覚醒
羽海は暫く学校に来なかった。例の事件もあり自宅安静ということで待機していたのである。あの後麻衣も事件を知ったが「私が先に行ってなければ止められたかも……」と後悔していた。クラスのヒロイン的存在だったのでクラスもどんよりとしている、バイクに乗る女子高校生とはあまりいない。しかもイナズマ400と大きいバイクに乗り、軽く扱っていたからである。
――名柄川家宅
羽海は部屋の隅っこで三角座りをして俯いていた。「あたしが悪いのかな――」と呟いて涙を流していた。
母はドアを叩いてドアの下から手紙を滑り込ませる
「羽海――今日も手紙、三守くんからよ」
三守が気を使って何通か学校の報告と手紙を出していた。鷹見も幾度か家を訪ねて羽海の部屋を訪れていたが「鷹見? ――ごめん、部屋に入らないで」羽海に拒絶されて部屋に入れなかった。以前の元気な羽海はいない、今は暗く、廃人になっていた。
――冬休み
羽海も幾つか気を取り戻して、部屋から出て、居間でご飯を食べたりテレビを見るようになった。
「羽海、冬休み終わったら学校に行かない?」母が言うと「学校――嫌だ!」と怯えてしまっていた。
「心許ない言葉を――ごめん! ごめんね! 羽海――」と母親が謝る、まだまだ回復するには遠いようだ。
――冬休み中間
羽海はアニメを見たり、幾つか勉強の書き取りをしたりと学校復帰の為に少し克服を目指していた。もう来年に変わる前々日くらいである。羽海は学校での出来事を思い出すと「あたし……やっぱり駄目かも――」と学校が怖くて涙を流す。
――フォーン! ここで聞き覚えのあるバイクの排気音が鳴った。羽海その音に聞き覚えがある。そのは恐る恐る窓を見ると、手を振ってる人物が居た。「羽海ちゃーん!」と麻衣が手を振っていたのだ。
「麻衣ちゃん……!?」カーテンを全開にする。
――待ってる! ずっと待ってるから! 学校に戻る時も……! バイクにまた乗る時も……! ずっと待ってる!ツーリング行ったり、学校の行事一緒に楽しんだり、お話とかも……待ってるから!
――違う羽海ちゃんでも、私にとって全部、羽海ちゃんだから! ずっと羽海ちゃんだからねー!
だから頑張って! 戻るまで私は待ってる!
羽海は麻衣の言葉に涙を流した。
そう――あたしが、あたしじゃなくても待っている。麻衣ちゃんは待っているんだ。
「もう今までのあたし、自分を捨てる――!」
何かが切れた様に羽海は変わった。
部屋を出て階段を降り、居間の扉を開ける。そして母に
「髪…整えてくれる? 切られちゃってそのままだったから……自分」そうお願いした。
母は涙を流して「うん……整えなくっちゃね」と答えた、母も自分が変わったことを察したのだろう。
――元旦
自分は成田山に居た。久々に外に出たが、空気は変わらんな。人だらけだし、外国人もいっぱいだ。とっととくじを引いて帰りたいものだ。さてと――
自分は大本堂に入り、五円玉を投げ祈った
(まぁ五体満足で――何か就職先も適当に)
投げて祈り終わった所で「羽海ー!」と母の声が聞こえる。混んでる中大きな声だすなって恥ずかしい。母はりんご飴一つ持ってきて自分に渡してきた。
「羽海は何をお祈りしたの」
「んー適当に」
「ふふふ、そう、健康五体満足とかかしら」
まぁ大体合ってる、だけど適当に祈ったのは間違い無し。
屋台が何個か並んでる。こういう屋台で一番に売れる物って何なんだろうか。焼きそば? たこ焼き? 意外性でバナナチョコか? 自分はどれも好きではないが、一つ好きな物を上げるなら今持っているこのリンゴ飴だ。舐めた後に噛じれるというのが良い、二つの食感が味わえる。近年のリンゴ飴の売れ具合はどうだろうか。まぁこういう時にしか売れないから特別な品だろうな。
リンゴ飴を舐めてる途中、母は質問する。
「羽海はもう髪の毛伸ばさないの?」
突然母に言われた。
「いいや、以前の長い髪はもう嫌になった。邪魔だしねー」
と答えたが――イメージから変えるべきと考えた自分はこの切られた髪をそのままにした。
大事な友達は居なくなるわ、バイクは燃やされるわ。で散々だし、自分が弱いと思われるのも嫌だからボーイッシュに髪を大胆に切った。自分はこれはこれで悪く無いと思ったから、生涯の髪型はこれかな、と新しい自分が見つかった気がしたのだ。むしろ、これだけじゃ自分が保てなくなるとも思って口調もバッサリ変えた。何だこう――それっぽく喋ってるだけだが慣れてしまった、少し声も低くなったか? これも変化だろうか。でもこの変化こそ「変わった」と実感出来る唯一の自分の救いだった。
「まぁ、お母さんは何も言わないから、生きてるだけで良いから」
髪の毛は女の命だからな、それを言いたかったんだろうけど母は傷つくと思って言わなかったんだろうな。
「そいじゃ、自由に生きるわ」
と答える。ちょっと前の自分だったら死にたいだの何だの言ってたかもな。
新学期は新生「名柄川羽海」が、学校に来ますよっと。