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無能魔法少女  作者: 森元雄牛
第2章 モンテ防衛戦
19/82

第17話 傭兵団

今回は少し残酷な表現がありますので、苦手な方は気を付けて下さいね。




ゴブリンの襲撃を伝える警鐘の乾いた金属音がモンテの街に絶え間なく鳴り響いている。



道行く人々、特に若い女性や幼子は一様に不安げな表情を浮かべながら足早に家路を急ぎ革の装備で武装した自警団の男達が弓や槍を手に北門へ向け走ってゆく。

道端の露天や商店は大慌てで店じまいを始め店頭に陳列されていた商品を木箱にしまい込み荷車へと積み込んでいる。


治療院を出た私はリタの手を引き慌ただしく人の行き交う大通りを商会へと急いでいた。



治療師セディスが行った荒療治によりそ私の中の魔力量は以前とは比べものにならないほど増えていた。

にわかには信じられない話しだが…確かな事実だ、

こうして移動しながらでも自らの体内に巡る魔力を感じ取る事ができている。


走りながら少しだけ足に魔力を流し試してみたが、どうやら新しい魔力も今までと変わり無く使えるようで少し安心する、増えたはいいけれど使えないでは話しにならないからだ。


魔力量が増え素直に嬉しい気持ではある、しかし、その反面取り扱いに気を付ける必用があると感じていた、魔力量に任せて強力な力を使えば身体を破損させる危険性があるからだ。


今の私の状態は例えるのであれば燃料タンクの容量が単に増えただけに過ぎない、他は何も変わっていないのだから慣れない力を使い過ぎればどこかに負荷がかかるはずだ。


それに、魔法の強さは魔力量で決まるのではない必要なのは分析と経験だ。

少ない魔力であっても魔法を的確に行使する事により絶大な効果を発揮する。


しばらくは使いながらこの魔力量に慣れていくしかない、何ができて何ができないのかをしっかりと把握する必要もある。


そして…こんな時ではあるのだが魔力量とは別にもう一つ、芽吹いた私の中の可能性に少なからず昂ぶりを感じていた。

長年渇望し続けていたその力、その力を確かに感じ取る事ができている。



走る視線の先にステラ商会の建物が見えてきた、ドアを開ける動作ももどかしく建物の中に駆け込んだリタが叫ぶ。



「アリーシャさん!ゴブリンが!」


「リタ!サキ!良かった、今迎えに行こうと思っていたんだよ。ゴブリンの件は分かっている、今その対策のための話し合いをしているんだ。しかし…奴ら攻めて来るのが予想よりもかなり早いね。」



商会の食堂には厳しい表情を浮かべているアリーシャに加え四人の男達が座っていた。


そのうち二人は座っていても体の大きさが分かるほどの昨日北門でのした(・・・)傭兵の大男達だったが…なぜか目の周りなどに見るからに痛そうな青痰を作っている。

そして、二人の大男の横に座るのは確かアルと呼ばれていた若い男、その人の頭には大きなたんこぶができていた。


そして残る一人は浅黒い肌をした二十代後半と思われる精悍な顔つきの男だった。

私と目が合うとその男が席を立つ、均整の取れた体つきで私より頭一つ分は背が高い。



「あんたがサキか、俺は傭兵団[破龍]の団長ロッソ。昨日はうちのバカ共が迷惑を掛けてすまなかった、こいつらにはキツく言っておいたので許してくれ。ほら!オサド、バズ、アル!おまえらも謝れ!」


