11 なにもかもが終わりました 前編
もうやだーー!!
私は走る。本当に、本気で走る。翌日、ぜったい腰痛くなるけど走る!
後ろから衛兵さんたちが追いかけてくる。なんなの、あれ? 時代錯誤の鎧なんて着ちゃってさあ。素早さ殺しちゃってるよ。
ああ、素早さもやっぱ上げてもらえたらよかったかな。でも、そうなると幸運付与が重ねがけできなくなるって言うから諦めた。もしかして、鎧のせいでぎりぎり追いつかれないのそのせいかもしれない。
うん、幸運。っていうか悪運。
音がする方向へと行こうとしていたけど、もうこうなると振り切ることが先決になる。
結果、ようやくまいたのは妙な地下室への階段付近だった。
まさかねえー。
私はそう思いつつ、ゲーム世界のセオリー通り、階段を降りる。
すると……。
「ん? どうした」
そこには、見覚えのある顔があった。うん、前パルマさんとご飯食べたとき、隣に座ってきたリア充くんだ。
リア充くんは、椅子に座ってパソコンみたいなので作業している。
「こ、こんにちは」
ご説明しよう、結城原はリア充の前では少し小心者になるぞ! しかも、自分に自信がありそうな意識高い系の前では特にだ!
「あっ、倉庫番の」
ねえ、その倉庫番のってあとに「ぷぷっ」って笑いつけなかった? 気のせい? ってか君もそうでしょうに。
「僕は先週からこちらに配属されたんだ。ほら」
きらりと、手首に銀色の腕輪が光っている。つなぎ目もなくぴったりしたそれは、どうやってはめるのだろうという構造をしていた。
「知ってたか? ちゃんと一人前になった異世界人はこうしてしっかりした身分証明がもらえるんだ」
つまりその腕輪がIDカードみたいなものか。
「君も倉庫番を卒業したら貰えるかもしれないよ」
上から目線の物言いだ。
「ほら、荷物運びかなにか知らないけど早く行った行った。ここは部外者立ち入り禁止だから」
そう言って、リア充くんはわざとらしくキーボードを叩いた。うん、なんとなく思ってたけど、この人実はリア充じゃないんじゃないかな。
いるよね、自分を上げて見せようとする人。
そう思うと急に気が軽くなる。
そして、ふと思ったことが口にでた。
「そういえば、この世界って電化製品多いんですけど、電気とかってありますっけ?」
外に電柱はない。
「ああ、魔力だろ。だって魔法陣使ってるし」
「なるほど」
でも、コンロとかならわかるけど、大きな街頭テレビとか魔力消費半端なさそうだ。しかもつけている間ずっと魔力を補充しないといけないだろうに。
そういえば、魔王さま陣営以外で異世界人ってあんまり見かけない気がする。月間五十人の召喚で他の十倍生きるとしたら、何十万人いるかわからないでしょ。もっと出会ってもいいはずだ。
「……」
「どうした? 神殿の外に出るなら、階段あがって左だぞ」
ちょっと親切に教えてくれるけど、私の頭はいっぱいだ。
そうだ、私はなんのためにここに来たのか。
それを忘れてはいけない。
「すみません。ここの見取り図見せてください。方向音痴なもので」
「しかたないな」
いやいやながらちゃんとパソコンの画面に映し出してくれる。ここが現在地だと教えてくれる。
「そういえば、さっき大きな音がした気がしたんですけど」
「えっ? 本当か? どれどれ」
と言って、なにやら検索し始める。手慣れている様子から、昔からこんな職業についていたのかもしれない。
「あっ、ここかな? 警報が反応してる」
といって、画面を大きくしてくれた。
私はそこからとある場所へと向かう最短ルートを導き出す。
「おい、大丈夫か?」
心配して話しかけてくるが、私はそれを無視して走った。
たぶん、それが彼のためと思った。だって、彼はああやって神殿に認められた。認められ、搾取される側に回った。
あの銀の腕輪、佐々木くんも魔王側の人たちは誰一人つけていなかった。
そして、私はこの世界に来て、彼ら以外の長寿の異世界人に出会っていない。
一見無駄と言える大量の異世界人召喚。そこにある目的がわかった。
一心不乱に目的地へと向かった。
息を切らしてやってきた場所。神殿における最深部の手前。赤い絨毯とやたら高い天井には美しいステンドグラスが輝いている。
その中でおかしなくらい不釣り合いなのは、妙な格好をした衛兵さんたちと壊れた椅子やテーブル、そして……。
ぼろぼろになったバッハみたいなおじさんと無数のコネクターをつけたパルマさんがいた。
彼女の姿はファンタジー世界にあるまじき、サイバーパンクな様相をしていた。
『やれ。頭は狙うな!』
おっさんが命令すると、衛兵たちは手を掲げる。皆、それぞれ攻撃魔法が使えるらしい。炎や氷、風や土くれが飛ぶが、パルマさんはひらりとかわす。
白い修道服を着た彼女が飛ぶと、そこからつなげられたコネクターも舞う。
まるでライトノベルの挿絵のような光景が広がっている。
どうしてこうなったのかわからない。
でも、パルマさんとおっさんは明らかに敵対していた。そして、パルマさんの姿を見る限り尋常ではない様子がわかる。
なんていうんだろう、これ。
彼女の姿はまるでモルモットのようであった。
その目は血走り、瞳孔は開いている。
正気に思えない。
それを止めようとする神殿関係者を見る。私はそれを助けるつもりはなかった。きっと自業自得の結果だから。
でも……それを言うならパルマさんも同じかもしれない。
足がすくむ。胃が痛い。腰痛い。お酒呑んでそのままぐだーって布団に転がり込みたい。
でも……。
前に進んだ。
私は言うべきことを言わなくてはならない。
血走った目が私をぎょろりと睨む。その口から唾液が糸を引いてこぼれている。
なんでこの人がこんな目にあっているんだろう。
「パルマさん」
獣が唸るような声。違う。これじゃない。
「春間さん」
千年前に彼女が捨てることになった名前。まだ、大田原くんがこちらに来たばかりの頃はこの名前を名乗っていたという。
でも違う。
彼女の目に私は映らない。
「……」
私は一瞬黙った。
これを言うべきか言わないべきか迷っていた。
私の名前は結城原、これは父方の姓だ。幼いころに離婚してずっと父さんに育てられてきた。
そんな父さんは事故でぽっくり死んでしまった。
私はほとんど覚えていない母の元に引き取られた。
結城原の姓のまま。
母を母と呼べず、ずっと他人行儀に名字で呼んでいた。
そして、しばらくしないうちに、母は失踪した。ずっと捨てられたと思っていた。親戚に頼んで新聞広告を出してもらったのは、そんな私の精いっぱいの甘えだったのかもしれない。
可愛くない子どもでも、もしかしたら見捨てずに戻ってきてくれるかもしれない。
そんな浅はかな考えだった。
私はもう一度口を開く。
どうしても言えなかった言葉を紡ぐ。
「母さん……久しぶり」
そして、床に手をついた。赤い絨毯の上に魔法陣が展開される。
『おい! 何をしている!』
おっさんが私に近づいて止めようとするが、それは阻まれた。
母さんがひとなぎした。母さんの魔法は私と同じ、でもその魔力量は全然違う。
神と呼ばれるだけの魔力、それが彼女の身体に内包されている。千年の時をこえて、その老いはほとんどない。
でも、彼女にもできないことがある。私だけができることがある。
その代償に何を持って行かれるのかわからない。でも、ここではっきりさせなくては、と私はそれを召喚する。




