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無能魔法少女  作者: 森元雄牛
第1章 知らない場所
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第1話 困惑



──!



ベッド脇の椅子に腰を掛け突然日本語を話し出した中年の女性は笑みを浮かべたまま私の返答を待っている。



アリーシャと名乗った目の前の女性、何よりも特徴的な鋭い目つきが一際目を引くもそこに粗野な雰囲気は無くむしろ思慮深い理性の光を宿している。

目尻や口元には年相応の薄い皺が見て取れるものの、培ってきた経験がそのまま刻み込まれたような良い歳の取り方をした人間的魅力のある女性であった。



「野坂…野坂紗希です、あの!日本語話せるんですか?」



私がよほど驚いた顔をしていたのだろう、アリーシャは可笑しそうに声を立てて笑った後、咳払いを一つして佇まいを直す。



「いやいや、すまないね。ノサカサキって言った?変わった名前だね…サキでいいかい?

私はね[ニホンゴ]っていうのを話せるわけじゃないんだ、会話ができるのはその翻訳魔法器具のおかげさ。」



そう言って私の手首で鈍く輝く金属の輪っかを指差す。



『翻訳魔法器具?魔法…と言ったのか…?』



手首に装着されているバングルを目の高さに上げ観察しながら考えを巡らせる。


先ほど手渡されたときに確認した通り表面には所狭しと細かな文字のようなものが刻まれている。

目を凝らしよく見てみても日本語や漢字、アルファベットとは全く異なる文字ばかりでともすれば記号にさえ見えるそれらは解読不能であった。


首を傾げ何度も手首を返す私の様子を見てアリーシャは軽く肩を竦めると説明を続ける。



「まあ知らなくても無理はないか…一般にはあまり出回っている代物ではないからね。

それはいろんな場所で商売をしている私らには必須の道具なんだよ、国外は元より国内でも地域によっては言葉が違うし訛が強すぎて会話が成り立たない場合もある。

どんなにいい商材を見付けてきても話しが通じなければ取り引きできず商売あがったりさ、そんなときに活躍するのがその翻訳魔法器具というわけだよ。

初めて使った人達はだいたいあんたみたいに目を丸くして驚くものさ、どうして言葉が分かるんだ!?ってね、とは言っても、私らもどんな構造で会話が成り立っているのか全く分からないけどね!」



年の割には─と言っては失礼だが、幾分か茶目っ気のある顔を見せおどけるように笑うアリーシャ。


なるほど、喋る口元をよくよく見てみれば唇の動きと聞こえてくる言葉が一致していない。

そう、例えるのならまるで外国映画の吹き替えを見ているような、そんな違和感を感じていた。

映画がそうであるようにしばらくして慣れてしまえば気にはならなくなるのかな?



「取りあえず目が覚めて良かった、なかなか起きないから心配していたんだよ。」



アリーシャの話しがひと段落したのを見て横でしきりに相槌を打っていた少女が身を乗り出す。



「私はこの商会で働いているリタです!さっきはびっくりしました!部屋の片付けをしていたらいきなり天井に穴が開いたんですよ!もしかして…あれってサキさんがやったんですか?」



リタと名乗った胡桃色の髪をした小柄な少女、くりくりとよく動く大きな瞳に長い睫毛、愛嬌のある丸っこい顔にはまだ幼さが残る。

歳は…十一、二といったところだろうか?