「すみませんでした。」

「すまなかった。」

「ごめんなさい。」



男達は椅子から立ち上がると殊勝な顔で頭を下げる。

団長に怒られた事が余程堪えたのか昨日北門で散々大暴れしていた様子からは考えられない程のしおらしさだ。


ロッソはその様子を横目で見つつ大袈裟に溜息をつくと肩を竦める。



「このデカい二人は戦場での働きは申し分ないんだが昔っから酒癖が異常に悪くてな、飲むとすぐに騒ぎを起こしやがる。俺も手を焼いているんだ。」


「若!すみませんでした!」

「申し訳ない!若!」



オサドとバズ、食堂の天井に頭が擦りそうなほどの大男二人が揃ってロッソに頭を下げる。



「何度言わせるんだ!若って言うな!オヤジから代替わりしたんだ!いいかげん団長と呼べ!」



ロッソに怒鳴られ大男二人が可哀想なくらいしょげている。


大柄な男達のやり取りを間近で見ていたリタは驚いて声も出ない様子だったけど、私は昨日の事なんて正直どうでもよかったのでさっさと終わらせることにした。



「あー…昨日の件はいいですよ、特に被害も受けていないので。」


「そうか!そう言ってもらえると助かる!」



私の言葉にロッソが白い歯を見せて笑う。


今はそんなことに時間を割いている場合ではない、傭兵達の向かいの席に座るアリーシャさんに気になっていた事を訊ねる。



「ところで、対策の何の話し合いというのは…?」


「ああ、この傭兵団を雇おうかと交渉しているところなんだよ。」



んん?聞いていた話しと違うぞ?



「雇うって…傭兵は雇えないんじゃなかったんですか?」


「そう、公然とはね。でも傭兵が自分の身を守るために襲ってきた魔物を勝手に蹴散らすのなら問題はないんじゃないのかい?」



そう言って笑うアリーシャは少し悪い顔をしていた。



「それで?セディスに魔物の話しを聞いてどうだった?私の依頼を受ける気にはなったかい?」


「はい、依頼を受けます。」



私の返答を受け満足そうに頷いたアリーシャは言葉を繋げる。



「ありがとう、助かるよ。今は急ぎだから報酬の話は後でいいね?それじゃ北門へ行って街の警護に当たってほしい、自警団には話しを通してあるから後はベルナードの指示に従っておくれ。」


「分かりました。それじゃリタ、行ってくるね。」


「行ってらっしゃい!くれぐれも気を付けて下さいね!」



商会から石畳の道へ出ると足に魔力を注ぎ北門へと走る。



小さくなる黒髪の少女の後ろ姿を見送りドアを閉じると待ちかねていたロッソが口を開いた。



「アリーシャさんさっきの話しの続きだが、うちの団員総勢二十名を一日につき幾らで雇ってくれる?」


「全員で金貨二十枚だね。」



再び交渉の席についたアリーシャはロッソの問い掛けに即答する。



「それはいくら何でも安過ぎじゃないか?自分で言うのもなんだが[破龍]はそこそこ名の通った傭兵団だぞ?それを金貨二十枚なんて話しにならない。一日につき金貨六十枚だ、これより下は考えられないな。」



それを聞いたアリーシャは深く溜息をついた。



「私はただの商人だから[破龍]と言う名前は知らないんだが…団長さんいいかい?昨日そっちのデカいのが私の親友を槍で殴って怪我をさせているんだよ…こんな仕打ちを受けたと言うのにそれでも金貨六十枚と言うのかい?」



ロッソが横に座る団員達を睨むと大男二人が大きな体を縮こませ俯いている。



「あんたの親友を傷付けたことは謝る、だがそれとこれとでは話は別だ金貨六十は譲れないぜ?」



それを聞いたアリーシャは深く深く溜息をついた。



「それだけじゃないんだよ、昨日の夜ゴブリン対策を話し合うモンテの街の会合があったんだけどさ、そこの大男二人が夕方北門で暴れただろ?それを耳にした町の役人達が街の警護のために野蛮な傭兵なんか雇えないって言い出したのさ。騒ぎが無けりゃ傭兵を雇う依頼を出してこの街に防衛のための戦力が整ったはずだ、つまり、今のモンテは傭兵団[破龍]が原因で危機的状況に追い込まれているというわけだ。」


「いやしかし…!」


「団長さんが知っているか分からないけど、うちの商会はこれでもそこそこ手広く商売させてもらっていてね、各国の貴族ともパイプを持っていたりするんだよ。街を一つ危機的状況に追い込んだと噂の立った傭兵団を雇おうとする者が果たしているのかねえ?」


「ぐっ…!俺達を脅迫するのか?」



先程までの陽気な様子はなりを潜め危うい光をその目に宿すロッソ。


金のために戦場で人を殺すのが傭兵だ、サキのいない今、こんなところで暴れ出したら止められる者なんかいない。

リタは今にも飛びかかりそうなロッソの様子を見て冷や汗をかいていたが、それにお構いなくアリーシャは笑顔で話を続ける。



「そういきり立つものじゃないよ。傭兵団全員で一日あたり金貨二十枚、これが基本報酬。後は働き次第で報酬を支払うよ、例えばゴブリン一匹倒して銀貨一枚、指揮官を倒せば金貨十枚、大将首を取れば金貨五十枚出そうじゃないか?それでどうだい?悪い話しじゃないはずだ。ただ何もせずこの街に滞在するだけじゃ鉄貨一枚にもなりゃしない、団長さんも大所帯を抱えて大変だろう?」



