虜囚 6
功国許戸の都の中で海岸沿いに屋敷を構える貴族といえば白家のみである。
その屋敷の一角、海に面した部屋の窓を開けはなち、テラスの手すりに持たれて
潮騒の音を聞いていた目元の涼しげな青年は女官の来客を告げる声に反応して
後ろを振り返った。
「白眉様、鄭眼様が贈り物を持参してお目通りを願い出ておられます」
「白眉と呼ぶな、白珪でよい」
白眉は彼の実の名だったが「多数あるもののうち、最もすぐれているものや人のたとえ」
を意味する言葉であったが為に、彼はこれを酷く嫌って勝手に改名していた。
ゆえに白珪である。
「そうか、やっときたか、お会いする、こちらに通せ」
「はい」と女官は玄関の方に消えた。
それにしても遅い。西方遠征から、
凱旋して6ヶ月、理不尽な罪で緑華皇子は身柄を拘束されていた。
虎狼の折檻のおりに害された傷を治すのにさらに2か月以上皇子に会えなかった。
待ちに待った感動の再開である。感慨もひとしお胸にせまるものがあった。
「お久しぶりでございますな。白珪様」
そう言われて目の前で礼を取る鄭眼の身辺を見回し目が泳ぐ。
皇子の姿などどこにも見えなかったのだ。
「鄭眼、貴様、また皇子をつれてこなかったのか?」
声を荒げる白珪に鄭眼は静かに応じた。
「よく、ご覧下さいませ、贈り物と申し上げましたでしょう?」
そういうと自分の体の位置を大きく右にずらし背後に控える
華美に飾り立てられた舞姫達を指し示す。
静かに始まった雅楽の音に合わせて舞を披露する舞姫たち
「ほうっ、これはまた」
白珪はそれだけ言うとさもおかしそうに笑って優雅に舞を舞う彼女たちの間を歩き始める。
姫たちはそれに応じて左右に道を開け、綺麗な布のアーチを作って一方向へと白珪を誘う。
一番後ろに座していた貴人に行き当たるのに数分もかからなかった。
貴人の手を取り、鄭眼の所までもどった白珪は扇で顏を隠した貴人に向かって
すっと膝を折り臣下の礼をとった。
「お久しぶりでございます。皇子、ご健勝にあらせられ誠に恐悦至極に存じます」
礼儀など普段すっ飛ばす白珪があからさまに臣下の礼を取って見せたので
貴人は微かに笑って顔から扇を外した。
そこに、はにかんだ様に笑う緑華皇子の姿があった。
「久しいな、白珪、そなたに逢えてうれしい」
言葉少なに皇子はそう言ったが、心からの謝意であるのは
はたから見ても分かった。
実に八か月ぶりの再開である。