入学式
名柄川羽海高校一年生、この頃はスマートフォンというのも無く、全員が折りたたみ式携帯――後に「ガラパコスケータイ」と呼ばれるものが主流で、東北の大地震が起きる前の話である。
――四月入学式
この頃の名柄川羽海の服装はキッチリ、髪もサラサラのロングヘアーで整っていた。しかし当の本人は
「高校面倒臭いなぁ……行きたくない……」とボヤいていた。
その言葉に母は
「まぁまぁ仕方ないじゃないの、時代の流れでここまで行かないと会社も取ってくれないしね」
と少し厳しい言葉を放つ。
「あたしだって、行きたくてここに試験を受けに来たわけじゃない」
羽海は消極的。
「教室行ってくる、保護者は体育館だって、分かる?」
「はいはい、行ってくるね」
母は、体育館に向かった。
羽海は、新品の上履きを履き「新入生」と書かれた花が付いたピンを貰い、教室に向かった。羽海の教室は1年A組で階段手前である。
羽海が扉を開けると何人か集まっていた。教室の学生の並び順は平仮名順らしく『あ~わ』まで並んでいた。 尚、羽海の机は真ん中である。羽海は自分の席に座り、隣を見ると「鷹見 亨」と書かれていた。斜め上の見ると「聖山 麻衣」と書かれていた。後ろは「仁宮 蘭」という子が座るようだ。
「はぁー」ため息を付いてる内に、斜め上に座る「聖山 麻衣」が座った。メガネを掛けてるのは見えたが、顔は見えなかった、しかし胸は大きいようで、羽海から見てもかなり前に出ていたのが確認出来た。羽海はそれをマジマジと見ていた。
見ていた所で「聖山麻衣」はこちらを向いて目が合った。
「あ――初めまして、ひじりやままいと申します」
「あ、ご丁寧に、名柄川羽海です」
「『にゃ』がらかわうかいさんですね」
聖山麻衣は噛んだ。
羽海はその噛んだのを聞いて訂正する。
「『な』がらかわです」
「あ――」
麻衣は顔を真っ赤にする。
「言い難いよね、分かる」
「噛まないようにしますね」
「ながらかわ……ながらかわ……」
麻衣は唱えていた。そこまで念を押して覚える名前では無いが、次は噛まないようにと必死に唱えていた。
「ごめんなさいね、何回か言わないと覚えなくて」
「面白いね、君。あたしの下の名前で良いよ」
「あっ――本当?」
麻衣と談話をしてる内に隣にも座った。「鷹見亨」であるが、挨拶も無しに表情が固まっていた。新しい教室、新しい生徒で緊張しているのだろう。羽海はそっとしておいた。
(あたしは女だから――喋りにくいかな?)
暫くすると全員集まり時間になったのか、先生が教室に入ってきた。
「はい、全員集まりましたね? それでは皆さん廊下に出て下さい、体育館に向かいますよ」
全員が廊下に出る。羽海のクラス人数はざっと30人位だろうか。
――一時間後
羽海の中学生時代の友人は一人も居なく、清々しい気持ちでいた。中学校の時はあまり良い思い出が無く楽しくなかったからである。ふと、麻衣の机を確認するとバイク雑誌が置いてあった。
「カワサキ?」
ガバッと何かが背中に覆いかぶさり、更に柔らかい物が乗っかる。
「バイク興味あるー?」
羽海の背中に麻衣が乗っかっていた。
「まだ乗れないでしょ……」
こう羽海は言うが
「普通自動二輪は十六歳から、原付も十六歳からだよ!」
「へー、車と違って十六歳から取れるんだ、知らなかった」
羽海は知らない事が多かった。生活や勉強等の必要な知識位しか付けてなく、そういう趣味に関しては疎かった。
「だから、羽海ちゃんも取りましょう?」
「危ないし――まだいいかな、要らない」
「そう――でも、いつか取ろうね?」
麻衣はガックリしていた。
またタイミングよく先生が教室に入ってくる。
「はい、お待たせしました。教本を各自一冊ずつ持って行って下さい」
先生の方は準備をしていたようだ。羽海も一冊ずつ持っていく。
「ああ、忘れてました。私の名前は……」
先生は白のチョークを持ってコツコツと黒板に書いていく。「和海勝」と少し汚い文字で名前が書かれた。
「という名前です、よろしくお願い致します」
これに羽海は「変な名前……」と思っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
羽海は、麻衣と一緒に帰っていた。
私鉄の駅までは一緒だが、羽海は習志野市まで、麻衣は船橋市までだった。
「結構モダン色だよねこの私鉄、茶色だし」
「じゃあこの色からピンクと白になったらどうなるんだろう」
「気持ち悪いね……それ」
これから通学に何度も使うであろう電車の色の話をしていた。
「あ、降りる駅ここだ、また明日」
目的の駅で麻衣は降りる。
「うん、また明日」
羽海言葉を返す。麻衣は最後まで手を振っていた。(変な友達)と初日から羽海は麻衣をそう評価した。
途中電車に揺られながら羽海は何かを忘れてると気付いた。麻衣と共に帰ってて特に気付かなかったが、もう一人居たのだ。
「あっ、お母さん……忘れてた」
羽海は電話を掛ける。電話がつながり、その電話先からは鼻水をすする音が聞こえた。
「なんで……先帰るの……」
「ごめん、友達と帰ってて」
「いいよ、一人で帰るから」
「ごめん……」
会話が途切れ、電話を切った。
――こうして、名柄川羽海の高校生活が始まった。