顎を引き怖い目でアリーシャを睨みながら筋肉質の腕を組み唸るロッソにアルが言葉をかけた。



「あのー…団長いいですか?この話は受けた方がいいと思いますよ。確かに戦争よりは稼げませんが悪くはない金額ですし次の戦場には十分間に合います、ゴブリン程度なら[破龍]の敵ではないでしょう。それに、モンテの街を救ったと噂が広まればうちの団の評価も上がります、今後、戦場で働く時に更なる報酬を見込めるかもしれません。あと、後々の事を考えるとステラ商会とは懇意にしておいた方がいいと思いますよ。」


「副団長さんはよく分かっているじゃないか。」


「ううむ。」



ロッソは目を閉じ考え込んでいたが、暫くすると決断を下した。



「分かった、モンテ防衛の依頼を受けよう。」


「よろしく頼むよ、街の主要者と自警団には話しを通しておく。あと、くれぐれも雇われた事は口外しない事、口外した場合は報酬は無いと思っておくれ。」


「約束は守る。」



アリーシャと握手を交わしたロッソは傭兵団の皆を集めて北門へ向かうと約束し男達を引き連れ商会を出て行った。


それを見送り食堂の席に戻ったアリーシャにたまらずリタが話しかける。



「アリーシャさん!一体何がどうなっているんですか?分からない事ばかりです。」


「もうゴブリンが攻めて来てしまったから隠す必要もないか…実はね…」



アリーシャはリタを守るためにヘトキアへ避難させようとしていた事など、これまでの経緯を包み隠さず話す。



「……そうだったんですか…私のためにすみません。」


「私が勝手にやったことだから気にしないでおくれ、こちらこそ黙っていてまなかったよ。」



頭を下げるアリーシャにリタは首を振る。



「それよりも、さっき話しを聞いていて気になったんですが、町の役人が傭兵団の人達が暴れたせいで傭兵の雇い入れに反対したって本当ですか?」


「いや?昨日の北門で傭兵達が暴れた事はベルナードが報告していないから知らないと思うよ、ベルナード本人を除いては皆軽症だったし役人に悪い印象を持たれて会合で傭兵の雇い入れに反対される方が困るからね。でも、まぁ結局のところ役人達は騒ぎに関係なく最初から傭兵を雇う事には反対の姿勢で無駄な気遣いだったわけだけど。」


「はぁ……あと、[破龍]って傭兵団は私も聞いた事あるんですが…」


「ああ、有名だからね私も知っているよ、少人数の傭兵団ながら戦場ではなかなか強いらしいじゃないか、金貨二十枚で雇えるのなら安いものだね。」


「はぁ……」



涼しい顔をしてカップからお茶を飲むアリーシャにリタは少し呆れていた。



「傭兵団の皆さんは戦い慣れているからいいかもしれませんが、サキさんは大丈夫でしょうか?少しだけ心配です。」


「あの子のことは私も心配はしているんだけどね…今回ゴブリンがどの程度の規模で攻めてきたのかまだ分からないし。定期的に自警団の人が報告に来てくれるはずだからまたその時にサキの様子も聞いてみよう。」