この短い間にも目まぐるしく変化する表情に少しの間目を取られていた事に気付きリタが指差す問われた天井へと視線を移す。



あーそうか……あの穴って私が…やったんだろうな…

だから部屋の中に木屑が散乱していたのか………



「天井に穴を空けたのは多分…私です、ごめんなさい、絶対に弁償します。あと…どうやってやったのかは…分かりません。」



穴を開けた方法、必ず聞かれるだろうから先手を打った。


正直に説明をするとまずい事になるかもしれない、

かといって嘘をつくのも嫌だし上手いごまかし方も思い付かない、だから分からないと言い切ってしまった。



それよりも、今は他に優先すべき事がある。



「ところで、ここはどこですか?私はなぜここにいるのでしょうか?…それと、あの後[影]はどうなりましたか?」



話しが通じるようになったのだから意思疎通の方法に頭を悩ます事無く情報収集は一気に進むはず。

焦る気持ちはあるけれど今は自らの置かれた状況を正確に把握し整理しなければならない。



天井の穴を怪訝な顔で覗いていたアリーシャは視線を戻すと私の質問に答え始めた。



「ここはラーズ王国のモンテだよ、街道沿いに倒れていたあんたをうちの若いのが見つけてここ、ステラ商会モンテ支店に運び込んだのさ。

あんた運が良かったね!あそこらはロアの森に近いから魔物が出て危険なんだよ。それで?影って何だい?」



──訳が分からない



何…?一体何の話しをしているの?

日本じゃない?ラーズ王国?聞いたことも無い国の名前だ。

魔物…?魔物って何?[影]の事?でも[影]は知らない…?


アリーシャの表情を見るにからかったり嘘を言っているようには思えないけど…一体どうなっている…?頭の中がぐちゃぐちゃだ。



「取りあえず、あんた三日も寝ていたんだお腹空いているだろ?後の話しは食事をしながらにしようか。」



『三日!そんなにも…!』



知らされた事実に驚愕し全身に悪寒が走る。


しっかりと確認したわけではない、だから断定はできないが…目や耳から入ってくる情報から察するにステラ商会と言われたこの建物はごく普通の一般的な建築物だと推測される。


こんな無防備な場所で三日もの間寝かされていて…何も問題が無かったとは…



『……反応は無し…か……』



だとしても、今は食事などしている場合ではない…申し出を断ろうとするが…

しかし…そう言われてみるとお腹はとても空いている…


胃に何か入ればぼやけた頭も正常に働くようになるだろうか?


私の返答を待たずして既に廊下へ出ようとしているアリーシャが戸口から振り返る。



「食堂は一階だよ、大した怪我もしていなかったから自分で歩けるね?顔と体がだいぶ汚れているからしっかり汚れを落としてから降りてきなさい。」



促されるままベッドから足を降ろし木の床に立つ、降り積もったように全身に付着する木屑や埃を払い落としながら軽く体を動かしてみるがどこにも痛みは無いようだ。


なんでも、ここへ運び込まれたときに打撲や擦り傷の跡はあったそうだが[チリョウシ]と言う人に頼み治してもらったのだと言う。


実際にどの程度の怪我を負っていたのか分からないけど、リタが持ってきてくれた固く絞った布で体を拭きつつ確かめてもそれらしい跡は無い。



『…すぐに治るような浅い傷だったのかな?』



そう言えばまだ礼を言っていなかった事を思い出し戸口に立つ商会の主に頭を下げる。

そんな事はいいんだよとアリーシャは大袈裟に手を振り再び食堂へと促された。




廊下へと足を踏み出しドアを閉めながら建物の中を見回す。


私が目を覚ました部屋は商会の二階、真っ直ぐな廊下に沿って同じようなドアが立ち並ぶ中程にあった。

廊下を挟んだ向かい側の壁、胸の高さには両開きの窓が幾つか見られ陽の光が差し込む。


屋外からの喧騒が微かに伝わって来るものの、部屋の窓と同じく硝子の表面には波打ったような加工が施されているため外の景色は不鮮明でよく見えない。


窓枠にある真鍮色の錠に手を伸ばしかけたとき、階段の降り口で手招きをしているリタに呼ばれた。



「サキさん、こっちですよ。」



既に食堂へ向かったのかリタの側に立ち中折れ式の階段を覗き込んでもアリーシャの姿は無く、早く行きましょう!と少女に急かされる。


胡桃色の髪を揺らす小さな背中に続き軋む木の踏み板に足をかけると階段を降りた。



商会の一階、階段を降りてすぐ右手には六人程が掛けられる木製のテーブルが四卓置かれていて、そのうちの一つで雑談をしていた数人の男達が私の存在に気付きちらちらとこちらを窺っている。



