表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑華戦記  作者: 紫雀
1/12

虜囚

その部屋には鉄格子がはまっていた。

もともと咎人を捉えて閉じ込めておくための牢屋だから当たり前である。


だが部屋にある調度品は、どれも彫金を施した贅沢なもので

この部屋の主ときたら、本当に虜囚かと思える程、これまた贅沢ななりをしていた。

薄い華やかな唐草模様のはいった白一色のブラウスに薄手の幅広のズボン、薄緑色の長い上着に

鮮やかな紺色の飾り帯に金の刺繡がほどこされ、どれも上等な絹で作られている。


「緑華様、夕餉の支度が整いました。

 そこに用意いたしました着物に着替えて宮へおいで下さるようにと主人申してがおります」

側づきの侍女に言われて、牡丹の花の透かし彫りが入った衝立を覗くと一見して

薄紅色のグラデーションの入った女性の着物と思しき一そろえが

小さなテーブルの上に載っていた。


「私は、女性ではございませんとご主人に申し上げて下さい」

と拒絶の意味をこめてそう言ったが

「西方討伐の折に女性になりすまし、単身でみごと大将の首をおとりになったとか

 主人はその様をみたいと申しております。」

と侍女は意地悪く言葉を返してきた。

虜囚に拒む権利などない。この亭で過ごす限りは身体の自由、身の安全は保障されているが

それも主の心根一つでいつでも変わる条件の一つに過ぎなかった。

結局のところ、従うしかないのだ。


侍女に促されるまま、桶に用意された湯をつかって綺麗に体をふいた後

女物の着物に着替えた。初めてではないので簡単に着替えることができたが

ここ半年で伸びた髪を自分で結うことは出来ず

こちらの方は数人がかりで侍女がきっちり結い上げ色とりどりの簪で飾られた。

顔は白く塗られ、眉を描き紅をさす。

東方一の美女といわれた、花の顔が姿を現す。

側仕えの女官たちはその姿を見て「ほうっ」とため息をついた。

当の本人は鏡に映った自分の姿を眺めていたが、やがて諦観の面持ちでふっと息をはいた。


実際、仕方がなかったのだ。

西方討伐の折、自分の託されたのはわずか100の手勢

相手は万を超す大軍である。

死にに行けと言われたようなものだった。


自分に付き従った家来たちを死なせるに忍びなくやむなく奇策を用いた。

女装して領地に忍び込み酒宴の席で大将の首を狙った。

思いがけずこの奇策がまんまと成功したのだった。

東方一の美女と称されたのは、この時の功績が、詩人の耳に届き

その様を詩に読まれたからだった。


西方8州を制したにもかかわらず

凱旋した皇子に待っていたのは虜囚という扱いであった。

正面きって敵を討ち果たさなかった。

その事を責められたのである。


そして、皇子の身柄は預かったのは鄭眼という豪商であった。

王の覚えがめでたくこの度の一件も自分から申し出たものである。


大勢の女官たちに付き添われて静々と回廊を進み本家邸宅に入ると

すでに酒宴が始まっていると思われる部屋から

聞き覚えのある声が響いてくる。

かつて宮中でよく顔を合わせた武漢の面々の声だ。

酒宴の席で皇子を笑いものにしようという腹だろう。

西方討伐は彼らにとって面白くない実績である。

皇子の体面に傷をつけておきたい武漢らのの魂胆が透けて見える。

実際、皇子はこの者たちによく恥をかかされていた。


「緑華様、おいでになりました」

女官がたからかに告げ部屋に入った皇子を見るなり一同、息をのんだ。


「ほうっ、これはこれは、どのような醜女かと思えば」

「東方一の美女と謳われるだけの事はある 酒宴で酌をしていただくだけではものたりませんな」

「まっこと、夜伽の相手でもしてもらわねばのぉ」

野卑な笑いと言葉が飛んだ。


そして、一指し舞えとの所望である。

舞、雅楽は宮中のものの嗜み、男舞、女舞の違いはあれど皇子に舞えぬはずはない。

皇子は一振りの刀を所望して、雅楽に合わせて舞い始めた。

舞は武に通じるという。優美に舞った後、曲の最後に刀身を抜き放ち、相手ののど元につきつけた。


「なっ何を、ご乱心めされたか」

「なんの、ほんの余興でございます。匂いだけで酔いました。」

皇子は刀身を鞘に納めほほ笑んだ。

「皆様もあまり御酒を召されませぬよう、手元が狂いましょう程に」

それだけいうと、一同を見回し、礼をつくして宴席を退出した。


この日、緑華のもとを訪ったのは武官だけではなかった。

部屋に戻った緑華を待ち受けていたのは腹違いの義姉と義兄だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