第2話 恩義
───?
え?
今…なんて言ったの?
まさか…電話が分からないって…?そんなことあるわけ……
食事の手を止め真顔で私を見つめるアリーシャとリタを見て疑念が確信に変わる。
………本当に…?電話が分からない?
!
『そうか…!もしかして…この翻訳魔法器具を通してもこの国では[電話]という名称自体が伝わらない、そういう事か!』
そうだ…きっとそうだ、知らない筈がないのだから。
言葉が伝わらなくても電話は必ずあるはずだ。
しっかり説明してもう一度尋ねてみよう。
「えーと、いいですか?[電話]と言うのはですね、遠くの人と話せる道具でして…」
身振り手振りを交え二人に説明をする。
まさかこんなに必死になって電話について解説しなければならない場面に直面するとは…予想すらしなかった。
「……と言うことで電話のことを理解してもらえたと思います。それで、商会に電話、ありますよね?連絡を取りたいので使わせて下さい。」
私の説明を聞き終えても二人は要領を得ない様子で互いに顔を見合わせ首を傾げている。
「遠くの人と話せる道具?そんなのは商会には無いし聞いた事も無いよ。
サキの国にはそんな便利な魔法器具があるのかい?そんな物が本当にあるのなら商会で是非取り扱いたいものだね。」
「リタも初耳です!そんなのがあったら一度使ってみたいです!」
……だめだこれは、
冗談ではなく本当に知らないらしい。
まさかと思い尋ねると通信端末やネットなども分からないと言う。
そんな…知らないなんて事があるのか?
落ち込み悩む私にアリーシャの言葉が更に追い打ちをかけた。
「そうだね…誰かに連絡を取りたいのなら郵便を使うしかないけれど…」
ゆ、郵便?
「でもね、その…サキの住んでいたニッポンやヨコハマと言う場所をやっぱり聞いた事がないんだよ、だから郵便が届くのかどうか…
これでも商売柄国や街の名前には詳しいつもりなんだけどね…」
頭が混乱する。
最初は言葉が通じず途方に暮れた。
会話ができるようになってからは自分の居場所や状況が簡単に掴めると、そう思っていたのに…状況は一向に好転しない。
場所が分からない、帰れない、連絡も取れない。
ではどうすればいい?
助けてもらった上に治療まで施してもらい感謝はしているけど…でも、こんな所に留まっている場合ではない。
どうにかして帰らなければならない、どんな手段を使ってもだ、私にはやらなければならない事があるのだから…
この八方塞がりの状況を打開する策はないのかと頭を悩ませていると、三十代前半と見られるよく日に焼けた男が食堂へ入ってきた。
「おっ!お嬢ちゃん目が覚めたのかー!良かったな!体調はどうだ?痛むところとか無いか?」
『……誰?』
私と目が合うや声を上げる男、何だろう?知らない人が馴れ馴れしく話しかけてきている。
見覚えの無い男を訝しげに見ていると私を助けてくれた商隊のリーダー、オルクだとアリーシャが教えてくれた。
戻るための情報が何一つ得られず落ち込んではいたが、命の恩人に失礼な態度を取るわけにもいかない。
「オルクさん助けてもらってありがとうございます。野坂紗希と言います。」
「礼なんかいいよ!あんな危険な所に女の子をほっぽっておけないだろ?まぁ困った時はお互い様って事でさ!」
席を立ち頭を下げる私にオルクは手をひらひらさせながら照れ臭そうに笑う。
「何だよあんた!この子が可愛いからってデレデレするんじゃないよ!」
「そうですよオルクさんデレデレし過ぎです!」
アリーシャとリタの二人にいきなり責められオルクが目を白黒させている。
「なっ!そんな事無いですよ!まぁ可愛いって言うのは……」
そこで言葉を切り自らの顎に手をあてがうと上から下まで無遠慮に私を眺め…
「うん、可愛いな…」
じとっとした目でオルクを見る向かいの席の二人。
「まったく…あんたは女と見ればすぐ鼻の下を伸ばして…」
そこまで言いかけて何かに気付いたのかアリーシャは表情を変える。
「オルクあんた…まさかとは思うけどサキを助けた時に変なとこ触ってないだろうね?」
「オルクさん最低です!不潔です!」
は…?