「そこへ掛けて下さい、すぐに食事を持ってきますから。」



リタに椅子を勧められ腰を掛けるとテーブルの上に湯気の立つスープの器が三つと籐を編んだかごに盛られたパンが用意された。

私らも遅い昼飯だからとアリーシャとリタの二人もテーブルを挟み向かい側の席に着く。



「それで?サキはなんであんな所に倒れていたんだい?」



固いパンを一口大に千切りながらアリーシャが問いかける。



「それが…どうやってその…ロアの森…ですか?その森の近くまで来て倒れていたのか…さっぱり分からないんです。」



そう、分からない。

やはり…記憶がすっぽりと抜け落ちている。


先程から繰り返し記憶を辿ってみてはいるものの何度試しても同じ箇所でぷっつりと途切れ、そしてその先は穴の開いた天井の記憶に繋がる。


内心溜息をつき深く落胆すると共に現状を正確に把握できない苛立ち、焦燥感に刈られていた。



アリーシャの口から三日間寝ていたと聞かされてはいたが、記憶が途切れてからどれだけの日数が経っているのか…正確には分からない。


十日?一ヶ月?…もしかしたらもっとなのかもしれない。


先程、木桶に汲まれていた水で汚れた顔を洗ったとき、水面に映る自分の顔は記憶にあるものと同じだったから数年が経過しているわけではないと、そう思いたいけれど…



「でも自分の名前は分かったんだろ?その他の記憶は?」



細かな野菜の泳ぐスープを木製の匙で掬い啜りながら考える。


その他の記憶は…ある、と思う。


思い返しても記憶を失っているのは一箇所のみで他に記憶が抜け落ちている所は無いように思える。



「それじゃ旅の途中で何かショックを受けて記憶を無くしたのかね?まぁそんな人の話も聞かないことはないよ。」



ショックによる記憶喪失……?本当にそうなのだろうか?

そうだとしたら私の身に何が起こったのか?記憶を失うほどの事だ、

攻撃を受けて頭を打ったのか、それとも精神的なショックを受けたのか……

失った記憶はいつか戻るのだろうか…?



「それで?サキはどこから来たんだい?」



どこからか……それも正直に答えない方がよさそうだ。



「私の家は日本の横浜と言うところにあるのですが…あ、ところで、ここは本当に日本ではないのですか?」


「ああ、さっきも言った通りここはラーズ王国だよ。

ニッポンって言うのはサキの住んでいた…国の名前かい?聞いた事が無いね。ヨコハマは…街の名前?それも初耳だと思うけどね……」



眉を寄せたアリーシャは天井の辺りに視線を漂わせ自らの記憶を探っているようだ。



『私がこの国の名前を知らなかったようにアリーシャさんが日本を知らなくても仕方ないのかもしれない。』



しかし、疑問なのはいつの国外へ出たのか?ということだ。

記憶の無い期間に航空機で渡ったと、そう考えられるのだろうけど…なぜ日本から離れた?離れなければならない理由があったはずだ。

それに…他の人達はどこへ…?



そこでふと気付いた。



『……そうか…そうだ!どうして気付かなかったんだろう?やはり頭が働いていなかったのか?』



食事を摂った事で脳にもエネルギーが供給されたらしい。


正常な思考がやっと回復してきたのか目の前が急に明るくなったように感じる。



「アリーシャさん、電話を貸してもらえますか?」



そうだ!電話だ!なぜ気付かなかったのか…取りあえず連絡をしよう。

そうすれば現状の報告ができるしあの後どうなったかも分かる、帰り方もだ。


電話番号は覚えているしここが本当に海外だったとしても国際電話のかけ方は知っている。


そうだ、これで何とかなりそうだ。



「電話ってなんだい?」




ありがとうございます!

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