9 ぼっちの理由がわかりました
うう、頭痛い。考えると頭痛くなる、酔いに加えて知恵熱かも。おごりのお酒は美味しいけど、これはどうにかしてもらいたい、ついでに腰も痛い。
昨日はあれからタクシーもどきで家に送ってもらった。タクシー代も払ってくれた佐々木くんいい人。誘拐犯だけど。
二日酔いを理由に私は仕事を休む、なんて悪人だろう。電話越しに意地悪な上司からぐちぐち言われたけど、今日は休む、絶対だ。
ついでに帰る前に、古新聞を用意してもらった。また吐きそう、床が汚れるからね。洗面器と新聞紙を用意してもらったけど、洗面器はいらない。私は新聞の束を持つ。水を五くんと飲んで、ふうっと息を吐いて心を落ち着かせる。うわっ、無駄にたくさん持ってきてくれたな、好都合だけど。
私は、床に手をやり魔法陣を開くとそこに古新聞を入れた。
古新聞が消えるかわりに私の頭に落ちてきたのはやはり古新聞だった。でも、その日付を見ると、大体十年前である。
前に勤めていた会社には大量の古新聞があってそれを梱包に使っていたんだけど、手前から使うものだから古いものが奥にたまっていたのだ。それをイメージして呼び寄せた。
私はそれを開きじっと中を確認する。
しらみつぶしもいいところで、しかも目的の情報があるかもわからない。でも、それでもやらなくちゃいけない。古新聞で駄目なら古雑誌、それでもだめならもっと違う情報ツール。私の腰が壊れない程度のMP消費で済めばいいけど。
図書館にある古い新聞記事を集めた本(名前知らないんだ)があればいいんだけど、それやると司書さん困っちゃうよね。できるだけしたくない。ネットがあればもっと楽なんだけど、それはできないから仕方ない。
幸いなことに、古新聞の日付は順番通りで抜けているものはなかった。
私は赤ペンで怪しいものに丸をつけていく。そこだけ集めていく。
なにを集めていくのかといえば、行方不明者の欄だ。
最初にこの世界にやってきた異世界人、異能力者を探していた。そう、私と同じ能力の……。
そして、そこには……。
ぽつ、ぽつっと、涙が私の目からあふれてきた。
そこには見覚えのある名前があった。本来忘れてはいけないはずの、……ものだ。
忘れていたといったらおかしいだろうか。忘れていたのではなく置き換えられていた。
私はずっとぼっちだった。両親はいない、義務教育を終えた頃には祖母の世話になっていた。
その祖母もすでに亡くなって、私に残されたのは古びた実家だけ。身内がいないことで、まともに進学もできなかった。専門学校を中退して、とりあえずなけなしの遺産が無くなるまでに働く必要があったのだ。
古びた家でも固定資産税ってかかるんだねえ。なんでさっさと処分しなかったんだろう、年々、その価値も下がってるしさ。売ろうとしても買い手があったかわからないけど、それでも売れていたらちゃんと専門学校卒業できて、しっかり就職できたかもしれない。
それでも、私は思い出にすがりついていた。
新聞の写真を見て、思い出した。私が親戚に頼んで無理やり掲載してもらったものだ。画質は荒く、別人と言われたらそうかもしれない。
でも、それは……。
私の母だった。
そして―――。
「一つお聞きしたいことがあります」
私は、魔王さまの家にお邪魔していた。
アポを取って面会できるまで、一週間かかった。休みの調整で上司にとやかく文句言われたけど、とるものはとるんだからね!
ふう、腰だけじゃなくて胃が痛い。
魔王さまは和服でのんびりとお茶を飲んでいた。詰碁をして時間を潰していたみたいで、碁盤に石が並んでいる。傍には秘書っぽい眼鏡のおにいさんがいた。すごくできそう、前の世界では絶対弁護士とか税理士とかそういう職業っぽい。
「魔王さまは女神と対立しているんですか?」
「魔王とはそういうものだろう?」
好々爺は髭をいじりながらいった。
私は目を細める。ううっ、胃の痛みおさまれ。やっぱお酒呑んで来ればよかった。
「神殿ではなくて?」
「……」
魔王の表情は変わらない。でも、後ろに控えている秘書さんのこめかみがぴくっと動いたのはわかった。
うん、あれだ。
弁護士、税理士撤回。
この人、用心棒だ。
私はこれから選択肢を間違えたら、この人におさえこまれる羽目になるだろう。ちょっとイケメンだけど、それはごめんなさいしたい。
「魔王さまはどれくらい前にこちらに来ましたか?」
「……十五の時かな。こちらの時間で言うと、最初期の異世界人ってことになるな」
魔王さまの見た目は、七十代をこえているように見えた。
最初期ということは千年近く、この世界にいることになる。すでに昔のことは忘れてしまったかもしれない。
「当時の、私以外の異世界人は皆、死んでしまった」
どんなに長生きでも千年と言ったら長い年月だ。普通に老衰で死んだのだろう。魔王さまが若かったのと、きっと魔力量のおかげで老化が遅かったに違いない。だから、こうして魔王として君臨している。
「彼らの技術でこの世界は発展したよ。あの頃は、古代に近い世界だったからなあ」
残った思い出を語る魔王さま。
ふと、私はあることに気が付いた。
「魔王さま、本名はなんていうんですか?」
「大田原だ」
大田原……、うん。そうだ。私の記憶がまた蘇ってくる。無理やりはり付けられた壁紙のような記憶、それがはがれていく。
魔王さまこと大田原くんは十五歳のとき転移した。時間的に言えば、大体十年前。
普通に生活していたら、私と同い年。
品のいいおじいさんの顔に悪餓鬼の面影が重なる。
大田原くんは私の意図を読み取ったらしい。眼鏡イケメンくんに御退室を願う。眼鏡くんは私をきっと睨みながら部屋を出ていった。
うんとね、ごめんね。
私は大田原くんを見た。
「大田原俊樹くんかな?」
中学校のときの友達の名前を口にした。
ずっと忘れていた。
何か別のものに変わって消えたのだ。
そういえば専門学校在学中に、中学時代のクラスメイトのお葬式行ったことを思い出した。原因不明の奇病ってやつだ。
今思うと、あれが大田原くんの代わりの人だったんだと思う。
何も知らずに老化していった彼はあちらの世界を恨んだのだろうか。
「……遅えよ、結城原」
皺だらけの顔に懐かしい表情が浮かぶ。
「おまえ老けたな」
「大田原には言われたくないよ……」
私だってぼっちじゃない時代があった。
でも、それはある日突然消え去った。
異世界に渡った者たちの記憶を操作する。その影響を受けたのは、当人たちはわからない。
そして、私もまた、その一人だ。
大事な人が一人、また一人といなくなり、それに気づかずに私はぼっちになっていった。
「いろいろ話したいことあるな」
「うん」
「話さなくちゃいけないことあるな」
「うん」
鼻水がでてきた。
上手く話せるかわからない。
「その前に一杯やろうぜ」
大田原くんが持ってきたのは日本酒ではなかった。
「よく学校帰りにのんだな」
「うん」
十年ぶりと千年ぶりの再会に、私たちは昔よく飲んだサイダーで乾杯した。