虜囚 2
女官に付き従われて部屋の前まで来ると聞きなれた声に足がすくんだ。
幼い頃に母を亡くした緑華は、黄家の中で下僕のように虐げられて育った。
容姿は兄弟姉妹の中の誰より恵まれたが、必ずしもそれは皇子にとって
幸福をもたらすものにはならなかった。
幼い頃は兄弟から殴られたり、けられたりの身体への暴力で済んでいた。
だが年齢があがると、それは口にするのも憚られる性への暴力へと変化していった。
その元凶が今、自分の滞在している部屋にいるとわかって足がすくんだのだ。
「緑華様?・・・」
女官は一歩も動かぬ緑華を見やって怪訝そうに眉をひそめた。
その時、中にいる者が外の気配を感じ取ったのか部屋の戸がガチャリと開いた。
緑華の贅を凝らした装いに感嘆と驚愕の声があがる。
「久しいな、緑華、東方一の美女とは誠によくいったもの、後宮に競える女などおるまい」
「兄上、なんと仰いますか、私をさしおいて、緑華を美しいなどと言われるとは」
義姉の玉葉は義兄の虎狼のこの言葉に過剰に反応した
緑華を睨みつけると配下の者に銘じて足元へ引き据えさせる。
「ええーい、口惜しい、そなたさえおらねば後宮の宝珠と呼ばれた
わらわが一番美しいと言われるものを」
そういいながら緑華の髪にさしてあった簪を一本、一本乱暴に引き抜いていく。
引き抜かれれる度に、まとまっていた髪がぱらぱらと肩へ落ちていった。
「このような高価な簪、わらわにこそ相応しい、これも、これも」
全部引き抜かれて、髪が落ち切ると今度は着ている服に手がかかりブラウスの釦が
はじけとんで上半身が露になった。その姿をみて舌なめずりをする虎狼
緑華は虎狼の瞳に嗜虐の色が浮かぶのを見逃さなかった。
女官が色をなして叫んだ。
「おやめ下さいまし、ここは鄭眼様のお屋敷、無礼はなりませぬ」
「何を申す、緑華は虜囚、このような扱いこそ相応しゅうない」
部屋をぐるりと見渡すとさも思いついたかのように言う
「そうじゃ、虜囚は虜囚らしくつるせばよいのじゃ」
「何を仰います。そのような無礼許しませぬ」
「紫苑、逆らってはならぬ」
それまで、黙っていた皇子が口を開いた。
玉葉は、後宮一、残虐な女だった。
何か気に入らぬことがあれば付き従う女官や配下の者に当たり散らして責任を取らせる。
その対価が命であることも少なくなかった。だから、お付きのものはいつもびくびくしていた。
つい、先日も侍女が焼き殺されたばかりと聞く。
この館でその惨劇を再現する事だけはなんとしても避けたかった。
だから、されるがままに耐えたのである。
両手をひとまとめに括られ部屋の中央につるされた緑華の表情は
落ちかかった髪に隠され伺い知る事はできない。
これからどうなるのか
紫苑は這い上ってくる不安に身を委ねるしかなかった。