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エンドリア物語

「ガレス・スモールウッドからの依頼」<エンドリア物語外伝37>

作者: あまみつ

「はあーーーーー」

 災害対策室長のガレス・スモールウッドは魔法協会本部の第四会議室、通称、叱られ部屋に入ってくると、長いため息をついた。

「ウィル、ムー、いまから話すことをよく聞いてくれ」

 どこか物憂げな目でオレ達を見た。

 美少女の物憂げな目は歓迎だが、おっさんの物憂げな目は法律で禁止、いや、罰金にして欲しい。取り立てた罰金は見てしまった人間の心の癒しに使って欲しい。

 肉を買うとか、肉を買うとか、肉を買うとか。

「実はいま魔法協会は大変なことになっている」

「大変、ですか?」

「ほよしゅ?」

「存続の危機に…」

 オレとムーは立ち上がり、急いでドアに向かった。

 魔法協会に怒られそうな事件を3、4つ起こしたので呼び出しに応じたが、関係ないなら帰るまでだ。

「待ってくれ!」

 聞こえないふりをして扉を開けようとしたが、鍵がかかっている。

 扉を思いっきり叩いた。

「開けてください!」

「出すしゅ!」

「鍵は外からかけてある。1時間後に開けるようにいってあるが、開くかどうかわからない状況だ」

 気怠げに言うおっさんからも、高額な罰金を取って欲しい。

 オレとムーは渋々、席に座った。

「実は先週、ルギスのより北にある山脈にかなり古い遺跡が見つかった。大雨で山肌が流れて、遺跡が露出したのだ。すぐに魔法協会本部の調査団が入ったのだが、帰ってきた調査団の様子がどうもおかしい」

「おかしい?」

「おかしいのだが、どこがおかしいのかがよくわからないのだ。そこで、戦闘魔術師を手配した」

「戦闘魔術師!いきなりですか」

 戦闘魔術師は戦いが専門だ。危険なモンスターが出現した場合などがほとんどだが、危険な魔術師の捕縛や刑の執行役としても使われるらしい。

 仕事の内容上当然だが、魔法にも戦闘にもすぐれていたエリートしかなれない。

「どこがおかしいのかわからなかったが、放置することは危険だと私は感じたのだ」

 スモールウッドさんがうつむいた。

「だが、私の判断は間違っていた。そのため、状況は著しく悪化した」

 顔を上げたスモールウッドさんの目の周りが黒い。

 寝ていないらしい。

「ウィル、助けてくれ」

「助けろと言われても、オレ、魔力を持たない一般人ですし」

「シュデルを使いたい」

「はあ?」

「ゾンビ使いしゅ?」

「彼以外、現在の状況を救えない」

 世界中の魔術師のほとんどから嫌悪されているシュデルの特殊能力にすがるほど追いつめられているらしい。

「わかりました。助けられるかは別として、話は聞きます」

「ありがとう」

 そういうとスモールウッドさんは話を始めた。



 遺跡にはいったのは魔法協会本部の調査部の11人、全員、遺跡調査のプロだ。扉の内側には1室しかない小さな遺跡で、壊れた祭壇と壁のレリーフを調べて帰投。報告書が提出された。

 報告書には特に不備はなかった。内容については研究の専門部署が調べる。私は災害がおきる可能性があるかチェックするだけだ。

 私が気になったのは、人数だった。

 私の記憶が正しければ、担当した調査部の人数は10人だったはずなのだ。

 私は誰にも言わず、担当部署を訪れた。机が10個、椅子が10脚、ティータイム用のコップも10個しかなかった。

 それなのに報告書には11人の名前がある。そして、私には増えた1人が誰なのか、どうしてもわからなかったのだ。

 増えた1人に気づかれないように、私は調査部を訪れたその足で戦闘魔術師の控え室に行き、ロウントゥリー隊長に疑念を話した。隊長は部下に11人を監視させることを約束してくれた。

