004 未開の地、姉の部屋への潜入
深夜十二時を過ぎた姉の部屋。
壁中に俺の知らないアニメや漫画のポスターが張ってあるオタク部屋。
本棚には大量のライトノベルが並ぶマニアックな部屋。
俺はそんな女子大生とは思えない部屋の中に進入をしていた。
そう、とある目的のために。
「あ、あんた本気で言ってるの?」
風呂上りのラフな格好の姉は、相変わらずのラフな姿でノーブラTシャツ状態だ。
おまけでベッドの上であぐらを組んでいる。
お願いだから弟の俺が相手であっても自分が女性だという意識を持って欲しいものだ。
いくら胸がなくってアピールできなくっても、それでも女性には代わりない。
あと、今は二月なのにそんな姿で寒くないのか?
「ああ、本気で言ってるんだ」
「でもさ……実の姉にそんな事を頼むとか……いいの?」
「いや、姉ちゃんだからこそ頼んでいるんだ」
「えっ? わ、私だからなの?」
少し照れた表情で口を押さえた姉が上目づかいで俺を見る姉の図。
普通ならここから怪しい展開になりそうだが……
「あのさ、別に姉ちゃんが照れるようなお願いはしてないよな?」
だが今はそういう場面じゃない。
「あれっ? こういう反応じゃダメかな? 男子高校生がドキドキすると思ってたんだけどなぁ。てへぺろ~」
そして、こんな姉の反応にちょっとイラっとした。
「で、俺は真面目にお願いをしているんだけど?」
「あ~ごめん。でもさ、少しは気を抜きなよ」
「いや、そういう余裕はないんだよ」
そう、余裕はなかった。
秋月が卒業するまでのタイムリミットはもう寸前まで迫っている。
簡単に説明すると、今週の週末しかチャンスはない状態だった。
「まったくねぇ……」
「どうなんだ? OKなのか?」
「確認するけど、要するにあんたの初めてを私に任せるって言う事だよね?」
だから、他人が聞けば変に勘違いされそうな言い方をするな。
「まぁ、解釈によってはそうなるかな」
「そのまんまでしょ? だってあんた経験ないじゃん」
「そうだな。そうだけどさ! 言い方がちょっとあれすぎだろ」
「あれすぎ?」
「……もういい」
「あはは、まぁ大事な弟のためだ。姉ちゃんがひとはだ脱ごうじゃないか」
姉ちゃんんは満面の笑みでそう答えると前のめりになって俺の頭を撫でた。
で、そういう姿勢になると必然的にTシャツに胸のない姉の場合……
うん、いや、なんでもない。
ちなみに言っておくが、決して姉ちゃんに俺の筆おろしを頼んでいる訳じゃないぞ?
いくら俺が彼女いない歴=年齢であってもそれだけはないからな?
近親相姦フラグは現実では立たないのが相場なんだよ。
例え立ったとしても俺がへし折る!
「あ、でも別にいいんだよ? 私の始めての相手がみずきでも」
「ど、どういう意味だよ!」
「ん? まんまだよ?」
「まんまって!?」
「なに? お姉ちゃんじゃいや?」
「お、おい待て! そういうのは冗談でも言うな!」
「もうっ、照れちゃって可愛いなぁ」
「くっ」
俺が照れるのをマジで楽しそうに見ている姉ちゃん。
まったくもってそういうのはかき集めてる同人誌の中だけで楽しめって言うんだ。
「あ、ちなみに言っておきますけど、私の始めてって昨日買ったこの武将対戦ゲームの事だかんね? もしかして勘違いしちゃった? ぷぷっ」
俺の心の中の何かが崩れた。
「……もういい。やっぱ姉ちゃんには頼まない。だれか知り合い紹介してくれ」
「じょ、冗談よもうっ! そんなに怒らないでよ」
「いやだ。怒る。それと、そういう冗談はマジでやめろ」
「い、いいでしょ? 少しくらいは……普段はあんた話もしてくれないんだからさぁ」
「だって、それは姉ちゃんが……」
「オタクになったから?」
「……いや、まぁ、ちょっとはあるかもだけど」
「あはは、そっかそっか……まぁそれが現実よね」
寂しそうな笑顔になった姉からため息が漏れた。
ここで言っておく。
俺は姉ちゃんの話し相手になりたくない訳じゃない。
話かけたくない訳じゃない。
話さなくなった理由は簡単なんだ。
単純に姉ちゃんの話についていけないからなんだ。
俺も少しはライトノベルとかも見るしアニメも見るけど、姉ちゃんはコアすぎるんだ。
姉ちゃんの話にはついていけないんだ。あと、俺にBLの話しすんな!
まぁ、些細な理由で俺は姉ちゃんとあまり話していなかったんだ。
「でもさぁ、あんたそいつの親友でも何でもないんでしょ?」
「親友じゃないけど友達だ」
「そっか、友達かぁ。でもさ、友達のためにしてもそこまでしてあげるかな?」
「まぁ、あれだよ。後に引けなくなったんだよ」
「ほんっと、あんたって後先考えないよね。だからこうなるんだよ?」
「でもって俺、約束しちまったしさ、もうマジで後に引けないんだよ」
「で、その約束がいとこの女の子を紹介するって事なの?」
「あ、ああ……そうだよ」
「リアルじゃ存在しないのに?」
「ああ、そうだよ!」
「いっそ俺が女装してやるって言えばよかったじゃん?」
「そ、そんなの言えるか!」
そう、俺と秋月は色々と頑張った。
頑張って彼女のフリでもいいからしてくれるクラスメイト(女の子)を捜した。
だけど、結果的に秋月の家までつきあってくれるって女の子を見つける事が出来なかった。
そして、もういいよっと秋月が諦めムードになったのを見て、俺はふとある事を思い出した。
そう、姉ちゃんに言われたあの台詞を。
【あんた絶対に女装が似合うって!】
あの時の俺はおかしかった。
マジでおかしかった。
あの時の俺は普通じゃなかった。
普通だったらあんな事を考えるはずないのに、何を狂ったのか、俺は……
いくら秋月が困ってるからってあんな事を言わなきゃよかったのに。
【あ、諦めるな! もうこうなったら最終手段だ。俺のいとこを紹介してやる! あいつなら絶対に秋月の彼女のフリしてくれるからさ】
【えっ?】
【お、俺と同じ年で、高校三年なんだよ、そいつ】
【そ、そうなの? でも悪いよ】
【大丈夫だ! あいつは俺の言う事ならなんでも聞くから!】
【な、なんでも!?】
【い、いや、変な意味じゃないからな?】
【あ、うん】
【だから任せておけ! 後で集合の場所とか決めような!】
そして、さの後も秋月はそんなの悪いよとか何度か断ってきた。
だけど、俺は俺で意地があって押し通してしまったんだ。
ああ、俺の馬鹿。馬鹿やろう!
「しっかし、マジで馬鹿だよね」
「ああ、馬鹿だよ!」
「でもさ、あんたのそういう馬鹿さ、私は好きだよ?」
「ね、姉ちゃん」
「えへ♪」
「じゃあ姉ちゃん……早速だけど……今週末にお願いできるか?」
「とりあえずはあんたを女装させてみたかったし、うん、いいよ。してあげる」
「うん、ありがとう。ごめんな、マジでいきなりで」
「いやいや、いいってことさ」
こうして俺の人生最初で最後の女装が決定したのだった。