第6話 監視塔
砂色の石を積み上げた強固な壁に挟まれ鎮座した門は家一軒がすっぽりと納まりそうな程大きくまた重厚さを兼ね備えていた。
私はアリーシャと共に北門へ到着する。
商会で聞いた話しによると五年前のゴブリン襲撃時に北門は破られたと、そう聞いていたのだが…
目の前にそびえ立つ門の表面には特に目立った傷は見当たらず話しと噛み合わない門の状態を目にして内心首を傾げる。
現在、北門には太い木の閂がかけられ近付く者を拒絶するかのように固く閉ざされている。
その前の広場には門に人を近付かせないための見張りなのか長い木の棒や弓矢を手にした男達が配置されていた。
そして北門を遠巻きに見ながら不安な様子の─おそらくは街の住人と思われる人々。
その人集りの中の数人が大きな声を上げ見張りの男達と何か揉めているようだ。
武装している男達がこの街の自警団、
その自警団と揉めているのが門を通りたい旅人で、
その他大勢がただの野次馬だとアリーシャさんが教えてくれた。
「ちょっと!通しておくれ!」
アリーシャは門前広場にたむろす人垣に分け入り前へと進む、
やっとの事で人混みを抜け北門が目の前に見えたとき自警団と思われる男に手で制された。
「止まれ!これ以上門に近付くな!」
「ご苦労さん、ステラ商会のアリーシャだよ、ベルナードはどこにいるんだい?」
厳めしい顔をした男に笑顔を返すアリーシャ、その顔を確認した男は頭を下げ門の方を指差す。
「失礼しました、団長はあそこです。」
男に示された方に視線を移すと大声で自警団に指示を出している人物が見えた。
「ありがとう。」
アリーシャは自警団の男に礼を述べ北門の前まで進むと団長と言われた男に声をかける。
「ご苦労さん、ゴブリンはどんな様子だい?」
「ん?アリーシャさんか、いや、そんなに数はいないな、今の所これと言った動きも無い。何か用か?」
この髭面のいかつい男は自警団団長のベルナードと言うそうだ、
アリーシャと言葉を交わしつつ時より胡乱げな視線を私に向けてきている。
「こんな騒ぎじゃ今夜あたり街の会合があるだろ?
それでどんな様子か確認しに来たのさ、ゴブリンを見る事は出来るかい?」
「ああ、それなら監視塔へ上がってくれ。
会合か…五年前の事もあるし俺も出席しなきゃだな。それで、後ろのお嬢ちゃんは誰なんだ?」
ベルナードは強い髭をしごきながら訝しげな視線を私に投げる。
「この子は今度うちの商会で雇った従業員だよ、この子も一緒に監視塔へ行かせてもらっていいか?それと、これは自警団の皆に差し入れだよ。」
私が一緒に監視塔へ行くと聞いたベルナードはあからさまに顔をしかめ口を開き掛けたが、何か言葉を発する前にアリーシャが商会から持ってきた大きめの麻袋を目の前に差し出した。
差し入れと聞いたベルナードが怪訝な顔で袋を開くと中にはそれなりの量のパンとローストした肉、葡萄酒が詰まっていた。
「んんっ!?これは…!」
袋を覗き込んでいたベルナードが驚きの表情を浮かべ袋の中に手を突っ込む、引き抜かれたその手には一本の酒瓶が握り締められラベルに釘付けになるベルナードの目はこれ以上無いほど見開かれていた。
「それはあんたにだよ、この間ムザ村の火酒が入ったんでね一本持ってきたんだ。」
「これはなかなか手に入らない奴じゃないか…!かなり数が少ないんだろ?…本当にいいのか?」
まるで知られてはまずい物を手に入れてしまった泥棒のように周囲をうかがいながら声を落とす髭面の男。
「ああいいよ、今年のは特に出来が良いらしいからいつにも増して品薄になるだろうさ。それじゃ私らは監視塔へ行かせてもらうよ。」
「お、おう、ありがとうよ!それと、お嬢ちゃんはあんまり顔を出すんじゃないぞ、若い娘はゴブリンに目を付けられちまうからな。」