 翌日、ロウントゥリー隊長がいなくなった。

 早朝、戦闘魔術師の控え室に行くと、現在、隊には隊長おらず、テートが隊長代理として隊を率いている言われた。ロウントゥリーという名前を知っている者もいなかった。

 すぐに調査部に向かったのだが、机も椅子もカップも11個になっていた。魔法本部の誰もが調査は11人で行い、ロウントゥリーという者など知らないと言うのだ。

 調査に行ったのは最初から11人で、ロウントゥリーなどという者は魔法協会にいない。

 私の妄想ならば問題ない。だが、妄想でなければ、大変なことになる。この魔法協会本部には、大陸の多くの魔術師の情報があり、彼らの指揮系統の中枢でもあるのだ。

 ウィル、おかしいのは私なのか、魔法協会本部なのか。



「魔法協会本部ですね」

「なんていうことだ」

「オレ達が協会本部に入ったことで、スモールウッドさんの妄想に巻き込まれた、という可能性もありますが、大丈夫だと思いますよ」

「どうしていえる?」

「これ、ロウントゥリー隊長に貰った上着なんです」

 オレが持っている服で、唯一値段が高い服だ。

 スモールウッドさんが頭を抱えた。

「そうならば、大変なことだ」

「シュデルを希望するということは、相手がモンスターでなく魔法道具だと思っているんですよね?」

「そうだ。魔法協会にはモンスターのような異物を含む生命体は排除する結界が張られている。持ち込む際には許可を得て、特別な箱にいれるなどしなければ持ち込めない」

「魔法道具ならば、問題なく持ち込めるんですね?」

「呪いがついているようなものは防犯システムに引っかかるが、普通の魔法道具は持ち込める。魔術師はロッドや護符などを持っているから、制限をかけにくい」

「魔法協会本部が隊長を忘れているのに、なぜ、スモールウッドさんは忘れていないんですか?」

「断言はできないが、異常に気がついてから、私は仕事をこの第四会議室でしていた。この第四会議室はムー・ペトリ用に特殊な結界が幾重にも張られているのだ」

 ムー、魔法協会から警戒されているらしい。

「わかりました。シュデルをここに連れてくるのが早いですが、それは無理ですよね?」

「無理だ」

 魔法協会本部は魔法道具が大量に置いてある。統治システムに組み込まれているものもある。本部内にいる魔術師達も魔法道具をいくつも身につけている。

 シュデルの能力でそれらが一斉にシュデルの影響下に入ったとなると、シュデルは世界を敵に回すことなる。

「そうなると、そいつをシュデルのところまで引っ張っていくしかないですね」

「良い方法があればいいのだが」

「オレに考えがあります。その前に」

 オレはムーのポシェットを指した。

「レインコートを持ってきたよな?」

 ムーが取り出したのは布でできた薄いピンクのレインコート。シュデルの頼んで激安の布で作ってもらった。

 サイズは大きめで、ムーが着ると中で身体が泳ぐほどブカブカだ。

「ほいしょ」

 オレが手伝って着せる。

「まだかね?」

「準備は終わりました」

「それで、ウィルが考えついた案というのを聞かせてくれないか?」

「先ほどの話で確認したいことがあるんですが、いいですか?」

「それよりも、これから先どうするつもりかを聞きたいのだが」

「いなくなったロウントゥリー隊長のことは、気にならないのですか?」

「気にしても、私にはどうにもできない。それよりも、ウィルが考えた案を教えて欲しい」

 スモールウッドさんは、まだ、気がつかないらしい。

「オレの案をなぜ知りたいんですか?もし、スモールウッドさんに教えたあと遺跡の魔法道具に知られたら困りますよね」

「ここにいる限り、安全だ」

「オレ達がこの部屋に入った時、スモールウッドさんはいいましたよね。『鍵は外からかけた』と」

 スモールウッドさんの顔色が変わった。

「そうだ。確かに言った。今、鍵は……外から掛かっている。知り合いの職員に、君たちが入ったら外からかけるように頼んだ。なぜだ」

「スモールウッドさんの記憶は、すでに遺跡にあった魔法道具によって改竄されているんだと思います」

「改竄されているのか?」

「全部ではなく一部ではないでしょうか。オレ達が不審に思わないように、真実と嘘が混じっていると思います。どれが本当でどれが嘘かは、魔法道具を倒すまではわかりないでしょうね」

「なぜ、遺跡の魔法道具は私の記憶だけ……そうか、シュデルか」

「オレもそう思います。協会本部を手中に収めた遺跡の魔法道具は、自分に脅威となるものがないかを調べた。そして、シュデルの存在を知った。シュデルを殺さなければならない。スモールウッドさんを使ってオレ達を呼び寄せた」

