虜囚 7
舞姫と楽師達が部屋を退出した後
残された3人は縁台にあるテーブルについて海を眺めながら
紫苑に給仕させて五華茶を楽しんでいた。
「大した趣向だな、鄭眼叔父上、ここまでしないと皇子をつれだせなかったのか」
「さすがに察しがよいですな、虎狼様の間者がうるさくていかん」
「儂もだ。ときにこのナイフに見覚えはないか」
白珪はそばにあったサイドテーブルの引き出しから絹にくるまれた数本のナイフを取り出した。
鞘がなくむき出しの刀身、刃渡り18センチ、柄の部分に見事な象嵌細工が施されている。
実用というより、装飾品に近いものであったが、ナイフの刃は一級品らしく
大抵のものなら刃が通りそうだった。
鄭眼には見覚えがあった。
この美しいナイフは後宮に住まう皇女玉葉の求めに応じて作らせ
数か月前に宮廷に収めたものであった。
「ふむ・・・玉葉様と何かあったのですか」
「うん、あった」
白珪は即答した。
「何があったのですか」
「据え膳を食わなかった」
「はぁっ?」
据え膳とは女のほうから情事を誘いかけること。
それを断ったというのだから皇女にしてみれば怒り心頭だった事だろう。
事情を察した緑華と紫苑は耳まで真っ赤になって絶句している。
「いいかげん、身を慎まれた方が」
鄭眼は若い二人を憚り渋い顔をして咳ばらいをして見せたが
お構いなしで白珪はわめき散らした。
「あの女、冗談ではないぞ、あやつは旅人を寝所に誘い込み
事が終われば即座に殺して川に捨てている」
「白珪・・・」
さらに 鄭眼の声を遮って続けた。
「儂が調べただけでも五人は犠牲になっている」
「それで偵察にいかれたのですか・・・
宮廷の醜聞は声高に言わぬ方がよいと思いますがな」
「そうだ。だから最近、そのナイフが儂を狙ってくるようになってな」
皇女が直接命を狙ってくるとは考えにくい。
お付きのものの仕業であろうことは容易に推察できるが、しかし、
なんとあからさまなアプローチであることか
ただただ、鄭眼は呆れるほかなかった。