10 神殿と女神の秘密を知りました
この世界ってさ、女神さま女神さまうるさいけど、その女神に名前ってないんだよね。
あと他に神さまいるみたいなんだけど、どうしても印象が薄い。くっ、もっと他の神さまの存在感があれば、禁酒もゆるやかだったろうに。ぷはー、お酒おいしい。
だから……。
「女神と対抗できる存在は魔王さまだけって話」
佐々木くんの説明を聞いて私はどんどん確信していく。たぶん、魔王さまこと大田原くんも気づいているんだろう。
女神さまの正体について。
そして、この世界における神の定義について。
もしここで私が勝手なことをしたら、大田原くんが何百年かけてきてやってきたことが水の泡になるかもしれない。
もしくは、もっと厄介なことになるかもしれない。
それでも彼が私に対してチャンスをくれたのはありがたかった。
ただ、そこに私の命の保証というものはない。
あー、やりたくない、腰痛い、お酒呑みたい、胃が痛い。
でも、やらなくちゃ。
その気持ちだけで私は今、ここに立っている。
私がいる場所は神殿の中。そうだ、あの最初に召喚された場所。
なぜ、そこにいるかといえば、なんと魔王陣営の中にテレポート能力を持つ人がいたからである。うわあ、すっごい便利。他にもいろいろ便利な能力を持っている人たちがいて、いくつか私に魔法をかけてくれた。あれです、付与魔法でやつです。
これ、使えたら魔王さま圧勝なんじゃね? とか思うけど、そういうのって使う条件が限られるよね。
一つ、相手だけを送る場合、その人が一度でも行ったことがある場所でなければならない。
はい、そこクリアー。
私が最初に来たのはここだから。たぶん、ここより奥には足を踏み入れてないはず。
一つ、距離と場所の性質によってその消費する魔力は比例する。
うん、だから神殿の近くまで移動した。神殿といえば、魔王さまにとっては敵対勢力の本拠地なんだろうけど、私に対するヘイトはまだ薄いようだ。異世界人の中に、ステータス能力を見る人もいた。ほんと、大田原くん、マジ人徳あり。
うん、ところでなんで私のステ見て笑ったの? ねえ、なんで笑ったの。
まあ、それが最後の一つでわかるんだけど。
一つ、レベルが低いほど、相手を送り込みやすい。
……。
ああ、やっぱステ表記なんてあればレベルあるのね。
うん、わかってる。私の経験値、たった15しかたまってなかったって。
モンスター倒したことないから、どこで手に入れたかと思ったら、倉庫で出くわしたゴキブリ倒した経験値らしい。
しかも、それでレベル2なんだって……。
「ご・き・ぶ・りwww」
うん、佐々木くん、ゆるさない。そんな頭にくる台詞はいて、腹を抱えていた奴を許さない。彼女を見せろ、そして、足にすがりついてやる。彼女をドン引きさせてやるぜ。
大田原くんは皆の前であった手前、ポーカーフェイスを気取っていたけど、そうね、鼻の穴ぴくぴくしてたよ。笑おうとすると動かす癖、変わんないんだね。
何回か短距離の転移を試してもらった。すっごくさわやかな顔で、「低燃費!」と肩を叩かれた。
ええ、どうせ低レベですよ!!
ただ、基本レベルは低いけど魔法だけはレベル高いみたい。そりゃあねえ、毎日お酒呼び出してましたから。ちりも積もればということで、もう少しでカンストするレベルだって。
「どんだけ無駄に使ってたんだよw」
また、佐々木くんに笑われた。
おい、覚えていろよ。今度酒でべろんべろんにしたあと携帯で写真とって送ってやるからな!
