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008 まさかの展開とはこういう事を言うんだな

 リビングには俺と秋月の両親が残った。

 とっても気まずい空気の中で俺の体から汗が噴き出す。

 化粧が落ちてしまうんじゃないかってくらいに汗が噴き出す。

 俺はハンカチで顔をぽんぽんっとたたくように当てて汗をなんとか吸収させる。


「あ、あの? まさみ君はどこへ?」

「ああ、大丈夫だよ。それより……」


 なんて眼力だ。睨まれてるだけで体が動かない。

 流石は有名人ってとこか……

 そんな事を思っていたら今度は俺が羽交い絞めにされた。


「な、なんですか!?」


 後ろから羽交い締めにされ、そして簡単にくいっと持ちあげられて、俺の体は宙ぶらりん。

 それも持ちあげたのがさっき外に立っていたメイドだったりした。

 とてもそんな力があるように見えないのになんて奴だ!

 俺が女に羽交い絞めにされた上に抱え上げられるとか、どういう事だよ!

 その時、俺の背中にあたる柔らかい感触に気がついた。

 って、胸が! 胸が背中にあたるうううう!

 ちなみに股間は女装用のガードを付けているので膨張すれば痛くなるだけでテントを張ったりはしない。

 しかし痛いっ! なんて言えない。


「は、離してください!」


 もがいてみたが、背中にあたるおっぱいの感触がもにゅもにゅするだけで、まったく抜け出れない。

 くそっ! なんて感触だっ!

 俺の股間が大ピンチです!


「さて、瑞穂さん」

「……ぐっ」


 思わずごくりと唾を飲んだ。


「君は……男だよね?」

「!?」


 そして言葉を失ってしまった。

 額から、いや全身から先ほど以上に汗が噴き出す。

 なんで? 秋月にも、街の誰にもばれなかったのに……


「ち、違います!」

「それにしてもよく出来た女装だね」


 否定しているのにまったく認めようとしてくれない。


「そうですね。すごく可愛くって、本物の女の子に見えますね」


 母親までもが普通に笑顔で俺を男だと言っている。


「だ、だから違うって言ってます! 私は女です!」


 だが、ここまで来てはいそうですよ。なんて言えるか!

 でもなんでばれてるんだろう?

 まさか、最初からわかっていたのか?


「大丈夫だよ。誤魔化さなくてももう解っているから」

「……うぐっ」

「それでも君が女だと言い張るなら……そこの彼女に君が女性かをちゃんと確認させるが? どうだい?」


 メイドが俺の抱え方を変えて、そして偽胸をがっしり掴む。

 ダメだ……これは間違いなくバレてる。

 じゃあ、なんで男の俺に秋月と一年付き合えって言うんだよ?

 もう脳内が混乱してまったく意味がわからなくなった。


「すごく驚いているようだね?」

「そ、そりゃ驚きます……誰も……まさみだって気が付いてないのに……なんで?」


 バレた以上、秋月の両親の話を聞くしかない。

 俺には選択肢は残されていないのだから。


「あはは、君は私たちを誰だと思っていたんだい?」

「誰って……」

「私たちは整形のプロだよ? 君を見れば骨格が女性でないとすぐにわかる」

「こ、骨格だって?」


 そう言えば女性と男性は骨格が違うって聞いたかもしれない。


「いろいろと頑張ったみただけど、だけど君は女性になりきってなかったしね」

「う、うぐ……」


 そりゃ女じゃないんだ。女になりきるなんて無理だ。


「しかし、短期間で仕草とか練習したんだね? 頑張ったんだね」


 ああ、もうここまで言われちゃどうしようもない。

 俺は敗北宣言をした。脳内で。


「……はい」


 俺が返事をすると秋月の両親は怒るどころかまた笑顔になった。


「うん。私は君の努力は認めるよ。すごいと思うよ。その女装の技術も演技力もね」


 褒められてもうれしくない。逆にすげー悔しい。

 結局俺は何をしにここに来たんだよ?

 これって意味があったのかよ?