少し魔力を使いながら通りを走り北門に到着した。

門前広場は自警団の男達と怖いもの見たさの野次馬達でごった返していて騒々しい。

立ち止まり目をこらすと男達の中に見覚えのある髭面を見付ける。



「ベルナードさん!」



昨日訝しげに私を見ていた時とは違い今日はあまつさえその厳つい顔に笑みまで浮かべ私を迎えてくれた。



「おぅ!来たか!アリーシャさんからの依頼を受けたんだな?あんた魔術師だって聞いたぞ戦力が増えるのはこっちとしても助かる。」


「よろしくお願いします。今はどんな状況ですか?」


「口で説明するより実際に見た方が早いだろうよ。」



そう言って立てた親指で背後の監視塔を示す。

ベルナードと共に監視塔の頂上、監視台へと上り壁の外に目を向けた。


荒野の遥か遠くに僅かに立つ砂塵が見える、あれがそつだろうか?位置的にはロアの森とモンテの中間辺りだ。


ベルナードが砂塵を指差し説明を加える。



「あれがゴブリンだ、目のいい奴にさっき数えさせた、四百匹はいるらしい。」



私も魔力を集中させ砂塵を上げるゴブリンの集団を見る、確かにその位の数はいるようだ。

やはりこの街に攻めてくるのか手に手に武器と木の楯を携え手製と思える兜や鎧を身に着けている者も見受けられる。



「前の襲撃よりも数が多いですね。」


「そうだ、だが、上手く戦えば撃退できない数じゃない、楽ではないだろうがな。それでだ、あんたはどんな魔法が使える?それによっては策を練り直さなきゃならんからな。」



ベルナードは癖なのか髭をしごきながら私を見る。



「遠距離魔法は使えません、基本的には近距離、もしくは中距離攻撃が可能です。あと、名前は紗希です。」


「サキな、よろしく。遠距離魔法が使えないとなると攻撃を開始するのは奴らをある程度引きつけてからと言う事だな。因みに中距離攻撃って言うのはどんな感じだ?」



北門へ来る道すがらポケットに幾つか詰め込んだ小石を一つ手に取った。



「こんな感じです。」



石を握った利き手に魔力を集めると壁の外の荒れ地に生えた比較的太い木の幹に狙いを定め投擲した。

小石は鋭く空を切る音と共に一直線に飛び太い幹を貫通し地面へとめり込む、穴を開けられた木は自らの重量を支えきれずどう!と地に倒れ砂埃が舞い上がった。



「おおっ!?」



両方の監視塔、ベルナードを含む自警団の男達からどよめきが起こる。



「何だそりゃあ!?矢より遠くまで届いて威力もあるのかよ!昨日の事と言い滅茶苦茶だな!と言うか…今のは魔法なのか?」


「魔法です。」


「石を投げるのが?」


「魔法です。」


「うーむ…魔法はよく分からんな、ならサキはここでゴブリンに向けて石を投げまくってくれ、石は団員に集めさせるからな。よろしく頼むぞ!」



そう言い残すとベルナードは迎撃準備の指揮をとるため監視塔から下りていった。


壁の外、遠くの砂塵へと視線を移しゴブリンの様子を観察している私に監視台にいた自警団の男達が声をかけてくる。



「あんた!さっきの凄かったな!」


「魔術師と一緒に戦えるなんて夢のようだ!帰ったら息子に自慢しよう!」


「魔術師が一緒なら勝ったも同然だぞ!よろしく頼む!」



魔法を使える者がこんなにも歓迎されるなんて…何だがこそばゆくなってしまう。



「こちらこそ、よろしくお願いします。」



一緒に戦う団員達に軽く頭を下げると再び荒野に目を向けた。

ゴフリン達の進行速度はかなり遅いようだ、モンテの街に着く頃には日は完全に落ちているだろう。


さっき見た感じでは自警団の数はせいぜい百、相手は四百。

傭兵団[破龍]との交渉がどうなるかは分からないがどちらにしろ石を投げているだけで勝てるものではない、苦戦は必至だ。



この〔違う世界〕に来てからほんの少しの間ではあるが穏やかな時間を過ごす事ができた、お世話になった人達、特にアリーシャさんとリタに感謝している。



赤い色の混じりはじめた日の光を浴び進行する魔物達、布陣をせずに街を攻めはじめるのであればもう半日も待たずして戦いは始まるだろう。



ここは戦場になる……


間もなく私は、自分の在るべき場所に再び身を置く事になるのだろう。





---------------






──びっちゃっ


──ぐっちゃっ


──ずりゅっ




東欧ルーマニアの首都ブカレスト、そのスラムの薄暗い裏通りに湿った音が響き続けている。


日雇い労働の日当で買った何が混ざっているか分からない安い酒を路地の片隅に敷いたボロ布にくるまりながらかっくらい、面白くも無い自分の人生からの逃避を決め込んでいたルーメンは神経を逆撫でする音にイラついていた。



