2 能力鑑定されました
幸か不幸か、私に用意された部屋は、住んでいたアパートの部屋より広かった。わかりやすい基準でいうと2DKくらいだ。おっさんが『うさぎ小屋ですまない』と頭を深々下げてたなあ。私の元のアパートは、それなら鼠穴なんだろうか、ちゅーちゅー鳴いちゃうぞ。キッチンもついていて、その構造にびっくりした。コンロの代わりに魔法陣があった。
ええっと、マニュアル、マニュアルと。
指先を陣の端っこにのせてつけるらしい。なにこれ「あいえいちあい」ってやつ? これ使うだけで料理上手くなりそう。ええ、自炊やめてコンビニ弁当生活四年目ですけど。
魔法ってなんだって思ったけど、これ電化製品じゃね?
なるほどー、こういうところに先人、召喚されてきた人の技術が生きているわけですねー。今はもうそういう知識吸い取り過ぎて、私いらない子って言われてるけど。そうね、私ができる現代チートなんて、折り紙でエリマキトカゲを折るくらいだわ、いらないわー。
えっ? なんか、軽くないって? そんなことないですよ。一晩、ずっと落ち込んでましたよ。だって、撮りためてたドラマもアニメも結局一話も見てないんですから。あとこっちくるとき、携帯くらい持ってればよかった。そしたら、ゲームで遊べたかな? あっ、無理か。電波つながらないか。
それでも、枕はぐっしょり濡れましたよ、鼻水で。
適応能力が高いと言われる私ですが、それには理由があります。私だってなにも考えない能天気な奴じゃないんですからね。お酒さえあれば幸せってわけでもないんですからね。
こう見えて苦労してるんですよ。
最初の会社は建築関係の事務でした、ええ、毎日いかついおっさんに囲まれましたとも。なんでこんなところで派遣やってんだってさ。仕方ないじゃないですか、お仕事これしかなかったんだもん。それでも、半年ほどでそんな会社にもいかついおっさんにも慣れたとき、潰れました。建築関係って自転車なんですね、自転車操業。こぎ続けないと倒れるってやつ。お給料一カ月不払いでした。
二つ目の会社は横領がありました。私、指紋とられましたよ、容疑者の一人として。ひどくない? 派遣は金庫のある部屋にも入れてもらえなかったのにさ、なんで私が怪しいってなるの。んでもって、犯人は社長の信頼が厚い部長で疑われ損の私を置いておくのが気まずかったのか切られました。なんというとばっちりだ。
三つ目は、ええ、男女のそれとだけ。ああいうのってさ、第三者から見たら面白いと思うでしょ。でもね、ほんと、可哀そうになってくるよ。一方が世間知らずならさあ。新入社員の女の子、ちょっとカッコいい上司には気を付けようね!
そんなこんなで私は転々としてきました。私に非がないのに、そういう生まれなのかしら。でも、記念すべき十社目は、なんと平穏に二年も働いていたわけですよ。最初の一年はずっとびくびくしてたなあ、いつ首になるのかってさ。だから、仕事が続けられることが幸せだと思って、私は何も考えることなく仕事できました。ええ、ただ、タイムカード押させてくれないって変だよね? 派遣なのに。
……ブラックだったんです。
そのときかな、腰壊したの。あと晩酌が欠かせなくなったのも。ふう、贅沢言わない、発泡酒でいいから飲ませて。もう二日飲んでないよ!
というわけで、異世界生活二日目、まずはマニュアルを読み込むことにしましたよ。派遣の鏡たる私は、配属される会社の資料、仕事内容は入る前に暗記させられたんですよ。そうしないと即戦力になりませんから。ちゃんとこなしてた私、偉すぎ。だけどみんな、派遣で止めるの何? 有給ないし、ボーナスもらえないのつらいんですけど。
ああ、もういいや、話を戻そう。この世界の説明説明、うわーマニュアルなのに装丁こってるよー。革張りとかカッコいいわー。税金、いやお布施の無駄遣いじゃね? なら、生活費上げろよ。
ええっと、この世界はいわゆる六つの属性を持つ、ああ、ここらへんパス。大体想像がつく魔法世界っぽい。なんか違うとこだけ読んどこうと、ぺらぺらめくる。
おっ、あったあった。ちょっと違うのは異端魔法ってのがあるみたい。これは異世界人つまり私たちが使えるのね、あらやだ、私も魔法使い? 三十才こえてないけど、いけるかしら?
そういやおっさん、明日身体検査するって言ってたな。そうだよね、変な病気とか持ってたら困るもんね、持ってないけど! 持ってないからね! 本当に持ってないんだよ!
そのとき、どんな魔法があるか調べるっぽい。このマニュアルの日本語わかりやすいわー。ちゃんと英語、中国語も書いてあるけど、一番文字が大きいの日本語だ。
日本人多いんだろうな、技術者狙って転移させてんなら本当にこの世界の神様たち悪いわー。というわけで、検査終わるまで待機なのですよ。マニュアルにはその迷惑な神様について書いてあるわ。読んどこ。才能と人選の女神か、へえ、人選間違ってるよ。あと、酒嫌いだってさ。
ほ・ろ・び・ろ!
実は私にも秘められた未知数の力があるかも、そう信じていた時代が私にもありました。いいよね、そんな夢みたって。夢だからさあ。
いろんな検査が終わり、最後に来たのが妙な水晶の前でした。手をかざすと黄色になりました。なんか、黄色って微妙よね? カレーっぽい。そして、その能力も微妙でした。
秘められた結城原の能力はいかに!?
次回へ続くを入れることもなく結果は出ました。
ええっとね、手をかざしたら魔方陣が出てきたんですよ。黄色って召喚系ですって。やだ、かっこいいでしょ、でもね、出てきたのが。
賞味期限が切れた栄養補助食品。これ昨日、倉庫で在庫整理してたやつですけど。
えっ、一昨日じゃないかって? いや、時計見るとぎりぎり昨日なの。時差あるのね、ここ。
やだ、検査に立ち会ったおねえさん笑ってる。他の皆も笑ってるよ。なにこれ、プレミアムガチャででた普通のレアを見つめるようなそんな生ぬるさ。とりあえず、コンプリートするためだけにだしとくかって、出されたカードの気持ちがよくわかった。ごめんね、Sレアの餌にしてごめんね。
話は戻って、私の能力は倉庫から廃品を召喚できるってやつだった。ファースト異世界人のおっさんも立ち会ってくれたけど、その目の生暖かさ半端なかった。
いっそ罵れよ!
『いっそ無能力であれば』
おっさん、聞こえてるよ。この世界、能力がない人間のほうが重宝されることもあるらしい。絶縁体扱いだって、なにそれシリコン?
少しでも魔力があると、特殊な道具は使えないという。ごめんね、半端で。
そういうわけで私は、特にどこの管轄に引き抜かれることもなく、ごく普通のお仕事に就くことになりましたとさ。
半年間はちゃんと保護してくれるって。それまでに、私は生活の基盤を作れって言われたよ。
うん、大丈夫。
私、元気。
お酒呑みたい。