はじめての王都
王都は巨大であり、巨大だった。
まず都を囲む市壁の高さとか、長さとか、尋常ではない。
そして中に入ってもたまげるしかなかった。人、人、人――人の海。どこを向いても活気で溢れており、とにかく賑やかだ。色んな音や匂いもする。お店も沢山あって、売り物の種類も豊富だ。正直を言えば、何がなんだかわからなくて居るだけでも目が回る。
そんな王都でも、やはりヒートのような格好良い男はどこにもいなかった。
ヒートは見た目ももちろん格好良いが、とにかくおらに親切で、優しい。ヒートのためならばおらは何でもできる気がする。
「――つーわけでだ、冒険者になろうと思うんだが、文句があるか?」
「何でもいい。何でもできる」
「何でもできるだ? 吹かしてんじゃねーよ、てめぇ読み書きもできねーだろが? この蒸かし芋が」
「ひーちゃんだってできない」
「あんなモン、自分の名前だけ書けりゃいいんだ。長文はその辺でガリ勉捕まえて代筆させりゃいい、タダで」
今おらとヒートは、城下町の広場にあるオープンカフェで朝食をとっている。広場には沢山の人がいて、それぞれ休憩していたり、おしゃべりをしていたり、忙しなく通り過ぎて行ったり、勝手に品物を並べて商売を始めたりしている。
「どれがガリ勉?」
気になって訊ねてみるも、ヒートの返事はそっけない。
「メガネかけてる奴に決まってんだろが」
「ひーちゃんも?」
「おい芋馬鹿。俺の筋肉が見えねえならてめぇの目自体が機能してねえってことだ。大抵のメガネはガリガリのヒョロヒョロで、すぐ腹下しそうな顔してやがって、だからつまりガリ勉なんだよ」
「よくわからない」
「これ以上ねえほどわかり易いだろうが、この馬鹿芋」
「芋じゃない、ニンニ」
「うるせえ一丁前に口利いてんじゃねえ芋が、とにかく冒険者になろうぜって話だよ、アア? 乗んのか? 反んのか? はっきりしろ!」
「何でもやるって、言ったべ。ひーちゃんがやるなら、一緒にやる!」
テーブルに身を乗り出して答えると、ばしんっと頭をはたかれた。
「だから懐くんじゃねえっつってんだろが、気持ちわりィ!」
ヒートの皿にはまだサンドイッチが残っていた。
頭を叩かれて顔が近づいたついでに、席に戻る前に口でくわえて一つだけ拝借する。
「ヘッ。さすが俺の好敵手だぜ……俺に叩かれて、俺の皿からサンドイッチを盗む奴なんて、てめぇ以外にはいねえよ」
サンドイッチをとられたのにヒートは嬉しそうだった。
おらならきっと凄く怒ってしまうのに、こうした寛大なところも大人っぽくて格好良いと思う。ヒートはおらと違い、器が広いのだ。尊敬するほかない。
「ところで、冒険者って何だべ?」
「ああ?」
「冒険者って、何だべ? おら、知らない」
「アアン? 知らねえのにやるっつったのか? オオ?」
「やるのは、決めてる。ひーちゃんについてく」
「金魚のフンか? 芋でクソなのか、てめぇは?」
「おらがひーちゃんについて行きたいから、ついてく」
「……ちっ。ばーか、それが金魚のフンなんだよ、ばーか!」
「?」
サンドイッチにかぶりつきながら、面倒くさそうにヒートが説明してくれる。
「冒険者ってのはなァ、なんつーか、基本的には未来のないド底辺がやることだが、俺やてめぇみてえな馬鹿なら大金持ちになることもある、面白え仕事だよ。好きな依頼を受けてこなして、あとは魔物が出たら殺して、戦争が起きりゃ傭兵になる。んで、とにかく活躍すりゃ金と名誉と女と全部が手に入る」
「金、名誉……女?」
「てめぇの場合は男か? 変態じゃなけりゃ男だな」
「いらない。ひーちゃんだけがいい……」
「アア? 俺はてめぇのモンじゃな――ッい!?」
「っく……ひっく、やだ、ひーちゃんだけ……!」
「お、おい? 冗談やめろ、泣くなよ、てめぇコラ、勘違いされて俺が逮捕されるだろうがっ!」
「うっ……うぶぅ……えぐ、ひっぐ……!」
「何が食いたい!? 何でも食わせてやる! だから泣くのやめろってマジでよォ!? 俺の近くで誰かが泣き出すと、必ず俺が逮捕されて一日それで潰れンだぜ!?」
「欲しいの、ひーちゃん、だけ……ひーちゃんだけがいい、うぐ!」
「わかった! いやわからねえ! どうすりゃいいんだよ! そもそもがどうしたら俺がてめぇのモンになったって言える!? なんだ、奴隷の首輪でも付けろってのかコラァ!」
「口で……い、言ってくれ、れば、いい……うう!」
「なんつえばいいんだよ! 俺はてめぇのモンですってか!?」
「よく、わからない……ひっく!」
「メンドクセエッ!!! オイコラ店員!! なんか色々持って来い! 田舎の村で育った雌ガキが好きそうなモンを色々だ! 早くしろ!」
しばらくするとテーブルいっぱいに料理が並べられた。鶏の香草焼き、魚のシチュー、リンゴのパイにミートパイ、ほうれん草のキッシュに甘く煮たお米、そして焼き菓子まで。
おらは泣きながら夢中で食べる。どれもこれも美味しくて、すぐにスプーンを動かす手が止まらなくなった。
全部食べ終えた頃には涙も止まり、何で泣いていたのかも忘れてしまう。
「おい芋、満足そうな顔しやがって。てめぇがアホみてえに食いまくるせいで、財布が持ち運び易くなったぜ。早く冒険者デビューしねえとやべえな、マジで」
「冒険者、なる」
「おう、んじゃギルドに行くぜ。このままここにいたら、財布が空っぽになっちまう」
ヒートが席を立ち、彼の残っている右腕におらの左腕を絡ませる。こうすると左手のないヒートは、おらを中々振り払えない。
振り払われるまでの間、彼の温もりを堪能した。




