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005 ついに作戦は実行に移される

 まだ肌寒い二月末の週末。

 近くの駅の東口にある赤いポストの前に俺は立っていた。

 目の前を行き交う人々が俺を横目で見ながら通過してゆく。

 中にはじっと凝視して通過する若い男性の姿もあったりした。

 俺はすれ違う人と目が合う度に心臓がドキドキした。


 もしかして俺が男だってバレるんじゃないのか?

 もしかしてバレてるんじゃないのか?


 俺は手にはいっぱいの汗をかいて、家を出てからずっと緊張しっぱなしだった。

 女装をして楽しいって言う奴がいる。

 俺も女装した時に、自分の姿を見た時に少しだけそんな事を思った。

 だけど、外に出てわかった。

 この罪悪感はやるせないものがある。

 まったくもって、なんでこんな状況が楽しいんだよ?

 俺はもうこんなのやりたくねぇ。

 絶対に二度とやんねぇからな。

 俺は心でそう叫ぶと、ぐっと鞄を両手で握った。


「くっそ……遅いな」


 時計を見れば待ち合わせの時間を五分過ぎている。

 たかが五分だが、女装をして女子高の制服を着用し、

 鞄を両手でしっかり持って男を待っている俺にとってはすごく長い時間に感じる。


「早く来いよな……」


 はたから見ればどう見ても女子高生に見えているはずだ。

 それだけど……

 だけど俺の心臓はずっとドキドキしていて、両手には汗がどんどん溢れている。

 収まらない。

 緊張がずっと収まらない。


「拷問だなこれ……」


 十分を経過しても秋月が現れない。

 現れる気配がない。

 俺が周囲を見渡すと、数メートル横で髪をぴちっと決めた身長の低い革ジャンの男が目に入った。

 二月の日差しが弱い時期にその格好はどんなんだと思ったが、なんだかその面影に見覚えがある。

 いや、見覚えどころじゃねぇ!

 どう見ても秋月だよな?

 そう、それはどう見ても秋月だった。


「もしかして俺に気がついてないのか?」


 俺は携帯を鞄から取り出して秋月の名前を検索した。

 そして発信ボタンを押す。

 ちなみに携帯は姉からの借り物である。


『ピリリリリ』


 すると横の革ジャン男の携帯が鳴り響いた。

 革ジャンの男は携帯の発信者を確認すると、ゆっくりと耳にあてる。


「あ、もしもし? 秋月です」

「あ、秋山みずきですが」

「えっ!?」


 俺はここで重要な事実を思い出した。

 そう、俺は【秋山みずき】じゃなくって【秋山瑞穂】だった!