険しい顔の二人と一緒に思わずオルクに視線を移した。
女三人の責めるような視線を受けたじろぐオルク。
「いやいやいや!勘弁して下さいよ!商隊にはうちのかみさんも一緒に乗ってたんですよ?あいつの前でそんな事するわけないでしょ!?」
「それもそうだね、マリーの前でそんな事したら…この間みたいに…ねぇ?」
目を細め低い声を出すアリーシャ。
顔色を変えたオルクは何か良くない事を思い出したようで顔を青くして大量の冷や汗をかいている。
オルクが何をして奥さんに何をされたのかは想像しない方が良さそうだ。
一通りからかい終えたアリーシャは気が済んだのか話を変える。
「ところでオルク、あんたうちに来る前確か郵便の仕事をやっていたろ?ニッポンって国やヨコハマって街の名前に聞き覚えはあるかい?」
取り出した手ぬぐいで汗を拭き終えたオルクは顎に手を当て暫く考えた後、
「いや?聞いた事が無いですね、それがどうかしたんですか?」
「この子はそこに住んでいたらしいんだけど、どうやってここに来たのか覚えてないって言うんだ。
それなら連絡を取りたいと言うけど場所が分からない事には郵便も届かないんだろ?」
「確かに、その国は郵便網には無いので届きませんよ。
それに、国の名前はだいたい把握しているけどニッポンなんて国はやはり…聞いた事が無いですね。」
新興国なのか?と問うオルクに私は首を振る。
そんなはずは無い、
日本は世界で一番歴史の長い国だと歴史の先生が言っていた気がする。
「日本は海に囲まれた島国です、本当に知りませんか?」
オルクは首をひねりやはり知らないと言う。
「オルクも知らないんじゃ困ったね。場所が分からないと帰るにも帰れないか…この街じゃ私らより詳しい者も思い付かないしね。」
「そうですね、この街ではうちの商会が一番詳しいでしょう。
後は…知っている可能性があるとすれば冒険者かな?
俺達商人と違ってあいつらは商売関係無く色んな所に行っているから郵便網の無い地域の事にも詳しいかもしれないですね。」
-冒険者?探検家の事か?
「あぁ、確かに冒険者なら知っている可能性はあるだろうね、
ただ、今この街には来ていないようだよ。」
冒険者が日本を知っている可能性があると言うのならその人に聞くしか無いか…
「アリーシャさん、その…冒険者という人にはどこへ行けば会えますか?」
「隣町のヘトキアに冒険者ギルドがあるからそこへ行くのが一番手っ取り早く確実だろうね。
ただ、知っている可能性があると言うだけで必ず知っているとは限らないよ。
後は…ヘトキアには図書館もあるからそこで調べてみるのも一つの手だね。」
図書館は分かるけど…冒険者ギルド…?ギルドとは何だろう?
「ん?ギルドを知らないのかい?ギルドって言うのは所属する者を取り纏め依頼の受け付けや仕事を斡旋したりする組織だよ、冒険者ギルドは冒険者を取りまとめる組織って事だね。
サキの住んでいた所にはギルドが無かったのかい?」
「無かったと思います、私が知らなかっただけかもしれませんが…」
今のところ冒険者に聞くか図書館で調べるしか方法が無いのなら…一刻も早くヘトキアという街へ行かなければならない。
「分かりました、ヘトキアの冒険者ギルドと図書館へ行ってみます。オルクさん、ヘトキアはこの街からどの位掛かりますか?」
「ん?あぁ…徒歩で三日、乗り合いで一日だけれど…
いまヘトキアへの街道は魔物が多くてとても危険なんだ、この街で足止めを食っている旅人もかなりいるらしい。」
また魔物…
魔物が何なのかは分からないが…多少の物なら何とかなる、今はそんな物に構っている場合ではないのだから。
「今からヘトキアへ行こうと思います。」
席を立とうとした私を手で制しちょっと待ちなさいとアリーシャが留めた。
「魔物が出るとなると大の男でも徒歩ではかなり危険だ、そこを女が一人で行くなんざ自殺行為だよ。
サキが急いでいるのは分かるけれど、明後日オルクの率いる商隊がヘトキアへ向けて出るからそれに乗って行きなさい。」
オルクとリタも険しい表情でしきりに頷いている。
明後日…そんな悠長なことは言っていられない。
好意は嬉しいが正直なところすぐにでもヘトキアへ向かい情報を集めたい。
焦る気持ちもあるのだが、助けてもらってから世話になりっぱなしでこれ以上居座るわけにもいかないとの思いも強かった。
「いえ、これ以上お世話になるわけには…」
アリーシャが首を振り私の言葉を遮る。
「魔物の件が無かったとしてもだ、言っちゃ悪いけどあんた、お金無いだろ?
助けたときに荷物も持っていなかったようだし、それじゃ確実に行き倒れになるよ。
明日一日うちの仕事を手伝ってくれれば給金を支払うからそれを支度金に充てるといい、何なら先払いにするから後で買い出しに行って来なさい。
あと、今日明日はうちに泊まっていいからね、部屋は余ってるんだから遠慮する事は無いよ。」
立て続けに指摘され現実へ引き戻される。
そうだ、ヘトキアへは三日かかると言っていた、
私ならもう少し早く着けるかもしれないけどさすがに何も食べずにという訳にはいかない。
それに無一文ではヘトキアへ行った時に泊まる場所にも困るだろうし図書館へ入館するのにもお金が掛かるらしい、食べ物も買えず確実に野垂れ死にだ。
一刻も早く行動を起こしたいのは山々だが右も左も分からないこの場所で無計画に動いたのでは命に関わりかねない。
「そうですよ!私も女将さんに拾われてここでお世話になっているんですから遠慮しないで下さい!」
無い胸を張って何故か自慢げなリタに吹き出しそうになってしまった。
席を立ち改めて皆に頭を下げる。
「本当にありがとうございます、お世話になります。」
それを聞いて三人は揃って頷き微笑んでくれた。
どうしてこんなにも良くしてくれるのか…本当に助けてもらってばかりだ。
受けた恩はいずれ必ず返さなければ。
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