とまあ脳内復讐してましたとも。
さて話を戻すね。
魔法陣の上に立っていたら誰か気づかれるかもと思ったけどそうでもなかった。私はてくてくと歩いていく。ああ、こういうとき段ボール欲しいな。段ボール被って、そして影に隠れるの。
石造りの神殿だからばればれだけど。だけど誰もいなかった。
私がかけてもらった魔法の一つに『幸運付与』というものがある。つまり、幸運になれるというなんとも曖昧なものだ。
でも、私はレベル2の雑魚なので下手に力とか素早さ上げたところでまったく変わり映えしない。それなら、幸運という未知数のものにかけたほうがいいという採決の結果だ。
なんだろう、みんな、私のことを考えてくれたのね。
へへ、むなしいぜ。
そして、幸運付与は意外なところでその効力を発揮する。
『あっ!』
「あっ」
出くわしました。召喚の間を出ようとしたら出くわしました。
なんか私と変わらないくらいの年齢の気弱そうな人です。神殿のおっさんが着ている服の質素バージョン着てます。
「はうあーゆー?」
また、ジャパニーズイングリッシュ使っちまった。
『!?』
神官Aはこんらんしている。きみょうなおどりをおどった。
結城原はおどろいている。あしがすくんでうごけない。
なんかこの人とは美味い酒が飲めそうな気がする。なんていうの、小物臭? 私とそんなにレベルかわんなくね?
落ち着きを取り戻したのが早かったのは私だと思う。でも、口を開いたのは神官Aさんのほうが先だった。
『あの……異世界人さんですか?』
「イエス」
うん、なんていう会話が成立しているのかわからない。でも、こんなぽんこつ神官と出会えたのはやはり幸運付与のおかげだ。
『うわああ!! やった!! やったよ!! ちゃんと召喚機能は残ってる! うん、私が赴任したせいじゃなかったんだ』
召喚機能は残ってる?
どういうことだろう?
『すみません! なんかいろいろ大変だと思いますけど、こっち来てください』
と言って手を引っ張る神官Aさん。なんかおかっぱっぽい頭のせいで妙にぼんぼんに見える。でも、中身はかなりどじっこで、ローブでこけそうになっていた。
『へへ、マニュアル通りにやれるかな。うん、いけるいける』
すごいな、なんて思考が流れっぱなしなんだろう。嘘つけないでしょ、この人。
連れてこられた場所は、私がおっさんに話を聞かせてもらった場所だった。おっさんも忙しいのだろう、月産50人の異世界人の相手をする余裕はないのかもしれない。そうだね、毎日神殿にいたら休みがなくなっちゃうもの。おっさん、休日なんかなあ。
神官Aくんは、おっさんがしていた説明をしどろもどろに始めた。坊さんもそうだけど聖職者って声質とか大切だと思う。それが堂々としてないとなんか威厳ないよね。
『ということです』
とりあえず一通り説明が終わった神官Aくんは少し誇らしげだった。
ごめんね、ほとんど聞いてなかった。
『なにかご質問はありますか?』
神官くんの言葉に私は甘える。
「あの、さっきのことなんですけど、もしかして転移者って今、止まっているんですか?」
『!?』
わかりやすい。わかりやすすぎるぞ。
もっと腹になにか持った様子がないといけないぞ。
そう、最初に私が接した第一異世界人こと神殿のおっさんのように。
私は最初、女神がなにもかも悪いと思っていた。あのおっさんの呆れた様子に、ほんとに騙されていた。あの反社会組織の人たちもそうだ。女神の我儘によって引き起こされた異世界転移。その程度だと皆考えていた。
そうだね、神さまなら仕方ないと思うよね。
確かに反感は持つけど、それに対抗しようとまで思わない。それが行動を起こさない名ばかりの反社会組織の実態だ。
でも、私は佐々木くんが教えてくれたことで、いくつかヒントを得ることができた。
魔王の陣営に入り、さらに情報を得た。
そこでわかったことは。
魔王が異世界人であると同様に、女神もまた異世界人ではないかと。
そして、この世界の神というものは、人として逸脱した寿命を持つ、魔力の高い異世界人のことではないかということだ。
そして、そこで思いついた女神という存在と異世界召喚の意義というものは……。
そんなとき、どんっ! と大きな音が響いた。
『わわああああ、地震!』
神官Aくんがびっくりしてテーブルの下に潜り込む。
これも幸運付与のせいかどうかわからない、でも、私は、その隙に部屋を飛び出した。




