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無能魔法少女  作者: 森元雄牛
第1章 知らない場所
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第7話 疑問



北門前で自警団の指揮を執っていたベルナードは監視塔から地上へと下り立った私達の姿に気付くと後の事を部下に委ね歩み寄る。



「アリーシャさん、上からゴブリンは見えたか?」


「ああ、少し暗くなってきてたから見づらかったけどね。ベルナード、あれは斥候じゃないのかい?」



アリーシャの指摘を受けベルナードは逞しい腕を組むと眉間に皺を寄せる。



「確か…五年前も襲撃の前に壁の外をちょろちょろしてた奴らがいたな、また攻めてくるって言うのか?」


「そうとは言い切れないけど…その可能性も考えておかないとね。

どちらにしろ、奴らがあんな小数で街のすぐ側に姿を現すのは異常だと思うよ。」


「確かにな、ゴブリンはあんな見た目の割に意外と慎重だからな、この規模の街の側に姿を見せるなんて普通なら考えられない事だ。

今回の奴らが五年前の生き残りだとすれば、前よりも数を揃えて街に押し寄せる可能性もあるか…」



ベルナードは唸りながら強い髭に手を伸ばししごく。



「どうだい?自警団だけで街を守り切れそうかい?」


「以前の襲撃の際に破られた北門は国の援助を受けてより強固な物に取り替えた、自警団の武装も格段に良くなっているし街防衛のための訓練も重ねている。奴らが前と同じ数で来るのなら自警団だけでも守り切れる自信はある、だが…」


「それ以上だと厳しいかい?」



険しい顔で肯定の頷きを返すベルナードを見てアリーシャは声を潜める。



「今回もたまたま騎士団が駐屯するなんて幸運には恵まれないだろうから…国から兵を派遣して貰わなきゃならないかね?」


「派兵してもらって守りを固めるのが一番だろうが、役人どもが何と言うか…何にせよ今夜の会合次第だな。」



アリーシャは頷き、それじゃ会合でとベルナードに手を上げ商会へと足を向ける。



「サキ、今のベルナードとの話しだけど…リタには内緒にしてもらってもいいかい?ゴブリン絡みの件であの子にはあまり心配をかけたくないんだよ。」



伏せ目がちに話すアリーシャの横顔を見て意外に思う。


気の強そうな人、それがこの人に対して抱いた第一印象だった。

先程の自警団の男達や厳ついベルナードとのやり取りでもまったく引けを取らない態度で接している彼女を見て凄い人だなと思ってはいたけど…リタの事となるとこんな表情もするんだな。



「…分かりました。」



アリーシャに頷きを返したとき、人集りから悲鳴混じりのざわめきが起こる。


何事かとそちらへ視線を移そうとしたとき自警団の男が足元に倒れ込んできた。



「おるらぁっ!!門を通せって言ってンだよ!聞こえねぇのかぁぁ!!」


「どけどけぇ!この野郎!蹴散ぃらすぞぉ!」



声の方に目をやると見上げるような大男二人が大声でわめき散らしている。


一人は筋肉の鎧を着込んだように体が分厚くゴツい男、もう一人は均整の取れた体つきで穂先に鞘の付いた長槍を携えている。


そのどちらもが門の周りに集っている人々よりも頭一つから二つ程も大きく門へ近付けまいとなんとか押し留めようとする自警団を片っ端から吹き飛ばしているのだ。



「ちょっと!騒ぎを起こしちゃダメですって!団長に待機だって言われてるでしょ!?ここで暴れちゃマズいですって!」


「うるせぇ!アルは黙ってろ!」



アルと呼ばれた二十代半ばと思われる男が騒動を止めようと筋肉男の腕にしがみついていたが、その腕を軽く振るわれると自警団と同じように吹き飛んでいった。


アルの他にも数人の男が大男達をなだめ止めようとしている、仲間だろうか?