「すると、君たちもすでに記憶が改竄されて可能性があるのか」

「可能性はありますね」

 スモールウッドさんがフッと表情を和らげた。

「ウィル、相変わらずだな。そののんびりした様子を見ていると、焦っている自分が滑稽に思えてくる」

「オレ、緊張していますよ」

 敵の真っ只中。

 自分の記憶には確信が持てず、いつ襲われるかわからない状況だ。

「そうは見えないが、それが君のいいところだろう」

 誉められている、と、思うことにした。

「それでこれからのことだが、君が考えついた案というのは……なるほど、君たちから聞き出すのは、私に与えられた役目なのなのだろうな」

「たぶん、まもなくあの扉が開きます。そうなると、次のシナリオが待っていると思います」

「打つ手はあるのか?」

「ありますので、安心してください」

「それは、どういう案……」

 スモールウッドさんは苦笑した。

「…私はもう関わらないほうがよさそうだ」

「オレからひとつお願いをしてもいいですか?」

「今の状況だと大した手伝いはできそうそうもないが」

「扉の前に立っていてください」

「こうかね?」

「そのままで」

 扉が開いた。

 オレの予想は、2パターンあった。

 ものすごく悪い方と、ちょっと悪い方。

「扉の前に障害物は置かないようにしてくれないか、愛しいカナリア」

 ちょっと、悪い方だった。

 ものすごく悪い方は、ロウントゥリー隊長以外の人物が扉を開ける、だ。

「せっかく会いに来たのに障害物が多すぎる」

 ロウントゥリー隊長の足下には意識のない職員が数名転がっている。

「どうやって記憶の改竄を逃れたんですか?」

「秘密だ」

 ロウントゥリー隊長が遺跡の魔法道具の手先の可能性もないとは言えない。だが、オレはその可能性は低いと思っていた。

 オレとは違い、ロウントゥリー隊長は戦闘のプロ中のプロだ。戦闘中は様々なもので攻撃される。見えないものも多数ある。無臭の毒ガス、サイコキネシス、精神操作、幻覚攻撃、数限りない攻撃に瞬時に対処してきた隊長が、遺跡に眠っていた魔法道具の攻撃をしのぐことなどたやすかったはずだ。隊長の部下も腕の良いものは記憶操作にかかったふりをしている、か、意図的にかかった、だろう。

 隊長がいなかったのは、外部に連絡を取ることと、なんらかの方法で魔法協会の統治システムを遺跡の魔法道具に操作させない為の処理をしていたからだろう。

 本当ならば、ロウントゥリー隊長に扉を開けてもらえば、『これで帰れる、やったーー!』となるところだが、オレの場合だけは違う。

「愛しいカナリア。悲しいことに私たちの間に障壁があるようだ。君へのプレゼントはこの件が終わってからにしよう」

「え、えっ」

 オレと隊長の間のスモールウッドさんが、何がおきたのだろうという顔で焦っている。

「変な言い方をしないでください!今は、スモールウッドさんが邪魔だから、オレを殺せない。今回の件が終わったら、殺す予定だ、と、わかりやすく言ってください」

「えっ」

「無粋な言い方だ」

 否定はしてくれない。

「ウィル、隊長に何かしたのか?」

「していませんよ、隊長がオレを殺したいだけですよ」

 スモールウッドさんが隊長を見た。

 隊長はいつもの笑顔を浮かべた。

「愛しいカナリア、いいことを教えてあげよう。事件を起こした魔法道具は、なぜ、最初にこの魔法協会を狙ったと思う?」

 オレにいいこと。最初が魔法協会。

 大量に人間の記憶を改竄できるなら、魔法協会のように特殊で、魔法道具が犯人だと特定されやすい場所を選ぶ必要はない。一般大衆の記憶を改竄すればまぎれこみやすく権力も握りやすい。

「改竄した記憶の維持に、魔力がいる?」

「そういうことだ」

 オレは安堵の息を吐いた。

 魔力がないオレの記憶は改善されていない。

「隊長がいれば安心ですよね。オレとムーはこれで帰りますので」

「ムー・ペトリの記憶が操作されているとは思わないのか?」

「ムーは強力な兵器として使えます。そのことをご存じの隊長が、遺跡の魔法道具をムーに近づけるはずがありません。オレ達が本部に入ってからこの部屋に入るまでは、隊長か隊長の仲間が警護していてくれたはずです」