『クソッ!うるせぇな…誰だ!』



首を巡らせ酩酊した頭で音の原因を探る。

音の聞こえる方向にある袋小路には確か長年このスラムに住み着いている爺さんの寝床があったはずだ。



『あの爺さんは…この間俺の寝床に隠してあった食糧を盗んで行きやがった…』



気の弱いルーメンは普段ならば文句の一つも言えないタチだが今夜は酒が入り気が大きくなっていた。

今日こそは一言文句を言ってやろうと長年の肉体労働により節々の痛む体を無理やり起こすと袋小路の方へ歩いて行く。



──ずっりゅ


──ぐっぢょ



相変わらず気に障る音は続いていた。

袋小路が近付くにつれだんだんと大きくなる音にルーメンは確信を持つ。



『間違い無い!あの爺さんだ!あの角を曲がれば爺さんの寝床がある!』



頭に血が上ってゆくのを感じながら一歩一歩袋小路へ向かい進んで行き建物の角、袋小路の入口に立ち怒りをぶちまけた。



「おいっ!シジイ!うるせえぞ!」



─ぐっちゃっ

─にゅぢょっ



…しかし返事は無くあの耳障りな音だけが絶え間なく続いている。


訝しげに眉をひそめるルーメンの酔いの回った鼻にむせ返るような臭気が纏わり付いた。



「うえっ…!臭え……」



その時、空を覆っていた雲が流れごみ溜めのようなスラムの裏路地にも月の光が降り注ぐ。


銀色の光に薄らと照らされた袋小路の突き当たり、ルーメンの目に映ったものは目つきの悪い白髪の老人などではなく何かを一心不乱に踏み続けている真っ黒い大男…いや、巨人の後ろ姿であった。



ぐっちゃっ

ぐっぢゅっ

べきべき



『なん……だ……?』



現実から乖離した目の前の存在に驚くのも忘れ呆けたように口を開く。

その巨大な体躯を見上げ次に足元に視線を移した、巨人は…一体何を踏んでいるのか…?


絶え間なく上下運動を繰り返す黒く大きな足が地面に着く度に粘つき湿った音が、そして岩に大きなハンマーを打ち下ろしたときのような鈍い衝撃音が響き渡る。

その足の下に見えた物は…血と肉塊と骨、そして爺さんが年中羽織っていた焦茶色のボロいコート……

巨人はかつて爺さんであったと思われる物を機械的にひたすら踏み続けているのだ。



「ヒィッ…!ヒィャァアーーーーーーーー!!」



安酒によってもたらされた酔いは今や完全に覚めルーメンはその場に腰を抜かした。


その声に気付いたのか巨人がゆっくりと振り向く、月明かりを浴びているにも関わらず頭から足の先まで濃淡の無い黒一色、その中で双眸だけが異様に赤く闇に浮かび上がっていた。


巨人は肉塊を踏み潰す動作を止めゆっくりとルーメンの方へと近付いて来る。



「うわっ!来るな!来るなーーーーーっ!!」



腰を抜かしながらも巨人から距離を取ろうと地面を這いずり路地の壁に手を着く、体を支えなんとか立ち上がるとよろめきながらも大通へ向け走り出した。



『なんだ!?なんだ!?なんだあれはーーーー!?』



走り出したルーメンに合わせるように巨人も移動速度を上げ追ってきている。



「ヒッ!ヒイィィィーーーーーー!」



背後を一瞬振り返り覆い被さるように迫り来る巨人の姿を認めたルーメンは叫び声を上げた。



なんだ!?あれはなんだ!?

人じゃない!あんな物が人であるはずがない!

それじゃなんだ!?人じゃないならなんだ!?

化け物?怪物?分からない!あんな物知らない!

殺される!殺される!殺される!!

追い付かれたら確実に殺される!!

爺さんみたく形が無くなるまで踏み潰され続ける!!


そんなのは嫌だ!嫌だ!!


