあり、世間では一括してカプセルトイとされています。円形のカプセルに入っているおもちゃ、ということですね。私の周囲では「ガチャガチャ」 でとおっています。
誰しもガチャをやったこと、見かけた人があるはずです。駅やお店の横においてあります。海外からわざわざ客が買い出しに来る専門店まであります。カプセルをだすためにつまみを手全体使ってまわしますね、その音が、ガチャ。うまくできています。
ウィキのわかりやすい表現に頼れば
⇒⇒⇒小型自動販売機の一種で、硬貨を入れレバーを回すとカプセル入りの玩具などが出てくるもの、またその取り出した玩具を指します。
お金をいれたら、あとは何が出てくるかわからない。私はガチャが存在しなかった頃の昭和三十年代生まれですが、平成二桁生まれの我が子はガチャがあって当たり前の環境にあります。ガチャには、カードタイプもあり、カードダスというそうですが、とあるシリーズを全種類制覇したがった時期もあり、その時は際限なくお金を欲しがりました。そのため一回につき二回までという制限を課した時期もあります。そもそもの発明はアメリカ発だそうですが、ガムを出していたらしい。
日本でより深く浸透し進化した。現在、魅惑のガチャ商品が常に湧き出ている状態です。大人の私までこれはそろえたいと思うものもあります。でも何が当たるかはわからない。今回のテーマは人生をガチャにたとえての話です。
人生にはある程度の選択肢は常にあります。そういうところがガチャにたとえられる。限られた選択肢(ガチャ内のどれかがカプセルに入っている) でガチャを出す。しかしそれはガチャを出した人自身のものになり、しかも取り換えが難しいというもの。
よくある子供ガチャ、病気ガチャ、近所ガチャのことです。どれも言わずもがなですね。
子供ガチャ、は子ガチャといい、生まれてくる子供はどんな子供かわからないということ。病気がちか、天才になるか、はたまた購入者(この場合、親)を追い詰めるモンスターになるか。
病気ガチャもしかり。何も入ってなければ一生病院とは縁のない健康体ということになるでしょうが、ありえないこと。
近所ガチャも。環境のよい邸宅を大金を投じて購入もしくは長期ローンを組んで注文建築をしても「近所に誰がすんでるか」 でその家の居心地が決定する。その感覚は長期遅効性ギャンブルに通じるものがある。かようにガチャを出す結果は誰もわからない。
どんなガチャがきても、我がものとなったそれを慈しみ困った面があっても、どこか楽しいところを見つけて根気よくつきあう。苦難に当たっても家族一緒に楽しめる柔軟な思考がある人だと最強ですが、この世にはいろいろなガチャとその購入者がいるため悲喜こもごもの事件がおこります。
ガチャという言葉自体、昔はなかったものですが今は運命という言葉すらカプセルトイに簡単に例えることができて、私はこの時代に生まれてよかったです。柔軟な思考は時代の進歩にかかせないもの。そして苦難に打ち勝てる人間とその協力者が増えることの表れだと信じて。