 やばいやばい、緊張してすっかり素の自分になっていた。

 俺は深呼吸すると練習した少し高めの声を出した。


「え、えっと、秋月さんですか? 秋山瑞穂です!」

「あ、ああ!」


 とここで秋月が気が付いた。

 電話をかけている相手が実は真横にいた事実に。

 俺と秋月はお互いに電話を切ると正面を向き合った。


「え、えっと、秋山くんのいとこさんですか?」


 大丈夫だ。

 どうやら俺をみずき本人だとは認識してないみたいだ。

 流石カンペキな女装だ。

 マジで気がついてない。


「はい、いとこの秋山瑞穂です」

「は、始めまして! 僕は秋山くんの友達で秋月まさみって言います」

「まさみさんですね、みずきに伺ってました。今日は宜しくお願いします」

「こ、こちらこそ!」


 完璧なる女性トークを操る俺は、完璧なる女子高生になりきり秋月と会話する。

 秋月はと言うと、緊張した趣で、かどうかはサングラスで確認できていないのだけど、

 たぶん緊張した趣で俺に向かって深く礼をしやがった。

 まったくもってこいつは対人スキルが低いな。


「今日の段取りはみずきから聞いています。私が秋月さんの彼女のふりをすればいいんですよね?」

「は、はい……で、でも、やっぱり嫌ならいいですよ?」

「ふふ、嫌なら最初から断りますよ」


 ここでニコリ。笑顔っと。


「え、えっと? 秋山くんって強引に秋山さんにお願いしたんじゃないんですか?」

「はい、かなり無理やりでした」


 ここでも笑顔っと。ニコリ。


「ほ、本当にごめんなさい!」

「大丈夫ですよ? 私は別に嫌じゃありませんから」

「え、えっと、でも秋山さん」

「ええと、秋山じゃみづきと被りますし、彼女っぽくないですし、瑞穂でいいですよ。なんだかややこしいでしょ?」

「えっ?」

「私は今日はあなたの彼女なんですから」

「あ、はい。では失礼して……瑞穂さん」

「はい、何でしょう?」


 ここであざとく笑顔っと。ニコリ。


「っ!? み、瑞穂さんって……実は秋山くんの彼女さんですか?」

「えっ!? ど、どうしてそうなるのですか?」


 この対応でマジでどうしてそういう解釈になるんだよ?


「だって、秋山くんの頼みだからこんな無理な話を聞いてくれたんですよね? それって秋山くんを信頼してるって事ですよね?」


 なるほど、そういう解釈か。


「確かに、みずきを信用はしてますけど、恋人関係ではありませんよ?」

「そ、そうなんですか?」」

「はい」


 ここで肯定の意味を込めて笑顔っと。

 うん、なかなか高校生らしい振る舞いができてるんじゃないのか?

 なんかさっきより緊張しなくなってきたし、いい感じだな。


「じゃ、じゃあ……ええと、今日は宜しくお願いします」

「こちらこそ♪」


 俺は秋月にまったくバレないまま秋月家に移動を開始した。

 姉に習った乙女歩き(内また)を一生懸命に頑張りつつ、自然な振る舞いで秋月の横を歩く。


「瑞穂さんって秋穂女子なんですね」


 ああ、秋月って姉ちゃんの通っていた高校も知ってるのか。


「あ、はい……」

「いいですね。秋穂女子は女子中学生の憧れの女子高ですもんね」


 確かに、偏差値もそこそこ高いし、そして制服も可愛い。

 女子中学生も憧れるが、別の意味で他校の男子高校生も憧れるのが秋穂女子だ。


「いい……なぁ」

「えっ?」


 俺がちょっと余所見をしている間に秋月が何かを言っていた。

 そして見れば、俺をすごい憧れの眼差しで見てるじゃないか。

 もしかして、もしかしてこいつ……俺に惚れたのか?

 いやいや、俺は女装しているみずきで、リアルでは存在しない女子高生なんだぞ?

 でも俺って可愛いし、俺でも惚れるくらいだし……

 って、ダメだ!

 取りあえずここは鈍感な振りをしよう。


「どうしたんですか? 私の顔になにかついてますか?」

「あ、いえ! 違うんです! 単純に瑞穂さんって可愛いなって思ってっ」

「!?」


 急激に顔が熱くなった。って何で?

 俺ってこいつの可愛いい宣言に照れたっていうのか?

 いやいや、俺は男だぞ?

 男で女装している姿を可愛いとか言われて嬉しいとかないだろ?

 し、しかし、秋月って何気に平気で女の子に可愛いとか言えるんだな。

 これで彼女が出来なかったのって、やっぱりこいつが真面目に彼女を探さなかったからか?

 こいつも見ればイケメンだし、彼女くらい出来てもおかしくないのに。


「瑞穂さん?」


 しまった。

 つい秋月の顔ばっか見てた。


「か、可愛くなんてないですよ?」

「いえ、可愛いですよ。本当に女の子らしくって可愛いです」


 こ、ここは俺は女子高生だと思われているのだし、お礼を言うべき?


「あ、ありがとうございます」


 そして、なんだかんだと話をして、ついに俺は秋月の家に辿りついたのだった。

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