003 高校生最後に出来た友人は三年同じクラスだった件
時間は遡り、女装決行の数日前。
センター試験も終わり自由登校になったとある日、俺はちょっとした用事で学校へ来ていた。
昼過ぎにクラスへ入るとそこにいたのは数人のクラスメイトだけ。
普段であれば席にぎっしりと座っているはずのクラスメイトも今日は数人しかいない。
やっぱりほとんどのクラスメイトは進学や就職へ向けての準備で休んでいるみたいだ。
俺も進学が決まっているからなかなか学校に来る機会もないんだけどな。
「ん?」
そんな寂しいクラスの隅に小柄な男子が立っているのに気がついた。
そいつは一年から同じクラスの男子で名前は【秋月まさみ】だ。
身長154センチで童顔で声変わりしてないちょっと女顔の、でも男だ。
「秋月の奴、なにしてんだ?」
俺と秋月は近くて遠い関係だった。
まず近いと言うのは、三年ずっと常に身長順最前列を争う関係だったし、
出席番号も連番だし、そしてクラスも三年同じだったから。
遠いと言うのは、そんな状態なのに特別友達でもなかったし、特別普段から話をしていた訳でもない。
友達寸前のクラスメイト。
それがこの秋月だった。
まぁ、俺は友達になってもよかったんだけどな。
しかし、マジでなんでここに秋月がいるんだ?
俺が知る限りでは、秋月は親の事業を継ぐとかで進学先も真っ先に決まっていたと思う。
だから学校に来る必要なんてないはずだ。
「はぁ……」
秋月をじっと見ていたらいきなりため息をつきやがった。
前から暗い奴だと思っていたけど、なんでこんな人気のない教室でまでため息をついてんだよ。
「あーあ……ダメだなぁ」
なんかこういう弱々しい態度を見ていると、やたらと腹が立ってくる。
何がダメなんだかわかんねぇけど、なんかイラつく。
「ふぅ……」
またしても大きなため息をつきやがった。
「はぁ……」
まだため息かよ。ため息の三連発かよ。
秋月、お前は知ってるか?
ため息の数だけ幸せって逃げるんだぞ?
こんなにため息ばっかつきやがって、お前ってもう幸せゲージが0なんじゃないのか?
いや、もしかすると0を通り越して最高数値になっているとかないよな?
お前、実は最高にハッピーとかだったりする?
「……もう終わりだよ」
それはないな。
もう終わりだ宣言までしやがった。
ハッピーな奴が言う台詞じゃない。
「はぁ……」
なんだよ四連コンボかよ。
いい加減にしろよな。
「おい秋月、さっきからため息ばっかでどうしたんだよ?」
これ以上のため息は見たくない。
そういう理由だけじゃないが俺は秋月に声をかけた。
「ひっ!?」
声をかけられてようやく俺の存在に気がついたのか、慌ててハンカチを取り出した秋月。
顔を隠すと一生懸命目頭を押さえているじゃないか。
「なんだよ? どうしたんだよ?」
秋月の横まで歩み寄ると潤んだ瞳が視界に入った。
なんと秋月は涙目だった。
瞳が真っ赤になっていた。
おいおい、なんで学校で泣いてるだよ?
「あ、秋山……くん……ご、ごめんなさい……こんな恥ずかしいとこ……見られて……」
恥ずかしいと思うのならまずここで泣くなよ。
「別にお前がどこで何してようがいいけどさ……」
「大丈夫! 僕は大丈夫だから!」
何が大丈夫だ?
真っ赤になった瞳の周囲も腫れているじゃないか。
それって、泣き始めたのは今じゃないと物語っているだろ。
お前はいつからここで泣いていたんだ?
いったい何があったって言うんだよ?