「傭兵の荒くれ共か…!さっきも通せと言ってきやがったが…また来たのか!」



ベルナードは近くに立て掛けてあった頑丈そうな木の棒を引っ掴み騒ぎの方へと駆けて行く。



「おい!お前ら!また性懲りも無く来やがって!ゴブリンがいるから門は開けられないと言っただろ!」


「ンだとぉ~?この野郎!やろうってぇーのかぁ?」


「門を通せってんだよぉ!ゴブリンなんざ蹴散らしてるわ!さっさと開けろぉ!」


「お前ら…酒が入ってるな?街の安全のために門は開けられない!とにかくっ…!!」



ベルナードの話しが終わらないうちに筋肉男が丸太のような腕を振り上げ殴りかかる。


不意を突かれた形だがベルナードは咄嗟に手に持った木の棒を回転させ巧みに拳を捌いた。


筋肉男は不意打ちが躱されたと分かると今度はその人間の頭も握り潰せそうな大きな掌を広げベルナードの持つ棒に掴みかかった。


上背はベルナードよりも頭半分程上回っているが、力は拮抗しているようで二人が握り締めている棒は微動だにしない。


自分より小さな男を力でねじ伏せられないのがよほど気に食わないのか、筋肉男は元々酒が入って赤くなっていた顔を更に真っ赤に上気させベルナードへ覆い被さるように力を込めていく。


肩周りから上腕、前腕の筋肉が一層盛り上がりまるで体が一回り大きくなったかのような錯覚を受けた。


ベルナードはその力に抗いしばらく踏ん張っていたがじわじわと押され始める、


筋肉男が勝利の予感を感じ口の端を歪め足を踏み込んだとき、

ベルナードはその力を利用するように棒を捻り男のバランスを崩すと地面に投げ倒した。


自らの重量が仇となり石畳にしたたか体と顔を打ちつけ筋肉男は苦悶の表情を浮かべ呻いている。



「お前らいい加減しろ!!」


「すいません!どうしてもこいつら言うことを聞かなくて…

飲んでる途中で北門へ行くっていきり立っちゃって…おわっ!」



二人の大男の仲間と思われるアルが人混みから慌てて飛び出しベルナードに釈明をするが、

そのアルがいきなり横に吹き飛び槍の石突がベルナードの腹部にめり込んだ。



「ガッ!…ぐっ…!」



死角から突き出された槍に防御も出来ず、たまらずその場に膝を折りしゃがみ込む。



「おらぁ!アルはすっこんでろぉ、自警団ごときがよくもやってくれたじゃねぇかぁ!おぃ!覚悟出来てんだろぉなぁ!?」



槍を持った男がそう叫ぶ間に先程転がされた筋肉男も立ち上がってきた。



「おぅよ!こいつやっちまおぅぜ!」


「ボッコボコにしてやンよぉ!」



二人が興奮した様子で気勢を上げ槍を持った男はその穂先の鞘を取り払おうと手を伸ばした。


戦争を生業とする傭兵だ、人を殺すことに躊躇は無いのかもしれない。



──ベルナードが危険だ。



『あまり騒ぎには関わりたくないけど…アリーシャさんの知り合いだ、見過ごす訳にもいかないか…仕方ない、変だと思われない程度に片付けよう。』



「お前ら!待ちなさ…」



飛び出しかけたアリーシャを手で制し私は大男達の前に歩み出る。



二人の大男はベルナードとの間に立ちはだかった私を見下ろして最初、訳が分からないと言った怪訝な顔をしていたが、

私の全身を舐めるように見た後品のない笑いを顔に貼り付けた。



「何だよネェチャン!そぃつの代わりにお前が俺らの相手してくれるってかぁ?」


「そりゃぁいい!さっそく宿へ連れて行こうぜ!こりゃぁなかなかの上玉だぁ!」



思わぬ獲物を目の前にした大男達は先程の怒りも消え失せ上機嫌になっている。



「お…お前ら…止めろ!」



ベルナードが腹部の痛みに苦しみながらも必死に止めようとする。



「サキ!逃げるんだよ!」



アリーシャが叫びながら駆け寄ろうとしている。



酒臭い息を吐く二人の大男は下卑た笑みを浮かべ目の前の少女の腕を掴むため腕を伸ばす。





目の前で何が起こったのか、アリーシャには理解できなかった。



駆け寄ろうとした瞬間、大男達が糸の切れた人形のように突然地面に崩れ落ちたのだ。



──!?


