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スピードの出し過ぎは事故の元

「あなた、人の話聞いてる?」

 ほら、ゴキブリを見るような目で見られてるじゃん! もう俺精神的ダメージで、すでにマジックポイント0だからね。こっちの世界に来たばっかりなのにね。


「え、えっと、木登りをしていたら、落ちてしまって……」

 我ながら苦しい言い訳をしどろもどろにする。

「木登り? その歳で?」

 お姉さんの目がゴキブリを見る目から痛い子を見る目に変わる。うう、同情されてる……。あの狸野郎、次あったら絶対ぶち殺す。


「……まあ、いいわ。何をしてたんだか知らないけれど、私には関係ないもの」

 そう言って、お姉さんは落とした荷物を肩にかけなおし、俺に背を向ける。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 俺は追いすがる。

「この近くに、街か何かはありますか?」

「あるわよ。ここの道をまっすぐ行って、半日ほどで着くはずよ」

 お姉さんは進行方向をまっすぐ指さす。

「それじゃあね」

 そう言ってお姉さんは道を歩き始めた。



 十分後。

 気まずい。非常に気まずい。

「あのー……」

「何よ」

 お姉さんは俺のやや後ろをずっとついてくる。

「同じ街に向かって行くのなら、一緒に歩きませんか?」

「いやよ。あなた、変だもの」


 うう……。すっげーきまずいよ! 何これ、罰ゲーム!? どうせ一緒に歩かないなら違う道を行くとか、すごく離れて歩くとかしたい! しかし不幸なことに道は一本道。俺もこの女も歩くペースが同じときた。


 ああー、この感じ、そんなに仲がいいわけでもないクラスの奴と、たまたま帰り道が一緒になって、話すこともねえし、かといって無視するのも気まずいし……。あの感じだよ! 

 仕方がない。話しかけ続けよう。この沈黙に耐えられん。


「お姉さん、お名前はなんですか? 俺は一縷って言います」

「イチル? 変な名前ね。私はディアナよ」

 ディアナは不承不承に名乗る。

「ニンフ族の方って初めてお会いしたんですけど、やっぱり長生きなんですか?」

「鉄の種族に比べればね」

「鉄の種族?」

「あなたたち、人間のことよ。ほかにも巨人のタイタン族や小人のグノーム族などがいるけれど、鉄の種族よりは皆長生きよ」

 本当に何も知らないのね、という心の声を顔にもろに出しながらディアナは言う。


「じゃあ、ディアナさんも長生きなんですね」

「ちょっと、女性の歳を推察しようとしないでよね。そうね、ざっと三百歳ぐらいってことにしておくわ」

 ディアナは両手を頬にあてて恥ずかしそうに顔を赤らめながら口を尖らせる。

桁が違いすぎるから、サバを読む必要が全くないぞ。


「それより、遠くに家が見えてきたわ。街が近づいてきたようね」

 ディアナが道の先を指さす。ニンフ族は目が良いのか、俺には道以外はぼんやりとしていて、街の面影すら見えない。

「だから、もっと離れて歩いてね。一緒に旅をしていると思われたくないもの」

「そんなに俺のこと嫌いですか?」

「えー……にぶい人ね……」

 ディアナがジト目で俺を見る。なんて女だ。俺が何をしたって言うんだ。いきなり道で押し倒したり、耳を触ったりしたけど。

 ……まあ、嫌われるな。仕方ない。


 ディアナが小走りで俺を追い抜き、俺から距離をとろうとする。が、なかなか離れられない。

 それもそうだ。歩きにくそうな長い裾のドレスを着て、重そうな宝石をジャラジャラ身につけてるもん。

「ディアナさん、ずっとその格好で旅をしてたんですか?」

「だから話しかけないでって言ってるでしょ!」

 くるりと振り向き、ディアナが口を尖らせる。その背後の樹の陰から、斧を振りかざした覆面男が突如現れた。



「ディアナ!」

 俺はとっさに彼女をかばおうとした。風景が風のように後ろに流れる。身体の動きに目が追い付かない。

 まばたきをして、腕の中を見る。そこには……



 知らないお婆ちゃんがいた。



「あれ!?」

 慌てて後ろを振り向くと、斧を振りかざした覆面男の背中と、その後ろからディアナがものすごい目で俺を見ていた。


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