4 誘拐されました
仕事が終わるとご飯の買い出しですよ、ここのIHほんと便利。なんと焦げ付き自動洗浄システムとかついてる。やだ、一家に一台。
ということで自炊してます。だってお金なくなると心配じゃない? それに、定時あがりだからけっこうその時間あるんだよね。
ちゃんと与えられた宿泊所には食堂がついていたけど、親切すぎて逆に困った。食堂のおばちゃんが憐れみの目で私を見るんです、使えない召喚者を。きっと自分の可能性を信じて裏切られた異世界人を何人も見てきたのね。
事実、私みたいな毒にも薬にもならない人がこちらの宿泊所にいるみたいだし。あっ、何人か地球人っぽいかたたちと会いましたよ。そのうち二人くらいは明らかに外国人っぽかったので、隠れて逃げました。ごめんなさい、英語話せません。翻訳あるじゃないかと気づいたときには、もう遅い。今更挨拶なんてできないよ。
日本人っぽい人たちもいたけど、ええっとなんていうんでしょうか。
あれですよね、リア充オーラだしてる男女五人組でしたの。私と同じ屑能力のくせに、と思ったけど、私よりひどい能力の奴ってどれだけいるのかしら?
会話そっと遠くから聞いたことあったんだけど、リーダーっぽい人が意識高い系だったので私には無理そうだ。うん、無理。
これも植木の影に隠れて会わないようにしていた結果……。
ぼっちですね。
たまに、神殿のおっさんが『ちゃんとやっているか?』とこちらに来るんだけどさ、いじめを心配する担任の先生っぽくてつらい。ほんとつらい。
というわけで自炊してます。
さて、トラウマスイッチ入る前に買い物済ませよう。
なんでお酒ないの、この世界。ほんとありえない。酢はあるのよ、みりんはあるけど料理酒はないのよ。ねえ、みりん、誰普及したのよ、もう!
そうそう、お店は一見露店なんだけど無造作に置かれた籠に触れるとひんやり冷たいんです。生鮮取り扱う人は水系の魔法を使えることが条件で、水を状態変化させ気化熱で冷やしてるらしい。微妙に理系入ると、私わかんなくなる。ただの魔法でいいじゃん。
ということで、茄子っぽいトマト他多数購入。へへ、お前らの皮をはぎ、切り刻み、噛みつぶしてくれようぞ。
ほうほう、次は魚だな。おまえらも同様だ。その身を吾が血肉にしてくれようぞ。
『あんた、異世界人だね?』
そんな悪魔の所業を思いつく私に、お魚を買おうとしたら主人に話しかけられた。いや、ごめん、申し訳ない。
そんな変な顔してた? 異世界人ってすぐわかる顔。
「……」
『いや、別に他意はないさ。地方ならともかくここでは珍しくないからね。変な笑いしてたようだけど』
いやー、笑ってるの見られた―。
もう私、そんなにおのぼりさんに見えたのだろうか。恥ずかしい恥かしい恥かしい。
『翻訳されてるし、元の発音も似てるけど、ずれが生じるんだよ、安心しな、ニタニタ笑いは見なかったことにしてやるぜ』
やだー、おじさんったらー。しっかり見てるじゃねえか!
そうか、そうだよね、翻訳されても口の動きまでカバーできないのか。このおじさんの様子だと別にばれても問題ないよね?
『そういや、酒が飲めなくて残念だろ?』
おじさんはにやにや笑いながら言った。
「ええ、戒律って言われてもなんかもう」
そうなんです、大変なんです。ほんと、困るよね。ああ、アルコール摂取したい。いや、実は……だけど。
主人は世間話のついでのように商品を安くしてくれた。浮いたお金は貯金しよう、貯金。いつ切られるかわからないんだ。備えあれば憂いなし!
