第十話・事実と嘘を混ぜて拡散する人
昔はなかった言語にフェイクニュースがあります。うそのニュース、ですね。一般庶民にも浸透しました。受け取る側にとってはネットによる情報過多で何が正しく、何が間違っているか判断しにくい状況になりました。ネット上では不特定多数による発信があるのですが、それらをまったく受け止められない人たちがいます。ネットを全く使用しない世代です。八十代以上の人々には特に顕著で今でいうスマホで決済、という高度なテクニックはおろか、メールってなんですかという人も未だにいます。
そういうアナログ世代な人でも、今でいうフェイクニュースを混ぜてうわさを悪い方向へ広めていく人は存在しています。今回はその話。サンプルとして、そういうフェイクニュースを嬉々と伝える人間をDさんとします。五十代の女性です。
Dさんは快活で話好きな人でした。専業主婦で子供はいるが、同居せず子供は遠方で家庭をもっている。近くにあるDさんの実家や親しい友人の家に入りびたり。なじみのある場所でお茶を飲み、おしゃべりを楽しむ毎日を過ごしていました。金持ちではないが衣食住は贅沢さえ言わねば不足はない。Dさんは自分の時間が豊富にあり、おしゃべりが何よりも大好き、特に人のうわさ話には目がない。こういう人はこれを言ってもよいか悪いか、考えもなしに本音をいいます。よく言えば開放的、悪く言えばスピーカー。
Dさんは他人の不幸話も好きで離婚や仲たがい系には特に熱心です。そんなDさんのご主人は会社員。ある時、仕事帰りに駅前の居酒屋に行きました。一人でカウンターに座りお酒を飲んでいたら後ろのボックス席で何やら聞き覚えのある声がしました。近所に住むFさん夫婦と、顔見知りの人たちでした。先に来て背中を向けて座っていたDさんのご主人には誰も気づかなかったようです。Dさんのご主人は会釈ぐらいはしておこうかと腰を浮かせたらなんと妻であるDさんの噂話が聞こえてきました。
「……人の家庭に口出しして、うざいったらないのよ。保険金がいくらで何に使うかどうって、Dさんには関係のない話じゃないの」
「だれそれさんの見合い話にもくちばしを出したそうよ。高卒なのにどうやってそんな大卒の一流企業の人をつかまえたの、教えて~ですって、そのだれそれさんは頭にきてDさんを出入り禁止にしたそうよ」
ご主人は再度背中を向けて耳を澄ませました。間違いなくDさんの噂話をされているのです。そのうちにお酒を持つ手が震えてきました。
「Dさんって悪気はないけど、ひどいのよ。私もちょっとしわ取りのクリームがいいのがあったので内緒で教えたら全員に広めた」
「おいしいお店をすすめたら黙って行って、そうでもなかったといった」
「プチ整形で、しわ取り注射をしたら、だまってじろじろと見て、このあたりまだしわがあるわよといった」
「いってよいことと悪いことがわからない人」
「あの人にはうっかり何かを話すと尾ひれをつけて、ついでに自分の感想もつけて広めるから嫌い」
「そうそう、私も嫌い」
Dさんは奥さんの悪口大会を最後まで聞いていました、そして彼らが席を立つまでじっとしていたそうです。ようやく帰宅した後、この話をDさんに教えると「最近みんなが冷たいのはEさんのせいだ」 と泣きだしました。
「ちょっと待て。ぼくはEさんたちの言い分を聞いていたが、全部きみが種を巻いている」
「そんなことない。Eさんたらひどい。私をのけ者にしようとしている」
「いい加減にしなさい」
Dさんはしばらく気がふさいでいた。が、遠方の別のサークルの会員になりました。すると元の陽気さを取り戻しました。
Dさんは懲りない人です。学生時代から明るい人だけど距離感がわからなくてずうずうしいなどと言われていました。きつく言われることがあってへこむことはあっても、すぐに復活する。誰かに嫌われても、Dさんのような人は行動範囲を広げて別の知己を得る。へこたれないのがすごい。
反省することがあっても、他人の話につっこみたがり、自分の考えを混ぜる人、まぜっかえす人、そして懲りない人は長生きしそうです。
私自身はDさんみたいな人は苦手です。実は母の友人ですが、母はすべて受け身な人なのでDさんとはうまくいっているみたい。でもDさんは母の年金の金額、貯金金額、保険金、定期貯金の金額など全部把握しています。
母を引き取り私の嫁ぎ先の近くの病院に入院させたことでDさんにあいさつしたら、保険金請求は一日いくらもらえるはずだから手続きは早くねという。年金の金額も正確に言い当てた。ついでに遠方に住んでいる私の子供の不登校まで知っていて今は登校しているのかと聞きました。
私は母に全部しゃべるな、と怒りました。人のプライベートをDさんに掌握させて一体になんになる? 逆に母はDさんのことは何も知らない。それでも母はDさんと一緒だと楽しいからまた会いたいという。母は携帯電話を持っていたのですが、入院中にDさんに電話をして、看護師さんの悪口はもちろん、リハビリの強要を娘(私のこと)がすると訴えました。Dさんから「たまには母のいうこともちゃんと聞いてあげないと」 という忠告の電話を受け私は唖然としました。私は母の携帯電話を取り上げました。(今回の話とは別件で、ある理由で母には携帯電話は持たせられない。一石二鳥)
個人的にDさんには恨みはないのですが、Dさんに問われるまま母がしゃべりすぎるのです。リハビリは、ケアマネージャーさんの計画にそってすすめたもので、強要でも何でもない。母は八十代にして、はじめての入院、手術、リハビリの経験をして、わけがわからぬままここまで来てしまった。まだ一人で動けない状況なのに、リハビリを強要されているとはこれいかに。
この一件があってから私はプライベートなことを筒抜けにしてしまうので母には広められてもOKな話しかしないようになりました。
Dさんはおしゃべりが本当に好きみたいで、私のこともなんだかんだと詮索してくる。過去、うそを混ぜた話を知人にされて仰天したので、周囲に広められても平気な近所のノラ猫の話などをしています。DさんがツイッターなどのSNSを利用する人でないのが幸いです。
◎まとめ◎
話をおもしろくするために、おおげさに言うこと、若干の期待や推測、嘘を混ぜて言うのも場合によっては相手方を一生苦しめることになる。あと、類は友を呼ぶとは本当だと思います。