 隊長が唇をペロリとなめた。

「と、とにかく、オレとムーは…」

「見つかっていない」

「はい?」

「まだ、遺跡の魔法道具が誰なのか判明していない。11人の誰かであるのは間違いないが、誰なの特定できていない」

「11人に桃海亭まで来ていただければ…」

「行くと思うか?」

「明日にはモジャが…」

「システムを凍結させたが、今夜12時までに凍結を解除しないと魔法協会が統治している全域のシステムが落ちる。急ぐ必要がある」

「頑張ってください」

 ムーの手を引いて、部屋を出ようとした。

 その前に隊長が立ちはだかる。

「見つけろ」

「無理です」

「桃海亭にとって、この件は終わったという事か?」

 終わったと返事をすると、隊長はオレを殺しにかかる。

「まだ、色々と……」

「1時間やる。それまでに見つけて、この部屋に戻ってこい」

「わかりました。その代わり、その1時間、オレとムーに自由にしてください。見張りも警護も外してください」

「わかった」

 オレはムーの手を引いて、廊下をトボトボと歩きはじめた。

「なんで、こうなるんだろうなあ」




 扉を開けるのがロウントゥリー隊長以外だった場合のことも考えてはいた。いま、オレがしようとしているのは、それだ。

「ムー、どこがいいと思う?」

「書庫がいいしゅ」

「書庫か……叱られるよな」

「何冊かガメれるしゅ」

「犯罪だろ、それ」

 ムーをおとりにして、遺跡の魔法道具に近くまできてもらう。

 魔法道具であることがわからないように他の人達と一緒に来るだろうから、まとめて攻撃して、人と魔法道具を分ける。

 怪我をすれば人間、怪我が通常と違えば魔法道具。

 幸いなことにここは魔術師だらけだ。死ななければ、治療はすぐにしてもらえる。

「中庭はダメか」

「ダメしゅ」

「被害は少ないと思うんだけどなあ」

「ボクしゃんが楽しくないしゅ」

 いつの間にか、11人の魔術師がオレ達の後方にいた。10メートルほどの距離を保ってついてくる。

 隊長が言っていた、遺跡の調査隊+元凶の魔法道具だろう。

「見分けがつくか?」

「無理しゅ。幻覚魔法が発動しているしゅ」

「そうだよな。そう簡単にはいかないよな」

 オレは書庫に向かって足を進めた。

 ムーがガメるときにオレも数冊いただければ、しばらく肉が食える。

「うまくいったら、お礼とかくれるかなあ」

「無理しゅ」

「断言するなよ」

「最近、ひどいしゅ」

「ひどいよなあ」

 魔法協会は、安い報酬で無理難題ばかり押しつける。

「店でのんびり店番したいんだけどなあ」

 トラブルさえ起きなければ、店の売り上げでギリギリ食べていける。

 書庫の前についた。

 ノブを回した。鍵が掛かっている。

 オレはムーの手を放すと、扉から少し離れ、助走をつけて扉をけ飛ばした。

 扉の蝶番が壊れ、ノブとは逆の方に隙間が開いた。

 警報は鳴らない。

 隙間から書庫に入った。

「あまり高そうなのはやめておけよ」

「ボクしゃん、あそことあそこらへんの本棚は全部読んだしゅ」

「自分は読んだから、読めなくしてもいいとか思っていないよな?」

「思ってるしゅ」

 注意しようと思ってやめた。

 どうせ、読めなくなるなら、あとでムーが腹をたてない所の方がいい。

「読んでない場所はあるのか?」

「あそこしゅ」

 書庫の奥、巨大な金庫のような扉。封印らしき札が何枚も貼られている。

「どうみても【入るな】の場所だよな」

「禁書とか禁呪とか、いっぱいしゅ」

 ムーがうっとりと言った。

「今回はあきらめろ」

「なぜしゅ!」

「時間がない」

「チィ、しゅ」

 機嫌が悪くなった。

 これ以上、機嫌が悪くならないうちにと、オレは読んだ本棚の間にムーを立たせた。

 ゆっくりと後ずさりをしながら離れる。

 書庫にはいってきた11人がムーを取り囲み、輪を縮めていく。

「はあ、しゅ」

 囲まれたムーが憂鬱そうだ。

 ひとりがムーの腕をつかんで、本棚の間から引きずり出そうとした。数人でムーに覆い被さる。

 もみくちゃにされて、誰がムーに触れているのかわからない状況だ。

 オレは全力で駆け寄って、近くの本棚を順番に倒した。

 悲鳴が上がった。

 収納されていた本が散らばり、ムーとムーの周りにいた11人は、倒れて重なった本棚の下敷きになった。

 痛みにうめき声をあげながらも、次々に倒れた本棚からはいでてくる。オレに近くにいる奴は本で殴り、遠い位置にいた奴には本を投げつけた。