と、思ったところで、世の中悲劇は起きる。
気が付けば周りをたくさんの人で囲まれていた。帰り道、ちょっと調子にのって狭い路地にはいったのがおしまいだ。
異世界人って多いけどやっぱり色々問題あるんですね。私、結城原、派遣社員二十五歳。おうちに帰る途中で誘拐されました。
「いててててててて」
ひどい、私の腰のライフはゼロよ!
私だって多少は抵抗をしましたとも。したといっても、走って逃げるだけなんですが。
そんなとき、私の腰は言う事を聞いてくれない。
身体を捻った瞬間、ごきっとなんと素敵な音が鳴りましたよ、奥さん。つまり、こういうことですよ!
路地で私は逃げようとした! 相手が私をどこかに連れていこうとしたから! でも、腰がぎっくりしちゃって!
そういうわけで、私、今現在誘拐犯Aさんに腰に湿布をはって貰ってます。そこから始まるロマンス、なんてことはねー、いてー、ただひたすら痛いよー。余りにつらそうにしたものだから、Bさん、Cさんも「これ、飲むか?」とかジュースくれました。あら優しい。
でも、ストックホルム症候群にはならないんだからね! あっ、ケーキも追加、ありがとうございます。さて、話を戻させば。
「なぜ私を誘拐したんですか?」
「保護の間違いだろ?」
「あっ、すみません。ケーキはクリームのほうで」
ぺこぺこケーキのお礼をBさんに言いながらうつ伏せの姿勢で言う。部屋はどこぞのリビングのような場所だ。
私は尾てい骨の上に湿布をはったまま、きりっとした。保護とか私もあそこで囲まれなきゃ、こういうことにはならなかったですよ!
「私が異世界人だからですか?」
『違う』
即否定された、本当に否定された! ならなんだっていうんだ!
なんか私が中二病みたいじゃないですか、恥ずかしいよう。いや、半尻で湿布のほうが恥ずかしい? それ仕方ないの!
「半分くらい当たりでいいんじゃない?」
そう言ったのはジュースくれたBさんだ。
「僕は佐々木といいます、それでわかるかな?」
うわー、日本人、日本人なの? しかもまだ若い、二十歳くらいかな。よろしくー。
「君と同じ日本から来た人間だけど、別に乱暴なことをするつもりはなかったんだ」
『いや、こいつが勝手に倒れただけだろ?』
ふっ、Aさん。君はちと黙ってもらいましょうか。
「神殿に保護されているとどうしても、視野が狭まってしまう。だから、その前に一つ話をしたかっただけなんだよ」
なにそれ? 宗教の勧誘ならお断りですよ!
「この世界では女神他複数の神様がいるのは聞いたよね」
マニュアルにもパルマさんにも聞きました。やはり宗教か、やだ、私それと政治と野球の話はしないようにしてるのに。
「異世界人はかの迷惑な女神を信仰しないといけない、また現地人も宗旨変えは基本タブーとされてる」
『ああ、俺たちはその圧迫した社会にいるわけだ』
ほう、そうなのか大変だなあ。なんていうの、女神さまに反感持ってる人たちの集団?
『いや、おまえもだろ』
呆れた口調でAさんが言った。この人突っ込み属性かな。
ふふふ、残念だったな。私に一カ月も禁酒生活ができると思っているのか。いや、できない。だからこそ、これがある。
私は、ちっちっとひとさし指を振った。うん、今、Aさんの背後に「イラッ」って表記された気がする。
「……なにかあるみたいだね」
「……」
やだ、なんか困る。ちょっと調子に乗りました。
うんとね、今のなかったことに。
と思ったら。
「それを教えてくれたら、僕も君にちょっと面白いもの見せてあげられるんだけど」
……どうしよう。大丈夫かな。いいかな。
「では、ちょっとだけ」
私は、魔法陣を描き、そこにあるものを想像する。それは……。
「この料理酒、賞味期限切れてる」
うん。
私は、魔法でお酒を召喚してみたのです。