「なっ…!何が…!?」



一体何が起こったのか、

アリーシャは元より周りを囲んでいた野次馬、監視塔から駆け降りてきた自警団の男達、大男の仲間でさえも皆理解できず言葉を失う。


門前広場は先程までの騒動が嘘のように静寂に包まれた。



「大丈夫ですか?」



顔をしかめ跪いているベルナードに肩を貸し立ち上がらせる。



「あ、ああ…大丈夫だ、ありがとう。それよりあんた…さっきのは蹴り…か?」


「ええ、そうです。」



一番近くにいたベルナードだけが黒髪の少女が何をしたのかを辛うじて気付いていた。



「いや…早過ぎてほとんど見えなかったが…一体何をしたんだ?」


「顎先にちょっと当てただけですよ。」




目の前の上玉を宿に連れ込み朝まで何度も楽しんでやろう、そんな妄想に浸った大男達が身を屈めその手を伸ばしてきたとき、二人の顎先を掠めるように上段回し蹴りを放った。


その瞬間意識を刈り取られた二人は私の背後で崩れ落ち仲良く地面に口付けをしたと言うわけだ。



「揺らしたのか!?脳を!何て蹴りを放ちやがる…おっそろしい女だな。」



ベルナードは深い溜息をついた後呆れたように天を仰ぐ。



「……何にせよありがとよ、また改めて礼はさせてもらう。

今は取りあえずこいつらだ!おいっ!ふん縛っちまえ!!」



自警団の男達に指示を出すと荒縄で二人をぎっちり縛り上げ数人がかりで荷車に担ぎ乗せた。


自警団の詰め所に運ぶのだと言う。



「あ~あぁ~!もぅ言わんこっちゃない!団長に怒られちゃうよ!!」



アルは半泣きになりながらも荷車の後に続いてとぼとぼと歩いて行った、関係者として詰め所に同行するようだ。



「サキ!大丈夫かい!?怪我は!?」



駆け寄ってきたアリーシャは心配そうな顔で私の体を見回している。



「大丈夫です、勝手な事をしてすみませんでした。今更ですけど…あの人達倒しても大丈夫でしたか?」



荷車で運ばれて行くぐるぐる巻きの大男達を指差す。



「ああ、それは問題無いよ、あんな無法者放っておけないからね。それはそうと、さっきは何をしたんだい?……え!蹴り!?私には全然見えなかったよ…サキは随分と強いんだね…」



アリーシャはしばらく驚いた顔をしていたが、気を取り直し頭を下げる。



「ベルナードを助けてくれてありがとう、あれは私の大切な友人なんだよ。」


「そうなんですか…いえ、こちらこそお世話になってばかりですから。」



アリーシャは微笑み一つ頷くと、今度こそ商会へ向け歩き始める。




夕闇が訪れつつある街並みの石畳の上を歩きながら先程の事を思い返していた。



監視塔の上から見たゴブリンと呼ばれる魔物、五年前の襲撃ではを門を破られたと言っていたが…

あの子どものように細く小さな体で頑丈な門を破れるような力を持っているとは到底思えない、数を揃えたとしても、だ。



「アリーシャさん、聞いてもいいですか?五年前の襲撃時、北門はどうやって破られたんですか?」



私の問いに、人伝に聞いた話だけどと前置きをしてから話し出す。



「奴ら大きな木の丸太を運んきて門に叩き付けたんだよ、時間はかかったらしいが何度も打ち付けられ閂が耐えきれず破られてしまったのさ、それ以外にも鉤付きの縄や長い棒を壁に掛けて登ってきた奴もいたらしい。」



まるで戦争だ。



「意外と頭がいいんですね、そうは見えなかったけど…」


「いや、さっき見た小さい奴らだけならそんな事は出来ないんだろうけどね、どうもあいつらを指揮するゴブリンが何体かいるらしい。

ベルナードは五年前に見たと言っていたよ、格段に体が大きく力も強いゴブリンが指揮を執っている所をね。」


「その大きなゴブリンはどうなったんですか?」


「奴らが撤退した後に死体を確認したんだけど、そういう個体は見付からなかったと聞いたね、多分生き残ったんだろうよ。」


「その生き残りがまた攻めてくると?」


「まだ何とも言えないけど…その可能性はあるかもね。」



ゴブリンが攻めてくる…

街の住人の大多数は非戦闘員の筈だ、門が破られればいいように蹂躙され被害は甚大になる。


騎士団と呼ばれる人達が何なのかよく分からないけど…五年前のように何らかの防衛戦力が控えているのなら門が破られても防ぐ事は可能か…しかしこの街の自警団だけでは厳しいのだろう。



「まあその話しはいいよ、帰ったら食事にしようか、昼は少なめだったからお腹空いただろ?リタが用意している筈だからね。」



口ではそう言いながらもアリーシャは難しい顔をして何かを考え込んでいるようだ。


私も考えなければならない事が幾つかある、今日一日の出来事で色々と疑問が生じているからだ。



商会へ戻ったら一度頭を整理しよう。




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