節々の痛みも忘れまさしく死に物狂いで走り続けた。



『なんでだ!?なんで今日は誰もいない!?』



いつもこの辺りにたむろしている連中が今日に限ってなぜか誰もいないのだ。


ルーメンが恐慌に陥っていなければ気付く事ができただろう、

いつも見慣れた路地の汚れ以外に赤黒い液体があちこちを染めていた事を。



「助けて!助けてくれ!誰か!誰かいねぇのか!!」



迷路のように入り組んだ裏路地の壁に何度も体をぶつけ傷を増やしながらも息も絶え絶えに走り抜け叫びながら大通りに飛び出た。



「助けてくれぇ!誰か!誰かぁ!!」



しかし、オレンジ色の照明にポツポツと照らされた大通りを見渡しても人っ子一人見当たらない、治安の悪いこの地区をこの時間出歩く者など元よりいないのだ…




いや、

いた。




建物の陰に塗れ見落としていた子どものような人影が四つ。



「お、おい!助けてくれ!!きょっ巨人が…!」



そう叫んだとき人影が一斉に振り向いた、その赤い目を爛爛と光らせて。



「ヒィッ!」



恐怖に再び腰が抜け冷たいアスファルトの上へとへたり込む。


オレンジ色の光の下に歩み出てきたその姿は巨人と同じく墨を流し込んだような光沢の無い黒一色、子どものような大きさのそれらは声を上げる事も無くヒタヒタとルーメンに近づいて来る。



「ばっ、化け物…まさか…こいつら…!」



あぁ…神様、こんな事が現実にあるのか?自分は酒に酔って悪い夢でも見ているのだろうか?



背後から重い足音が聞こえてくる、爺さん何度も踏み続けていた太い足が迫ってくる。

その音の近さに愕然とし自分が飛び出してきた路地を振り返る、巨人が直ぐ側まで近付いて来ていた。



「うわぁぁぁーーー!!」



ルーメンが絶望の叫びを上げたとき、巨人が胸の辺りから真っ黒い液体を出させその巨体がぐらつく。

自分のすぐ横を風のような何かが通り過ぎ次の瞬間には子どものような黒い四つの化け物も巨人と同じように真っ黒い液体を噴出させていた。



「あ、あぁ…?」



五体の黒い化け物達が冷たいアスファルトに倒れ次第にその形を崩してゆく。

極度の恐怖と混乱によりルーメンには目の前で何が起こっているのか理解する事が出来ないでいた。



人気の無い大通りに一人ぼつんと立っていたのは特殊警察のような濃紺の装備に身を包んだ黒髪の少女。

化け物から噴出した黒い液体が顔や装備にべったりと付着しているようだがそれを気にする様子は無い。



「お、おい、あんた…あんたが倒したのか?」



ルーメンは震える声で少女に話し掛けるが…どうも言葉は通じていないようだ。



「報告」



突如背後から女の声が聞こえた。

驚き振り返るとこの場所には不釣り合いな純白のコートを纏う長身の女がいつの間にか立っている。



「低級四、中級一、処理完了です。」


「紗希、あまり先走るな。」


「すみません、この人が襲われそうでしたので…」



コートの女が初めて気付いたようにルーメンを見やると流暢な英語で話し掛けてきた。



「この辺りにもう奴らはいない、終わるまで何処かに隠れていなさい。」



英語は話せないが何となく内容を理解する事は出来る。

ルーメンはアスファルトにへたり込みながら壊れた人形のように首を縦に動かした。



「もう!二人とも早い!」

「早く戻りましょう、戦場は東へ移動しています。」



また二人若い女が現れた。


女物の服についての知識がほぼ皆無なルーメンには名称まで分からないが、一人は鮮やかなオレンジ色のドレスのような、もう一人は淡い水色のロングドレスの姿であった。



「数が多いな、日本にまで救援要請が来るわけだ…戻るぞ。」



コートの女が何かを言うと、四人の女は凄まじい早さで市街地の方へ去って行った。



現実離れした出来事の連続に呆気に取られていたルーメンであったが、暫くして震える足で立ち上がると女達の後を追い廃工場の陰から市街地の方角を覗く。

先程までは建物の陰になり見えなかったが、遠く市街地の空には夜の闇を切り裂くように真っ赤に燃え盛る炎や輝く光が飛び交い色とりどりの服を身に着けた女達が建物の上を舞っている。



『……!あれは…』



その姿を目の当たりにしてルーメンは思い出す。


昔、まだ存命だった父や母、そして兄弟達と暖かな家で幸せに暮らしていた頃、テレビやネットで盛んに騒がれていた彼女達の事を。



曰く、神に与えられし衣を纏う者達

曰く、悪魔を殲滅する魔法使い

曰く、神罰の代行者


その呼び名は多岐に渡っていた。



しかし、そのほとんどの者が年端もいかない若い女性だった事から一般的に定着していたのは…そう、確か…こう呼ばれていたはず…



魔法少女




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