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1 異世界に派遣されました

 どうしてこうなったんだろう、私こと結城原は現在悩んでいたりする。周りを見ると、石造りの壁で、私はその冷たい床に転がっていた。周りには奇妙な光粒子が拡散していくのが見える。

 はて? 私の記憶によれば今日は八時 十七時のシフトで、薄暗い倉庫の棚卸をしていたはずですよ。そして、私の左手首の時計さんは、ほんの少しの安らぎ時間、正午の手前を示しているのですよ。

でも、ここは……。 


 ギリシャの神殿っていいよね。うん、一度行ってみたいよ、海外旅行。ええ、無理ですとも。私の身分はただの派遣社員、いつか正社員をと上の言葉を信じて早五年、夢を信じてた時代もありました、腰痛い。


 って何が言いたいかといえば、ええ、ここ、なんか神殿ぽいんですけど? 石造りっていったらそういうイメージになるのって、もしかして想像力が貧困? でも柱とかさ、ほら、あの円柱の奴だし、目の前のおっさんとかゆったりした白いローブ着てるし。

うわ、なんか髭のおっさんがこっち見てる。こっち見てるよ、なに、入場料払ってないから、いや払いますよ、ええっとユーロないんで、円でいいですか? うーん、財布の中身はちょっと寂しいですね。鼠の国に入れないわ、これじゃあ。


 そんな私を見ながらおっさんは頭を抱えていた。


『なんと今回は〇△だと!?』


 おっさんがなんか言ってますよ。日本語じゃないのはわかる。だけど、何故か意味がわかる。なんていうの、頭の中で響いて来るってやつ? やだ、私、えすぱー?


 ただ『〇△』ってのはよくわからない。でも、おっさんはあからさまにがっかりしたようだ。やめてよ、期待のニューホープが来たと思ったら腰痛い私が来たみたいな反応、傷つくんですけど。あー、お酒呑みたい。お酒呑んで忘れたい。


 でも、ここには私とおっさん二人。


「はうわーゆー?」


 とりあえず第一村人ならぬ第一おっさんに話しかけてみた。少なくとも日本人には見えない。巻き毛の金髪のバッハみたいなおっさんに。


『普通の言語でいいぞ、翻訳は正常なはずだ』


 私の渾身のジャパニーズイングリッシュ、破れる。うん、そうだね。通じてたよね、なんかテレパシーかなんかでわかったよね。


 恥かしさで穴を掘って入りたいとこだけど、世界遺産に穴開けちゃだめよね。壊したら罰金どころか牢獄行かしらん。


『混乱しているようだが、ついてきてくれないか。詳細を説明する』

 おっさんはそう言うと、出口らしき扉を指した。






 おっさんと私、そういうわけで場所を変えて話すことになった。立ち話もなんだというのはありがたい。なんということだ、気遣いといえばじゃぱにーずだと思ってたけど、このおっさん、うちのハゲ課長よりやりおるぞ。


 おっさんと私は話した。おっさんはかっこいいけど座り心地最悪の椅子と癖のあるお茶をだしてくれた。多分、三時間くらい話をした。どんな話かといえば、うん、要約すればこれでおさまる。


『ここ異世界なんよ』


 いや、そこまで砕けて言ってなかったけど、要約したらね。そうそう。


 うん、そうそうじゃねえんだよ!!


『うちの神さまがごめんねー、そういうことだから』


 とのこと、じゃねえよ!!


 はい、私、落ち着こうか。やだやだ、口悪くなっちゃったら、正社員にそのまま話しかけたら簡単に派遣切りされちゃう。肩身が狭いのよ、本当に。なんていうの、パートのおばちゃんのほうがまだ市民権得てる感じ?


 さて、ここで問題。みなさん、異世界召喚についてどう思いますか? 

やだカッコいい、私、実はすごくない? うん、私も一瞬そう思いましたよ。でもね、思うほど世の中甘くない。


 私、第一異世界人との交流でがっかりされましたでしょう。その上、なんか慣れた雰囲気だったでしょう。それから、予想がつくものですが、この世界の異世界人、なんかあんまりレアじゃないみたいですよ。


 実はこの世界の神さまは実にまめに異世界人をおくってくれるみたいで、私も今月十三人目の転移者だって。というわけで、現代チートとかお呼びでないよ、とおっさんは窓の外を見せてくれる。


 そこには魔法と科学が融合しつつ、私たちの世界と同じ、いやそれ以上に豊かそうな光景が見えた。いや、街並はヨーロッパっぽいお洒落な石畳の光景なんですけど、要所要所で文明の利器が見え隠れしてる。


『専門職ならまだよかったんですが』


 うん、ごめんね。私、派遣だから。いや、正社員でもたいして変わんないだろうけど。


 おっさんがすまなそうに私に渡すのは当面の生活費だった。ううん、お札が十枚あるかないか、ええっと一枚一万円くらいの価値はあるよね。


『しばらくは、こちらで下宿先を用意する。そのための施設があるから安心してくれ』


 いや、安心できないです。私は呆然となったまま、紅茶を飲んだ。こぽこぽと口の端からこぼれちゃう。ごめんね、きちゃないね。


 神さまがしたことは、神殿は不可抗力だ。わかってるよ。私は、二か月分ほどの生活費とマニュアル本を渡された。最初の半年は、家は補償されるってさ。でも、過ぎたら追い出されるって。そうだよね、月産五十人の異世界転移をしてくれる神さま。ええ、神さま、なにしやがんだ!!


『相談は神殿の他に、教会でもやってるから。仕事の斡旋も最初は簡単なのあるから、そこで短期でやってみるといいよ』


 派遣どころかアルバイトになってしまう。


 ああ、腰痛い。お酒呑みたい。


『ちなみに酒は宗教上駄目だから、そういう神さまだから』


 と、おっさんは説明を終えた。案内人呼んでくるからと、廊下に出された。いや、椅子に座って待ってちゃだめなんですか?


 おっさんがいなくなり、一人になった私はなんだか急に不安になった。思わず地団太を踏み、誰もいない廊下にその音が悲しく反響する。


 なんでだよ!!


 私の叫びは虚しく、冷たい神殿の廊下に響き渡った。


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