 投げつけた本が1冊で倒れない場合は、散らばった本を次々と投げつけた。悲鳴がとぎれない。

 さすが、魔法協会本部の書庫にある本。

 厚みと重さが半端じゃない。

 6、7人が動かなくなった頃、倒れた本棚の隙間から飛び出してきた男がいた。

 異常に延びた足がオレを蹴りつけようとする。そいつを避けると、オレは後ろに飛び退いた。

「よっし、出たぞ」

「わかったしゅ」

 ムーの返事と同時に、本棚の重なった場所が内側から吹き飛んだ。

 厚い板でできた本棚やちぎれた本が宙を舞った。

 本と本棚の残骸の中からムーが立ち上がった。着ているピンクのレインコートには傷ひとつない。

「そいつだ」

「まかすしゅ」

 ムーは「とりゃぁーーしゅ」と大声を叫ぶと、腕をあげて、振る仕草をした。

 レインコートの袖から飛び出してきたのは、チェリースライム。あっという間に魔法道具が化けたらしい人間を包み込んだ。

 出ようと中で猛烈に暴れている。

「窒息しなければ、魔法道具確定だな」

「はいしゅ」

 あとはチェリースライムに包んだまま、ロウントゥリー隊長に引き渡せばいい。

 その前に白魔術師を見つけて、本棚と本で怪我させた調査員の治療を頼まなければならない。

 さらにその前に。

「どれが高い本だ?」

「それと、これと、これしゅ」

 服の下にせっせと本を詰め込んだ。



「確かに受け取った」

 チェリースライムを開くと同時に、ロウントゥリー隊長が用意していた魔力無効のリングを魔法道具にはめ込んだ。人の姿が解けた魔法道具は、木製の古ぼけた錫杖だった。

 遠い昔に作られた錫杖が、魔法協会の乗っ取り、力を手に入れようとした。

「何をしたかったのかな」

 手製なのか彫りも荒い。

 悪意をもって作られた魔法道具には見えない。

「ゾンビ使いに聞けばわかるしゅ」

「そう言えば、そうだよな」

 ハハハッと笑ったオレに、スモールウッドさんが「コホン」と、咳払いをした。

「これは壊すことになると思う」

「そうか、壊すんだ」

 精神操作に変身能力、どちらも意志を持っている道具が持つには危険すぎる能力だ。

 スモールウッドさんが、リングがはまった状態の錫杖を封印の箱に入れた。

「ところで、どうやってチェリースライムの中に入れたのだ」

「たいしたことはしていません。ムーを餌にして、書庫に行って、本棚を倒して、元気なのを魔法道具だと見分けただけです」

「さっきから気になってのだが、そのレインコートはなんだ」

 ロウントゥリー隊長が、ムーが着ているピンクのレインコートを指した。

「オレの力ではムーを守れない時を想定して作った防護服です。今はいませんが、通常はチェリースライムがレインコートの内側に張り付いて、ムーを防御しています」

「それで本棚に潰されても元気だったのか」

「はい、物理攻撃も無効化されますから。レインコートを使わないと、スライムは自然と円形になってしまうので、ムーが歩きづらいんです」

「無敵の防護スーツというわけだな」

「はい」

 もちろん、嘘だ。

 防護スーツの欠点を話すほどオレはアホじゃないし、ロウントゥリー隊長も無敵と思ってなどいないはずだ。

「これでこの件は一件落着というわけだな」

 ロウントゥリー隊長がスモールウッドさんに聞いた。

 オレはできるだけ自然な形で身構えた。

 スモールウッドさんが『終わった』と言えば、隊長が切りつけてくるおそれがある。

 ムーが片手をあげた。

「ボクしゃん、聞いてみるしゅ」

「聞く?」

「何をだ?」

 スモールウッドさんがムーに聞いた。

「錫杖しゃんに何をしたかったか、聞いてみるしゅ」

「その必要はない」

「聞いた方がいいと思うしゅ」

「理由を知りたければシュデル・ルシェ・ロラムのところに持っていけばいいことだ。これほどの力を持つ魔法道具ならば、すぐに会話できるだろう。それよりも、この錫杖が存在することのほうが危険と考えている。これからすぐに壊す予定だ」

「3時間だけ欲しいしゅ」

「壊す予定だといったはずだ」

「2時間でどうしゅ?」

「危険だから認められ…」

「戦闘部隊の尋問部屋ではどうだ?」

 ロウントゥリー隊長が話に割り込んだ。

 薄笑いを浮かべている。

「ロウントゥリー!何を言っているのかわかっているのか!」

「我々が使用している尋問部屋は特殊な結界が幾重にも張られている。特殊な水晶鏡で隣の部屋から監視もできる。ムー・ペトリ、錫杖、ウィル・バーカーを投げ込んで2時間待つ」