「あの……いいですか?」

「なんだい?」

「こうなったら……まさみの約束は守られなかったって事になるんですか?」


 いや、聞くまでもないか。

 だって男が男の彼女とかありえないから。


「そうだね。本当ならば守られていない。だけど、私は守られた事にしようと思う」

「えっ? なんで? 俺は男ですよ?」

「あはは、やっと素が出たかい?」

「あっ」

「いいよ。うん。で、質問だが、まさみは君を女だと思っているよね?」

「あ、はい……ええと、そう思っているはずです」


 たぶん、あいつには俺が男だとはばれてない。


「そうだ、君の名前は?」

「俺は……【秋山みずき】です。秋月の同級生です」

「なるほどね」

「だけどまさみは君をクラスメイトだとは知らない。別の女性だと思っている?」

「そうです。俺は従姉妹を紹介するって言ったので……」


 そういう設定になってるんだ。


「そうか。じゃあそうだね。君が男性だと気が付かれずに一年ほどまさみ付き合えたら、僕らはまさみの未来の自由を約束する。そして君にもそれ相応の代償を払おう」

「えっ? 自由? 代償?」


 俺は思わず首を傾げてしまった。


「なんだい? 彼女なのにまさみに聞いてないのかい?」

「い、いや、だって今日だけの限定彼女だって設定だし」


 俺はあいつに約束の中身は聞いてないからな。

 俺も聞こうとしなかったし。


「じゃあ僕から話すよ。そう、まさみには夢があるんだよ」

「夢?」

「そう、それは獣医になる事らしい」

「獣医?」

「だけど私たちは整形外科医だし、まさみには私たちの仕事を引き継いでほしい」

「まぁ、ふつうにそう思いますよね?」

「だけど、私たちはあの子の夢を完全につぶしたいとは思ってないんだ」

「なるほど」


 って、よくわかんねぇ。

 秋月は獣医になりたいから俺たちの高校に入学して、そして彼女を連れて行く約束した?


「だから、私たちはあの子にチャンスを与えたんだよ。彼女をつくって僕らの前に連れて来れば認めようと。ある条件付きでね」

「え、えっと? ある条件って?」

「まぁ、彼女が実は男性だったのは驚いたが、だけど男性の彼女じゃダメだとは私たちも言っていなかったし、多めに見よう」

「そうですねあなた。ここまで奇麗な男性なら仕方ありませんね」


 おいおい、それでいいのかよ?


「でも、実は君たちはまだ本気で付き合ってないよね?」

「当たり前です。今日限定なんですから」

「だからこれが最後のチャンスになる。君がまさみと一年間付き合えればまさみの未来は自由。そして、もしここで君が嫌だと拒めば、ここでまさみの夢は終わる」


 いや待て。俺に人の人生をゆだねるって言うのかよ?


「君には一年間バレなければ50万を差し上げよう」

「えっ!? そ、そんな大金を?」

「どうだい? やってみるかい?」


 確かにお金は魅力的だ……だけど……


「俺はそんな人の未来を背負えるような人間じゃないです。だから、まさみにチャンスをあげるなら別の……本当の彼女を見つけてからにしてあげてください!」


 しかし両親はすぐに否定した。


「いいや、君じゃなきゃダメだ」

「ダメですね」


 何で? 意味がわからない。


「どうしてなんですか?」

「どうしてもだ。君にはもう一つ頼みがあるからだ」

「頼み?」

「そうだ。最近になって体にメスを入れない整形も多くなってきた。そう、今の君の偽乳みたいなものだ」


 俺は思わず両胸を隠した。


「あはは、反応が女子だね。おもしろいよ」

「あっ……」

「話を続けるよ。で、僕らはそういう女装や男装の研究もしているんだよ。だから君に協力を仰ぎたい」


 なんだよその女装や男装の研究って!?

 この世で異性装ってお金になる話なのか?


「僕らは提供する女装グッズを着用して欲しい。そしてまさみの彼女として一年間つきあってくれ。もちろん、まさみにバレたら終了だ。君には頑張って男子だという事を隠してもらう。その為ならば僕らは協力を惜しまないよ。化粧品の代金も洋服代も出そう」

「……」


 俺はまた言葉を失った。

 もうなんと言えばいいのかわからなくなった。

 息子の願いをかなえる為に彼女を連れて来いは解らないけど、それでもわかった。

 だけど、なんで俺が女装して秋月と一年もつきあわなきゃいけない?

 だけど、それを聞かなきゃ秋月の夢は壊れる。終わってしまう。

 なんて卑怯な脅しなんだ。

 俺はどうする?

 ここはどうすればいい?

 俺は秋月のためにそこまでやってやる義理はあるのか?

 お金が貰えるからってやるのか?


 ここで数日前の喫茶店での秋月の言葉がン脳裏に浮かんだ。


『今回の件とは関係ないけどね、僕には夢があるんだ。それはずっと前から叶えたかった夢なんだよね。その為なら僕は多少の犠牲を払ってもいいと思ってる。でも、その夢ももう叶わないかもしれない。だけど、僕は人に迷惑をかけてまで叶えたいなんて……思っていないから』


 何が関係ないだ! おもいっきり関係してるじゃないか!

 くっそ……まさみの夢が獣医なのかよ。

 あれ? 俺って夢なんてあったっか?


 ……ないよな。

 とりあえずなぁなぁで生きてきた。

 あいつみたいに夢を叶えようとか思ってもなかった。


 これって…………俺はただまさみの夢を邪魔しているだけなんじゃ?


「あの、一年ですか?」

「ああ、一年だ」

「短くも長くもなりませんか?」

「君が望まないなら長くはならないよ」


 一年。一年か。

 月に一回として、12回女装すればいいんだよな?

 だったら……出来るんじゃないのか?

 俺、あいつ嫌いじゃないし。それに……


「一年ですね……」

「ああ」


 何故かは理解できなかった。

 後で考えればとんでもない決断をしたって思った。

 だけど、俺はその時には本気で秋月の為に頑張ってやろうなんて思ってしまった。

 だから……


「わかりました。やります。一年だけあいつの彼女になります」


 そう答えたのだった。

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