レイヤーさんの無断お触り、ダメ絶対。
「いやだから、頼んでねえよ! どこの押し売りだよ!? 玄関先に押しかけてくる悪質セールスマンかお前は?」
自称神様は俺の言ってることを無視してにやっと笑った。
「感謝しいや」
ていうか、こいつ本当に神様か? お願い、俺の話を聞いて!
「あ、あとな。大事な話なんやけど、自分のチート能力はな……」
そこで神さま(仮)は言葉を切った。しばらくの沈黙。おーい。もしもーし?
「言っちゃだめだって」
こつんと頭を叩いて舌を出す。てへペロ☆か! 可愛くねえんだよ、おっさんがやってもよ! おっさんのてへペロ☆なんて誰得? ていうか誰と話してるんだ、お前は?
「あとな、もう一個」
急におっさんはまじめな顔になる。
「自分が異世界から転送されたことは、誰にも知られたらあかん」
「なんでですか?」
「そら決まってるやろ。そんなんあるって知られたら、希望者殺到や。神様に異世界転送頼む人が増えよる。これ以上増えると鬱陶しいねん」
迷惑やねん、ぶっちゃけ。
自称神様は真顔でそう言い切った。
「せやから、自分が異世界から来たちゅうことを、誰かに話そうとすると……」
おっさんが顔を近づける。
「どかん、や」
「どかん?」
「爆発する」
「何が!?」
「そんなん、あれや。色々や。あっちこっち爆発するで」
一か所じゃないんだ。ていうかあちこち、ってどこだ。
「ま、そんな訳やから」
おっさんは、頬を上げてにいっと笑った。
その顔は、どちらかと言うと、いや、はっきり言ってかなり不気味だった。
「頑張りや」
辺りが真っ暗になる。暗闇におっさんの笑顔だけが浮かぶ。そしてすうと闇に溶けた。
なんかすごく不吉なんですけど。
「嫌な予感しかしねえよ!」
思わずこぶしを握って叫んでしまった。返事はない。真っ暗なままだ。
しばらくそのまま立っていたが、真っ暗なまま何も起こらない。
あれ? 画面がぐるぐるーっと渦巻くとか、急に視界が開けて森に出る、とか、こう、もっと何かないの?
仕方がないので、手探りで歩き始める。しかしどれだけ歩いても何もない。前に突き出した手には何の感触もないし、辺りは相変わらず暗闇のままだ。
そのうち、歩いているのかなんなのか感覚がなくなってくる。
「おーい、神様? さっき言ったことは取り消すよ? ちょっと言い過ぎたってー」
小声で呼びかけてみる。そしてさらに三、四歩足を踏み出したところで、何かにつまづいた。
「うわっ」
身体が傾く。転ぶのを阻止しようと、夢中で手を前に出す。そのまま体当たりをするような形で倒れこみ、暗闇が左右に開いた。
白い光が目を焼く。
「ぐえっ」
「いたたたた……」
身体を起こそうとすると、手に柔らかいものがあたる。
俺は誰かと一緒に道に倒れこんでいた。
「あ、す、すみません!」
慌てて起き上がる。俺の下敷きになっていた女性はまだ倒れたままだ。俺は手を貸そうと腕を伸ばす。
「触らないで」
強烈に拒否された。あ、そうですか……。
女性は自分で立ち上がる。
「本当にすみませんでした。怪我はありませんか?」
俺はもう一度謝りながら、目の前の女性を見る。
大理石でできたような白い肌。空や海のような、雄大な自然を思わせる深い青い瞳。輝く金色の長い髪。
そして長く尖った両耳。
なんだ。外国人のレイヤーさんか。イベント帰りだろうか?
「あなた、どこから来たの?」
エルフのコスプレをしたお姉さんが腕を組む。宝石を散りばめた金のブレスレットが揺れる。ネックレスもイヤリングもやたらと豪華だ。宝石はまさか本物じゃないよな? まさかな……。はは。
「ちょっと待ってください。その前に俺から質問させてください」
ここはどこですか? とか何年何月何日ですか、とか色々聞きたいことがある。が、その前に、どうしても聞きたい。
「その耳は本物ですか!? 触ってもいいですか?」
「え?」
こんなにリアルなエルフ耳、どうやって付けたんだろう。
「それにしても、すごい完成度ですねー。この耳、柔らかいし、体温もある……って」
「ぎょわああああっ」
「えええええ!?」
俺たちは同時に叫んだ。ちなみに、「ぎょわあああああっ」と叫んだほうがエルフのほうな。顔に反して悲鳴が可愛くない。
ていうか、そう、エルフだよ。この耳、本物!
「な、なにをするの!?」
「本物!? いや、ありえないって!」
エルフは耳を触られたことに、俺は触った耳に、驚いていた。
「お姉さんは一体何者なんですか?」
「それはこっちのセリフよ! 初対面のニンフの耳を触るなんて信じられない!」
エルフは耳を手でかばいながら顔を真っ赤にしている。
確かに。初対面の女性の耳を触るなんて、マニアック過ぎる痴漢以外の何者でもない。
「すみませんでした」
俺は頭を下げる。だが、しかし……。俺はちらっとエルフを見る。
本物か? 本物なのか?? ということは俺、本当に異世界に転送された?
「あのー、今ニンフって言いました?」
「それが何よ? 見てわかるでしょ、私がニンフ族だって」
「エルフではなく?」
「そう呼ばれることもあるけれど、正しくないわね。私たちは由緒正しき神に仕えるニンフ族よ」
ニンフのお姉さんは胸を張って自慢する。
ということは、やっぱりコスプレじゃないんだ。いや、もしかしたら思い込みの激しい、現実逃避が行き過ぎた人なのかも……と、俺はわずかな希望にすがる。
「それで、ここはどこなのでしょうか……?」
俺はあたりを見まわす。木に囲まれた一本道の上に俺たちは立っている。木立の中に道があるが、昼間の日差しが差し込み、とても明るい。どこからか鳥のさえずりが聞こえるのどかな風景だ。周りに家などの建物はなにもない。
「俺たちは今どこにいるんでしょうか」
「道にいるわよ」
「それは見たらわかる」
「えっ、そうなの?」
ニンフは心底驚いた顔をする。馬鹿にしてるのかお前は。
「いえ、だって、何もわからないって顔をしているから。記憶喪失なのかしらって」
「ええ、まあ、そんなところですかね」
「それにあなた、突然現れたように思えたんだけど」
お姉さんは冷たい目で俺を上から下まで見回す。
あの狸野郎! 異世界転送をばらされたくないなら、もっと自然な登場の仕方にしてくれよ! こっちの世界に赤ん坊として生まれるとか、どっかの家のベッドで目覚めるとかさあ! もっとナチュラルに! まるで空気のように自然な感じで!