「ムー・ペトリの記憶が改竄されたら、どうする!」

「だから、保険にウィル・バーカーを入れるのだ。ウィルの記憶の改竄を錫杖はできない。魔力がないから改竄しても瞬時に正しい記憶に戻ってしまう」

「君のいっていることはわかる。だが、錫杖が魔法協会を乗っ取ろうとした理由は、リスクに見合うだけの情報ではない」

 ムーがまた片手をあげた。

「遺跡に他の魔法道具があったかもしゅ」

「何を言っている」

「可能性しゅ」

 見合ったスモールウッドさんとムー。

 黙って腹のさぐり合いをしているようだ。

 オレも片手をあげた。

「オレは店に帰ります。今日のことで金をくれるなら、エンドリア支部に送金してください」

 扉にむかったオレの前にロウントゥリー隊長が立ちはだかった。

「言うことはそれだけか?」

 オレは上着の裾に入った切れ目を見せた。

「隊長が前に切ったせいで、ここから冷気が入ってくるんです。革製だか繕うこともできなくて、困っているんです」

「仕事が忙しく会いに行けなかった。今度、新しい上着を持って行こう」

「いえ、新しい上着はいりません。その代わり」

 オレはロウントゥリー隊長の目を見据えた。

「この上着をこれ以上切らないでください」

 後ろに飛んだ。

 光の軌跡が曲線を描いたのと、ほぼ同時だった。

 上着の胴に横一閃の切れ目が入っている。

「ああっ!」

 鋭い一撃は上着だけでなく、その下のシャツまで切り裂いた。

 こっそり詰め込んだ本が、ドサドサと床に落ちた。

 スモールウッドさんが冷たい目でオレを見た。

 ロウントゥリー隊長が、短剣を指の間でクルリと回した。

「新しい上着が欲しくないか?」

 オレは気力を振り絞って、ロウントゥリー隊長をにらんだ。

「新しい上着は郵送でお願いします」

「愛しいカナリアのお願いを私が聞かないと思うか?」

 そう言うと、ロウントゥリー隊長は微笑んだ。

 そして、笑顔のまま錫杖を指した。




「それで、こうなったのですか」

 ロウントゥリー隊長から届いた荷物を開いたシュデルが、あきれた声で言った。

「あの人、何を考えているだ」

 オレは深いため息をついた。

 ロウントゥリー隊長から届いた革の上着は、前よりも上等な革で作られていた。凝ったデザインなのにオレにぴったりなサイズであることを考えると特注品だ。

「お揃いということなんでしょうか?」

「なあ、お揃いの必要があると思うか?」

「思いません」

「そうだろ」

 また、ため息をついたオレに、シュデルが聞いてきた。

「そういえば、魔法協会を乗っ取ろうとした錫杖はどうなったのですか?」

「話していなかったか?」

「あの時は、約束があると、戻ってきてすぐに出かけられましたので」

「ロイドさんと民家の倉を見に行ったんだ。あるはずの魔法道具がなくて、草臥れ儲けだったんだ」

「帰ってこられてからは、特に話をされませんでした」

 シュデルはかすかな期待を抱いているようだった。

「錫杖は壊された」

「そうですか」

 シュデルが悲しそうな顔でうつむいた。

「壊したのはムーじゃないからな。スモールウッドさんだ」

 シュデルが顔を上げた。

「それでしたら、錫杖は自分がなぜ乗っ取ろうとしたのか、聞くことはできたのですか?」

「ああ、聞けた。あの錫杖の持ち主は世界征服をたくらんでいたらしい。と、言っても1000年以上昔のことだけどな。いつも錫杖を片手に世界を征服するのだと言っていたらしい。持ち主が死んだあと神殿に納められていたのだが、雨で封印が解け、自由になれたので持ち主の代わりに世界を征服しようとしたらしい」

