第二話・読書はラストから
私は絵本でも小説でも漫画でもなんでも後ろの数ページから読む。それが面白かったら最初からきちんと読む。反対にそれが面白くなかったら、図書館や本屋の棚に戻す。自己流でおもしろい本をさがすために、そんなことをしています。
私は幼いころから周囲に変わり者と言われていました。特に母親からはしゃべらぬようになどと言われていたので、この読書のやり方も自分でも単なるくせだと思い込んでいました。最後の数ページを先に読んで、それから最初から読むと最後の感動が二回味わえて得だとも感じていました。
特に推理小説。犯人が暴かれるシーンを読み、おもむろに最初から読み始めると、犯人が何食わぬ顔で読者のミスリードに導くかを楽しめるのです。とある本好きにそうやって読んでいると打ち明けると「邪道だ」 と怒られたのでそれ以降、黙ってやってます。その人にとっても邪道な読書法でも、私にとっては本筋で今更変える気もないです。
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先日、私はある漫画ストーリーを何かの拍子に思い出しました。主人公は少女で、地下の世界に入り込んでしまいました。ところが、そこの住民は全員三つ目だったのです。襲われてあわや、というところで私の記憶が途切れています。理由はその本を取り上げられたからです。
小学校二年か三年生ぐらいの話。場所は教室のすみ。漫画を取り上げた子は私の前で、その本を乱暴に床に放り出しました。私はいつの間にか数人の腕組みをしていたクラスメートに取り囲まれていました。教室の隅には男の子たちがボールを持ったまま、私とその子の様子をうかがっています。
実は漫画は私のものではなかった。当時は漫画は見下げられていたということもあり、学校には持ってきて行けなかったはずです。が、それが私の机の放り出されていて、誰のかわからぬままに私が読んだ。だから怒られたのです。
これは誰のもの? と聞かずに読んだこと。つまり、読む許可を得ずに読んだから。誰かが勝手に読んで私の机に放り出しておいたものを、さらに私が勝手に読んだ……あれはなんだったのだろう。その相手は持ち主か、それとも放り出したクラスメートかも覚えていない。かなりあやふやな思い出です。
当時の私の家ではベルばらと手塚治虫以外は漫画を読んではいけないといわれていたので、それ以外の漫画が大変珍しかった。それで、読んでしまった……うろ覚えの話を書いて申し訳ないが、今回はとりあえず夢中になっていた本を取り上げられた話です。
その時、私は、あやまるよりも先に机の上に両手を置き、突っ伏しました。降参の姿勢です。ごめんなさいと言ってもどうせ許されないことがわかっていたからです。こうすると嫌なものをこれ以上見なくとも済むのです。イジメられっ子のいつものパターンですね……数十年後たったある日、その夢を見た私は飛び起きました。懐かしくとも何ともない、忘れたい嫌な記憶です。
私は、その一件があって以来後ろのページから読むようになったのです。急に思い出した原因はわかりません。でもエッセイを書いているうちに忘れていたことを鮮明に思い出したりはするので、そのせいかと思います。
作中の女の子と三つ目の住民がいる地下世界がどうなったかはわからぬままです。探し出してラストまで読む気がないし、ストーリー自体は気にはしていないのですが、それ以降、ラストが読めない突発事件が起きないために、後ろから読書をするようになったとわかりました。一種の自己防衛かも。
今まで忘れていたことを昔の夢一つで完全に思い出すとは、長生きはするものです。本を取り上げた人の名前は覚えていないのですが、後ろの数人が腕組みをしていて、そのうちの一人が私を叩こうとして特に怖かったことまで思い出しました。私が抵抗せず本を渡し、その本が捨てられたことで事なきを得たと思います。たぶん私が本に触ったので汚いということになり、怒って捨てたということだと思います。
こんな年になっても、腕組みをした人、こちらを見てひそひそ話をする人が怖いのはそういうわけがあります。それにしても、どうして忘れていたのだろう……でも私以外の人々は完全にこの話を覚えていないし、思い出すこともなかろう。それが個人の思い出で世の中に出てくることもこれからもない。それを思うにつけ、この世には目に見えぬものの方が多いだろうと思う。物理的に重量化、可視化できたらこの世がもっとおもしろいことになるだろう。