「おい、何があったんだ?」
俺は他人を心配しないタイプだが、流石に今回は気になった。
こいつは弱くて暗い奴だったけど、それでも明るく振舞おうという努力は見えていたからだ。
そんな秋月が今は本気で泣いている。
「べ、別に……」
「別にって、絶対に何かあったんだろ? あのさ、もし俺でよかったら相談に乗るから。だから、よかったら聞かせてくれないか?」
しかし、秋月は無言で俺から目を逸らしやがった。
俺は知っている。
こいつは不都合があるとすぐに目を逸らす癖があるのを。
こいつとは三年間ずっと同じクラスだった。
だから、何度もこいつのこういう対応を見てきたんだ。
確実になにかあったんだな。
「俺には相談できないのか?」
「別に……秋山君には関係のない事だから……」
「だから相談できないのか? でもお前は現に泣く程に悩んでいるんだろ?」
「……え、えっと」
「正直に言うぞ? 俺はお前のそんなクヨクヨしている姿を見ているのがいやなんだよ! だから相談しろって言ってるんだ!」
「で、でも」
「でもじゃない! もし無理な相談だったら無理だって速攻で答えてやる! だから言え!」
ぶっちゃけると俺はこいつの事をそんなに良くは知らない。
さっきもいったけど、こいつは近くて遠い存在だから。
だから、こいつの誕生日も知らないし、住んでる所も知らない。
もちろん携帯番号も知らない。
三年間もクラスが一緒なのにこのレベル。
学校ではクラスメイト。外では赤の他人。
それでも、俺はこいつと三年間も一緒のクラスだった。
秋山と秋月でかならず一学期には出席番号で前後の席になる関係だったんだ。
身長だってほぼ同じだし、絶対に身長順でも前後になる関係だったんだ。
なんだかんだと俺はこいつを知らない割りには知っているんだ。
体育とかでペアにだってよくされたし、ダブルオータム(秋)とか二年では呼ばれてた。
外では赤の他人の癖に学校では俺の一番近くに存在していた奴。
それが【秋月まさみ】だ。
「で、でも……」
「へぇ……ふ~ん……俺ってそんなに信用ないんだ?」
俺の言葉に秋月の眉間にシワが寄った。
見た目に困っている。
「あ、秋山くん!」
「なんだよ?」
「な、なんで秋山くんがそんなに僕を気にするのさ? 秋山くんが僕を気にしても仕方ないでしょ? 別に友達でもないんだし!」
すごくイラッとするような台詞を吐かれた。
確かに俺とこいつは友達関係にはなってない。
だけど、一番近くにいたクラスメイトだ。
そいつにこういう風に言われると腹が立って仕方なくなる。
余計なおせっかいかもしれなが、これでもマジで心配してやってるのに。
「ああ、確かに俺はお前の友達じゃない。ずっと三年間一緒のクラスだったけど、俺はお前の友達になれなかったからな。でも覚えてるか? 俺は一年の時にお前と一緒のクラスになった時、なんて言ったか」
秋月はばつの悪そうな表情になって目を泳がせた。
絶対にこいつ、俺のあの時の台詞を覚えてやがるな。
「「友達にならないか?」 俺はそう言った。だけどお前はこう返した。「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」ってな。俺はいつかお前と友達になるのかなって思っていた。だけど途中で気がついたよ。俺はお前の友達にはなれていないんだってな。俺はお前に避けられているんだってな」
「ち、違う! 僕は君と友達になりたくなかった訳じゃないんだ!」
秋月の顔が真っ赤になった。
額には汗がいっぱい浮かんでいる。
「じゃあ、何で俺と友達にならなかった? 俺と、いやクラスメイトと距離を置いていたんだよ? 自分から孤立する道を選んでいたんだよ?」
「じゃ、じゃあ君は僕と本気で友達になってもいいって思ってたのかよ!」
何か逆ギレされた。
けど、俺は言い返せる。
「ああ、いいと思ってた! だから友達になろうとした!」
即答すると真っ赤な顔のまさみの目が大きく開かれた。
真っ赤な顔に真っ赤になった瞳。
なんかちょっと怖い。
「君は僕の秘密を何も知らない。知るときっと僕が嫌いになる。でも友達になれば秘密がバレるかもしれない。だから僕は友達なんていらないって思ってた」
「秘密だと? 秘密って何だよ? それを俺が知るとお前を嫌いになる事なのか?」
「……嫌いになるかもしれない。現に今の僕の悩みが普通じゃないんだから……それを聞いたら君はきっと飽きれるし」
秋月は真っ赤な顔で俯いてしまった。
「……だから、話さないで勝手に決め付けられて俺にどうしろって言うんだよ? 俺は今の話だけでお前を嫌いになれないし、飽きれる事もできないだろうが」
「……いいよ。気にしないでよ」
「いや、気になる」
「いいよ。友達じゃないんだし、本当にいいから」
俺の中の何かが切れた。
そして俺は秋月の正面に立つと、しっかりと両手で秋月の両肩を握った。
「へっ!?」
驚きを隠せない秋月に俺は言い放つ。
「俺とお前は今日から友達だかんな! お前が否定しようが俺はお前の友達だ! だから聞かせろ! 友達の俺にお前の悩みを聞かせろよ!」
「な、なんで? なんでそこまで気にかけてくれるの?」
「なんでって俺がそうしたいからだ! お前が俺を大嫌いで死ねとか思ってるなら今すぐに言え! そうしたら俺は諦める! 一生お前とは逢わない!」
「い、言えるはずないじゃないか! 僕は君と三年も一緒のクラスで、君に何度も何度も助けられているんだよ?」
「ん? 俺ってお前を助けたっけ?」
「……うん。君は無意識だったかもしれないけど、いつも笑顔で頑張れって言ってくれてたよね。とっても嬉しかったんだよ?」
「……そ、そっか」
なんとも言えない空気が俺の周囲をめぐった。
まるでラブコメ漫画のワンシーンのような空気に……って! 相手は男だぞコラ!
「じゃ、じゃあ俺が友達でもいいだろ?」
「……嫌じゃないの?」
「嫌だったらお前がため息をついた時点で消えてたさ」
こうして俺と秋月は三年の三学期、それも卒業間近で俺は秋月と友達になったのだ。