「持ち主の夢をかなえようとしたのですね」

「そうみたいだな。持ち主の最終目標が『世界征服』だったから、その先のプランを錫杖には話したことがなかったみたいだ。だから、錫杖も調査員の記憶から情報を得て、魔法協会を乗っ取って、世界を征服して、そこまでは予定が立てたらしいんだが、その先のことは考えていなかったらしい」

「壊すほど悪い魔法道具には思えないのですが」

 オレは何も言わず、シュデルの頭を軽くなぜた。

 あの日、オレはムーと錫杖と一緒に戦闘部隊の尋問室に投げ込まれた。

 尋問室にあったのは、机と椅子2脚、それと壁に埋め込まれた鏡。鏡の形をしているが、隣の部屋から映像と音をみることができる魔法の水晶鏡だ。

 ムーは机に錫杖を乗せると、ポシェットから取り出したチョークで錫杖やテーブルに色々な記号を書き始めた。10分もすると錫杖から雑音が聞こえ、15分も経った頃には、明瞭な音声として聞こえるようになっていた。

 質問はムーが最初にしたひとつだけだった。

『なして、魔法協会を乗っ取っろうとしたしゅ?』

 それに対しての答えは、オレがシュデルに説明した通り、世界征服が持ち主の望みだったからと言うことだった。遺跡に他の魔法道具はなかったこともわかった。

 用件は終わった。オレとムーは尋問室を出ようとしたが、鍵がかかっていて出られない。ムーが『尋問室の結界壊しをやってみたいしゅ』と言い出した。オレも結果壊しには大賛成だったが、あとで請求される賠償金を考えると二の足を踏んだ。どうしようかと考えていると、テーブルの上の錫杖が再び話し始めた。

 やり方を間違えた。最初にムー・ペトリの殺害をするべきだった。情報から得たムー・ペトリは天才ということだった。こんなチビのガキだとは思わなかった。

 ムーの悪口を立て続けに言ったあと、今度は遺跡調査員達の悪口を言い始めた。さらに遺跡調査員たちの記憶を話し始め、魔法協会の受付の記憶、事務員の記憶、研究員の記憶、錫杖が記憶を改竄した人たちの記憶をプライバシー無視で暴露しはじめた。

 ムーはすぐに寝たが、オレは眠ることもできず、部屋からも出られず、錫杖の話を強制的に聞かされることになった。

 話の内容が途切れ途切れになり、もう、終わりかと思った頃に、スモールウッドさんの恋の話が始まった。すぐにスモールウッドさんが飛び込んできて、魔法の破壊槌で錫杖を粉々に破壊した。

 オレは報酬を請求もしなかったし、知ったことをちらつかせるようなこともしなかった。が、魔法協会から金貨10枚もらえたのは錫杖のおかげだと思っている。

「金もはいったことだし、新しい上着を買うか」

「店長、ロウントゥリー隊長にいただいた革の上着は、どうするんですか?金貨3枚はしますよ」

「そんなにするのか?」

 オレがいままでの人生で服に使った合計金額より高い。

「最高級のなめし革だと思います。これだけ上等な革を使っていれば着心地もいいと思いますよ」

 ポケットもたくさんある。使い勝手も良さそうだ。

 オレが着たくない理由はただひとつ。

「なんで、わざわざショッキングピンクに染めるんだよ」

 ロウントゥリー隊長の楽しそうな笑い声が聞こえたような気がした。



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