魔女は滅びる
グダグダの見切り発車です。続けて書けるように頑張ります。
レベッカは笑っていた。その身を炎に投じる直前でも。
泣きじゃくる養い子と、苦い顔でこちらを見つめる王太子、そして、険しい顔の愛しいあの人。
漆黒の髪に、黄緑の瞳。魔術で隠した本当の目の色を、レベッカだけが知っている。
冷たく整った彼の顔が優しく緩む瞬間が、レベッカはとても好きだった。それも、もうずっと昔のことだ。彼は覚えてもいない、いや、生まれてすらいない、遠い昔のこと。
今の彼は笑みとはほど遠い、敵愾心に満ちた視線をレベッカに送っていた。
執行人に促されて、薪の積み上がった断罪場へ上がる。民衆が、魔女と呼ばれたレベッカを息を詰めて見つめていた。
(これで、終わり。)
レベッカは養い子、そして王太子に視線を向け、周りに悟られぬよう小さく頷く。王太子がそれに応えるように同じ動作を返す。それを見届けてから、レベッカはおもむろに桜桃の唇を開いた。
「早く火をつけなさいな。そうしないと呪いがかからないでしょう?私の周りのすべてを道連れにして逝ってあげましょう。あなたの民が業火に焼かれ苦しむ様を見るがいいわ。私を断罪したこと、後悔させてあげる。」
狂気の混ざった声に、処刑場が騒然とする。民衆に示したレベッカの力は、それができるだけの強大さを誇っていたのだ。
「・・・・火を。」
王太子が冷淡に命じる。その声が、彼の袖をつかむ少女の体が、小さく震えていることなど、レベッカ以外に知る人はいないだろう。
火種が投げ入れられた。油をたっぷり染み込ませた枯れ木は勢いよく燃えていく。足下から迫る熱に肉が焼ける臭いがする。レベッカは悲鳴を口内でかみ殺した。
傾国の黒魔女は、悲鳴など上げない。黒煙に燻され目の縁にたまる涙を、気合いだけで引っ込める。民衆の望む魔女を演じることが、騙しきることが、レベッカの使命だ。
瞼を閉じて、今までを思う。長く、途方もなく長く、全てが鮮やかだったあの日々が走馬灯のように、脳裏をよぎっていく。
次に瞼を開けたとき、レベッカはただのレベッカではなく、傾国の魔女としてそこにあった。
(笑え。)
レベッカは、痛みを押し殺して凄絶な笑みを浮かべた。そして唄う。
「我が澱は、世の禍。我が命は、世の穢れ。破砕せよ、巣喰う傲慢よ。粉砕せよ、愚かなる咎人よ。黒き火よ、全てを破壊せよ。ーーーーー死神の送り唄」
これは呪いの言葉だ。不吉な文句にも関わらず、ずっと昔の、最上級の言祝ぎの呪歌。蔓延る災いを祓う、命と引き替えの破邪の唄。
周りのすべてが凍りついたように恐怖する中、呪歌の意味を知る少女だけが、滂沱の涙を流す。
鎮火した後残ったのは、骨すら残さず燃え尽きた魔女の成れ果てのそばの、涙のようなガラス玉だけだった。
魔女の養い子である見目麗しい少女。名をラプンツェルという。金糸の艶やかな髪に、精霊のような美貌の捕らわれの姫君。ラプンツェルは、一国の王太子の手によって魔女の呪縛から解き放たれ、王になった王太子に娶られました。
「へぇ!意外と早いね、王権とかのゴタゴタが片づくの。」
金髪の美姫と清廉な美貌の王太子(今は王だが)の婚約を知らせる号外に浮かれる王都の人々の内の一人がつぶやいた。
艶やかな黒髪、それと同色の目。さして珍しくない色合いだ。しかし今はあまり縁起のいい色とはいえない。傾国の魔女が持っていた色と同じだからだ。
彼女も、それを気にしているのか髪を隠すようにサイズの大きいマントを頭から被っていた。
「おめでとう、ラプンツェル。」
民衆が知るはずのない王妃の名を愛しげに呼んだ少女は、陰に紛れるように消えた。
童話のラプンツェルをイメージして呼んでみてください。