そう私に忠告をすると再び手元の火酒へと視線を戻した。
喜色の表情を浮かべ人目が無ければ酒瓶に頬ずりしだしそうなベルナードを横目にアリーシャの後に続き監視塔へ向かう。
「アリーシャさんありがとうございます。あのお酒…貴重な物だったんじゃ…?」
「いいんだよ、あいつは酒に目が無くてね、特にムザ村の火酒にご執心だったのを覚えていたのさ。」
アリーシャさんがいなければ広場にたむろす野次馬のように門に近付く事さえ難しかっただろう、やはり同行して良かった。
しかし…この人には助けられてばかりだな…
この恩はいつか必ず返そうと心に決め目の前の監視塔を見上げる。
監視塔は北門を左右から挟むような形で二つ建てられていた。
木造のそれは塔と言うより櫓に近く組まれた木材が剥き出しになっている構造でてっぺんには一応屋根らしき物の存在が確認できる。
監視塔に取り付けてある木の階段を軋ませ上の方まで登ると街の様子が一望出来た。
高い建物がほとんど見当たらないため街全体をよく見渡せる。
想像していたよりも大きな街だ、
地形の影響を受けたからなのか幾分歪んではいるものの、それなりの高さの石壁がぐるりと街全体を囲みその中に背の低い家々がひしめき合っている。
それでありながらも石畳の通りがある程度整備されているため整然とまではいかないものの無秩序かつ雑多な雰囲気は感じられない。
だいぶ日が傾いてきたため建物の窓からは暖かな橙色の光がぽつぽつと漏れ出していた、西洋的な街並みと相まってまるで絵本の一頁を開いたような幻想的な景色に目を奪われる。
街の反対側に小さく門が見える、あれは南門だろうか?
街の景色を眺めつつ監視塔の一番上へと辿り着く。
そこには数人が立てる広さの足場があり弓矢を携えた自警団の男達が壁の外を監視していた。
アリーシャが団長に許可を得た事を伝えると一人の男が私達に場所を譲ってくれる。
「ベルナードに言われた通りサキはあんまり顔を出すんじゃないよ。」
心配顔のアリーシャに気を付ける事を伝えると壁の外に目を向けた。
眼前に広がるのは薄く茜色の夕日に照らされた荒野、
所々低い木々が茂りそれを縫うように走る街道、
視線を遠く地平線の方へ移せば夜の藍色に飲み込まれつつある深い森の広がりが黒々と見える。
『さっきオルクさんに聞いた話しによるとあれがロアの森だな、この街からだとかなり距離がありそうだ。
あの辺りで私は倒れていたのか…
明後日ヘトキアへ向かう途中で通るだろうからどこに倒れていたのか詳しい場所を教えてもらおう、何か手がかりが残っているかもしれない。』
そんな考えに耽っている私の隣で門から少し離れた茂みに目を凝らしていたアリーシャが、あれだねと指差す。
「あの茂みの辺りにいるのがゴブリンだよ、こっちから矢が届かない距離だね…
そんなに数はいなようだ五匹…多くても十匹位か?
あんな数でこの規模の街のすぐ側に姿を見せるなんて…ちょっとおかしいね…分かるかい?だいぶ暗くなってきたからよくは見えないだろ?」
いや、よく見える。
茂みの影を忙しげに動く緑色の小さな生き物。
尖った耳、濁った目、汚れた歯を剥き出しにした歪んだ口、顔の皺までよく見える。
衣服や武器らしき物を身に付けているところを見ると一応知能はあるらしい。
『あれが魔物か…やっぱり違うな、あれは[影]じゃない。』
こちらに気付きもしないゴブリン達を見ていて確信出来た。
取りあえず私がどうこうする物ではないようだ。
「アリーシャさんありがとうございます、もう大丈夫です。」
私の横でゴブリンを見ていたアリーシャに声を掛ける。
「もういいのかい?私も確認できたから下に降りるとしようか。
あまり長居して自警団の迷惑になってもいけないしね。」
場所を譲ってくれた自警団の男に礼を言い監視塔の階段を降りる。
ありがとうございました。